夕焼けに隠れた恋心
仕事帰りに見つけた、片思い中の人。
ただ食事に誘おうと声を掛けただけなのに、いきなりの壁ドン。
急すぎる展開にアタフタしていると…。
(日常/青春/甘/ハッピーエンド/現代/ほのぼの)
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興味を持って下さってありがとうございます。少しでも読んで下さった方の心に残れば嬉しいです。
仕事が終わり、家に帰る途中の街並み。
夕暮れに染まり掛けた風景を見ながら歩いていると、見知った顔が視界に入り込む。
「あ…、幸田さんだ」
最近は沢山の人達と一緒にいる事が多く、人見知りが激しい私にはなかなか近寄れなかったが、今日は珍しく一人。
暇なら夕飯にでも誘ってみようかと後ろから近付き、私は幸田さんの肩に手を掛けた。
「こーうーだーさんッ」
驚かせるつもりはなかったし、大きな声を出したつもりもなかった。
だけど、私が声を掛けると、幸田さんは私を振り返り、焦った様に辺りを見回す。
「…幸田さん?」
何をしているのかと首を傾げた瞬間。
幸田さんは私の腕を掴み、身を隠す様に建物と建物の間に、身体を滑り込ませた。
「…?こう…」
「黙ってろ」
名前を呼ぼうとすると、そう短く私の言葉を止め、幸田さんは私を建物の壁に押し付ける。
「!?」
そのまま私に近付くと、幸田さんは私を抱きしめて、キスみたいに顔を寄せて来る。
ほんの少しでも顔を動かせば、唇と唇が触れ合う程の至近距離。
幸田さんの身体は私にぴったりと密着し、逃げたくても背中には壁。
左右には、私を閉じ込める様に幸田さんの両腕があり、全く動けない。
下半身も密着していて、ものすごく恥ずかしい体勢だ。
(なに…これ…!)
唇に吹き掛けられる幸田さんの吐息に、頭がくらくらしてしまいそうだ。
私はただ食事に誘おうと思っただけなのに、何故こんな事になるのか。
さすがに逃げ出そうと身体を動かした時、幸田さんは先手を取るように私の耳に唇を寄せた。
「大人しくしてろ」
「……」
いつの間にか幸田さんの片足は、私の太股の間に滑り込んでいる。
異性とこれ以上ないくらいに、ぴたりと密着する身体。
耳元から首筋にあたる、生暖かい吐息。
覆い被さる大きな身体。
あまりの状況に身動きが取れずにいると、数秒後、幸田さんは溜め息を吐きながら私から離れた。
「…危なかった、ただの恋人同士だと思ったみたいだな」
「……」
ようやく幸田さんは離れてくれたが、私は口から心臓が飛び出そうなくらいに早鐘を打っている。
心臓の音が土方さんにも聞こえてしまいそうだ。
「…那智?」
「あ…あの…」
私が真っ赤な顔で俯いている理由が分かったのか、幸田さんは参った様に頭を掻いた。
「…悪ぃ、…尾行中だったんだ」
「尾…行?」
「あァ、ストーカーを受けてるって依頼を見付けてな」
…そういえば、幸田さんの仕事は探偵だ。
つまり、私は仕事の邪魔をしたと言う事だろうか。
焦って顔を上げると、幸田さんは大丈夫だと言う様に首を振る。
「いま相棒が追って行った。間一髪だな、まぁ…イチャつく恋人同士に見せたのは…やり過ぎだったな、スマン」
「い…いえ、私こそ…仕事の邪魔をしちゃって…」
今頃は幸田さんの仲間の人が、何とか上手くやってくれているだろうが、もしいなかったら…と思うと背筋が凍る。
もしかしたら、私のせいで危険なストーカーが野放しになったかも知れないのだ。
そう言って頭を下げると、幸田さんは肩を竦める。
「気にすんな、あいつなら大丈夫だろ。それより俺が怖かったのは…ストーカーが俺の存在に気付いて、お前にまで危険が及ぶ事だ」
「…私を…心配してくれたんですか…?」
思わず胸が熱くなる。
こんな風に言われたら嬉しいに決まってる。
仕事の邪魔をしてしまった事を忘れ、つい嬉しそうに声を上げると、幸田さんは煙草に火を点けて、私から顔を逸らした。
「…仕事中に、一般人に危害が及んだら困るからな」
それは一見、冷たい態度と言葉に見えるが、幸田さんの本音は直ぐに分かった。
私から顔を隠す様に横を向いているが、それはバレバレだ。
これなら顔を見るまでもない。
夕陽のせいじゃない。
…あぁ、もうダメだ。
ドキドキが止まらない。
仕事の出来る頼り甲斐のある人かと思えば、こうして初な表情も見せる。
仕事一筋で冷たい人かと思えば、文句を言いながらも助け、守ってくれる。
私はそんな幸田さんに夢中なのだ。
「幸田…さん?」
「…何だよ」
「こっち向いて下さい」
「…煙草の煙が掛かる」
「いつもの事ですよ」
「…息が臭いから駄目だ、今朝は餃子食ったからな」
「さっきは臭いませんでしたよ」
「…っと、じゃあ…あれだ…。あの…」
「顔が赤くなってるから駄目ですか?」
「!?」
何だかんだと言い訳し、顔を見せてくれない幸田さんにそう言うと、幸田さんは驚いた様に身体を揺らす。
「バレバレですよ、だって…」
そこまで言うと、私はお返しする様に幸田さんの耳元に唇を寄せて、そっと呟いた。
だって…
耳まで真っ赤ですから
最後まで読んで下さってありがとうございました。
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