朧月夜
霧の深い満月の晩。男が出逢ったのは、美しくも不思議な一人の女。生きている人間の気配を感じさせない女は実は…。
(幻想/歴史/切ない)
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興味を持って下さったありがとうございます。少しでも読んで下さった方の心に残れば嬉しいです。
ある綺麗な満月の夜、時信は寝苦しさを覚えて縁側に出てきていた。
暑くも寒くもない夜だが、強い風が吹いており、木々や屋敷の合間を縫う風が悲鳴の様に聞こえる。
夜空を見上げると、星がないせいか月がよく見え、時信は小さく息を吐いた。
こんな夜は、満月に誘われて妖の類いが現れそうだ。
もし本当に妖が存在するのなら、是非とも会ってみたい。
そんな事を考えていると、突風が吹き、辺りの篝火が消えた。
それと同時に頬に痛みを感じ、手をあてると、どうやら切れている様だ。
「鎌鼬か…」
まさかと思いながらも、ついそんな事を呟くと、りん…と澄んだ鈴の音が響いた。
(鈴の音だと…?)
こんな真夜中に、誰か起きているのだろうか。
ゆっくりと辺りを見回すが、鈴はおろか、変わった所はない。
空耳かと思いつつも、何やら自分以外の"何か"がいる様な気がし、草履を履いて庭に出ると、庭の隅に人の姿が見えた。
普通なら、誰かいるのかと思うだろうが、そんなはずはないと、時信は眉をひそめる。
何故なら、ついさっきの突風で、全ての篝火が消えてしまっているからである。
満月のおかげか、確かに視界は悪くはない。
だがその人物は、あり得ないほど鮮明に見えるのだ。
まるで自ら光を発している様に、暗闇の中でもはっきり見える。
年の頃は数えで十六、七くらいだろうか。
息を飲むほど美しい娘だ。
だが血の様に赤い目と、雪の様に白い肌が、命の温かさを感じさせない。
生きている人間とは到底思えないが、さりとて恐怖も感じない。
時信は一歩、娘へ近付いた。
すると、娘はおもむろに頭を下げる。
「…何モンだ?幻…いや、妖の類いか」
どうやらこちらに対する敵意はない様で、時信は口角を上げて腕を組んだ。
「ここに何の用で現れた?」
頭を上げた娘にそう問い掛けると、娘は着物の袷から木彫り人形を取り出し、時信へと差し出した。
「…俺にか?」
無言のまま頷く娘から人形を受け取ると、その直後、再び強い風が吹き、時信は思わず目を閉じる。
「ッち…」
強すぎる突風に舌打ちをして目を開けると、そこには既に娘の姿はなく、篝火には消えたはずの火が再び灯っている。
「……」
まさか夢でも見ていたのか。
夢遊病の気はなかったはずだと苦笑するが、手の中には娘から手渡された木彫り人形が確かにある。
不思議な事もあるものだと、その形をよく見た時信は、兎の形である事に気付き、首を傾げた。
不恰好な手彫りだが、確かに兎の形に彫られている。
「…ん?」
ふと足元を見下ろすと、娘が立っていた場所に、何かが落ちている。
拾ってみると、兎の毛の様だ。
それを見た瞬間、仕事に出た先で、怪我をして死にそうになっていた兎を助けた事を思い出し、時信は兎の木彫りを握りしめた。
「…フン、満月だからな…、洒落た恩返しじゃねぇか」
こんな話は、誰に話しても信じないだろう。
もし誰かに話したら、一体どんな顔をするだろうか。
間違いなく、夢を見たのだと馬鹿にされるだろう。
時信は妖に出会った証拠でもある兎の木彫りを夜空に掲げた。
満月の光に照らされる木彫りの兎は、まるで今にも飛び跳ね、月へと戻って行きそうに思えた。
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