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シンデレラはガラスの靴をはかない

仕事も順調、誰もが羨む理想の彼氏。何の不満もない人生…のはずの"ゆえ"。順風満帆に見えるゆえだが、実は小さな不満が…?

(甘々/溺愛/すれ違い/ハッピーエンド)

---------


興味を持って下さったありがとうございます。少しでも読んで下さった方の心に残れば嬉しいです。


日が落ち、暗くなった空。

ゆえはこの寒さにも関わらず、人通りの減る様子を微塵みじんも見せない交差点で、信号が青に変わるのを待っていた。


クリスマスも終わり、華やかに賑わっていた街は年末に向け、慌ただしさを見せ始める。


それでも会社や学校等は長期休みに入り、ボーナスの出た社会人たちは忘年会や、新年会などで盛り上がるだろう。


ゆえはふと、腕時計を見た。

時刻は18時ジャスト、恋人との約束までの時間は後1時間。

このまま信号で止まっていたら、恋人が自宅に迎えに来る時間に間に合わない。


はやる気持ちで信号を見返すと、信号は赤から青に変わり、ゆえは安堵した様に足を進めた。

これで駅前のタクシーが捕まれば、約束の時間に十分間に合う。


今の自分の姿はノーブランドのTシャツに、ラフなジーンズ姿。

そして寒くない様に、上からシンプルなパーカーを羽織はおっているだけだった。

この姿のまま、迎えに来た恋人と鉢合わせる訳にはいかない。


ゆえの恋人である篠塚義忠しのづかよしただは、業績は右肩上がり、現在株価も上がっている大手企業の営業部部長だった。

そしてゆえは、その会社の受付嬢と言う余りにも違いすぎる立場。


その立場のせいなのか、仕事が終わった後もきっちりとしたスーツ姿を崩す事はせず、恋人のゆえですら、スーツ以外の服装を見る事が出来るのは本人の自宅。

つまり義忠のマンションだけだった。


そのマンションも、義忠の年収をうかがい知る事が出来るかの様なセキュリティのしっかりした高級マンション。


付き合い始めてから、ゆえが初めて義忠のマンションへと行った時、住む世界が違うのではないかと思った程だった。


受付嬢をしていたゆえは仕事が出来、そして他の誰よりも紳士的で優しかった義忠に惹かれ、猛アタックを開始、告白。


義忠は苦笑しながら、ゆえの一世一代の告白を受け入れた。

その時の喜びは、義忠の返事を聞いたその場で腰が抜けてしまった程だ。


でも、付き合い始め頃の幸せは今はない。

あるのは不安だけだった。


出掛ける度に、服に靴にアクセサリー。

色々な物を買ってくれる義忠に感謝し、喜んでもいた。


だが、そのプレゼントはどれも高く、とてもじゃないが普段着たり、使えたり出来るような物ではなかった。

アクセサリーどころか、靴一つ取っても何十万。

それを毎日の様に、出掛ける度に買ってくれるのだ。


つい先日も「次の夕食の時に着ると良い」とプレゼントしてくれた服や靴や、バッグにアクセサリー。


総額いくらなのか、ゆえには想像すら出来なかった。


今夜はその一式を着なければならない。

そう、"着なければならない"のだ。


ゆえは今の自分の姿を見て、ふぅ…と溜め息を吐いた。

こんな格好をした自分を見て、義忠はどう思うのだろう。


以前、一度だけ「買い物に行こう」と言う義忠の言葉に、普段友人達と遊びに行く時と同じ様な、ラフな格好で会いに行った事があった。


あの時の義忠の自分を見る目が忘れられない。


何だ、その格好は。


そう、視線だけで言われている様だった。

義忠はすぐさまゆえを車に乗せると、高級店が並ぶ通りへ行き、頭のてっぺんから足の先まで着替えさせた。


その時は「以前見て、似合うと思っていたんだ」と言っていたが、義忠の本音がそうじゃない事は、勿論ゆえにも分かっていた。


恥ずかしかったのだ。

普段の格好の自分と一緒にいるのが。

だから着替えさせたのだ。


それからずっと義忠と会う時は、自分の姿や服装にいつも以上に気を使う様になった。


大好きな義忠にはじかせない様に…

いつも素敵な義忠の隣で、自分が恥ずかしくない様に…










自分のアパートへと戻ると、まだ約束の時間まで20分ほどあった。


これなら義忠が来る前に着替える事が出来る。

ゆえは急いで部屋に戻ると、冷えた部屋を暖める事すら忘れて、全身鏡の前に立った。


買って貰ったワンピースを着て、そのワンピースに合う様に髪を結い上げる。


結い上げた髪形のせいで質素に見える首元には、やはり義忠に買って貰ったミンクのファーを羽織はおる。


同じ様に、綺麗なダイヤモンドが光るピアスを耳に付け、胸元にはネックレスを付けた。


腕にも同じ様に華奢なブレスレットを付け、腕時計を外す。

その手には、昨日行ったばかりで綺麗にしたネイルアートが施されていた。

ネイルに付けたストーンも外れていない。


(大丈夫、間に合った…)


