4話
翌朝、といってもお天道さんがだいぶ昇ってから、蓮子は目を覚ました。
あたりを見渡すと、襖は倒れ、柱時計はバラバラ、部屋は随分と荒れている。
そして、
「おはよう!蓮子!随分とよく寝たな!もう10時だぞ」
と、普通に喋っている、ふわふわ浮いた白い小狐がいた。
(ああ、やっぱり夢じゃ無かったのか…)
蓮子の目は遠くを見つめていた。
「なに呆けてるんだ?」
と、小狐は言う。確かにもう現実逃避をしてもしょうがない。昨夜のことは全て現実なのだ。
「そうね。昨日は助けてくれてありがとう。そういえば名前を聞いていなかったわ。」
蓮子はそう言うと、
「ま、まあ、お前が1番頑張ってたよ!おいらは"冬一"って言うんだ!これから、よろしくな!」
と、照れながら自己紹介した。
「そう、冬一って言うのね。私は清水蓮子よ、よろしくね。と言ってもあんたは私のことを既に知っている風だったわね。」
蓮子は昨日の冬一の態度を思い返しながらこう答えた。
「ああ。お前はこれまで徳子と2人で暮らしてたと思っていただろうが、おいらもずっと居たんだぜ?お前は"霊感"に目覚めてなかったから、気づいていなかったがな」
どおりでこんなに馴れ馴れしいのか、と蓮子は納得した。
「それで、徳子ばあちゃんが亡くなった後も、私は見えていなかったけど、ずっとそばに居たってこと?」
「いや、おいらは徳子が亡くなる前にミサンガに封印されたから、昨日の夜まではずっと眠ってたんだ。」
「どうしてそんな事になったの?」
蓮子の問いかけに、冬一は少し寂しげな表情になった。
「おいらと蓮子を案じてのことだったんだ。おいらは依代となる契約者がいないと、存在を維持出来ない。
だけど、霊感に目覚めていない状態でおいらを任せることは、蓮子にとって危険だったんだ。だから霊感に目覚めたときに封印が解けるように、ミサンガにまじないをかけて、蓮子に託したんだ」
徳子ばあちゃんからもらったミサンガにそんな意味があったとは、てかそもそも徳子ばあちゃんが本物の霊能力者だったなんて、と蓮子は新事実に驚愕しながら、千切れたミサンガを眺めた。
「それで、冬一は徳子ばあちゃんの何だったの?」
と、蓮子が聞くと、
「おいらは三峯家に代々仕えてきた式神なんだ!徳子の代で三峯家は途絶えたけど、今はお前の式神だぞ!」
と、冬一は胸を張って答えた。
「式神…?よく分かんないけど、何が出来るわけ?」
「巨大化して霊や祟りを食いちぎって、強制的に除霊したり出来るぞ!まあ、契約者に強い"霊力"があればの話だけど…」
冬一は歯切れ悪く言った。
「私の霊力は弱いの?」
「弱いなぁ。蓮子の霊力じゃ、今の姿のおいらを実体化するくらいしか出来なそうだ」
確かにこのちっぽけな狐を実体化出来ても、何の役にも立ちそうにないな、と蓮子は思った。
「何かすごく失礼なことを考えてないか?」
冬一は訝しんだ。
「いいえ?式神には契約者の霊力がいるってことは分かったわ。」
「式神にも色々なタイプがあるからな。おいらは存在自体が、契約者に依存しているから、そこにいるだけでも霊力を貰う必要があるんだ。」
へぇー、と蓮子は聞いていたが、ふと疑問がよぎった。
「ちょっとまって。私は霊力が低いのよね?」
「そうだな」
「あんたは常に私の霊力を貰っているって今言ったわよね?」
「ああ」
「霊力が無くなったらどうなるの?」
「体に力が入らなくなるな。そこを超えて、さらに霊力を絞り出すと、魂を消耗する…まあ、寿命が削れるな」
「なるほどね…昨日はありがとう。短かったけど、知り合えて良かったわ」
そう言うと、蓮子は冥来刀の鞘をチャキリと抜いた。
「わぁーー!!まてまて!おいらが霊体としているだけだったら、ほとんど消耗しないから!」
