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眠らぬ街の片隅で

作者: まる。

ご覧いただきありがとうございます。

拙い台本ですが、よろしくお願いします。


登場人物

クロ

アリス

ユキ/マオ

レオン

ナオ

フミ

ユイ

兵士

傭兵

村人


ひきわり幕を閉めたまま

サス


クロ「ここは一晩中眠らない街。新たな世界に魅せられて、不思議な技術に心惹かれて、古き物に布をかける、そんな街です」

クロ「この街の片隅に、細々と続くお店があります。正しき科学に追いやられてしまった、過去の産物に囲まれた、小さな小さなお店です」

クロ「今日は、そんな街のそんなお店の、僕の大切な思い出を貴女に聞いて貰おうと思います」

フミ「お父さん!はやく続き話して!」

フミ、話の途中で舞台下手からかけてきて、クロの服の袖を引きながら

エリアになる

クロ「ああ、ごめんね。すぐに話すからこっちへおいで」

クロ、フミの方を見て軽く手を握りながら

アリス、舞台下手から

アリス「2人とも?そこは寒いでしょう?リビングに行きましょう?」

フミ「はあい!」

フミ、クロの手を取りながらアリスの方へ歩いていく。

クロ・アリス・フミの3人で仲良くはける。


暗転


音声

村人「きゃあ、泥棒!!」

クロ「ちっちがう!そんなんじゃ…」

村人「近寄らないで!!」

クロ「ちがうよ…僕は…泥棒なんかじゃ…」

倒れる音

アリス「どなた?」

扉開ける音

アリス「え?人?ちょっと?!しっかりして!!」


地明かりになる(もしくはひきわり幕開けたい)


ユキ、上手から入ってくる。

ユキ「うん。いい朝ですね。おはようございます、クロくん」

ユキ、クロを振り返りながら

クロ、後に続いて

クロ「ええ。おはようございます」

ユキ「クロくんは今朝はクロワッサンがいいですか?それとも、ロールパン?卵とベーコンは焼いてあるから好きに食べて下さいね」

クロ「店長、お…僕は朝ごはんは要らないと何度お伝えしたら…」

ユキ「朝ごはんを食べないと体にスイッチが入んないですよ。お腹すいてないかもしれないですけど、卵位は食べ下さい」

アリス この会話の間にしれっと扉を開けて入ってくる。下手から。

アリス「全く。店長は優しすぎ。こいつが要らないって言ってるなら要らないのよ」

ユキ「あ、アリスさん、おはようございます」

アリス「はい。おはようございます。2人とも、そろそろ開店時間よ」

クロ「はいはい、分かってるよ…アリス、おはよう」

クロ、店の準備をしようとして、アリスを振り返り

アリス「ええ、おはよう」

ユキ「では、2人とも、開店時間準備をしましょうか。クロくん、朝ごはんは後ででも良いですか?」

クロ「構いませんよ…というか、最初から僕はいらないと…」

アリス「さっさと動きなさい、クロ」

クロ「ええ…僕ぅ?」

ユキ「っはは」

暫くがさごそして

アリス「よし、こっちはOKよ」

クロ「こちらも大丈夫です」

ユキ「では、これより、ネメシア雑貨店開店ですね」

ユキ、店の扉のクローズをオープンへ変える。(板版を裏返す)

アリス「とは言っても、お客さんがすぐ来るとは限らないけどね」

クロ「そんな、身も蓋もない…」

ユキ「まあ、いつも開店休業状態ですからね」

クロ「店長まで…」


ユイ、下入り

ドアベルの音(からんころん系)