ゆえはメイクを直そうと鏡台の前に座ると、薄くなったリップライナーを引き直し、落ちかけたリップを塗り、その上からグロスを付ける。


普段は仕事の時以外は使わないシャドウと、マスカラ、アイライナーも全て終らせメイクを仕上げると、鏡の中には別人が映る。


(…………)


一体いつまで、こんな事を続けなくてはならないのか…

いつになったら、ありのままの自分で、義忠の隣にいる事が出来るのか…


ゆえは別人の様になった自分の姿を見ると悲しくなる。

美しくなる事が悲しいわけじゃない、好きな人の前で綺麗でいたいのは女として当然だろう。


だが、こうしてモデルの様なメイクを施し、高い物を見に付けた自分は本当の自分じゃない。


いつもの様な格好で…とは言わない。

望むのは、気取った自分じゃなく、ありのままの自分を受け入れてくれる事だった。











ゆえがメイクと服装も整え、その服装にあったバッグを探していると、部屋の外から車のクラクションが鳴る。

いつもと同じ音。

義忠の車のクラクションだ。


窓から外を見ると、見慣れた黒い車がアパートの駐車場に停まっている。

ゆえは焦って、最近プレゼントして貰ったばかりのバッグを手に取ると、ある程度のメイク用品と、財布、スマホなど目ぼしい物を詰め込むと大急ぎで部屋を出て行った。


義忠の車まで走っていくと、義忠はいつもの様に運転席から降りて、ゆえの為に助手席のドアの前で待っていてくれる。


ゆえはそんな義忠に大きく手を振りながら近づいた。


「義忠さん!」


「遅くなってすまない、会議が長引いてね」


走ってきたゆえに助手席のドアを開け、ゆえが車に乗り込むとドアを閉め、運転席に戻る。


車の中は暖かく、またゆえの好きなアーティストの曲が流れていた。

普段、義忠は日本のアーティストの歌を聴くことは無い。

わざわざ、ゆえの為にCDを買い、一緒に出掛ける時はそのCDを流してくれる。

それをゆえに言う事はないが、そんな小さな気遣いがとても嬉しかった。


「お仕事、お疲れ様」


「あぁ、年末だと言うのに中々休みが取れずに困ったな。これじゃあ一緒に行く約束をしていた、旅行の計画も無駄になりそうだ」


「しょうがないよ。忙しいもんね」


義忠はゆえの残念そうな言葉に苦笑する。


「お前も同じ会社だろう、他人事では困るぞ」


「営業部長様と違って、受付嬢には関係ありません~。私はもう長期休暇入ってるもんね!」


いたずらっ子の様に冗談交じりに言うと、義忠は小さく笑い、前を見て運転したまま、助手席にいるゆえの頭に手を乗せる。


「…今夜は俺の買ったワンピースを着ているな、買って良かった。よく似合ってる」


「…うん、気に入ってるよ。ありがとう。真っ白なワンピなんて、汚しちゃいそうで怖いけどね」


「汚れたなら捨てれば良い、新しい服ならいくらでも買ってやるさ」


喜ぶ所なのだろうか。

…普通なら新しい物を買ってやる、なんて嬉しい言葉なのだろう。

だが今のゆえは、素直に喜ぶ事が出来なかった。


ゆえが黙ったまま、窓の外の流れる風景を見ていると、信号で車が停まる。

すると、義忠は思い出した様に車に流れていたCDを止めた。


一瞬の内にやってくる静寂。


ゆえが不思議そうに振り返ると、義忠は後ろの席から一枚のCDアルバムを取り出した。


