Home Coming Day
杏が博士課程に進み、1年目の秋の出来事です。
扶桑女子大と扶桑女子大付属の学校行事のひとつに「Home Coming Day」というものがある。卒業生を学校に招き、卒業生同士や卒業生と在校生の交流をはかる催しだ。私が付属中にいたころは卒業生の講演を聞くだけという退屈な行事だったが、高校の頃から模擬店なども出されるようになり、第二の学園祭のようになっていった。最近は一般開放もされ、受験生獲得の機会としても活用されているらしい。
その「Home Coming Day」に今年、私は招聘された。博士後期課程まで進学している卒業生はめずらしくもないが、学部が扶桑、修士が札幌、博士が東海村と動き回っているのはさすがにレアケースである。澤田克子理学部長はそんな私に目をつけ、講演をしろとおっしゃる。電話では、
「あんたのように学問を求めて動き回るんは、保守的なもんが多い扶桑の連中にはええ刺激になるやろ」
とおっしゃっていた。そういうことならと喜んでお受けし、ついでに修士で就職した木下優花、札幌に残って博士をめざしている緒方のぞみも呼ぶようお願いした。
付属中に同期で入学、純粋培養で修士まですすみ日本を代表する重工業に研究職で就職した優花は、中学の受験生の保護者に大きくアピールできるだろう。大学院から旧帝国大学に進学したのぞみや私といい対照である。
のぞみはキャリア的にわたしと被る部分が多く、澤田先生はちょっと難色を示した。それについては、
「私だけだと多分むずかしい物理の話で終始し、聴衆の97%がわからない話になってしまうかもしれません」
と言った。この論法だと私を呼ばずのぞみだけでいいということになりかねないが、どうせ人選はまず私を第一に考えているとふんだ。そうであればついでに扶桑の出張費でのぞみを里帰りさせてやろうと思ったのだ。
「理系の同期3人組で講演すれば、それなりの迫力になるじゃないですか。しかも物理で3人ですよ、物理で」
世の中の物理に対する風当たりは強い。合コンで学科が「物理」と言っただけでドンビキする男子は数多いと聞く。澤田先生もよくこぼしており、「高校の物理の先生はもっと反省、工夫せんとあかん」とも言っていた。
こうしてかつての仲間でステージを固めることに成功した。うまくすれば現高校生から中学受験生まで物理の世界に魅了され、扶桑女子大理学部物理学科は安泰だ。私がステージで心細くなることの無いよう画策したわけではない……ことにしておく。
ホームカミングデー当日は、うちの両親だけでなく修二くんのご両親も来てくれた。修二くんは実験の都合上どうしてもこれなかったが「うちの奥さんの晴れ姿をぜひ見て欲しい」と言ってくれたそうだ。千葉の鉄鋼系企業に就職していた恩田真美ちゃんも来ていて、修二くんのご両親に
「杏がいつもご迷惑をおかけしております」
と意味不明の挨拶をしていた。
私達三人の控室は、神埼、唐澤、木下、緒方の4家の両親に加え、中高大の恩師、同期、先輩後輩でいっぱいになった。女子大だから女性ばかりで男性陣はなんとなく押し出され、父親X3,教員数名の男性たちはすみっこでお互いに挨拶していた。なぜかその中に真美ちゃんが加わっており、
「女の子ばっかりで、なんか女性の香りが充満して息苦しいですな」
と言っているのが聞こえてきた。
その大騒ぎの中「すみません、岩田と申します。緒方のぞみさんはこちらで……」と言う言葉が聞こえ、のぞみが固まった。明くんのご両親がいらっしゃることを知らなかったらしい。
優花の講演は、伊達研での強磁場の研究の話から始まり、現在就職先での研究の話になった。就職先での話はビジネスにかかわることだから言えない話もあるようで、うまくぼやかしていた。そのへんを突っ込むわけにはいかないので、伊達研もかかわって柏に作った新しい電磁石について質問しようと思ったが、挙手をしようとしたところでのぞみに止められた。
「今日の聴衆は一般、聖女様の質問は普通の人に理解できない」
小声で注意された。それはそうなので後で聞いてみよう。
質疑応答が終わると、優花はこういった。
「私は院まで扶桑でしたが、扶桑の卒業生が他大学でも活躍できることを証明した二人が、あとに続きます。私の親友の言葉を借りると『人が動くと学問が動く』 それを地で行っている二人です」