アリス・クロ・ユキ「いらっしゃいませ」

ユイ「え、あ、はい…」

クロ、アリスに押し出され

クロ「本日は何をお探しですか?」

ユイ「あ、えっと…」

クロ「はい」

ユイ「これの油を探したくて…」

ユイ、ポケットかカバンから旧式ランプを取り出す

クロ「旧式ランプですか…」

アリス、驚いて身を乗り出し

アリス「旧式ランプ?!」

ユイ「え、あっはい…」

アリス「旧式ランプといえば、フィラメントでも電力でもなく、小さな蒸気機関の発熱により炎を灯したというあの伝説のランプ…!!どうして、貴方がそんなものを?!」

ユイ「え、ええ…」

ユキ「アリスさん、驚くのは分かりますが、お客様の前ですよ」

アリス「!…はい。すみません…」

クロ「それで、その旧式ランプの油をお探しなのですね?」

ユイ「はっはい!ありますか?」

クロ「…ええっと、旧式ランプの油、というと、動力になるほうですか?それとも」

ユイ「(食い気味に)整備用!歯車の整備用のほうです」

クロ「整備用ですね、かしこまりました」

ユイ「すみません、お願いします」

アリス「でも、整備用の油なんてよくここで頼もうと思ったわね。どこか他の所に置いてないの?」

ユイ「それが、全く…」

クロ「まあ、もう蒸気機関なんてものはなかなか見ないですからねぇ…その整備用の油、なぁんて、どこのお店でも置いてないでしょう」

ユイ「そうなんですよ!!しかも、どのお店に行っても、半笑いで電球式ランプを勧めてくるんです。旧式なんて化石だからって…」

アリス「なにそれ、酷いわね!旧式ランプには旧式ランプの良さがあるのに!」

ユイ「そうですよね!酷いですよね!…でも、実際、僕も探してみるまで分からなかったですよ。旧式ランプどころか油すらほとんど無いなんて」

ユキ「普段は、旧式ランプなんて使わないですからねぇ」

ユイ「そりゃ、そうですけど…!まさか…」

アリス「なあに?」

ユイ「このお店にも置いてないなんて事は…」

クロ「あった!!!!」

クロ「ありました、ありましたよ!旧式用の油!」

ユイ「ありましたか!よかった…」

クロ「こちらで良かったですか?」

ユイ「はい!!あっお代は…」

クロ「ええと…10ゴールドですね…」

ユイ「10ゴールド?!高すぎますよぉ…」

クロ「ですよね…」

ユイ「やっと使ってあげられると思ったのに…父がうかばれないです…」

アリス「父?」

ユイ「はい。これ、亡くなった父の遺品なんです…」

ユキ「そうなんですね」

ユイ「でも、歯車が錆びちゃってもはや置物と化してて…」

ユキ「…」

ユイ「ほんとは使ってあげたかったけど、流石に10ゴールドは無理だなぁ…」

アリス「クロ」

クロ「ええ!?」

アリス 1つ頷く

ユキ「クロくん」

クロ「店長…」

ユキ「何もせずに腐らせるより、使ってもらった方がいいと思いますよ?」

クロ「…分かりました」

ユイ「えっと…どうかされましたか?」

クロ「こちら、貴方にお売りします」

ユイ「え?」

クロ「10ゴールドから値引き致しまして、はち…(ここでユキが首を横に振る)ろく」

アリス「けちけちしない。サクッと値引いちゃいなさい」

クロ「(咳払い)2ゴールドでいかがでしょう」

ユイ「え、そんなに値引いてもいいんですか?!」

クロ「…ええ」

アリス「その代わりしっかり使いなさいね」

ユイ「はい…はい!大切に使わせていただきます!!」

お会計しながら

アリス「でも、旧式ランプなんて久々に聞いたわ」

ユキ「確かにそうですね。今は市場にもほとんど出回ってませんし」

ユイ「蒸気機関の職人さん自体少なくなってるらしいですしね…」

アリス「そうみたいね…残念よ…」

ユキ「まあ、仕方がないですよ。食べていけない仕事ですから」

アリス「そうなの?」

ユイ「そうですよ。ただでさえ売れないのに、蒸気機関商品の税金、また上がりましたからね」

ユキ「ええ。前回の倍近くになりましたね」

ユイ「蒸気機関の商品なんてほぼないってのに…お貴族様は何がしたいんだか」

アリス「そんな…ますます職人さん減っちゃうじゃない」

ユイ「仕方ないですよ。今は全体的に税金高いので」

ユキ「このまえお肉も税金上がってましたしね」

ユイ「お陰でうちの奥さん、鬼になっちゃって。王族様は食卓にまで手を出すのかーって」

アリス「あら…」

ユイ「嫌な世の中ですよ、全く…」

クロ「はい。1ゴールドに、シルバーが50、確かに2ゴールド頂きました」

ユイ「ああ、すいません。ありがとうございます」

クロ「いえいえ。こちら、お品物です」

クロ、袋を手渡しながら

クロ「蒸気機関の物は数少ないですから、どうか大切にご使用くださいね」

ユイ「もちろんです!」

アリス「まあ、貴方なら大丈夫でしょうけどね」

ユイ「なんか、ありがとうございます」

ユイ「あ、そうだ。そういえば、最近革命軍だなんだとか色々ときな臭いので皆さんもどうかお気をつけて下さい」

ユキ「…革命軍」

クロ「そうなんですね!ご親切にありがとうございます」

ユイ「いえいえ。こちらもお世話になったので」

クロ「お買い上げありがとうございました」

3人「またのお越しをお待ちしております」

ユイ、小さく頭を下げて下はけ


クロ「…」

ユキ「クロくん、お疲れ様でした」

クロ「全くですよぉ!こういう事ばかりするからいつまでも大赤字なんでしょうが!」

アリス「こら!」

ユキ「構いませんよ。事実ですから」

アリス「店長…」

クロ「構わなくはないんですけどねぇー赤字って結構ヤバいですよ」

アリス「店長、いつか破産したら言ってくださいね!私、ツテなら沢山ありますから!」

ユキ「そのお気持ちは嬉しいですが、私なら大丈夫なので、クロくんを拾ってあげてください」

アリス「えー嫌ですよぉ」

クロ「え、ひっでぇ」

アリス「酷いって貴方が悪いんじゃない」

クロ「はぁ?俺のどこが」

アリス「どこが?!自分で分からないの?」

クロ「わからねぇから聞いてんだろ?」

アリス「(ため息)貴方ってほんと」

クロ「なんだよ」

アリス「馬鹿」

クロ「どこがだよ?」

アリス「そーゆーとこ!ほんっと単細胞」

クロ「だったら、お前は」

ユキ、クロのセリフを遮り2人を止めて

ユキ「まぁまぁまぁ…2人とも落ち着いてください」

2人、肩で息をして睨み合ってる

アリス「…」

クロ「…」

ユキ「さて!もうお昼の時間ですね。僕は少し作業があるので奥にいます。用事があれば呼んでください」

クロ「あ、はい…」

アリス「…」

クロ「…あ、あのさ」

アリス「なに?」

クロ「店長ってよくお昼の時、奥にいるよね。なにしてるのかな?」

アリス「…たぶん懐中時計を治してるのよ」

クロ「懐中時計?」

アリス「そ。店長が昔誰かに貰ったってやつ。ずっと直しきってないのよ」

クロ「へ〜」

アリス「…」

クロ「…」

アリス「…話がないならもう行っていいかしら?私、用事があって家に帰らなくちゃならないの」

クロ「あ、ううん!全然いいよ!どうぞどうぞ…」

アリス下はけ


クロ「…一気に暇になったなぁ」

クロ「…」

クロ「なにしよ…」


この辺でタイミング見てレオン下入り

クロ「…あ、そうだ。朝ごはんの残り食べようかな?ちょうどお腹すいたしぃ?」

レオン 扉あける

クロ「あ!はい!いらっしゃいませ。ネメシア雑貨店へようこそ」

レオン「いや。挨拶は結構。客じゃないのでな」

クロ「か、畏まりました…えっと、でしたら本日は一体…」

レオン「マオ」

クロ「へ?」

レオン「マオは居るか?」

クロ「マオ…ですか?」

レオン「ああ。そうだ。マオ・レーベンはいるか?」

クロ「…すみません。そのような者は、この店には居ないのですが…」

レオン「いない?!そんな筈はないだろ!店長だぞ!この店の!店長!!」

クロ「店長…?店長は、その、マオさん?ではなくてユキですよ?」

レオン「ユキ?…(舌打ち)ああ、そうだ。あの野郎、そんな名前も使ってたか」

クロ「え?」

レオン「兎に角、そいつ。そいつでいいから店長だせ」

クロ「…すいません。店長は今奥で作業をしております。なにか用件がございましたら、僕…私が引き継ぎます」

レオン「お前じゃ意味ねぇんだよ…」

クロ「すみません。今、なんと…」

レオン、クロの胸ぐらをつかみ

レオン「いーから店長出せつってんだろ?!ぐずぐずすんな!」

クロ「無理なものは無理です!用件を!お伝えください!!」

レオン「あ?平民の分際でなんつー口聞いて/んだ?」

ユキ 走りながら上入り

ユキ「一体何の騒ぎですか?!」

クロ「て、てんちょ/う」

レオン「やっぱりここにいたか」

レオン、クロを離して、ユキヘ歩く

ユキ「え…レオン…兄様…」

クロ「兄様?!」

レオン「ったく、呼んだらさっさと出てこいよ愚図」

クロ「ちょ!」

クロ、身を乗り出すもそれをレオンに止められて

レオン「っと、随分躾のなってねぇ犬だな」

クロ「はなせっ!俺は犬じゃねぇ!」

レオン 笑って

レオン「犬じゃねぇだァ?笑わせんな」

レオン「その態度が犬だつってんだよ。流石平民だな。はっきり言わねぇと分からねぇってか?」

クロ、レオンを睨む

クロ「…」

レオン「まあ、仕方ねぇか。所詮スラム育ちだしな」

クロ「…あ゛?」

レオン「しかも、時代錯誤なガラクタをずっと作ってた馬鹿が父親なんだって?なら納得だな。蛙の子は蛙ってやつか」

クロ「てめぇ」

クロ、レオンに殴りかかろうとする

ユキ、クロを止めて

ユキ「兄様」

レオン「ん?」

ユキ「僕のことはどう蔑んで頂いても構いませんが、彼の事は悪く言わないでください。大切な従業員なんです」

レオン「…(鼻で笑って)平民集めてお店屋さんごっこか」

クロ「んだと」

クロ、レオンに掴みかかろうとして

ユキ「クロくん。落ち着いて」

クロ「…」

レオン「お遊びはもう辞めろってずっと言ってんだろ」

ユキ「遊びでは、ないので」

レオン「…(ため息)帰んぞ」

レオン、そのまま扉へ歩いていく

ユキ「クロくん」

クロ「はっはい」

ユキ「僕は少し出なくてはならないので、暫くお店を頼んでもいいですか?」

クロ「はい!分かりました。任せてください」

ユキ にっこり笑って

ユキ「頼みますね。必ず、戻ります」(必ずを強調して)

