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古忌憚 -イニシエキタン-

同心、望月三正の元にやって来た怪談話。どうやら町外れの廃墟に幽霊が出るらしい。その日の夜、見回りがてら行ってみる事にした三正だったが…。

(ほのぼの/ギャグ/微ホラー)

---------


興味を持って下さったありがとうございます。少しでも読んで下さった方の心に残れば嬉しいです。


人などこの世に生まれておらぬ


人の世に生まれて落ちた鬼の子の


腐った我が身に這うは蛆虫うじむし


あなおそろしや



蝶よ花よ浮世うきよ慚愧ざんき


鬼のめんさえずる下にはさらくび


爪をはがれて皮をはがれて


あなおそろしや



汚泥おでいにまみれて赤子あかご血肉ちにく


わびしや切なや今宵こよいえる


ねやにてわれる五臓六腑ごぞうろっぷ


あなおそろしや












「…ってね、すごいかなしげな歌が聞こえてくるらしいよ」


見廻りの最中、少しサボるかなんて、考えたのがまずかった。


ちょうど見掛けた定食屋に入った時、見知った女に出会った望月三正もちづきみつまさは深ぁーい溜息を吐いた。


女の名前は梨紗りさにもかくにも気に入らない、悪戯好きなガキである。

しかも上司の愛娘という、厄介やっかいな立場だ。


よわい十八を迎えるか迎えないかと言う年頃でありながら、人を困らせる事が三度も飯より好きと言う、もの好きな女である。


三正としては、あまり関わりたくない相手だが、上司である齋藤から「俺の宝物だ、丁重に扱え」と口酸っぱく言われているのだ。


扱いにくい事、この上ない。


今回はどんな悪戯を考えてきたのかと思えば、梨紗は何と怪談話を聞かせてきた。


某所ぼうしょ廃墟はいきょにて、な哀しげな女の歌声が響いてくるという内容だ。


「何でも百叩ひゃくたたきのけいしょした上、目を潰し、耳になまりを注ぎ入れて、両手両足を切り落とした、酒を入れた酒樽さかだるに詰め込まれたらしいよ。絶命するまで、数日も泣き叫び続けたとか」


「…色々混ざってねぇか」


何処にでもある怪談話だと思ってしまえばそれまでだが、もし変質者の仕業なら、放っておくわけにはいかない。


仕方なく「今夜暇そうな奴にでも様子を見に行かせる」.と答えると、梨紗は我が意を得たりとニヤニヤ笑う。


「…な…何だよ、その気色悪い笑顔は」


苛々(いらいら)しながら、動揺を隠す様に煙草に火をつけると、梨紗は大袈裟に溜め息を吐いた。


「やぁーっぱり怖いのか」


「何の話だ」


「三正さんって、幽霊怖いんだよね?お父さんが言ってた」


「…勘違いだろ、幽霊怖くて、同心どうしんやってられるかよ」


「でも前に仲間内で百物語やった時、めちゃめちゃ怖がってたんでしょ?俺が何とかしてやったんだぜってお父さんが言ってたよ」


「齋藤さんめ…」


「で?幽霊が怖いんだよね?だから自分じゃなくて、他の人に行かせるんでしょ?」


「ば…馬鹿か!馬鹿だろ!!馬鹿だよな!?幽霊なんざ怖くねぇよ!!」


「声震えてますよ」


「武者震いだよ、決まってんだろうが!!」


「武者震い?じゃあ行く気満々っすね!!」


「…は?」


「さっすがだなぁ、私…様子を見に行くからね!!」


「い…いや、ちょっと待て。俺は行くなんて一言も…」


「…へえ?やっぱり怖いんだ」


「怖くねぇっつってんだろ!!」


本当は行きたくないが、ここまで言われては後には引けない。


それに悪戯好きな梨紗の事だ。

自分をからかう為に即興そっきょうで作った幽霊話の可能性もある。


そうだ、そう考えれば、怖くなくなってきた。


これは地に落ちた男としての威厳いげんを回復する機会かも知れない。


三正は、梨紗の悪戯にのってやる様に頷いた。











その日の夜、梨紗の話していた廃墟へとやってきた三正は、外からちた建物を眺める。


窓ガラスは割れ、壁や柱もぼろぼろで、なるほど確かに幽霊が出そうな場所だ。


(…なんだこれ!怖すぎるだろ!!来るんじゃなかったぜ)


