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君と毎日ファーストキスを


目が覚めると、見知らぬ男性と見知らぬ部屋で眠っていた。部屋はどうやら女性の部屋のようだが、自分の部屋ではない。一体ここは何処で、この男性は誰なんだろう?

(甘々/溺愛/切ない)

---------


興味を持って下さったありがとうございます。少しでも読んで下さった方の心に残れば嬉しいです。


驚いた、本当に驚いた。

何が驚いたって…。

朝起きたら、隣に見知らぬ男性が眠っていた事だ。


しかも眠っていた場所も、見た事がない部屋。


思わず悲鳴をあげてしまったのも無理はない。


隣で眠っている男性は、一応下にはジーンズを穿いているが、上半身は裸のままだ。

しかもその上半身は、肩から腕、そして背中を埋め尽くすように派手なタトゥーが彫られている。


(…タトゥー?刺青?いや、何にしてもまともな人じゃない…)


色鮮やかに描かれた模様は、隣に眠るこの男性が明らかにカタギの人間でない事を物語っている。


私は眠っている男性を起こさない様、細心さいしんの注意をはらいながら、そっとベッドから抜け出た。


(いつ会ったんだっけ?やだ私…)


記憶を無くして見知らぬ男性と一緒に眠っているなんて、昨夜はよほど飲んだのだろうか。


だがそれにしては、頭も痛くないし気持ち悪くもない。


二日酔いの症状はない様だ。


(とにかく帰らなきゃ…服はどこだろう?)


キョロキョロと広い室内を見回し、私はある事に気付く。


(ここ…女の人の部屋だ…)


男性の部屋には不釣ふつり合いな可愛らしい鏡台きょうだいには、綺麗に並べられた化粧品類。

そしてドレッサーには大量に女物の服が並んでいる。


いや、それだけじゃない。


この部屋にある物は、まるで私の為に集められたかの様に、私好みの物が揃っている。


(知らない部屋なのに…他人の部屋とは思えない)


何だか不思議な感覚を覚える。


戸惑いがちにベッドに眠っている男性に目をやると、いつの間に起きていたのか、ベッドから上半身を起こして伸びをしている。


「ん…?ヤベ…、起きてたのか?先に起きる予定だったのに…!」


そう言うと、男性は焦った様にベッドから飛び降りる。


「あッ…あの…私…昨日の事を覚えてなくて…、その…貴方の事…も…」


「分かってる」


「え?」


酔っていたのかは分からないが、いくらなんでも一夜を共にした相手を覚えていないなんて最低だ。


だけど、目の前の男性は気分を害した様子もなく、当然の様に答える。


「とりあえず自己紹介な、オレはシノ」


「私は…」


「あぁ、知ってるよユウナ」


一応自己紹介は昨日の内に済ませてあるらしい。


シノさんはにこやかに私の名前を呼ぶと、裸だった上半身にラフなシャツを羽織はおる。


「朝飯、食うだろ?」


「い…いえ、あの…!私帰らないと…仕事もあるし…」


遠慮がちにそう伝えると、シノさんは表情を曇らせる。


だがそれは一瞬の事で、直ぐに元の人懐っこい笑顔に戻った。


「仕事?何言ってんだよ。アンタ昨日、休みだって言ってたじゃねぇか」


「え?あ…そう…だっけ?」


だから飲んだのだろうか。

…記憶にはないけれど。


「でも…、帰らなきゃ…」


「まぁまぁ、朝飯くらい良いだろ?」


何だろう…。

この人にニコニコと笑顔で言われると、断りにくい。


仕方なしに小さく頷くと、シノさんはホッとした様に頭を掻いた。


「とりあえずコーヒー淹れてやるよ、その辺に座ってな」


「あ…はい…」


返事をすると、改めて部屋の中を見回す。

見れば見るほどに私好みの部屋だ。


(可愛い部屋だけど…絶対に女性の部屋よね、私なんか連れ込んで大丈夫なのかしら)