クロ 圧に圧倒されながら頷く

ユキ、レオン 下はけ


扉が閉まる音

クロ「…大丈夫かなぁ」

クロ、暫く店の商品などをごそごそやっている


ベルの音

ナオ 下入り

クロ「あ、いらっしゃいませ!」

ナオ「やっほやっほー!元気?」

クロ「え、えと…?」

ナオ「クロくん?で合ってるよね?僕ナオって言います!よろしくね」

ナオ クロの手を勝手に取りブンブン振る

クロ「あ、あの…その…なにか御用でしょうか…」

ナオ「御用?ああ、危ない危ない。忘れるとこだった…」

ナオ 手を離し、持っているカバンをごそごそする

クロ「?」

ナオ カンペを取り出す

カンペを読みながら

ナオ「ええっとね…そう!突然だけど、君にはこのお店を閉めてもらおうと思います!」

クロ「…はあ?!」

ナオ「…?というのもね、」

クロ「いや、今ので、はい分かりましたって閉めるやついると思います?」

ナオ「?僕は別に君の意志を聞いてるわけじゃないよ?君がどうしたいとしても、この店を閉めるのは決定事項だから」

クロ「…なんでだよ」

ナオ「んー…そうしないと君の身が危ないから、かなぁ?あ、でも、君がこの店と心中したいってのなら止めないよ」

クロ「…別にその気はねぇけど」

ナオ「なら、尚更閉めるべきだね。君的にはユキくんとの約束を破るみたいで嫌かもしれないけど」

クロ「ユキ、くん?」

ナオ「うん。ユキくん。君の言う店長のことだね」

クロ「…なんだその呼び方」

ナオ「可愛いでしょ?」

クロ「…いや」

ナオ「とにかく、今は時間が無いから詳しい事は後にして本題に行くよ?」

クロ「…分かった」

ナオ 近くの椅子に座る

ナオ「単刀直入に言うね、今この店は狙われています」

クロ「誰に?」

ナオ「民衆に」

クロ「民衆…?」

ナオ「正しくは革命軍って奴だね」

クロ「なんで、そんな奴らに…」

ナオ「ここが、ユキくんのお店だから」

クロ「は?」

ナオ「クロくん、稀代の天才科学者って言われて誰が思い浮かぶ?」

クロ「そりゃ、あのクソみてぇな電気やら何やらを作り出したマオとかいう野郎だろ」

ナオ「だね。じゃあ、レオン兄様はユキくんの事をなんと呼んでた?」

クロ「マ…オ…」

ナオ にっこり笑って

ナオ「もう分かったね?君らの店長こそが、職人たちから仕事を奪った元凶、稀代の天才、マオ・レーベンだよ」

クロ「…」

ナオ「クロくんのお父さん、蒸気機関士だったんでしょ?悪いけど調べちゃったよ」

クロ「…」

ナオ「革命軍の人たちの気持ち。分かっちゃった?」

クロ「…」(躊躇いがちに頷く)

クロ「で、でも、やっぱり意味わかんねぇよ。こんなガラクタ集めて赤字で売るお人好しが、血も涙もねぇ野郎と同じやつ、とか…」

ナオ「んー君にはそう見えてたか」

クロ「そう見えたつーか…信じられねぇつーか…」

ナオ「うん」(相槌)

クロ「もし、店長が、その天才だとして。でも、そしたら、あの、俺の見てた店長は偽物なのか?」

クロ「あの人は、ずっと嘘をついて…?」

ナオ 首を振る

ナオ「嘘じゃない。嘘じゃないよ」

ナオ「君が見てきたユキくんも、嘘じゃないよ」

ナオ「何の役にも立たなそうなもの集めて、修理するのが好きなユキくんも、知らないことを知るのが大好きで凄い発明しちゃうようなユキくんもどっちもユキくん。君の知ってる店長だよ」