しばらく様子を見て、な聞こえるという女の歌声が聞こえて来なければ帰ろう。


そんな事を考えていると、背後に気配を感じ、三正は焦って気配の方向を振り返った。


だが幽霊かと思っていた気配の正体は、他でもない、三正に幽霊の噂話を聞かせた梨紗本人であった。


「…梨紗か」


「三正さん、幽霊いました?」


「…いるわけねぇだろ、幽霊なんざ」


一人きりでなくなった事で、ようやく安心して煙草を吸う余裕が出来た。


上着の内ポケットの中から煙草を取り出すと、くわえて火を点ける。


「とりあえず少し様子を見て、何も起こらなかったら帰る。お前もさっさと帰れよ、この辺りは物騒…」


「待って!!何か聞こえない?」


そう言うと、梨紗は人差し指を口元に立てた。


「…お、おいおい、おどかそうったって無駄だぜ」


まさかという思いで内心ビクビクしながらも、虚勢きょせいを張って答える三正の耳に、悲しげな歌声が聞こえてくる。


「う…嘘だろ?マジかよ…」


咥えている煙草が、小刻みに震えている。


恐る恐る辺りを見回すと、歌声はどうやら廃墟内から聞こえて来ている様だ。


「…出ましたね、三正さん、行くんだよね?」


「えぇ!!行くの!?」


「行くのって…正体を突き止める為に来たんじゃないの?変質者だったりしたら三正さんの仕事じゃん」


「あ…あぁ、そうだな」


そう頷きつつも、足は一向に動かない。

しかもへっぴり腰になっている様だ。


梨紗はそんな土方を白い目で見ると、呆れた様に首を振る。


「情けない…」


「行かねぇなんて言ってねぇだろうが!!」


「じゃあ行くの?」


「ったりめーだろが、お前も行きたいだろ?一緒に連れてってやるよ、今回だけ特別だ」


「……」


怖いながらも強がる三正を哀れに思ったのか、一緒に付いてくる梨紗と共に廃墟の中に足を踏み入れると、えたほこりの臭いが鼻をつく。


目の前を走り抜けて行ったネズミに驚き、つい梨紗の手を握ると、梨紗は無言のまま握った手を見下ろした。


「……」


「何だよ、怖いだろうと手ェ握ってやってんだ。感謝しろ」


「…ふーん」


明らかにバレバレなのだが、一応強がり辺りを見回す。


「…人がいるとは思えねぇな、空耳か?」


しっかりと手を握りしめたまま、一歩また一歩と奥へ入ると、土方は一つの部屋の前で足を止めた。


他の扉はぼろぼろで朽ちかけていたのに、この部屋のふすまは障子も綺麗なままで、ちてもいない。


「…怪しいな」


もしかしたら、ここに誰かが無断で住んでいるのではないか?


追い出されるのが嫌で、幽霊騒ぎを起こしたのではないか?


そう思った土方は、梨紗の手を離すと、一気に障子を開けた。


「見回りだ!誰かいるのか!!」


そう凛々しく言い放った瞬間。

土方は目の前に広がる光景に、腹の底から悲鳴をあげた。












昨晩の事は、どうやって帰ったのかは覚えていない。


だが気がつけば廃墟から離れた町中で、齋藤に話し掛けられていた。


あの時、部屋へ入った三正が見たのは、天井からダラリとぶら下がる、首吊りをした女の姿だった。


一足先に逃げ出したのか、梨紗の姿はなかった。


先に逃げていたのなら、無様に悲鳴をあげた姿は見られていない訳で、それだけが救いである。


昨晩の事は忘れよう、そう思いながら町中を見廻りしていた土方は、前から歩いてくる梨紗に気付いて足を止めた。


「…梨紗」


「あ、土方さん」


昨日の事など無かった様に、ヘラッと笑って手を振ってくる梨紗に溜め息を吐く。


「お前なぁ、昨日の…」


「あはは、もうバレちゃったの?」


「…あ?バレ…?何の話だ」


文句を言いたいのは、情けないながらも、自分を置いてきぼりにした事だ。


何の話かと眉をひそめると、梨紗はきょとんとした顔をする。


「え?幽霊の嘘がバレたんじゃないの?」


「…は?」


その言葉に、今度は土方がきょとんとする番である。


「嘘だと?」


「そーだよ?幽霊の話なんか、私が即興で作った嘘」


頭の中がこんがらかる。


幽霊なんか、初めからいなかった?

なら昨日のアレは幻か?


「ちょっと待て、昨日の夜は確かに歌声と…」


「え?もしかして本当に廃墟に行ったの?」


「行ったの?って…廃墟で会ったろ?」


「はぁ?私行ってないけど?三正さんこそ、さっきから何の話?」


目の前の梨紗に、今度こそ嘘を吐いている様子はない。


本気で何の話が理解できていない様だ。


(行ってないのか?本当に?なら廃墟に現れた梨紗は…)


それに幽霊の話が梨紗の作り話なら、あの夜に聞こえた歌声や首を吊っていた女は何者なのか。


「三正さん?」


余程真っ青な顔をしていたのか。

そう心配そうに声を掛けてくる梨紗の声に合わせて、哀しげな歌声が聞こえた様な気がした。


最後まで読んで下さってありがとうございました。

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どんな作品が読まれているか分かれば、次回作の指針にもなります。

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