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離婚の危機

 私は激怒した。

 

 メロスでない私でも激怒した。アニメの子のことではない。SHELの中性子散乱実験部門で、私を対象とした研究が行われていようとしていたからである。もちろん修二くんも巻き込まれていて、ことと次第によっては離婚の危機が訪れていたかもしれない。


 私が違和感を感じたのは、一般公開の二日前、中性子ビームがとまってからのことだった。SHELの一般公開中は外部からの見学者に対応するため、実験どころではない。だから陽子シンクロトロンもストップ、それを利用している中性子のビームラインもストップ、実験もしない。それなのに、チョッパー分光器の制御コンピュータには常時一人が張り付いている。一般公開の準備のためめちゃくちゃに忙しいのに、一人コンピュータの前から動かない。さらにそれを誰も注意しない。さすがにおかしいと思い榊原先生にきいてみると、システムにに不調があり、様子をモニターしているとのことだった。

 私はビームがストップして制御室だけでなく実験ホールまで立入が許されて嬉しく、方方みてまわっていたのであまり追求しなかった。ただ実験ホールに入るとチョッパー分光器のみなんだか測定中である。中性子線がでていないのに、何を測定しているのかとにかく分光器が動いている。

 

 残念なのはビームが止まると実験が終了した伊達先生、優花、高木さんが帰ってしまったことである。もっとゆっくりいろんなことを話したかった。

 

 一般公開の2日間は去年と同じくのぞみと二人、私が案内役、のぞみが体験教室担当で忙しかった。今年は新発田先生のお嬢さんは姉妹二人で来てくれた。ちょうど私のそばに修二くんもいたのでまとわりつかれ、楽しい時間だった。

 

 一般公開は無事終わった。一般公開が終わって片付けとなっても、チョッパー分光器の制御コンピュータには人員が割かれていた。いくらなんでも不自然だった。

「榊原先生、分光器になにか不調があるんですか?」

 私はできることがあれば手伝おうと、先生に声をかけた。

「いや、大したことじゃないよ。いまからデータを整理して、すぐに終わると思うよ。そんなことより聖女様、唐澤くんと早く帰りなよ。君、また札幌にもどんなきゃいけないんだろう」

「ありがとうございます、ではお言葉に甘えて」

と、私は帰宅することにした。

「あ、唐澤くん、ちょっといいかな? 聖女様は車に先に行ってなよ、すぐ終わるから」

と、修二くんは榊原先生に呼ばれ、私は追っ払われた。早く帰宅したい私は深く考えず、先に車にもどって修二くんを待つことにした。

 

 もう秋分だから、外は真っ暗である。車で修二くんをまちながら、ここ数日のことを思い返す。実験施設に来て、実験中の研究者と議論をし、さらには一般公開で外部の人々との交流をもち、充実した日々だった。満足感が私を満たした。

 

 しかし修二くんは遅い。なにかあったかと思い、制御室に戻ることにした。

 

 制御室のドアを少し開けると、中で何か揉めている。

「ですから僕は、不愉快です」

 修二くんのやや感情的な声が聞こえる。

「だけどさ、聖女様来年ここだろう。聖女効果の影響範囲を厳密に明らかにしておけば、彼女だって気楽に行動できるだろう」

 これは榊原先生の声である。

「でも先生、聖女様の気持ちってのもあると思うんですよ。私は大学の1年から見てますけど、5年間、ずっとこれに苦しめられてきたんですよ」

 のぞみの声もけっこう大きい。

「だけどさ、これで定量的に明らかになればさ」

 

 これらのやりとりで、だいたい何が議論されているのかわかった。「聖女効果」である。ここ数日かけて何がなされていたのかわかってしまったのだが、当事者の口を割らせることにして制御室に踏み込んだ。

「何の話をされてるんですか?」

「いや、なんでもないよ、唐澤くん、奥さんがお待ちだよ。早く帰ろう」

 榊原先生の動揺した声が、人も少ない制御室に響いた。

 私はズカズカと制御コンピュータの前まで行った。

 

「どういうことだかお教えいただけますか?」

「いや、なんでもないって」

 なんでもないことはないことは、修二くんとのぞみの様子からわかる。私は切り札を出した。デスクの上に、実験ホールへの入室用IDカードを叩きつけるように置いた。

「私、出張あと2日残ってるんですよね。ビーム、明日から出るんですよね。ぜひお手伝いさせていただきたいですね」

 明日から中性子ビームが出て、中性子散乱実験が始まる。

「あと2日の間に、ゆっくりとお話を聞かせていただければ大丈夫ですよ」

 デスクに置かれたIDカードは、実験室内に私があと2日間自由に立ち入れることを示している。あの効果をすべての分光器に及ぼすことも可能だ。つまり私は、明日からの実験をだめにされたくなければ早く話せと脅迫しているのだ。

 修二くんが言う。

「先生、もう完全にバレてますよ。早く話したほうがいいと思います」

 のぞみも修二くんを支持する。

「先生、このやり方のまずいところは修二くんも共犯にしてることですよ。これがもとで離婚なんかしたら、学会内でものすごい数の敵ができますよ。少なくとももう二度と北海道の土は踏めなくなると思います」

 だれかが、

「川崎も立入禁止になるな」

とつぶやいた。

「唐澤くんの古巣、柏からも敵視されるな。終わったな、ここ」


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