桜の舞う頃に
体育の授業で気を失った私。
保健室で会ったクラスメートは、まるで春風に揺れる桜のようだった。
(青春/ほのぼの)
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興味を持って下さってありがとうございます。少しでも読んで下さった方の心に残れば嬉しいです。
大嫌いな体育の授業。
種目はバスケットボール。
運動神経の鈍い私は、目の前に飛んできたボールを避けられずに顔面に直撃させてしまう。
頭の中にチカチカとお星さまが光り、気が付いたら保健室にいた。
ベッドで目を覚ました私は、真っ白な天井を見上げながら何故ここにいるのかを考える。
(…あ、バスケで…)
パスで飛んできたボールに当たって気絶したんだ。
(情けない…)
鼻血を吹いてしまった様で、鼻の穴にはティッシュが詰められている。
…情けない以上に恥ずかしい。
だけどティッシュを取ってしまったら、止まっていない鼻血がまた流れてくる。
仕方なしにティッシュを鼻に詰めたまま起き上がると、ジャージ姿の人影が見えた。
「おッ!目ぇ覚めたか」
「み…観月くん…?」
ティッシュを鼻に詰めた顔を隠すために、慌てて布団を頭から被る。
「まだ鼻血止まってねぇの?それなら横になってた方がいいぜ」
「…あ、ありがと…」
女子なら問題ないけど、男子に見られるには恥ずかしい姿だ。
…それもかなり。
「ほ…保健の先生は…?」
「さぁ?そういや見ないな」
キョロキョロと辺りを見回す気配が毛布の中でも分かる。
そして、椅子に座った音が聞こえた。
(…!?早く教室戻ってよ!!)
頭の中で必死に頼むが、観月君は戻る気配を見せない。
私は仕方なしに鼻に詰めてあったティッシュを抜き取った。
まだ血が止まってないけど、この際仕方ない。
こっそりとティッシュをジャージのポケットに隠すと、私は毛布をはぎ取った。
「…ん?鼻血止まったのか?」
「えッ!!?いや…うん、まぁ…」
曖昧に答えながら立ち上がると、頭を強く打ったのか、ふらふらする。
すると、見かねた観月君が手を差し伸べた。
「手ぇ貸してやるよ。教室戻ろうぜ」
「あ…うん、ありがと」
どぎまぎしながら、差し出された手を掴んだ時だった。
「あ…」
「え?…あ」
山本君が私の顔を覗き込みながらプッと吹き出した。
「おい田中、鼻血止まってないぜ?…ほら、ティッシュ詰めとけよ」
「…!!!!」
握った観月君の手を離すと、鼻血と真っ赤に染まった顔を隠すために両手で顔を覆う。
「…何やってんだよ、ティッシュ詰めとけって、ほら」
顔を隠している手を掴むと、ティッシュを目の前に突き付ける。
ほんっとデリカシーの欠片もないな。
鼻血吹いてる顔なんか、男子に見せたくないに決まってる。
しかも、その顔を見て笑うのもデリカシーがない。
「…見ないでくれない?恥ずかしいんだけど」
「ん?何だよ、恥ずかしいって…鼻血がか?」
「あ…当たり前じゃない!!鼻血吹いてる顔とか、男子に見られて恥ずかしくない女の子なんかいないわよ!!」
「あー、そうなのか?わりぃ、わりぃ」
そう言って手を離すと、背中を向ける。
私も背中を向けて、鼻にティッシュを詰め直した。
「…この顔じゃ教室戻れないから、観月君は先に戻っていいよ」
「何だよ、つれねぇな。鼻血止まるまで、オレも待ってるよ。一人で授業中の教室に戻るの嫌じゃねぇ?」
背中を向けたまま横目で振り返ると、観月君は再び椅子に座り直した。
(意外と優しいな)
デリカシーの無さは仕方ないにしても、優しい事だけは分かる。
「それにお前の付き添いなら、堂々と授業サボれるしな」
…前言撤回する。
「なぁ、座ってないで横になってろよ。鼻血止まらないぜ?」
心配そうに言う観月君に溜め息を吐くと、私は再びベッドに横になる。
目を閉じると、授業中で校内が静かなせいか、風のそよぐ音が耳に届いた。
(窓開いてるのかな…)
ふと目を開けて窓を見ると、和かな風に乗って桜の花びらが窓から入って来る。
観月君も見ていたのか、目の前に舞い落ちて来た桜の花びらを手に取った。
「見ろよ、桜だぜ。もう四月だもんな、桜も咲くよな」
「…うん、綺麗だね」
「桜の匂いって、桜餅とか食いたくなるな」
色気より食い気なのは観月君らしい。
布団を被ったまま苦笑すると、笑った声が聞こえたのか、布団の上から叩かれる。
「今笑っただろ!」
「あはは!いや、観月君らしいなぁって思って…」
「俺ン家って小さい定食屋でさ、季節ごとの風流には敏感なんだよな」
「…定食屋で?」
「店の中を飾るには、その時々の季節感ってやつが重要なんだぜ」
そう言った観月君を大人っぽく感じて、私は鼻から上だけを布団から出す。
春風に吹かれながら桜を眺める姿は、凄く観月君に似合う。
「観月君って…春みたいだね」
「…ん?今何か言ったか?」
「うぅん、何でもない」
観月君の持っている、春の様に穏やかで優しい雰囲気は私を安心させる。
(…あ、鼻血止まった…)
ずっと鼻に感じていた違和感が無くなり、鼻に詰めていたティッシュを抜き取ると、すでに血は固まっている。
観月君を見ると、春風に眠りを誘われたのか、保健の先生が使う机に頬杖をついて居眠りをしていた。
今なら起こせば教室に戻れる。
でも、もう少しの間この穏やかな雰囲気の中にいたかった私は、抜き取ったティッシュを再び鼻に詰め込んだ。
(もしかしたら、また出るかも知れないし…良いよね?)
目を閉じれば、穏やかな春風。
耳をすませば、風に吹かれて桜が音を立てる。
そして近くには、春の様にあたたかな人の寝息。
こんな午後は少し特別に感じる。
保健の先生が戻るまでの、ほんのわずかな優しい時間。
私は子供の様な寝顔で眠る観月君を眺めていた。
最後まで読んで下さってありがとうございました。
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