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クリスマス・イブ

 あの効果を「定量的」に測定しようとした榊原先生を前に、私はまだ激怒していた。

 

 自然現象の理解には、「定性的」と「定量的」がある。「定性的理解」とは現象を理解はしているが具体的に数値としては把握できていない状態である。「定量的理解」とは、現象を理解して数値として予測できるところまで行っている状態だ。もちろん私達にとっては現象を「定量的」に理解できるのが研究のゴールである。

 具体的に言えば、「唐澤杏が実験機材に近づいたら実験が失敗する」というのは定性的理解である。「唐澤杏が実験機材に何メートル近づいたらノイズが何パーセント増加する」と予言できるようになれば、定量的に現象が実験的に把握できていることになる。この定量的に現象を把握するのが実験屋さんたちの仕事のひとつである。さらにその効果がどういう理由でおきて、理由から計算して効果が予言できるようにするのが私達理論屋の仕事だ。

 

 それはともかく、明日から実験室への入室をちらつかせる私を前に、観念した榊原先生は白状した。

 中性子ビームが止まっている間、あえてチョッパー分光器を測定状態にしておいて、私の行動と分光器のノイズの相関を調べる。ビームは止まっているから、更正用の中性子源を機材の中に入れておく。私の行動のデータ化は、位置情報アプリを私のスマホにインストールするよう修二くんを誘導することで解決していた。私の位置情報とチョッパー分光器の様子を関連付ければ、それによって「聖女効果」が「定量的」に明らかにできる。

 先程私を車へ追いやったところで修二くんから私の位置情報をもらおうとして、さすがにその理由を修二くんに言わないわけにはいかなくて、それを聞いた修二くんが「不愉快」となったということらしい。

 

 もう私は理性的に話をする気なんかなくなった。

「先生、関係するデータ、今、この場で全部消去してください」

「え、いや、そんな、唐澤くんにおねがいするの、大変だったんだよ」

 修二くんに位置情報アプリの素晴らしさを説き、新婚家庭の安心、安全のためインストールは必須だと洗脳せんばかりに吹き込んだらしい。

「のぞみ、知ってたの?」

「さっき知った。こんなの許せない。修二くん気の毒すぎ」

「そうよね、少なくとも現代で被験者に無断でおこなったこんな実験、許されるわけないよね」

 私は、今一度IDカードをデスクに叩きつけながら言った。

 榊原先生は、

「申し訳ありませんでした」

と言いながら、データの消去を始めた。

「修二くん、SHELのバックアップシステムの方も消去お願いね。あ、明日でいいや、帰ろ」

 私は端が少し欠けてしまったIDカードをカードケースにしまい、制御室をあとにした。

 

 後で聞いたら、のぞみはSHEL出張の話があった最初から何か怪しいと思っていたとのことだ。

 

 冬が来た。修二くんから電話が来た。

「ごめん、クリスマス、帰れない。正月はかならず帰るから、ごめん」

「うんわかった。私、そっち行くよ。さすがにクリスマス一人は死んじゃう」

「わかった、ごめんね」

 修二くんに言われるまでもなく、今年のクリスマスは修二くんが札幌に帰ってこないことを予期していた。中性子実験施設の年間計画でクリスマス中もビームが出ていることを知っていた。

「私さ、クリスマスイブにそっち行くよ。それでさ、夕方SHELまで迎えに行くから、修二くんぎりぎりまで実験してていいよ。それでさ、他の人には悪いけど、イブはゆっくり二人ですごそ」

「うん、わかった。待ってる」

「それでさ、車家に置いといてよ、それで迎え行くから」

「了解」


 12月24日、私は修二くんに伝えていたより早めに東海村入りした。

 最初にケーキ屋さんに行って、やすいホールのクリスマスケーキを買った。これを家に持ち帰り小さめに切り分ける。

 サンタのセクシーコスチュームを着込み、上に大きめのコートを羽織る。ケーキと紙皿、プラスチックのフォークを車に乗せて、SHELに向かう。

 中性子実験施設についたら修二くんに電話して、挨拶したいから会議室にお集まりいただくように伝えるよう頼む。

 頃合いを見てコートを脱ぎ、サンタコスでケーキを持ち施設に突入する。

 

 ついでに言っとくと寒風吹きすさぶ東海村は、札幌ですでに雪にやられている私にとっては春である。セクシーサンタコスでも寒さなどかけらも感じない。


 会議室のドアを開けると、榊原先生始め、主なメンバーはほぼ居た。

「メリークリスマース!」

と大声で言って入室する。唖然とする人々にちっさいクリスマスケーキの箱を開け、中を見せる。

 以前聞いたことがあった。クリスマスでも実験中ということはよくある。世の中が浮かれている中、実験はストイックにすすむ。ストイックと言うよりむしろ、クリスマスであることを忘れたくなるらしい。ある年よせばいいのにクリスマスケーキを施設に持ち込んだものがいて、かえって悲惨な気持ちになってしまったというのだ。

 私は秋の一般公開の際、大変に不快な思いをした。だからその仕返しに、悲惨なクリスマスをみなさんにプレゼントしようとしているのだ。

 

 私は切り分けられたクリスマスケーキを厭味ったらしく紙皿にのせていく。あまりに小さく切られたケーキは紙皿の上でパタンと倒れてしまう。

 修二くん以外の全員にケーキを配ったところで、私は宣言した。

「じゃ私は修二くんと二人、イブを楽しみますので。修二くん、行くわよ」


 車に乗ったら修二くんはわかりきったことを質問してきた。

「杏、これって秋の一般公開のときの仕返し?」

「そうよ」

「もしかして、この話榊原先生の奥様、知ってるの?」

「うん、もちろん。一般公開のときのこと話してある」

「だからか。榊原先生、今朝、イブだけど帰るの遅くても大丈夫だって奥様に言われて落ち込んでた」

「ふーん。聖女様を怒らせたら怖いのよ。しつこいのよ」

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