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想い、ひとひら

生まれつき身体の弱い女の子と、年上男性の恋物語。桜をイメージした儚いお話です。

(切ない/溺愛/甘々)

---------


興味を持って下さったありがとうございます。少しでも読んで下さった方の心に残れば嬉しいです。


桜が舞う。


穏やかに、朧気おぼろげに。


薄桃色に染まった桜の花弁は、雪の様にはかなげに散っていくのだ。


まるで終わりの近い、私の命を慰める様に。










鳥の声が聞こえる。


優しげな朝日に誘われる様に目を覚ました遠子とおこは、布団の中で寝返りを打ちながら目を開けた。


大きく窓が開かれた縁側に視線をやると、庭に雪が降っている。


(雪…?)


確かに雪が降ってもおかしくはないが、それにしては暖かい。

不思議に思いながら上半身を起こして布団から出ると、遠子はゆっくりと縁側へ近付いた。


「…桜だわ」


雪の様に見えたのは、薄く色づいた桜の花弁だった。


風が強いせいか、あおられた花弁が舞い上がっているのだ。


風に吹かれて薄桃色の花弁が舞い散る風景は、夢の続きの様に幻想的で、遠子はいられた様に目前に広がる風景に言葉を失った。


すると、いつの間に近付いて来ていたのか、羽織物を手にした男が隣に立っていた。


兼高かねたかさん」


振り返ると、よく知っている幼馴染…兼高が心配そうな顔で立っている。

幼馴染といっても、兼高は父親の経営する会社で働いている父の部下であり、かなり年齢は離れている。


「起きてて大丈夫なのか?」


「えぇ、何だか気分が良いの」


そう言って再び庭に視線を戻すと、兼高は遠子の肩に羽織物を掛ける。


「身体を冷やすんじゃねぇよ、心配すんだろーが」


「大丈夫よ、心配性ね。庭を見るくらい良いでしょ?」


生まれつき身体が弱く、幼い頃から布団の中でがな一日いちにちを過ごす事が多かった遠子にとって、自室と、そして自室から見える庭先だけが世界の全てだった。


今でも思い出せる。

よく庭で趣味の盆栽(いじ)りをしていた父親の姿。

そして、そんな父を見つめる幼い自分と母親。


優しく美しい母が大好きだったが、自分同様に身体の弱かった母親は幼い頃に亡くなっている。


母親を亡くした遠子にとって、家族は父親ただ一人であったが、そんな父親も昨年の春にこの世を去った。


「…もう少しで父様の命日だわ」


「そういや、そんな時期か」


「いやね、知ってるくせに」


素知らぬ振りで答えた兼高に苦笑すると、遠子は急に込み上げてきた嗚咽おえつを堪えきれずに咳をする。


「…遠子!」


「大丈夫よ…、いつもの事だもの…」


心配そうに肩を抱いてくる兼高に、無理に作った笑顔を向けると、遠子は兼高の胸に身体を預けた。


「ねぇ兼高さん」


「?」


「綺麗な桜の木の根本には…死体が埋まってるんですって、知ってる?」


怖い話が苦手な兼高にそう言うと、遠子はからかう様な眼差しを兼高に向ける。


「…だから何だよ?」


「私が死んだら…、桜の下に埋めてね。きっと綺麗な桜を咲かせてみせるから」


「馬鹿な事言ってんじゃねぇよ。ンな真似したら、死んだ親父さんにり殺されちまう。俺はな、死んだ親父さんにお前を任されてんだよ」


兼高にとって、遠子の父親は大切な友人であり、遠子はその大切な友人から預かった忘れ形見である。


いつになく弱気な遠子に不安になったのか、兼高は力付ける様に遠子を抱きしめた。


「親父さんやお袋さんに会いに行くには、まだ早ぇ。急いで会いに行ってみろ、叱られて帰って来んのがオチだ」


「面白い事を言うのね、人は一度死んだら帰って来られないわ」


「ったりめーだ。だからこそ、生きられる時間を精一杯生きるんだろうが」


永久に一緒にはいられない。


だからこそ、共に生き、共に過ごせる時間を大切にするのだ。


「でも…大好きな桜の下で眠れるなら、死も怖くないわ」