「この間欲しがっていただろう、新しく出たアルバムだ。自分のCDを買いに行った時に見掛けて買っておいたんだ」


「うわ!ありがとう!!欲しかったの、聴きたい!!」


義忠は両手を叩いて喜ぶゆえに微笑み、中に入っていたCDを取り出し、新しいCDを入れるとゆえの足元に視線を送る。


「ゆえ、足元にCDケースが…」


そう言って、車内の明かりを点けた時だった。

義忠の顔色が変わるのが分かる。


「…?」


ゆえは不審に思い、義忠に習って自分の足元に視線を送り、自分の履いて来た靴を見て愕然とする。


その靴は、以前食事に行った時に「お前には似合わない」と義忠に言われた物だった。


しかもその食事に行く前に新しい靴を買い、予約していたレストランの時間に間に合わないくらいに、義忠が嫌悪けんおしていた物だった。


「…まだ持っていたのか」


「…履けるし、勿体無もったいないからと思って…」


義忠は小さく反論するゆえを無視すると、向かっていたレストランから車の方向を変える。


「え…、何処行くの?」


「買い物だ。言っただろう、そんな安物はゆえに似合わない。…この時間なら開いている店もあるだろう。先にその服に合う靴を買いに行く」


「そんな…後で良いじゃない?買い物なら、また後日ゆっくり…」


ゆえがそう言うと、義忠は目に見えて不機嫌になった。


「そんな靴でレストランに入る気か…?」


溜め息交じりの義忠の言葉に、ゆえは顔が赤くなるのが分かった。

消えてしまいたいとさえ思う。


「義忠さんは…、私が恥ずかしいの…?」


「…何?」


気がつくと、信号は青に変わっており、後ろから継続する車のクラクションが急かす様に響く。


「……」


義忠がバックミラーで後ろの車を確認し、自分の車を発進させ様とした時。

ゆえは無言で助手席のドアを開けると、車から降りる。


「ゆえ!?」


名前を呼ぶ声を無視すると、ゆえは義忠の顔をにらみ付けた。


その目には涙が溢れており、義忠は絶句してゆえを見つめていた。

ゆえはそのまま言葉を発さずに、義忠の車を去って行った。


その数秒後に再び車のクラクションが鳴り、ハッと我に返った義忠が急いで助手席のドアを閉め、車を道路脇どうろわきに停車すると、怒ったように継続車けいぞくしゃが義忠の車の横を通り過ぎて行く。


義忠は賑やかな街中を見渡すが、そこは都会の中心。

歩き回る人々であふれ返っていて、その中からゆえを見つけ出す事は出来なかった。








それからしばらくの間、ゆえのバックの中に入っているスマホは着信を知らせっ放しだった。


だがゆえはその着信を全て無視し、義忠と別れた場所と程近い場所にある公園のベンチでほうけていた。


脳裏のうりに浮かぶのは、顔色が変わり、不機嫌そうな顔をした義忠。

いくら思い出そうとしても、笑顔の義忠を思い出す事は出来なかった。


自分に対し、恥ずかしくないのか?と言わんばかりの顔で聞いて来た声。理解できないと言った表情。


そんなにわたしははずかしいのか。


私はそんなにみっともない格好をしていたの…?

確かに今履いている靴は、義忠に買って貰ったような高級品ではない。

しかし自分なりに気に入って、自分なりに奮発して買った物だった。


気に入らないのは何?

デザイン?値段?それとも新しさ?