クロ「…納得いかねぇよ」

ナオ「うんうん。そうだよねぇ…でも、申し訳ないけど君に気持ちの整理の時間はあげられないんだ」

クロ「…?」

ナオ「君には今すぐ決断してもらわなきゃ行けないことがある」

クロ「…なんでしょうか?」

ナオ「知っての通り、ユキくんはユキくんだから、死ぬほど色んな人に恨まれてるんだよね」

クロ「はあ…」

ナオ「だから、そのとばっちりを食らって君も危険だ」

クロ「っ…」

ナオ「今の君には分かるでしょ?革命軍はこの店だけじゃなく、君たちの命も狙いに来るって」

クロ「…はい…俺でも、そうする…」

ナオ「だからね、僕は君を助けに来た。ここまではOK?」

クロ「まあ…でも、何で俺を?アリスは…アリスは、大丈夫なんですか?!あいつの方が危険じゃ」

ナオ「まあまあ、落ち着いてぇ」

クロ、ナオにぽんぽんってされる

ナオ「アリスちゃんは大丈夫だよ。貴族だからね、大事に守られる」

クロ「え?あいつ、貴族なんですか?」

ナオ「そこから?!」

クロ「…」

ナオ「(ため息)まあ、いいや。とりあえず、君が1番危ないってことは理解してもらえた?」

クロ「店長は…」

ナオ「ユキくんも大丈夫だって!あの子は僕らの義弟だよ?僕らこれでも貴族だよ?」

クロ「あ、そーなんすね…」

ナオ「君意外と物を知らないね?!」

クロ「…さーせん」

ナオ「ま、いいけどね。それで?どこまで話したっけ?」

クロ「えっと、俺が逃げなきゃいけないって」

ナオ「あ~おっけおっけ。そこまでね」

ナオ カンペをチラ見して懐に入れる

ナオ「それでね、重ねるけど、君が逃げなきゃいけないってのは理解できた?」

クロ「あぁ、まあ」

ナオ 満足そうに頷き

ナオ「なら、僕は君に一つ提案をしようかな」

クロ「提案」

ナオ「うん。君にとって悪い物じゃない。約束するよ」

クロ「…その、提案ってやつはなんですか」

ナオ「ええとね、君を違う国に留学させようと思って」

クロ「違う国?」

ナオ「そーそー。ほとぼりが冷めるまでね。ああ、安心して。僕の伝手があるとこだし、危険な場所じゃない」

クロ 話が呑み込めずボケっとしている

ナオ「ほら、君も知ってると思うけど、全寮制の学校が隣の隣の国ぐらいにあるでしょ?あそこなんてどうかなって…クロ君?」

クロ「あ、はい!なんすか?」

ナオ「なんすかじゃなくてね。君の話だよ。しっかりしな」

クロ「ああ、すいません。なんか予想外で…」

ナオ「そんなびっくりすることかな?」

クロ「俺、これでもストリートチルドレンだったんすよ?そんな俺が…留学とか…」

ナオ「でも、君、頭悪くないからね。ありえない話じゃないよ」

クロ「…そっか。俺、学校通えるんだ…」

ナオ「うん。ま、入学の前に言葉遣いの矯正はいりそうだけどね」

クロ「…ありがとう、ございます」

ナオ「いーのいーの。半分以上君の力だし」

クロ 嬉しそうにニコニコしている

ナオ「じゃ、さっさと準備しちゃおっか。あんまし時間もないし」

クロ 何かに気がついたように立ち止まる

ナオ「ん?どうしたの?」

クロ「あ…やっぱり、少し待っていただけないですか」

ナオ「なんで?」

クロ「いや、その…店長が…」

ナオ「ユキくんが、何?」

クロ「お店、頼みますって」

ナオ「ああ、それならだいじょぶだよ。僕からも伝えとくし」

クロ「…」

ナオ「そんな顔しない!心配いらないよ。あの子も馬鹿じゃないしね」

クロ「…」

ナオ「クロ君?」

クロ「…やっぱり、少し考えさせてもらえませんか?」

ナオ「え?」

クロ「店長にこの店を頼まれましたし」

ナオ「だから、それは僕の方で何とかするよ?」

クロ 首を振って

クロ「それに…やっぱり、アリスになにも伝えないで行くのはできないです」

ナオ「アリスちゃん、戻ってこないと思うけど」

クロ「いや、あいつなら必ず来ます。それくらいする奴です」

ナオ「…意外だな、君にこの店と心中する趣味があったなんて」

クロ 少し笑って

クロ「そんな趣味ないですよ。ただ、僕がこの店に恩があるだけです」

ナオ「…その恩を売ったのが、君の仇みたいな人だとしても?」

クロ「それは…その、それも含めて、考えたいんです」

ナオ「…」

クロ「だから、お願いします。僕に時間をください。考える時間を。本当にこの店を離れていいのか考える時間を」

クロ 頭を下げる

ナオ「…わかった。いいよ」

クロ 勢いよく頭を上げる

クロ「本当ですか!」

ナオ「ただし」

ナオ「一日だ。一日しか上げられない。これは譲れないから」

クロ「はい」

ナオ「(ため息)じゃ、また明日の夜。ここに来るから。しっかり考えなよ?」

クロ「もちろんです」

ナオ 下手へ少し歩いて立ち止まる

ナオ「クロくん」

クロ「はい」

ナオ「どこかで、ユキ君がこの店に来る時間を作ってあげるから」

クロ「!」

ナオ 少し振り返って

ナオ「その時は、ちゃんと話し合うこと!いいね?」

クロ「はい…ありがとうございます」

ナオ お礼はいいよと軽く手を振り下はけ


クロ「…(ため息)これからどうしよう」

クロ 力なく椅子に座りうなだれる

ホリを夕方の色から夕焼けの色に変える


アリス 走りながら下入り

ドアベルの音と雑なドアの開閉音

アリス「クロ!!」

クロ アリスの姿を見て立ち上がり

クロ「アリス!どうしてここに?」

アリス「どうしてもこうしても無いわよ!革命軍が動いたって知らせがあったのよ!」

クロ「それは知ってる。それで?」

アリス「え?」

クロ「だから、革命軍が動いて、どこもかしこも危ないから逃げなきゃなんでしょ?」

アリス「な、なんで知ってるの?」

クロ「ナオさんに聞いた」

アリス「ナオさん…ってナオ・レーベンの事?」

クロ「レーベンかどうかは分からなけど…店長のお兄さん」

アリス「ああ、ならその方よ」

クロ「…アリスはなんで店長がナオさんの弟だって聞いて驚かないの?」

アリス「…!」(しまった)

クロ「やっぱりアリスは知ってたんだ」

アリス「聞いて。クロ、違うのよ」

クロ「なにが?何が違うの?」

アリス「あの、あのね?」

クロ「君は知っていて、僕は知らなかった。それだけでしょ?」

アリス「そうなんだけど、違うの」

クロ「僕が、僕だけが平民で、育ちが悪くて、君と店長はそうじゃない。だから、僕だけが知らないことがある。そうじゃ/ないの?」

アリス クロの頬を両手で挟み

アリス「聞いて!」

クロ「はい」(びっくりして)

アリス「今はとにかく時間がないから、詳しくは言えないけど、あたしも先生も貴方をないがしろにしたわけじゃないの。わかる?」

クロ「…」

アリス「貴方に言いたくなかったから言わなかったわけじゃない。言えなかったのよ」

アリスはクロの頬から手を放し

クロ「言え、なかった?」

アリス「いろいろあるのよ。貴族にはね」

クロ「…」

アリス「クロ」

クロ「…」

アリス「お願いがあるの」

クロ「…何?」

アリス「ほんとは、こんなこと貴方にお願いするべきじゃないってわかってる/けど」

クロ「だから、何?」

アリス「…」

アリス 気まずそうに視線を逸らす

クロ「時間、ないんでしょ?」

アリス「…そうね。もったいぶってる場合じゃないわね」

クロ「うん」

アリス 大きく息を吸い

アリス「あのね、」

クロ「うん」

アリス「私ね、これから家族で他国に逃げるの」

クロ「うん」

アリス「だからね、私、その…」

アリス「貴方にこの店を守ってほしいの」

クロ「…と、いうと?」

アリス「貴方にこの店を、店長のいたこの店を、ネメシア雑貨店を、守ってほしいの」

クロ「それは…俺がこの店で働き続けるってこと?」

アリス「…そういうことになるわ」

クロ しかめっ面で腕を組み

クロ「…」

アリス「ごめんなさい!貴方を一人にして決断を押し付けて、その上こんなお願いなんて、自分勝手だってわかってるのよ。でも、どうしてもお願いしたくて…本当にごめんなさい!」

