与三郎の太刀
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刺客は辻で駕籠が来るのを待っていた。襲撃だが一人である。腕には自信があった。18で免許皆伝。今では師範代として指導している。
ただ、こんな仕事を請け負ってしまったのは、病気の妻のおつうの薬代が必要だからである。肺病に罹ったおつうは、床に伏せて苦しそうに咳き込み彼を心配させる。
「できれば、こんなことはしたくない……」
恨みも全くない他人に手を掛けるのは好ましくなかった。
――迷っているな。
彼は苦笑した。こんなことで人を切ることができるのだろうか。道場の試合ではないのだ。
狙いの駕籠が見えてきた。陸尺が二人に護衛の侍が一人。それなりの速度で走っているのに息が上がってない。鍛えている者のようだ。こいつを倒さないといけない。難敵だと直感した。
狙いの相手は駕籠の中だ。だが、護衛を倒さなければならない。
「待てい」
彼は大音声で駕籠を止めた。抜刀する。陸尺が慌てて逃げ出す。
護衛の侍も抜刀する。居合いを使う気はないようだ。
「東寺与三郎と申す。名はなんと申される」警護の侍が言った。
「故有って名乗りできず。雇われたとしか言えん。すまぬがお命頂戴つかまつる」
「名乗られないと申されるのだな」与三郎は太刀の切っ先を平青眼に構え、上下にゆらゆらと動かしている。
「そうだ」
「剣の切っ先が見えるな」
「うむ」
「虫の音が聞こえるな」
「うむ」
「剣の柄の重みを感じるな」
「うむ」
「おぬしはこの襲撃はあまり気が進まないようだ。何か事情があるのであろう」
「う……む」
彼は与三郎の切っ先に目が沈んで離せなくなった。
「三つ数えると眠くなる。一つ……二つ……三つ……」
そして、彼はふらふらとその場に寝てしまった。
与三郎は剣を柄に納めた。
駕籠の中から見ていた商家の主人が驚いて、
「さすが先生。剣を交えずに倒すとはどのような術で?」
「なに、たいした術でござらん。眠りを催させる術とでも言うか。ちょっとお待ちを。捕縛します」
と言って、彼が目が覚める前に縄を掛けた。
「拙者の感じだとこの者は仕方なく切ろうとしたのであって、事情があるように思えました。番所に突き出す前に話を聞いてみたらいかがだろうか」与三郎は主に言った。
目覚めた彼は、恥の感覚を得たが、それ以上に与三郎の術に感嘆して弟子になりたいと言い始めた。
「寝たところを殺しても良かったのに、捕縛し、事情を聞くべきとはあっぱれな御仁である。妻が病気のため薬代に受けた仕事を返上しよう」
「お侍さん、安くて良い医者を紹介しようじゃないか。諦めてくれたお礼として」商家の主人は顔が広いのでそんなこともできる。
「かたじけない。気が進まない仕事だったのだ」
彼は手を汚さずに済んだことを喜んだ。スッキリと目が覚めたところに見えた菖蒲の花が奇麗だった。