やっぱり帰らなきゃ。

浮気とかだったらマズイ。

そう不安を覚え、やっぱり帰ると伝える為にシノさんを探そうとした瞬間。


シノさんが向かった部屋から大きな音が聞こえる。


何か割れ物を落とした様な甲高い破壊音だ。


「シノさんッ!?」


何事かと音のした方へ足を向けると、そこにはコーヒー豆とガラスの破片にまみれて転んでいるシノさんの姿。


「大丈夫ですか…!」


慌てて駆け寄ろうと手を伸ばすと、シノさんは片手を上げて私を制した。


「…?」


「来んな、ガラスの破片が危ねぇから」


「でも…」


「大丈夫だって、…よっ…と」


そう言って掛け声と共に立ち上がるが、シノさんはバランスを崩して再び転ぶ。


「…ありゃ?」


「…やっぱり、そのまま動かないで下さい。私、ホウキ持って来ます」


そう言って、また立ち上がろうとするシノさんを止めると、私はホウキを探して部屋を出た。


見知らぬ部屋のせいでなかなかホウキが見付からず、やっと見付けたホウキを手に戻ると、シノさんのそばに見知らぬ男性が増えていた。


「…ぁ…」


私が小さく声をあげると、シノさんともう一人の男性が私を振り返る。


「ボス、来ましたよ」


「あぁ、悪いな」


短い会話を交わすと、サングラスを掛けた強面こわもての男性は私に会釈えしゃくをしながら部屋を出て行く。


「今の方は…?」


出て行った男性に会釈を返しながら問い掛けると、シノさんは困った様に頭を掻いた。


「あぁ、まぁ…オレの部下だ」


「部下?」


シノさんより年上に見えた男性を思い出しながら聞き返すと、シノさんはポンポンと私の頭を叩く。


その仕草が妙に優しくて、私は意を決してシノさんを見上げた。


「シノさん…あの…私やっぱり帰…」


「シノ」


「…え」


「さんはいらねぇよ、シノで良い」


「シ…ノ…」


照れくささを感じつつも呼び捨てにすると、嬉しそうなシノの顔。何だか私まで嬉しくなる。

それに、何だか呼び捨ての方がしっくりくる気がするのは何故だろうか。


結局、帰ると言い出せなくなった私は、シノと顔を付き合わせてモーニングコーヒーを飲む事になった。









コーヒーを飲みながら他愛のない会話を交わし、私がシノについて分かった事は、やはりカタギではないと言う事だった。


「マフィア…」


「オレが怖い?」


私が身体を縮めながら呟くと、シノは切なそうな悲しそうな笑顔を浮かべる。


その表情を見ると、何故か私の胸まで痛くなり、私は無言で首を横に振った。


「マフィアは怖い…、でも…シノは怖くない」


そう言うと、シノは満面の笑みを浮かべる。


「そうか!」


「あの…それよりシノ?私、本当にそろそろ…」


時計を見ると、既にお昼近く、さすがにそろそろ帰りたい。

だがそれを伝えると、シノはまた困った様な顔をする。


「まぁ、もう少し良いだろ?…あ、そうだ。少し外に出ようぜ」


「外に…?」


「見せたいモンがあるんだ」


有無をも言わせぬ様に立ち上がると、シノは私の腕を取る。


「ほら早く!」


結局、また帰れなくなった私は、半ば強引に連れられると外に出た。


部屋の中では分からなかったが、私がいるこの家はかなり広い。


家と言うよりお屋敷だ。

さすがはマフィアのボス…と言ったところだろうか。

部屋から玄関に到着するまでに、随分と疲れてしまった。


ようやく屋敷の外に出ると、時間が時間の為に太陽が眩しい。


外の明るさに目が慣れて辺りを見回すと、綺麗に整えられた庭が視界に広がった。


外国のお姫様が住んでいそうな屋敷。

そして、その屋敷をいろどるに相応ふさわしい庭。


右手には噴水のある池や、女神や天使を型どった石骨像。

左手には手入れの行き届いたローズガーデン。


…薔薇は一番好きな花で、私は思わず歓声をあげてしまう。


「素敵…!!なんて綺麗なローズガーデン…!!」


駆け寄って見てみると、ブッシュ・ローズやクリスタルフェアリー。

スノーグラスやレディ・メイアン、それにエリアーヌなどの珍しい薔薇も色とりどりに咲いている。


「凄い…育てるの大変なのに…」


感嘆かんたんの声を漏らしながら薔薇に見とれていると、背後からシノが近付いてくる。


「凄いだろ?」


「はい!育てるの大変でしょう?」


そう言って振り返ると、シノは寂しそうに微笑みながら口を開いた。


「…いや、オレが手入れしてる訳じゃないからな」


聞いちゃいけない事だっただろうか。

シノはふと、寂しそうな悲しそうな、複雑な表情を見せる。


「…そう…なんですね。でも、よほど薔薇が好きな人が手入れしてるんですね」


