6、入部初日
帰りのホームルームを終え、三階にある部室へ。
部室となっている教室のドアを開けると、既に加木先輩が来ていた。
と言っても、昨日同様に異様な光景。
「お疲れさまです。今日からお世話になります」
「ん~。おつ~。よろ~」
ん~。これで大丈夫なんだろうか? 先輩は今日も椅子を並べて寝てるし、テーブルには食べ掛けのお菓子が散乱。
「あの~。先輩?」
「お菓子はご自由に、どうぞ」
「執筆はしないんですか?」
「今は眠いから、寝かせて。原稿用紙はそこの本棚に、大量にあるから、自由に使って」
「本棚にですか? あ、これですね」
本棚に近づいて、原稿用紙の有無を確認した。
本棚というより物置棚に変わっているようだけど、まぁ、黙っていよう。
「いきなり執筆で大丈夫? プロット書かない派? 書くこと決まってる?」
「大丈夫だと思います」
「そ。んじゃ、おやすみ~」
言うが早いか、数秒で寝息が聞こえてきた。
椅子で寝てて、体は痛くないのだろうか。寝返り打ったら、絶対落ちるような?
「色々気になって、執筆出来るかな」
その前に、テーブルのお菓子をなんとかしよう。
端に寄せて、原稿用紙を置けるスペースを確保して。
余っている椅子を使わせてもらって、始めての本格的な執筆。
書き出しで物語の全てが決まるといっても過言ではない。
だけど……。
「書き出し、決まらないぃ」
竹ノ内先生は、まだ来ていない。どうしよう。書き出しで進まないなんて、加木先輩は寝ちゃったし、誰にも聞けないよぉ。
『それは、青空が高く澄み渡る、夏の日』
うーん? 違う?
『それは、空が高く澄み渡る、夏の日。蜃気楼は遠く、セミの羽音が、響き渡る』
これかな。書き出しは、これにしよう。
『私は、遠く離れた誰も知らない場所へ、やって来た。秘境と呼ばれていそうな、そんな場所』
良い感じかもしれない! 意外と書けるもんだね。私。
でも、なんか違うんだよね。
それからどれくらい書けたんだろう。放課後の部室は、いつの間にか薄暗くなっていた。
今、何時だろう。ここって時計ないの?
「ふあーぁ。よく寝た……」
加木先輩が、ようやくお目覚め。上体を起こして、あくびをひとつ。頭を掻いて、またあくび。
「お目覚めですか? 先輩」
「ん~? あ、羽山?」
「はい。おはようございます」
「おっはー。電気くらい点けろよ。目ぇ悪くなるぞ」
そういえば。電気点けてなかったこと、先輩に言われて、初めて気づいた。
「夢中で書いていたら、忘れてしまって」
「もしかして、小説書いたことある?」
「少しだけ。受験が終わってから、空いた時間を使って、ショートストーリーを書いていました」
「ふーん。なるほど。文化祭用に幾つか書くよ。文化祭で販売するから。今年は」
その言葉の意味を理解するまで、中々に時間を要する。
文化祭用に、幾つか書くよ? 文化祭で販売するから?
「そろそろ帰るぞ。早く行かないと、玄関閉まる」
「は、はいっ」