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大学における男女比

 札幌の部屋で修二くんと食事を摂っているとき、修二くんが意外なことを言い出した。

「そう言えば緒方さん、明の家に住み始めたんだってね」

「え、なにそれ、知らない」

「ふーん」


 その場はそれで済ませたが、本当はかなりショックだった。

 のぞみの気持ちは知っていたし、明くんの気持ちも知っていた。収まるべきところに収まったということでめでたいことではあるが、ちょっと水臭いのではないだろうか。

 

 のぞみとの付き合いは長い。中学入学以来だからもう十一年にもなる。私にのぞみへ隠し事なんてないし、色々と恥ずかしいことも知られている。正直言って私よりのぞみの方が繊細だから、のぞみが多少私に言ってないことがあっても気にしない。

 

 しかしこれはそんな軽い話じゃない。

 

 私だって私なりに二人の関係に協力してきた自負がある。

 

 というわけで修二くんが東海村にもどってしまったあと、私はのぞみを大学正門近くのカフェに呼び出した。学内でありながら物理の人間はめったにこないから、プライベートな話には適した場所である。

 コーヒーを啜りながら待っていると、やがてのぞみが小走りにやってくるのが見えた。

 

「聖女様ごめ~ん、遅くなった」

 私は結構ムッとしていたので、いきなり本題に入った。

「のぞみ、私に謝ることあるんじゃない?」

「あ、明くんのことか、うん、ごめん」

 あっけなかった。

「どういうことよ。説明してよ」

「あのね、修二くんが札幌に戻ってくる日程がわかった日があったでしょ」

「うん」

「あの日にね、明くんに家に来いって誘われたのよ」

「うん」

「明くんはね、軽い気持ちで誘ったっぽかったんだけど、私は動揺しちゃった」

「うん」

「もちろんね、最初聖女様に相談しようと思ったんだよ。だけどさ、修二くんもどってくるってんで超ハッピーになっている聖女様には遠慮したんだ」

「別に遠慮しなくていいじゃん」

「だってさ、聖女様、こうだったんだよ」

 のぞみはスマホをちょっといじっって、画面を見せてきた。

 画面では、居室の机の前で私がスマホを握りしめている。事務椅子に座って完全にアホな顔でその椅子を回転させ、クルクルしている。動画はこっちに向かって私が手を振って終わっていた。

 顔から火が出た。

 

「確かに相談できる状況じゃないわな」

と言うしかなかった。

「でしょ、っていうか、こんな幸せな聖女様を私は邪魔したくなかったんだよ」

「でもしっかり動画とってるじゃん」

「うん、今役に立った」


 一応のぞみが私に気を使ってくれていたことは了承した。しかしそれで話が終われるわけがない。

「真美ちゃんに相談したの?」

「うん、で、一緒に下着買いに行った」

「ちょっと待て、頭が追いつかない」

「じゃ、最初からちゃんと話すね」


 のぞみによると、明くんの部屋が汚いということで冗談で「掃除してあげる」と言ったら、来てくれと言われた。実際に明くんの家に行ったら明くんはとても紳士で、帰ろうとしたらやっと「好き」と言ってくれた。そのまま明くんの家に居着いた、ということらしい。

 

「そっかおめでと」

「ありがと」

「もちろん、真美ちゃんには報告済みだよね」

「うん、でも面と向かってはまだ」

「なんで」

「エロい」

 そう言うのぞみは首まで真っ赤だった。

 

 気持ちはわかる。真美ちゃんはオヤジ化するとかなりやばい。真美ちゃんのエロ攻撃をのぞみは一人で受け止める自信がなかったのだろう。私はスマホを出して、SNSで真美ちゃんに「今ひま?」と送った。

「微妙」

と返ってきた。

「今のぞみと正門のカフェに居る」

と送ると、

「すぐ行く」

と返事があった。


「真美ちゃんすぐ来るって」

「うん、ありがと」

「ちゃんといいなよ」

「わかってる」

 のぞみはまだ顔が赤かった。

 

 割とすぐに真美ちゃんは来た。

 のぞみは緊張してか、立ち上がって真美ちゃんを迎えたが、真美ちゃんはのぞみにいきなり抱きついた。

「のぞみん、おめでとう。やっと言えた」

「うん、ありがとう、相談乗ってくれて」

「ははは、じゃ、今夜は聖女様のところで報告会じゃな」

 早くも真美ちゃんはオヤジ化し始めた。

 

 なんんとなく三人で幸せな気持ちでいると、スマホに池田先生から連絡があった。なぜか大石研にのぞみと二人で来いとのことだ。時間があるときでいいとのことだが、中身が気になるのですぐに行くことにした。なんせ大石先生は原子核理論である。私ものぞみも物性なので何の話か気になった。

 

