王様の共感ソング
王様に共感する歌は、一体誰が作るのだろう?
その日僕の胸に突如として湧きあがったのは、そんな訳のわからない疑問だった。
◆
共感ソング、という言葉がある。
それは読んで字の如く聞く者が共感するように作られた歌のことで、その対象はオタクであるとか片思いしている人であるとか─────まあとにかく、辛い思いをしているどこかの誰かだ。
そしてそんな「誰か」は、その曲を聴いて「一人じゃないと思えた」だとか、「いつも勇気づけられている」だなんてSNSに書き込んで、毎日の辛いことを忘れているのだそうだ。
……「だそうだ」という言い方をしたのは、僕があまりそう言ったものに縁がないというのがある。
僕は今現在小学六年生。辛いこともないし、悲しいことも……まずまずない。ちょっとテストの点が低くてしょんぼりするくらい。何も考えずただ校庭で鬼ごっこをするのが、僕の「日常」なのだ。そんな僕の日常には、音楽に頼らなきゃいけないほどの事は起きないし、そもそも歌詞を正しく読み取れるだけの読解力もない。(残念なことに、僕の国語の成績は散々である)
共感ソング、なんてのも、家でいつも騒いでるお姉ちゃんがいたから知っているだけだ。それ以上の情報は知らなかったし、聞こうとも思わなかった。もちろん、興味もなかった。
……だけどある日、いつも通りに学校で給食を食べている時に、僕は本当に突然、そのことについて一つの疑問を持ち始めた。
そしてそれが、つまりは最初の「王様の共感ソング」というやつだったのである。
◇
共感ソングは誰が創るのか? ————それは勿論、そのことを「共感」できる人だろう。
文章、特に歌詞は、自分が体験したことじゃないと書くのが難しい。全身を舐めとるような梅雨の湿気も、どこかツンとくる花の香りも、ただ想像するだけでは書くことができない。自分が見て、聴いて、嗅いで、その上で自分の言葉に落とし込んでみないと、その文章はきっと形だけの薄っぺらなものになってしまうに違いない。
そして、共感ソングなんてのは、特にその傾向が強いんじゃないだろうかと思う。人の感情ってやつは複雑で、しかも文章にしにくい。例えばお金がない人はお金持ちの気持ちなんて知らないし、恋をしたことがない人には、恋する気持ちは永遠にわからないんだ。
……だから、そう、だからこそ、僕は「王様」のことについて考える。
この世界に、一体「王様」は何人いるだろう? この世界に「王様」の気持ちがわかる音楽家は、あと何人のこっているだろう? 王様の共感ソングをかけるひとは、一体どこにいるのだろう?
──────きっと、そんな人いない。この世界のどこにもいやしない。
だって、この世界で「王様」になったことある人なんて、ずいぶん限られている。そんな世界で、王様の本当の気持ちなんて、誰にも分かるはずないんだから。
それに例え居たとして、それでも結局音楽になることなんてないだろう。「共感ソング」は、可哀想な人のために、辛い思いをしている人のためにある。偉くて、強くて、辛くなさそうな人の為に書かれる歌なんて、そもそも共感ソングとして間違っているんだ。
だから、王様の共感ソングは誰も書かない。誰も歌わない。誰も奏でない。……でもそれは、もしかしてすごく寂しいことなんじゃないか。僕は、そう思った。
いや、もしかしたらそんな事はないのかもしれない。彼らは強いからこそ王様なわけで、誰かに共感してもらわなきゃいけないことなんてないのかもしれない。僕だって王様だった事はないから、こんなの全部妄想だ。
……でも、やっぱり悲しいんじゃないかなと、僕は思う。
だって、一人ぼっちは誰だって嫌だろう。
僕は昔、お姉ちゃんがあるバンドの共感ソングにハマっている時に「この曲がないと生きていけない」と熱弁していたことを覚えている。誰かが応援してくれている、自分だけが悲しいわけなじゃない。それがすごい力になるということを、僕は知っているのだ。……でも、それじゃ逆に言えば、自分だけが悲しいというのは、すごく怖いってことじゃないだろうか。———そして、王様はいつも一人なわけで。
勿論、王様っていうのは強い。偉いし、立派だし、自分の思うように世界を動かせるというのは、きっと爽快ではあるんだろう。
でも、結局はそれだけだ。
誰も対等な人がいない、誰もわかってくれる人がいない。彼らは絶対の存在である代償に、絶対の孤独を強いられている。そんな王様達がもし「悲しい」と思った時、一体、誰がその肩を支えてあげられるんだろうか。僕は、そのことをずっと疑問に思っている。
理解すらできない悲しみを、どうやって受け止めてあげたらいいんだろうか。
体験すらできない苦しみを、どうやって共感ソングにすればいいんだろうか。
誰も目を向けてあげられない、王様のための共感ソング。その為に、僕ができることって、いったいなんなんだろう。
◆
さて、こうして長々と語ってきた僕だけど。実はこの変な独り言は、たった一文に要約することができる。
王様とか共感ソングとか、変なものを引き合いに出してきたけど、そんなの実はどうだってよくて。
僕が、本当に言いたかった事は—————
今日も一人、あそこでご飯を食べてる王様と、僕はどうやったら友達になってあげられるだろう。
ただ、それだけなんだ。
最後までお読みいただき、誠にありがとうございます。作者がなんとなく日頃から感じていた疑問を、ある小学生の少年に仮託してもらいました。
最後に彼が話しかけようとした子が誰なのか、どんな状態なのか、どうして友達になりたいのかは、皆さんの想像にまかせます。その子が「王様」である、という以上の設定はわたしのなかにはありませんので。
「王様の共感ソング」………下を支えすぎるがあまりに逆転した「強者」と「弱者」の存在。そのことへの微かな疑問が、稚拙な文章ながら皆様の人生に何かしら影響を与えられればと思います。
では、また別の小説でお会いいたしましょう。
この小説が、皆さんの人生を彩る宝となってくれることを願います。