「あのなぁ、何でお前は死に急ぐんだよ?俺が親父さんに憑り殺されるっつってんだろ。何か?俺が嫌いか?」


「ふふッ…嫌いな訳ないわ、兼高さんは両親の次に大切な…。うぅん、もしかしたら両親以上に…」


そこまで言うと、遠子は口をつぐみ、空を見上げる。


「兼高さん…」


「…何だよ」


「兼高さんは…私が好き?」


自分自身にすら、ずっと隠し続けてきた兼高への恋心。


何故か今、ちゃんと素直に想いを伝え、兼高の気持ちも知りたいと思った遠子は、自分を抱きしめている兼高の顔を見上げた。


「私は…兼高さんが好きです、兼高さんは?…やっぱり私に会いに来るのは…父との約束だから?妹のようにしか思えない?」


知りたくもあり、知る事が怖くもある兼高の本音、遠子が勇気を振り絞って返事を待っていると、兼高は何も言わずに遠子を胸の中に閉じ込めた。


「…!?兼高…さん…?」


「…わざわざ口に出して伝えなきゃ分からねーのかよ。何で俺が惚れてもねぇ女に会いに、毎日人ん家に来なきゃならねーんだ」


「兼高…さん…」


「俺の胸に耳押し付けて聞いてみろ、心臓が早鐘打ってんのが分かるぜ。心底惚れた女を抱きしめてんだ、当たり前だ」


言われた通り、兼高の胸に耳をあてると、トクントクンと心地好い鼓動が聞こえてくる。


その鼓動の一回一回が、好きだと直接伝えて来る様で、遠子は嬉しそうに兼高の背中に腕を回した。


「嬉しい…兼高さん…」


「…だから…頼むから死に急ぐな。お前のいない世界は…俺にとっちゃ、地獄と何ら変わらねぇ」


「兼高…さ…」


「神サンや閻魔大王えんまだいおうも男だろ?例え神類が相手でも、お前は渡せねぇな。ぜってぇ取り返しに喧嘩売りに行くぜ?俺にそんな真似させてぇのか?返り討ち決定だぞ」


「…あはは」


「笑い事じゃねーっての!」


「うん、ごめんなさい…。兼高さんにこんなに心配掛けるなんて、きっと私は地獄行きね」


自分の情けなさで、兼高まで不安にさせてしまった事を素直に詫びると、遠子は庭に視線を戻す。


そこでは、相変わらず幻想的に桜が舞い散る中、堂々とした桜の木が二人を見下ろしていた。










遠子と銀時が想いを通じ合わせてから数週後。

兼高は花を持って墓地へとやって来ていた。


花を墓前に飾ると、長い時間をかけて手を合わせる。


年季の入った墓石には、古くかすれた名前がいくつも刻んであり、その一番端には、遠子の名前が真新まあたらしく刻み彫られていた。


(…遠子…)


目を閉じて、心の中で遠子に話しかけていた兼高は、無言のまま空を見上げると、かすかに息を吐く。


「…遠子、この馬鹿が…。この俺に閻魔大王に喧嘩売れってか、舌抜かれちまうだろーが。…いや地獄じゃなくて天国だな、あいつがいるのは」


そう言うと、墓石に刻まれた遠子の名前を指でなぞる。


最後に二人で過ごした、他愛もない一日。

その時に、遠子は何と言っていたか。


兼高の脳裏に、あの日に遠子が言っていた言葉が甦る。


「貴方は誰かを守る事で強くなれる人。どうか私の死後、私の事は忘れて新たに守るべき方を見つけて下さい」


確かにそう言っていた。

あの時、遠子は既に自分の死期を悟っていたのだろうか。


何故気付かなかったのか、自分を責める様に苦笑すると、兼高はゆっくりと立ち上がった。


「心配いらねーよ。惚れてんのはお前だけだが…、後を追ったりしねぇさ」


そう墓石に向かって呟いた兼高は、天国にいるであろう遠子を見つめる様に空を仰ぐ。


その突き抜けるくらいに高い空には、優しげに微笑む遠子の姿が映っていた。


最後まで読んで下さってありがとうございました。

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どんな作品が読まれているか分かれば、次回作の指針にもなります。

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