クロ「…それは、どうしてもこの店じゃないと駄目なの?場所を移すとか」

アリス「…(首を振る)駄目なのよ。どうしても、ここなの。ここだけが、私の帰る場所なの」

クロ「…」

アリス「例えそこに貴方がいて、同じように雑貨を売っていても、場所が違って、名前が違って、そうしたら、もう、そこは私の帰りたい場所じゃない」

アリス「私の帰りたい、帰る、場所は、ここなの。扉を開けば鈴の音が鳴って、呑気に笑う店長がいて、ムカつく顔したあんたがいる。お客さんなんか全然来なくて、暇だねって、笑えるここが、ここだけが、私の還る場所なの。だから、お願い…ここを私から奪わないで…」

クロ「…ごめん。申し訳ないけど、絶対にここを守るっていう約束は俺にはできない」

アリス「いいの。いいのよ、ほんとに。これは私の我儘だから」

クロ「本当にごめん」

アリス「だから、大丈夫よ。受け入れられない話だって分かってるし。それに、」

アリス「私、この店のことと同じくらい、あんたのことも大事なの」

クロ「!」

アリス「だから、矛盾するみたいだけど、あんたはあんたのやりたいようにやって。私の願いなんて聞かなくていいから」

クロ「…あの!さ」

アリス「ん?」

クロ「俺、この店を絶対に守るって約束はできないけど、でも」

クロ「絶対雑貨店はやる。今、決めた。お店開いて、アリスが帰って来られる所、ちゃんと作る」

アリス「ありがとう。私、なんか貴方の開く店なら帰る場所だって思える気がする」

クロ「そう思ってもらえるように頑張るよ」

アリス「期待してる」

アリス 外をちらりと見る。外はすっかり暗くなっている

アリス「あ!もう外真っ暗じゃない!」

クロ「ほんとだ!」

アリス「ごめんなさい、名残惜しいけど、もう、行かなきゃ」

クロ「わかった。送ろうか?」

アリス「近くで迎えが待機してるから大丈夫よ」

クロ「そっか。ならよかった」

二人、しばらく無言で見つめあっている

アリス「じゃあ、もう、いくね」

クロ「うん。いってらっしゃい…は違うな」

アリス「(笑って)そうね」

クロ「ええっとじゃあ…またね?」

アリス「!ええ。またね」

アリス 下へはけかけて途中で立ち止まる

クロ「アリス?どうした/の!?」

アリス クロに抱き着いて

アリス「絶対絶対、また生きて逢いましょうね!約束よ!」

クロ「うん。約束、な」

アリス「じゃあ、また、ね」

クロ「ああ、また」

アリス 小さく手を振り今度こそ下はけ

クロ「また、会えるといいな」


クロ 時計をちらり見る

クロ「っと時間やばいな。こうしちゃいられねぇ、店閉めなきゃ」

クロ 外のオープンの文字をクローズに変える

クロ 暫く散乱しているものを片づけたり、売上金を金庫に入れたりしている

クロ「あ、」

クロ 戸棚から『ネメシア雑貨店』と書かれたドアプレートを見つける

クロ「これ…みんなで書いた…懐かしーな」

クロ ドアプレートを見つめながら

クロ「これ書いたときは平和だったのに」

クロ「どうして、こうなっちゃったんだろ」

クロ ドアプレートを机の上に置く

クロ「でも、そっか。アリスはこの店を残してほしいのか…」

クロ「俺は、この店を残すべき、なのかな…や、でもそうだよな。俺、平民だし見逃される可能性だってあるかもしれないし?…残れそうなら残った方が…」

クロ「いやいや、何考えてんだ俺?!そんなことしたら確実に殺されるだろ?!少なくとも俺なら殺す。しかも、留学先学校だぜ?こんなチャンス逃すべきじゃないよな」

クロ「ああ、もうどうしたらいいんだ?」

クロ 力なく座り込み

クロ「…死にたくは、ないよなぁ」

クロ そのまま寝入ってしまう

外はさらに夜が深まり、満月が南中している


ノック音

ユキ「あの…誰かいませんか?」

言いながらユキ下入り

ベル音

クロ ぐっすり寝ていて気がつかない

ユキ「あ、よかった。クロ君まだいらしてたんですね…あれ?」

ユキ クロへ近づきながら

ユキ「クロ君、ひょっとして寝てます?」

ユキ クロの肩をたたきながら

ユキ「クロ君、起きてください。こんなところで寝ていたら、風邪ひいちゃいますよ?」

クロ「ん…んん?」

クロ 目を覚ます

クロ「なんですか、店長…え!店長?!」

ユキ「はい、なんでしょう?」

クロ「な、なんで…??」

ユキ「ナオ兄様に連れてきていただいたんです。話をしてあげてほしいって」

クロ「え…」

ユキ「その時、ナオ兄様に聞きました。何を話していて、何を話していないのか」

ユキ「ナオ兄様が、クロ君に何を求めたか、も」

クロ「…そう、ですか」

ユキ「クロ君。貴方は私に」

ユキ「なにか、聞きたいことがあるのではないでしょうか」

クロ 言いたいことをぐっとこらえて

クロ「っ!…」

ユキ「…ない、ですか?」

ユキ クロの顔をのぞき込む(?)

