第26話 フィードバック
玲子ちゃんは私の部屋を気に入ってくれた。不動産屋さんはちゃんと手数料を払うことを条件に、私から玲子ちゃんへの貸し換えを承諾してくれた。形式上、私の契約が3月の卒業式の翌日まで、玲子ちゃんはさらにその翌日からとした。私が退去の日、不動産屋さんが部屋をチェックしに来る。敷金を返すのに、一応必要とのことだ。
まあともかく、引っ越しの大変さはこれで殆どなくなった。
修二くんには、修論の発表会のために札幌に帰ってきたときに話した。
「ということは向こうに持っていくのは、衣類と書籍、それとこのパソコンくらいか」
と、修二くんはホッとしたように言った。
「なんか問題でもあったの?」
と聞くと、
「ああ、杏の荷物置くスペース、作っとかないとと思ってたんだけど、大したことなくて済みそうだね」
「そんなに荷物あったっけ?」
「いや、もうすでに生活できる環境で来てるじゃん、だから身軽に来てもらったほうが助かるよ」
「なるほどね。だけど、パソコンだけは増えるね」
「そうなるね、色違いが2台か」
「別に並べておく必要は無いけど」
パソコンは先日明くんの指導で一緒に組み立てた。私のが白、修二くんのが黒で、あとは全く同じだ。色違いのパソコンを並べ、自宅で一緒に研究するとか最高だ。
2月から3月は、怒涛のような日々になった。修論はできたとは言え研究は続く。学会はどんどん近づく。北海道の日々の残りが惜しくて、時間ができたら一人でもドライブに出るようにしていた。
例えば夜に小樽に行く。往復3時間くらいだ。大雪のときはほんとにやばいので、天気が落ち着いているときじゃないと怖い。ただし天気のいいときは、積雪の下の氷が黒く露出している時があり、これは本当にすべるので慎重に走るしか無い。
雪のつもった夜の小樽は、雪あかりでとてもキレイだ。
雪が降っているときは、遠出はしない。札幌の近郊をクルッと回る程度にしておく。降雪時に怖いのは、車のテールランプに着雪して後ろの車から見えなくなること。あと怖くはないが、雪が多いとドライブから帰ってきたときに駐車場が埋もれていることがある。ひどいと駐車するためだけに30分近く雪かきするはめになった。
雪まつりのときは両親がまた泊まりに来た。めずらしく千歳まで迎えに来いという。
到着ロビーで待っていると、両親と一緒に修二くんのご両親までいたので腰が抜けるほどおどろいた。とにかくご両親に挨拶し、つづいて父をなじる。
「聞いてないんだけど」
「言ってない」
母はよろこんでいるが、修二くんのご両親は申し訳無さそうに、
「ごめんなさいね、こちらからお伝えしておけばよかったわ」
などと仰るので、かえってこちらが恐縮してしまう。
「杏、唐沢さんはホテル取ってあるから送ってくわ」
「はい?」
「うん、俺が運転する。お前後ろの真ん中座れば5人乗れるだろ」
ということで、父が運転、助手席に修二くんのお父様、私は母とお義母さまに挟まれるように着席した。まさか自分の車の後部座席、それも真ん中に座ることになるとは思わなかった。
雪の高速道路を父は快調に車を走らせる。
「お父さん、慣れてないんだから車間距離ちゃんととりなよ」
「ああわかった、わかった」
父は雪道の運転が楽しいらしく、車間距離こそ多めに取ってくれたがスピードは全然落とさない。それが怖いのか、道中で修二くんのご両親はほとんど何も話さなかった。ホテルの前でお二人をおろしたとき、やたらゆっくりと歩いていた。ホテル前はロードヒーティングで雪などなかったから、父の運転によるダメージにちがいない。
家に帰って父は、部屋をぐるっと見回して言った。
「ここももうすぐ出るのか。なんかちょっと残念だな」
「うん、だけど玲子ちゃんがあとで入るでしょ、札幌に用があるときは泊めてもらう約束してる」
「そうか、でもそれだと修二さんと一緒のときは?」
考えてなかった。
「ま、一緒の出張なんてそうそうないと思うよ」
取り繕うように言うと母は、
「あんたのことだから、なんだかんだうまいことやって、修二さんと一緒に札幌来ると思うよ」
と言った。それもそうだなとは思う。
「それよりさ、玲子ちゃんって、どんな子?」
「勉強もよくしてるし、いい子だよ。すごい美人でさ、あれで彼氏いないって、謎だよ」
それに対する父の意見は、
「うーん、美人すぎてかえって引いてるんじゃないかな」
だった。父は玲子ちゃんの写真を見たことがあると言っていた。すると母は、
「あなた、昔私口説いてきたのは、出会ってから割とすぐだったよね。私は美しくなかったと」
といい出した。
「いやいや違うよ、あんまりキレイだから早くしないと他の男に取られちゃうからさ」
父はうまいこと言って難を逃れた。
ちょうどそのときスマホが鳴った。
「玲子ちゃん、どした?」
「あの聖女様、今日ご両親いらしたんですよね」
「うん、今目の前にいる」
「私、お部屋ひきつぐんで、一応ご挨拶しとこうかなと」
「あーそんなこと、いいのに」
父が割り込んできた。
「何、玲子ちゃん?」
「父が話したいって」
「はーい」
スピーカーに切り替えた。
なんか両親と玲子ちゃんの会話はもりあがっていた。
私はなんとなく、フィードバックが気になっていた。
スマホをスピーカーモードにすると、マイクがスピーカーの音を拾ってしまうはずである。もし玲子ちゃんもスピーカーにしていると、その音を玲子ちゃんのスピーカーが再生し、さらに玲子ちゃんのマイクが拾う。そして私のスピーカーが音を出して、またマイクが拾う。これが繰り返されると、小さな音がどんどん増幅されてしまうのではないか。
「あんた黙り込んでどうしたの?」
母に聞かれた。父はまだ玲子ちゃんと話している。
「あ、考えごと」
「何、なんか玲子ちゃんに住んでもらうの問題あるの?」
「ちがうちがう、フィードバックについて考えてた」
「フィードバック?」
「ああ、一般的にはハウリングっていう。マイクでキーンとなるやつ」
母は呆れたように「はあ」と言って、玲子ちゃんに語りかけた。
「玲子ちゃん聞いた? うちの娘、しょうがないのよ」
「そうですか? いつものことなんじゃないですかね?」