と、司会者の仕事を一つ奪ってしまった。
つづくのぞみは、大学院受験の話から始めた。外の大学をえらんだ動機、さらには博士課程へすすんだことについても触れていた。のぞみのえらいところは、博士課程へすすむことでの経済的なデメリット、会社員になる場合はそのスタートが遅れることへの不安、大学へのこった場合のポスト争いについても正直なところを包み隠さず話したことだ。そのうえで超伝導・高温超伝導の話を続けた。それだけにのぞみの学問に賭ける情熱がよく伝わると思う。超電導の話も普通の人にもわかりやすい。のぞみの腐心するサンプル作りの話もして、講演を締めくくった。
私の番になった。司会の澤田先生は、
「神崎杏さんは、先程の緒方さんといっしょに札幌国立大学大学院に進学、現在は茨城県東海村で大学院大学に所属し、やはり博士号取得をめざしています。ただ、この人は学問一直線のひとです。緒方さんのように悩みながらも必死に前進する人もいる一方で、神崎さんのように脇目も振らず学問につきすすむ卒業生もいるということですね、では、神崎さん、お願いいたします」
と紹介した。のぞみのことはいい、だけど私の紹介には若干の問題がある。だから講演の中で訂正すべき点は訂正することにした。
まずは札幌、東海村への進学について語った。のぞみの話は制度や学問的なことが多かったので、札幌の風土については多めに語らせてもらった。寒い冬、快適な夏、おおらかな人々。そして世界と戦う気概。東海村については院生は少数派で大学とはまた違う雰囲気があること、そしてその良さについても語らせてもらった。
研究については理論的な話しは難解なので概略にとどめ、中性子散乱実験について長めに話した。そして今修二くんと挑戦している低次元反強磁性体についても紹介させてもらった。
しめくくりに、今日のプログラムに記載されている誤植について指摘させてもらった。
「えー、最後にですね、本日私、神崎杏とご紹介いただいておりますが、戸籍上は唐澤杏です。一昨年おかげさまで結婚させていただきまして、配偶者は共同研究者でもある、唐澤修二です」
ここで私はスライドを修二くんとのツーショットに切り替えた。会場内を声にならない声が満たす。私の知る中でもっとも修二くんがかっこよく写っているものだ。チョッパー分光器の前で撮ったそのスライドを出しっぱなしにしておいて、私は話を続けた。
「本学は女子大でありますが、後輩のみなさん、ご安心ください。現在ここにおります、木下、緒方、そして私、三人とも、大学時代に出会った男性と、交際または結婚しております」
私はのろけは省略して、後輩たちにエールを送ることにした。
「みなさんもぜひ、学問や仕事と恋愛を両立させてください。ただ、楽な道のりではありませんでした。茨の道かもしれません。私自身、昨年の一年間は唐澤と別居しましたし、札幌の仲間にも遠距離恋愛に苦しむものもいます。ですが、なんとかして仕事と恋愛、そして家庭を両立して女性が活躍できることを証明したいと考えております。みなさんもぜひ、茨の道に挑戦してください」
講演後控室に戻ると、澤田先生が満面の笑みでやってきた。
「あーあんたらご苦労さんご苦労さん。今日の講演はわての狙い通り、完璧やった。毎年真面目な話ばっかりで、つまらんかった。あんたらよーやった」
私はふと気づいたことがあったので質問した。
「先生、もしかして私の名字『神崎』にしといたのって、先生ですか」
「わはははは、当たり前やないか。去年の学会のことがあったからな、あんたならきっとやってくれると、確信しとったんや」
「では先生、私はお釈迦様の手のひらで踊らされる悟空みたいなもんですか」
「うまいこと言うな、それなら三蔵法師は修二さんやな」
「はぁ」
「そういえば子供の頃、西遊記のドラマおもろかったな~。雅子ちゃんきれいやったなぁ~。あんたら物理版、西遊記やな」
真美ちゃんが小声でいった。
「聖女様が悟空なら、猪八戒と沙悟浄は……」
おい、やめろ。
気になったので家に帰って父にそのドラマについて聞いてみた。父のヒントをもとにネットでしらべてみると、三蔵法師役は、それはそれは美しい女優さんだった。同行する3匹はコメディー系の男性俳優である。澤田先生は三蔵法師が修二くん、私は悟空だという。なんかおかしくないだろうか?