クロ「…」

ユキ「答えにくそうなので、私から、話しますね」

クロ「…お願いします」

ユキ「(独り言)ええっと、何から話しましょう…そうですね、話すなら順番に、私の幼い頃からにしましょうか」

ユキ「まずね、クロ君。誤解してほしくないんですが、私生まれは貴族ではないんですよ」

クロ「え、そうなんですか?」

ユキ「はい。ここ、王都ではない地方で城勤めの役人をしていた父と、パン屋の娘だった母との間に生まれた、れっきとした平民です」

クロ「てことは、ナオさんやレオン…さまとは血がつながってないんですか?」

ユキ「そういうことになりますね」

クロ「…」

ユキ「不思議、ですか?」

クロ「ええ、まあ…なんかレオン…さまは平民がお嫌いなようでしたし、そもそも平民なのにどうして研究までできたのかも…よくわからないです」

ユキ「私の父は稼ぎがよかったので。あと、子供の教育に力を入れたがる人だったんです」

クロ「ああ、なるほど…素敵なお父さんですね」

ユキ「全然。金に目がくらんで、子を売るような人です」

クロ「…なんか、すいません」

ユキ「大丈夫ですよ。お陰でいろいろな方に出会えたので」

クロ 返す言葉がなく黙っている

ユキ「ともあれ、私は平民の子供にしては勉強をさせてもらったんです」

ユキ「ところでクロ君は錬金術ってご存じですか?」

クロ「あ、はい。確か、金じゃないものから、金を作ろうとするみたいなやつですよね?」

ユキ「大体そんな感じです。元を正せば金を生成するための学問でしたけど…実は科学に錬金術の知識がたくさん応用されているってご存じでしたか?」

クロ「そうなんですか?」

ユキ「はい。もし錬金術がなければ、科学などという学問はこんなに早く進まなかったでしょうね」

クロ「へえ…」

ユキ「まあ、クロ君にとっては、錬金術なんてなかった方がよかったかもしれませんが」

クロ「そんな事は…!」

ユキ「…気を使わなくても構いませんよ」

クロ そっと視線をずらし

クロ「あ、てことは科学と蒸気機関って関わり薄いんですね」

ユキ「いや、そうとは言い切れませんが…その辺は専門外なのでよくわからないんです。すいません」

クロ「え?専門外?」

ユキ「意外ですか?」

クロ「はい…てっきり、科学に関してはすべて知っているのかと」

ユキ「確かにこの国で科学が興る発端となったのは僕ですが…僕以外にも科学を研究している方はいますよ」

クロ「そうだったんですね…全然知らなかった」

ユキ「仕方がないですよ。王侯貴族たちも、意図的にそれを隠してましたし」

クロ「え、どういうことですか?」

ユキ「ほら、何事にも旗印って必要でしょう?」

ユキ「何人もの凡人が集まって成果を出すより、一人の天才が輝かしい功績を作る方が目を引きますし」

クロ「…」

ユキ「そうすれば、いざというときに僕を捨て駒に技術を守る、なあんてこともできますから」

クロ「…それで、いいんですか?店長は」

ユキ「僕は構いませんよ。というか、そもそも僕が蒔いた種ですしね」

クロ「…」

ユキ「少し話がそれてしまいましたね。戻しましょうか」

ユキ「どこまで話しましたっけ…ああ、そうだ。僕がどうして科学を発展させられたか、でしたね」

ユキ「もう理解していただけたとは思いますが、その理由は、単に僕が錬金術という学問が好きだったからです」

ユキ「好きで、好きで、大好きだったから。もっと知りたくて、僕は僕のやりたいように、錬金術という学問を深めてしまったんです」

ユキ「その結果、見えてきたのは金の生成方法でも、人体錬成の術でもなく、蒸気機関の非効率性でした」

クロ「えっと…それはどういう…」

ユキ「ああ、関係性が見えないですか?」

クロ「…はい」

ユキ「んー…クロくんは、琥珀石って知ってますか?」

クロ「いや…それはなんですか?」

ユキ「まあ、石ですね」

クロ「石」

ユキ「布で擦ると静電気が発生するタイプの石です」

クロ「はあ」

ユキ「ちょっと難しいですかね。何となくで大丈夫ですよ」

クロ「静電気って、寒い時に鉄製品触ったらぱちってなるあれですか?」

ユキ「それです」

クロ「ああ、なら」

ユキ「実は電気の根っこの根っこって静電気なんです」

クロ「え、嘘」

ユキ「ほんとですよ。あれがどんどん大きくなればなるほど、ランプなんかを灯す動力になったりするんです」

クロ「へえ」

ユキ「この辺は僕が発見した事だったりするので、知らなくても大丈夫ですよ」

クロ「でも、ちょっと意外で…面白いです」

ユキ「ですよね!僕もそう思って…錬金術の他にも電気だったり、他にも錬金術に使う薬品の事とか調べたりしてたんです」

ユキ「その結果が、これです」

クロ「…」

ユキ「…でも、当時の僕は、その重大さに全然気が付かなくて。考え無しで」

ユキ「ただ、大人たちが知らないことに気がつけたことが嬉しくて、自慢したくて父に話して、近所の人に話して、偉い人にも話したんです」

ユキ「こんなことになるなんて、思ってなかったなぁ…」

クロ「仕方ないですよ。その時の店長、10歳とかそこらでしょう?なら仕方ないです」

ユキ「だけど、僕はその影響力を考えるべきだったんです。それが、発明家の責任ですから」

クロ「…」

ユキ「…僕、驚いたんですよ」

クロ「?」

ユキ「貴族になって初めて教会に寄付しに行った時、あまりに沢山の人が家も職も家族さえも無くしていたことに」

クロ「…」

ユキ「聞けば、国が科学なんて推し進めるからだって言うじゃないですか。もう、びっくりしちゃって」

クロ「…」

ユキ「しかも、よくよく話してみたら、みんな一様にある人を悪人みたいに言うんです。マオ・レーベンが全部悪いって」

クロ「それは!」

ユキ「それで、あまりに驚いたんで、詳しく調べて見たんです」

クロ「…」

ユキ「そしたら、僕が電気を、新しい動力を、科学を、国に提唱してからの失業者が倍に増えてて」

クロ「え…」

ユキ「その時、思ったんです」

ユキ「ああ、僕のせいだなって。僕が、それまでより人の要らない圧倒的に効率のいいやり方を生み出したから。これまで紡いだものを全部、全部台無しにしたから」

クロ「そんなことは」

ユキ「あるんです。あるんですよ、クロくん」

ユキ「なにより、僕が悲しかったのは、ゴミ処理場であまりに多くの物が捨てられていた事です」

ユキ「職人が、一つ一つ魂を込めて、大切に作られてきた多くの蒸気機関の雑貨が、機械が、まるで汚いものみたいに捨てられていた」

クロ「っ!」

ユキ「僕だって、生まれは下町なんです。色んな職人の知り合いがいた。僕の1番の親友のお父さんは蒸気機関の修理士でした」

ユキ「申し訳なくて…」

クロ「なんで」

クロ「なんで、分かってたのに」

ユキ「理解するのがあまりに遅かったんです。気がついた時には取り返しはつかなかった」

ユキ「本当にすみません」

ユキ、深く頭を下げる

クロ、下がったユキの頭に向かって

クロ「やめろ!」

ユキ「え…」

クロ「謝んな。絶対」

ユキ「でも…」

クロ「本当に、申し訳なく思ってんなら、謝んな!」

クロ「謝って、許されて、それで楽にならないでください」

ユキ「…」