「何なの…、もぅ…。私はそんなに恥ずかしいの?ダサいの?義忠の馬鹿…」


ゆえがそう、涙混じりに呟いた時だった。


「…誰がそんな事を言った」


「!?」


予想外の返事に驚きながら声が聞こえた方向を見ると、人影が歩いて来るのが分かった。


その人影はゆえのいるベンチに近づき、電灯の明かりに照らされると義忠だと言う事が分かる。

スマホを手に持ち、相変わらずの冷静な表情で一歩一歩、ゆえに近づいてくる。


「義忠…さん…?何でここが…」


ゆえが唖然あぜんと問いかけると、不機嫌そうだった表情に小さく笑みを浮かべスマホを振って見せた。


「GPSだ。…お前のいる場所は直ぐに分かる。…スマホさえ持っていれば…な」


義忠はゆっくりとした歩調のままベンチの前まで来ると、そのまま座っているゆえにひざまずく様にしゃがみ込んだ。


「……」


目線を逸らし、無言で座ったまま自分の膝を見続けていると、義忠は小さく息を吐き、ゆえの両手を温めるように握りしめてくる。


「…こんなに冷たい手をして、こんな所で何をしている。何故、車を降りたんだ」


「……」


「…いつ、俺がお前を恥ずかしいと言ったんだ」


義忠は尚も黙り続けるゆえの両手を放すと、そのままゆえの両頬に手を添えて、ゆっくりと顔を持ち上げる。


泣いていたせいで真っ赤に腫れた目を見た義忠は、思わずゆえを強く抱きしめた。


寒さで震えていたゆえは義忠の胸の中の温かさに、また涙がこぼれそうになるのを必死に堪えると、小さな声で呟いた。


「だって義忠さんは、私が恥ずかしいんでしょう…?」


「…だから、いつ私がそんな事を言ったんだ。…言った覚えはないんだが」


「言わなくても…雰囲気とか…態度とか…、分かるもの…。義忠さんは、普段の私と一緒にいるのが恥ずかしいのよ」


とつとつと話していると、堪えていた涙があふれてしまい、ゆえを抱きしめる義忠の肩を濡らしてしまう。


「だから…、私と出掛ける度に色んな物を買ってくれるんだわ…。一緒にいて…恥ずかしくない格好にする為よね…?私の為じゃない…」


「…本気で言っているのか?」


「…だって……」


益々、不機嫌そうになる義忠の声色に、ゆえは二の句が次げずに押し黙る。

義忠は抱きしめていたゆえを自分から放すと、真正面からゆえを見つめた。


その目は優しく、ゆえの中から恐怖が抜けていく。


「俺の…せいなんだな…。お前にそんな事を思わせてしまったのは…」


「義忠…さん…?」


「ゆえ、勘違いするな。俺がいつもお前にプレゼントをしているのは自分の為じゃない。確かにお前の為なんだ。喜んで貰いたかった、…喜んでくれていると思っていた…」


悲しそうな顔をする義忠に、ゆえは焦って声を掛ける。


「違うの!もちろん嬉しいの!!…違うの…。私が言ってるのは…」


「……?」


「義忠さんって、自分がプレゼントした服や、小物以外を私が身に着けていると…、その…いつも嫌そうな顔をするから…。私は、私の好みもあって…自分で気に入った服も、アクセも着けたい。別に安くても良いの。…私…義忠さんに贈り物とか期待してないの…」


「………」


「一緒にいられればそれで良いの。そんな事の為に付き合ったんじゃない。だから、ありのままの私を見て欲しいの。高級な物を身につけていなくても…」


義忠は黙ってゆえの話を聞いていた。

その表情は悲しそうにも、嬉しそうにも見える。


ゆえが名前を呼ぼうと口を開くと、声を発する前に義忠の唇がゆえの口を塞ぐ。

キスされているのだと気づくのに時間がかかった。


義忠はゆえから唇を離すと、優しく微笑んだ。


「そうか…そんな風に思わせていたなんて…、すまない…気がつかなかった。俺はいつものお前で十分だ」


「本当…?」


「プレゼントは、ただ俺がお前を喜ばせたい為にあげていた物だ。…俺が勝手だったんだな。プレゼントした物を身に着けていないからと機嫌になるなんて…、俺があげた物を使って欲しいと言う、ただの我儘わがままだ」


「え…、じゃあ…私が義忠さんから貰った物以外を身につけてると嫌そうだったのは…」


ゆえが目を大きくして問い返すと、義忠は再びゆえを抱きしめる。


「…そうだ。別にいつものお前が恥ずかしいと思っていた訳じゃない。高い物をプレゼントすれば、喜んで貰えると思っていた。使って貰えると思っていた。お前の好みを知ろうともせずに…。すまなかった」


「…義忠さん…」


いま、お互いの胸の内にあるのは後悔だろう。

何故もっと話をしなかったのか。


ゆえは、義忠に似合う女になる為。

義忠は、ゆえに喜んでもらう為。


もっと早く話をしていれば、こんな勘違いでの喧嘩は無かった。

もっと早く……。


二人は互いに顔を見合わせると、どちらからともなく笑いあった。


「さぁ…、食事に行こう。予約の時間には間に合わないが…」


「この靴で…?」


ゆえが意地悪くそう聞くと、義忠はそんなゆえの頬にキスをする。


「あぁ、たまにはラーメン、なんて食べたくはないか?…その靴で」


義忠の言葉に、ゆえは満面の笑顔で頷くと、きゅっと義忠の手を握りしめた。


「いいわね、私美味しい屋台を知ってるのよ」


そう言って、再び微笑ほほえみあった。


最後まで読んで下さってありがとうございました。

作品を気に入って頂けましたら、ブクマや広告の下にある感想や評価など頂けましたら励みになります。

どんな作品が読まれているか分かれば、次回作の指針にもなります。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 彼氏、良い人だった!
2023/10/20 19:10 退会済み
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