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安全運転

"Hi! Where’s Ann?"

 居室に女性の英語が響いた。英語で私を探すのは、カーリーのガールフレンドだろう。

"I’m here!"

 返事をして振り返ると、痩せ型で肌の色が異様に白い赤毛の女性が立っていた。赤毛を頭の両サイドにまとめ、白の半袖シャツに濃い茶色のショートパンツをあわせている。パンツから伸びる両足は色素というものがなさそうで、私以上に紫外線に弱そうで心配になる。

”Hi, I’m Ann, same name!”

 そしてアンは私に抱きついてきた。初対面の外国人にハグされたのは初体験である。


 話を聞けば、カーリーから札幌には自分と同じアンという女性がいることを聞いていたのだそうだ。名前が同じだから私に会うのをとても楽しみにしていたらしい。

 アンはニューヨークで経済学を学んでいるとのこと。こちらの研究についても質問してきたので答えていたら、目を白黒させて聞いていた。私が経済学のことを聞いても、同じ反応になるだろう。

 アンは私と修二くんの事情についても知っていて、自分とカーリーのことに重ね合わせたのだろう、いつ会っているのかとか、会話をどうしているのかとかとか根堀葉掘り聞いてきた。アンはカーリーと距離(約1万キロ)もあるし時差も大きいので、かなりストレスを抱えていた。距離が数百キロ、時差も無い私でもときどき禁断症状を発症してしまうので、とても気の毒に思えた。そんな私の気持ちが通じたのか色々と話していてなんとなく気が合い、日曜日に支笏湖へドライブに行くことになった。カーリーはもちろん、気落ちしていたはずの関根さんも同行することになった。女の子が多いほうがいいだろうとのぞみと真美ちゃんに声をかけたら、自動で明くんとカサドンもついてきた。


 当日、私と関根さんが車を出した。特に誰がどの車とか決めてなかった。集合場所のコンビニで並んだ3台の車を前にして、アンは私の車に乗りたがった。なんとカーリーは関根さんの車に乗ることにした。そのとき小声でつぶやいたのを私は聞き逃さなかった。


”Safer Saver”


 関根さんの車は、静岡県浜松市に開発拠点を置くバイクも作っている会社のセイバーという車だ。カーリーの言葉を直訳すれば「より安全なセイバー」である。確かにカーリーは何回か私の車に乗せられたこともあったので、私のスポーティな運転が怖いらしい。さらに英語で韻まで踏んでいるので腹が立つ。カーリーは北海道は寒いので、次はホノルル大学に行きたいとかよく言っている。私としてはローマ大学をおすすめしたい。二十世紀の偉大な物理学者エンリコ=フェルミの故郷である。そこでイタリア人の運転を体験すれば、私など超安全運転であることがわかるだろう。


 で、関根さんは実は結構な車好きである。私の行きつけとは別の競技系のショップに時々行っているらしい。一見ただの白いフォードアセダンのセイバーだが、自動車会社のエンブレムは赤いし、グレードもタイプRである。栃木県のサーキットで同型が走っているのをみたことがあるが、とんでもなく速かった。


 アンは私の車に乗りたがり、カーリーは私の車を嫌がったので、私の車は、私、アン、のぞみ、真美ちゃんの女子4名、関根号は関根さんにカーリー、明くん、カサドンの男子4名になった。全員彼氏持ち彼女持ちなので、これはこれでアリかと思う。


「聖女様の車のほうが排気量が少ないから、先行していいよ」

 関根さんはそう言った。私の車のほうがパワーがないから、そうしないと置いていかれるという意味である。

「スピード違反はしませんよ」

 私は当然の事を言った。


 コンビニからの出発前に一悶着あった。アンが売られていた花火セットにいちゃもんをつけたのである。

「こんな危険なものをこんなところで売っているなんて、信じれられない!」

 意訳すればそんな事を言っていたと思う。ムッとした私はすぐに言い換えした。

「家庭内にピストルがあるほうが、よっぽど危ないと思う」

 私が言いたかったことは、日本人は子供の頃から花火に親しみ、大人から安全な楽しみ方を教わり、全員普通に花火ができるように訓練されているということである。アメリカの銃だってそうだろう。特に田舎の子は生活のために銃が必要だ。まともな親であれば、子供に銃の危険性を教え、正しい扱い方を教えているはずである。日本とアメリカ、火薬の扱いについて根本的な考え方に違いはないだろう。

 私の言葉を聞いてしばらく押し黙っていたアンは、

「お互い文化ってものがあるわよね」

と言ってきた。私の言いたいことは伝わったようだ。


 支笏湖へ向かう道は、気持ちよかった。盛夏を過ぎた木々の葉の色は濃い。その緑が視界の左右を流れていく。ミラーで後ろをみると、関根さんのセイバーはぴったりとついてきている。ただコーナーではこちらのほうが車重が軽くより高いスピードで曲がれるので、すこし間が開く。しかしセイバーのほうがパワーがあるので、すぐに追いついてくる。車格に差があるので仕方ないのだがやっぱり癪だ。交通違反にならない範囲でブレーキングポイントを手前にとったり奥にとったり、色々してみたがやっぱりエンジンパワーで追いつかれてしまう。


 助手席に陣取ったアンは、キャッキャと喜んでいる。それを見てのぞみは日本語で言った。

「この子すごいね。聖女様の運転で平気なんて……」

 アンは何を言っているのか聞いてきたので、のぞみは英語で言い直した。それにアンは、

「ジェットコースターみたいで楽しい」

と答えた。


 峠を超えて少し下ると眼前に湖水が広がった。

”Wao!”

 アンが喜んだ。連れてきて良かったと思う。

 駐車場に車を止め、水際まで歩いていった。風が強いがかえってそれが心地よい。アンは靴を脱いで足を水につけて騒ぎ始めた。真美ちゃんがそれを見て言った。

「やっぱアメリカ人ね」

 いつの間にか横に来ていたカーリーが言う。

”She’s American.”

 私は思わず「あんたもアメリカ人じゃないのか?」ときいたら「まあね」と微妙に答えた。アメリカ人にもいろいろいると言いたいのだろう。


”By the way,”

 私は話題をかえた。

”Do you still think Saver is safer?”

 私はカーリーに関根さんのほうが私より安全運転かと聞いたのだが、奴は下を向いて考え始めた。


 少ししてカーリーは答えた。

”No”

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