クロ「あんたに謝られたら、俺は、許さなきゃ行けないじゃないですか」

クロ「俺は、あんたの事は好きだし尊敬してるけど、だけど、マオ・レーベンの事は許したくないんです。許せねぇんです」

クロ「頼むから、あんたは謝らないで下さい」

クロ「俺は、あんたの事まで恨んで生きたくないんです…頼むから…お願いだから…俺に許させないで…」

ユキ「ごめんなさい、考え無しでしたね」

クロ「だから」

ユキ「クロくんに許してもらって、それでちょっと楽になろうとしてました。狡かったですね」

クロ「…」

ユキ「もう、これに関して謝ることはしないです。約束します」

クロ「大丈夫です…俺も、ちょっと我儘でした」

ユキ「いいえ、あれくらい言われないと気づけなかったですから。気にしないでください」

クロ「いや、そんな…」

ユキ「ただ、もう1つだけ謝らせて貰えませんか?」

クロ「何を…」

ユキ「クロくんに、全部任せてしまうことです」

クロ「全部って」

ユキ「この店のことを」

クロ「ああ」

ユキ「この店、もともと僕の我儘で作らせてもらった店なんです」

クロ「え」

ユキ「だから、本当は僕が始末付けて行かなきゃいけなかったんですけど」

ユキ「上手く片付けられなくてごめんなさい」

クロ「いや、大丈夫ですから」

ユキ「それと…クロくん、この店君の好きなようにしてください」

クロ「え…」

ユキ「言われても困ってしまうかもしれないですが…でも、貴方が好きなようにしてくれて大丈夫ですから」

ユキ「貴方がどんな選択をしても、私は、それを尊重します」

クロ「…」

ユキ「貴方がやりたいことを、優先してくださいね」

クロ「店長は」

クロ「店長はどうして欲しいですか?」

ユキ「僕ですか?」

クロ 頷く

ユキ「んー…僕としては、アリスさんの帰る所を守って欲しいですね」

クロ「アリスの…帰る所?」

ユキ「あの子、貴族ですけど…色々ある子なんですよ」

クロ「それは…何となく」

ユキ ふわりと笑ってクロの頭を軽く撫で

ユキ「頼みますね」

クロ「…はい」

ユキ 窓の外を見て、空の色が白み始めている事に気づく

ユキ「もう、こんな時間ですか」

ユキ「私、あんまり顔を見られるわけに行かないので、ちょっともう行きますね?」

クロ「はい、気をつけて下さい」

ユキ「あ、ちょっと待ってください」

ユキ、何かを思い出し、上にはけ

クロ「?一体なんだ?」

ユキ、直ぐに懐中時計を手に戻ってくる

ユキ「これを、クロくんに渡しておきたかったんです」

クロ「これ…」

ユキ「懐中時計です」

クロ「これって、いつも修復作業してた…」

ユキ「はい、それです」

クロ「わ、これめっちゃ綺麗ですね。凄い意匠が凝ってる…」

ユキ「それ、実は壊れてないんですよ」

クロ「嘘?!いや、でも確かにどこも壊れてなさそう?」

ユキ「どこもおかしくないし、壊れてないですよ」

クロ「じゃあ、なんで」

ユキ「戒めのためです」

クロ「戒め?」

ユキ「はい。私のしたことを、喪わせた物を忘れないように」

クロ「え」

ユキ「でも、持っていく余裕がなさそうなのでクロくんに預けておきますね」

クロ「ええ?!俺にですか?」

ユキ「はい」

クロ「わ、マジか…」

ユキ「ちなみにそれ、私の実母が私にくれた唯一のものです」

クロ「は?!」

ユキ「色々余計なものが入ってるかもしれないですが、気にしなくていいですから」

クロ「いや、ちょっとまって!」

クロ「これ、大事なものなんじゃないですか?」

ユキ「あーまあ、大事か大事ないかでいうと大事ですね」

クロ「ならなんで!」

ユキ「大事だから、です」

クロ「え…?」

ユキ「私が持っていたら駄目になってしまうかもしれないので」

クロ「あ」

ユキ「だから、これは、私がいつか取りに来るまで預かっていて下さい」

クロ「はい…あ、あの、大事にしますので」

ユキ「んー別に雑に扱ってくれて大丈夫ですよ」

クロ「いやいや」

ユキ「それ、蒸気機関が使われてるので、見た目より頑丈ですから」

クロ「それなら余計に手入れがいるじゃないですか?!」

ユキ「別にいいですって」

クロ「いや、全く良くねぇっての…」

ユキ「とにかく、それ、お願いしますね」

クロ「ええ、もちろん!」

ユキ「では、そろそろ本当に行きますね」

クロ「あ、はい」

ユキ 下手中央より下手側まで歩きクロの声に立ち止まる

クロ「店長」

ユキ「…なんでしょう」

クロ「今まで、ありがとうございます。お世話になりました」

クロ「あの!俺、どんな形になっても、絶対この店守るので!」

クロ「だから、また、来てください!お待ちしてます!」

ユキ「…はい。いつか、会いにいきますね」

ユキ「…こちらこそ、本当にありがとうございます。沢山救われました」(独り言)

クロ「?店長?」

ユキ「では、また」

クロ「はい!また!」

ユキ、1度も振り返らず真っ直ぐ下はけ

クロ、緩く手を振る

クロ「…絶対、ですからね」


クロ、扉に背を向け舞台中央へ歩きながら

クロ「変なの、預かっちゃったなぁ」

懐中時計を手に持ちながら

クロ「…ちょっと開けてみよ」

懐中時計を開く

クロ「わっ!なんか落ちてきた!」

時計の中から小さく折りたたまれた手紙が落ちてくる

クロ「ん?なにこれ…手紙…?」

クロ、ちょっと開いてみる

クロ「ユキくんへ、これは貴方に私ができる、最初で最後の贈り物です。本当は貴方が成人した時に渡そうと思ってました。この時計は貴方が産まれた時に、作ってもらったものです。こんなことしか出来ないお母さんでごめんね」

クロ「って、これ、店長のお母さんからの手紙じゃ…」

クロ 慌てて手紙を閉じて

クロ「やべー…絶対見ちゃだめなの見ちゃったあ…」

おそるおそる手紙を畳み、懐中時計の中に仕舞い直す

クロ「…店長はこれを大事に見てたのか…」

クロ、手の中の懐中時計をじっと見る

クロ「…店長、やっぱり貴族になったの嫌だったのかな…そりゃ嫌か」

クロ 懐中時計を裏に返し

クロ「ん?これは…文字が彫られてる?ええっと…ゆ…き…あ、店長の名前か!」

クロ「ってことは、店長の本名はユキさんの方か…良かった」

クロ 暫く立ちつくし

クロ 懐中時計に問いかけるように

クロ「俺は、どうしたらいいんだろう」

クロ「…(ため息)店長がもっと意地悪だったら良かったのに」

クロ「もっと、意地悪で、性格悪くて、クソで…そしたら、もっと簡単に決断できたのになぁ…」

クロ「いや、そしたら、俺、生きてなかったか」

クロ「…」

クロ 暫く無言で懐中時計を見つめて

クロ「いや、分かってるんだよ…俺が本当はどうしたいかなんて…」

懐中時計を机に置こうとした拍子に、懐中時計が開く

クロ「ん?締めが甘かったかな…あ、この時計すげぇ」

クロ 開いた懐中時計を掲げ

クロ「文字盤のとこ透けてる…歯車しっかり見えんじゃん…めっちゃ綺麗…」

クロ「…」

クロ「(ため息)」

立ち上がり、棚へ向かう

ネメシア雑貨店と刻まれたドアプレートを手に取り

クロ「…やるしかない、か」


夜が明ける(白見かけていた空が完全に明るくなり、月が沈む)