 大石研は池田研と同じく理学部棟3階、池田研とは階段をはさんで反対側だ。あまり来たことが無い廊下をのぞみと二人で進む。明くんに天体望遠鏡を見せてもらったとき以来だろうか。

「大石先生、神埼と緒方、参りましたー」

と声を掛ける。私は緊張で名字を間違えた。

「ああ、悪いね、うちの奥さんが話しがあるって。ゼミ室にいるよ」


 大石先生の奥様真弓さんは宇宙論の研究者で、明くんと同じ研究室だ。真弓さんは大石先生とあまり年齢が変わらないはずだ。ご主人である大石先生といっしょに札幌にいるため、他の大学の研究者のポストを断って研究生という中途半端な身分でいるらしい。だから話の内容はなんとなく読めた。

 

 私達がゼミ室に行くと、真弓さんは笑顔で立ち上がって迎えてくれた。

「まあ座ってよ」

「「失礼しまーす」」

「うん、で、あなた達、今月の学会誌、読んだ?」

 学会誌とは、物理学会が会員向けに出している雑誌である。速報性は無いが、話題の研究を日本語で解説してくれているので四年生や修士課程の院生にとってはとても勉強になる。当然私ものぞみも毎月読んでいる。私は早速食いついた。

「はい、カイラルフォノンですね。解説では強磁性体、反強磁性体でしたが、磁性と共存する超電導とも関連がないか考えていたんです」

 のぞみが私の腕をつかみ、左右に首を振った。

「聖女様、その話じゃないと思う」

 真弓さんは学会誌最新号の表紙を私達に示した。表紙にあるグラフは、日本の大学における男女の割合を大学生から教員まで比較したものだった。

 学部では女性が約45%、大学院では30%くらい、助教・講師では似たようなものだが准教授で27%、教授で19%、学長になると14%である。つまり22才くらいまでは男女の数はあまり変わらないが、進学して大学内に残ってとなると女性が全体の3分の1になり、教員となるとどんどん減っていくということを示している。

「これが私達の現実ということだよ」

 真弓さんは博士課程を希望している私達二人に、現実を直視せよと言っているのだった。

「ま、あなた達は純粋に学問のために博士行くんだから、とうに覚悟はできているんだろうけどね」

 するとのぞみがうつむいてしまった。だから私は反論する。

「真弓さん、私は修二くんが好きで、博士行く理由の半分は修二くんです。のぞみも似たようなものだと思います」

 札幌に来たばかりの私なら、純粋に学問で博士課程に進学すると言い切れただろう。だけど今の私にそれが言える自信はない。だからさらに言葉をつなぐ。

「ですが、学問はちゃんとやります。人並み以上にやります。それに真弓さん、生物の生きる目的は子孫です。私は修二くんの子孫を残します。のぞみは多分明くんの子孫を残します。だから、博士に行く理由の半分が修二くんや明くんであってもいいんだと思ってます」

 真弓さんは謝ってきた。

「そうだったんだ。ごめん、私はそれでいいと思うよ。だけどね、覚悟だけはしておいてね」

 この言葉には重みがある。普通だったら夫婦ふたりで研究者として稼げるはずが、大石夫妻は学問と家庭のために、一人分の収入でがまんしているのだ。真弓さんは話をつづけた。

「私のポジションが正しいとは言わない。正直私だって悩んでる。だから私はあなたたちの味方だよ」

「はい、ありがとうございます」

 私はこのあたりで涙が出ていた。のぞみもそうだろう。

「いつでも、相談してね。ぐちだってきいてあげる」

「はい」

「いつでもって、卒業してからもずっとっていう意味だよ」

「ありがとうございます」

「早く私の同僚になってね」

 もう涙で返事ができなかった。

 

 その夜久しぶりの女子会をやった。ゲストに真弓さんを呼んだ。真美ちゃんは真弓さんを前にしばらくはおとなしかったが、結局いつもと同じになった。それというのも真弓さんがのぞみが明くんの家にいったときのことを聞いたのがいけなかった。

「のぞみん、お主、あのパンツをはいて行ったのか」

「行ったわよ」

「で、明くんの反応は」

「黙秘!」

「今日もあのパンツかの?」

「そんなの毎日はけるわけないじゃん」

「何を言う! わしはカサドンのため、毎日あの新パンツで備えておるぞ! ホレ!」

 真美ちゃんはいきなり立ち上がりズボンの脱ぎそうになった。私とのぞみの二人がかりで押さえつけ、真弓さんは目を丸くしていた。

 

 私はその後の記憶は無い。無いが真弓さんによると、泥酔した私は真美ちゃんのズボンを引きずり下ろしパンツを確認していたという。記憶がないので真美ちゃんのパンツの詳細は未だにわからない。

参考文献

姚大鵬 村上修一, 日本物理学会誌79, 307 (2024)

河野銀子, 日本物理学会誌79, 303 (2024)

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