「分かるのか?」


「はい、手入れが行き届いてますから。是非とも会ってお話してみたいです」


こんなに素敵な薔薇を育ててる人だ。

きっと私と話が合うに違いない。


男性なのか女性なのか。

まだ見ぬ相手の顔を想像していると、隣でシノが困った様に笑う。


「ははは、話してみたい?そりゃ無理だぜ」


「え?どうしてですか?」


「…いくらなんでも、自分とは話せないだろ」


「…?」


言葉の意味が分からず首を傾げると、シノはまた寂しそうな顔をする。


「すみません、言ってる意味がよく…」


「…お前だよ、…そのローズガーデンは、お前が手入れしてるんだ」









シノから全ての真実を聞いた私は、その話をにわかには信じられずに茫然ぼうぜんとしていた。


「記憶…障害…」


「あぁ、去年の暮れに交通事故を起こしたお前は、記憶喪失になった」


全く覚えがない。

シノの話が本当なら、それは当然なのだが、私にはどうしても信じられない。


…いや、信じたくなかった。


「やっと記憶を取り戻してみたものの…、お前の記憶は事故を起こす前で止まっていた」


「事故…」


「覚えてないだろ?」


「……」


確かに怪我もないし、当然だが事故を起こした覚えなどない。


「お前、今年が何年だか分かるか?」


「…20xx年…?」


「いや、20xx年だ。お前の記憶は去年のままなんだよ。オレと出会う前のままだ…。去年までの記憶が戻っても、障害は残ってた。お前の脳は、事故より後の出来事を一日しか覚えていられないんだ」


私の言葉を一蹴いっしゅうすると、シノは目をせる。


「…オレは事故を起こしたお前を病院に運び、記憶を失っていた間、ずっと一緒にいた」


「覚えて…ない」


「そうだろうな、医者にも言われたよ。お前が記憶を取り戻したら…記憶喪失の間に起きた出来事は、全て忘れるだろう…ってな」


私は本当に、この人との思い出を忘れているのか。

寂しそうに話すシノに、私は何も言えなかった。


言えるはずがないのだ。

覚えていない張本人である私が…、一体どんな言葉を掛けられると言うのか。


「事実…こうしてお前はオレを忘れてる。だけど…オレはお前がオレに言ってくれた言葉を信じて…こうして一緒にいるんだ」


「私が…シノに言った言葉?」


「あぁ、お前はこう言ったんだ。「私はきっと、明日には貴方を忘れている。だけど…私は何度でも貴方に恋をする…」ってな」


「…私…が…?」


全く記憶にない言葉だ。

だが、不思議にも納得出来る。


「そうして、退院したお前をこの家に連れてきた」


それからずっと…、シノは私と初対面の毎日を繰り返していたのだろうか。


私の脳は、一日分の出来事しか覚えていられない。


つまり…。

私は24時間後には、今のこの会話や出来事を忘れているんだろう。


そうして私は明日の朝、また他人を見る目でシノを見るんだろうか。


「シ…ノ…」


「んな顔すんな、見飽きたぜ」


そう言うと、シノは優しく私を抱きしめる。


「オレはお前が好きだユウナ。お前は…オレが好きか?」


そんなの聞かれるまでもない。


私は既に、この寂しげな目をした人に心を奪われている。


その寂しげな目をさせているのは私なのだと思うと、胸が締め付けられる様に痛くなり、私はシノの背中に腕を回した。


「私が言った言葉を…覚えてないの?」


私は何度でもディーノに恋をする。

この言葉は、本当に私が言ったのだと確信できる。


何故なら、今現実に私はシノに恋をしているからだ。


「ユウナ…」


「分かるよ…シノがどれだけ私を大切に思ってくれてるか。だからこそ…私は何度でも貴方を好きになる」


「……」


何も言わないが、私を抱きしめる腕に力が込められ、私はそれに返す様にシノの背中に回した腕に力を込め返す。


「ユウナ…愛してる」


シノは何も言わないが、きっと毎朝…私はシノを深く深く傷つけている。


でも、シノは毎日笑うんだろう。


私の覚えていない笑顔で。


何も知らない私を愛してくれるんだろう。


「私も…大好き…」


そうして私は、明日の朝…。


初めて会うシノに、何度目かの恋をするんだろう。




そして…。



君と毎日ファーストキスを。


最後まで読んで下さってありがとうございました。

作品を気に入って頂けましたら、ブクマや広告の下にある感想や評価など頂けましたら励みになります。

どんな作品が読まれているか分かれば、次回作の指針にもなります。

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