ホリのみ

クロはかさかさ動いて、ボストンバックを客席から見える位置に置く


地明かりがつく

ノック音と共にドアベルが鳴り

ナオ「クロくんおっはよ!いい朝だね!よく寝れた?」

クロの顔を覗き込み

ナオ「寝れてなさそうだね」

クロ「…そりゃそうだろ」

ナオ「うんうん。元気そうだね」

クロ「は?」

ナオ「そんな口が叩けるならまだ大丈夫。で?ちゃんと決めた?」

クロ「はい」

ナオ「どうしたいか、聞いてもいいかな?」

クロ 頷く

クロ「俺は…店長の気持ちを大事にしたいんです」

ナオ「うん」

クロ「でも、死にたくない」

ナオ「うん」

クロ「だから、その…」

クロ「俺は俺のやり方で、店長の気持ちも、アリスの気持ちも大事にしようと思います」

ナオ「そっか」

クロ「本当に何から何まですいません。でも…よろしくお願いします」

ナオ「いいんだよ~全然。僕は君の将来性に投資するだけだし」

クロ「そうはいっても…」

ナオ「それにね」

ナオ「僕ちょっとカッコつけたくて」

クロ「え?」

ナオ「ほら、僕、おにいちゃんだから」

クロ 吹きだして

クロ「なんですか、それ(笑いながら)」

ナオ「あ!笑うなあ!」

クロ「すいません(笑って)意外で…」

ナオ「(ため息)で?準備はできたんだね?」

クロ「あ、はい。ここに…」

クロ 手元の鞄を示す

ナオ「そうじゃなくて」

ナオ 自分の胸を軽くたたいて

ナオ「ここの」

クロ「っはい!もちろん」

ナオ「ならいいんだ。さ、いくよ?」

クロ 頷く

ナオ 下はけする寸前で立ち止まり、軽く振り返る

クロ「今までお世話になりました!!ありがとうございました!!」

ナオ ニコっと笑い、下はけ

クロ 鞄を持ち上げ下はけ

はけきる前に地明かりを消す


上手花道

レオン「ここまでこれば安全なはずだ」

ユキ「はい」

レオン「ったく、しくじったな。まさか行先が漏れていたとは…」

ユキ「…でも、なんとかなりましたね」

レオン「いや、まだわからん。なにせ/向こうは数が多い」

兵士「いたぞ!」

レオン「まずい!追いつかれた!!マオ!お前は先に/行け!」

傭兵「おおおおおお!」

傭兵 兵士 雄たけびを上げて襲い掛かってくる

レオン舌打ちをし、傭兵の攻撃を剣で受け止める

その隙に兵士がレオンの腹を刺す

レオン 兵士もなぎ倒し、その場にユキしか立っていない

レオン「ぐっ!」

ユキ「兄様!」

レオン「お…い。何をしてる、間抜け。さっさと逃げろ」

ユキ「そんなことはできません!」

レオン「いい…か…ら…行け。ドアホ…」

ユキ「駄目です!駄目です兄様!」

レオン「駄目じゃ…ない…行け!」

ユキ「にい…さま…」

ユキ 立ち上がりは知ってはける

レオン「行け…そのまま…」

レオン「全部奪ってすまなかったな、ユキ」

F.Oしながら

兵士「いか…ねば…あいつを殺さなければ!」

兵士 後をおってはける

音声「追えー!あの科学者を追えー!」

鬨の声

音声「行けー!鉄槌を下すのだ!許せぬ科学者に天の罰を!憎き貴族に神の裁きを!」

完全暗転


明転

店の内装ちょっと変わっててほしいな

クロ「ん~いい朝だなぁ…ん?」

机に置かれた新聞を手に取り

クロ「『革命から五年、各地で祝いの式典開かれる』…かぁ。そっか、もう五年も経つのかぁ」

クロ「久々に帰省でもするかぁ」

クロ 新聞を置き軽く伸びをする

ベル音

クロ「あ、すいません。まだ開店準備中で」

アリス クロに飛びついて

アリス「クロ!久しぶり!!」

クロ「え!アリス!!嘘、久しぶり!!」

アリス「会いたかったわ!元気にしてた?」

クロ「ああ、うん。お陰様で。そっちこそ、よく無事で…」

アリス「運がよかったのよ。まあ、でも、お兄様は会えずじまいだけど」

クロ「そっか…」

アリス「それより!クロ、貴方本当に約束守ってくれたのね!ありがとう!」

クロ「いや…結局、店長の店は守れなかったけど…」

アリス「いいのよ。このご時世に蒸気機関のものがあるだけで奇跡なんだから」

クロ「うん…ありがと」

アリス「お礼を言うのは私よ!だって」

ベル音

ナオ「んも~アリスちゃんってば、す~ぐ暴走するんだから」

クロ「ナオさん!」

ナオ「クロくん!やっほやっほ~元気だった?」

クロ「はい」

アリス「あら、やっと追いついたの」

ナオ「あら、じゃないってば!も~クロくんからもなんか言って!」

クロ「え…?お知り合いですか?」

アリス「ええ」

ナオ「知り合いっていうか、後見人」

クロ「え?」

ナオ「この子、ひとりだったから。ユキ君にも頼まれたし助けてあげたの!なのに、この扱い…ひどくない?!」

クロ「あぁ、まぁ」

アリス「別に酷く無いわよ」

ナオ「十分酷いよ…」

クロ「ってか、アリス、一人だったの?!」

ナオ「あれ?無視ですかー?」

アリス「いろいろあったの」

ナオ「あれー?」

クロ「いろいろ…」

ナオ「ちょっとー?」

アリス「そういえば、今日店長の命日じゃない?」

クロ「ああ、確かに」

アリス「だから、一緒にお墓詣り行きましょ!」

クロ「え!お墓なんてあるの?」

ナオ「あるよ。一応貴族だし」

クロ「知らなかった」

ナオ「だと思った」

アリス「だから、誘いに来たのよ」

ナオ「で?行くの?」

クロ「行きたいですけど…お店あるし…」

アリス「たまにはいいじゃない!行きましょうよ!」

クロ「でも…」

ナオ「たまにはいいんじゃない?」

クロ「…」

アリス「ほら、ナオさんもこう言ってるし!ね?」

クロ「…じゃあ、行こうかな」

以下はけながら

ナオ「よし!じゃあ決まり!」

アリス「さ!いきましょう!!」

クロ「ちょっと待って!僕何の準備もしてない!!」


ひきわり幕閉めて

サス

フミ「お母さんとお父さんのお話、とってもどきどきしたぁ…今夜は眠れないかも」

フミ「店長さんが死んじゃったのは残念だけど、でもあの革命のお陰で、いまがあるのよね」

フミ「みんなも知ってるでしょ?あの天才のマオ・レーベンのこと!」

フミ「彼のお陰で、今この国は、とっても大きくなったんだから!しかも、この旧王都も今じゃ眠らない街って言われるくらい栄えてるのよ!サイコーよね!」

フミ「ま、うちのお母さんもお父さんも、蒸気機関?とかいうふっるい奴が好きなんだけどね」

アリス「フミー!ごはんよ!」

フミ「あ!呼ばれた!もう行かなきゃ」

フミ「兎に角、二人のお話はこれでおしまい!楽しんでもらえたかな?」

フミ「またね!ばいばーい!!」

フミ はけながら

フミ「お母さん!今行く!!」

閉幕

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