「でも、何だかもったいない気がするわ」
「お前は霊能力のことを何も知らないだろ?おいらが教えてやるから、変な気は起こすなよ」
と、冬一は焦りながら蓮子を説得した。
「うーん、何処から説明するかな…取り敢えず、霊感と霊力についてかな〜」
冬一は、空中をくるくると周りながら話すことを整理していた。
「まず、霊感についてなんだけど、これは霊的な存在を感じ取ったりする感覚のことだ。これは何となく分かるだろ?」
「まあ、そんなものなんだろうとは思ったわ」
「あと、霊力を操ったりする時にも必要な感覚だ。霊感に目覚めた今の蓮子には、自分の体に巡る霊力が何となく分かるはずだ。」
確かに感覚を研ぎ澄ませると、体の内側から外側にかけて、力が出ている感じがした。
「次に霊力についてだけど、これは魂が発するエネルギーだ。これを操る事で、精神や物理現象に影響を与える事ができる。」
「例えば?」
「人に特定の夢を見せたり、火の玉を作ったりする事だな。」
「すごい!まるで超能力だ!」
蓮子は目をキラキラさせた。
「ちなみに、おいらは冷気を操れるぞ!まあ、除霊で使えるタイミングは来なそうだけど…」
「私の霊力でどれぐらい出せる?」
「冷房18度くらいの微風は出せるかも」
よし、夏には使えそうだ。
「霊感が目覚めていない状態で、霊力を使うのは、霊力のバランスを崩すから危険なんだ。
徳子がおいらを封印して、蓮子に預けたのは、それが理由だな。」
「なるほどね。ちょっとしか霊力を貰わないって言ってたけど、それすらも良くなかったのね。」
「飲み込みが早くて助かるぜ」
冬一は、ニカっと笑った。
「この霊感と霊力は、実は誰にでも備わっている。だけど、生まれた時から霊感に目覚めている人は稀なんだ」
ふむふむ、と頷きながら蓮子は布団の上で正座して冬一の話を聞いている。
「蓮子は強い祟りを受けて、強制的に霊感が目覚めたんだと思う。よくある話なんだ、霊的事象に関わって、霊感に目覚めるっていうのは」
「林尾トンネルに行った後に、人の輪郭がたまにボヤけて見えたけど、それが予兆だったのかしら?」
「まさにそれだな。やっぱり、林尾トンネルに祟りの原因がありそうだ」
冬一は、説明を続けた。
「あと、霊力は使えば消耗するけど、寝たりして休めば回復する。だけど、人それぞれ容量が違う。」
「私はその容量が小さいの?」
「そのとおり。霊力が低いって言うのはそのことだ。だから、霊感に目覚めたけど、火の玉を作ったりするほどの力はない」
「何とか増やせない?」
蓮子はどうしても火の玉を出してみたかった。
「こればかりは生まれ持っての才能の部分が大きいからなぁ。霊力は、加齢で魂の力が弱まると落ちるけど、上がる事はあんまりないんだ」
蓮子は心底残念に思った。
「だけど蓮子にはその冥来刀がある。そいつは呪具の一種で、霊力を溜める事ができる。三峯家の宝刀だ。霊力が低いお前でも、霊力を溜めて扱えば、強力な霊なんかも払ったり出来る。」
それはすごいけど火の玉出したいな、と蓮子はずっと考えてる。
「だけど昨日の除霊で、元々溜まってた霊力の3/4が無くなってる。刀身の文字の光が短くなっているだろ?」
確かに昨日は文字全体に光が灯っていたが、
今は柄から3/4までしか光ってない。
「どうやって溜めるの?」
「柄の部分を握って霊力を込めると、急速に補充されるけど、身につけてるだけでも、持ち主から漏れ出る霊力を吸って回復するぞ。」
「私、スマホは常に充電100%じゃないと気が済まないタイプなんだけど、この減った分の霊力を補充するのに、私だったらどれくらいかかるの?」
「1か月はかかるな」
「1か月!!」
蓮子は素っ頓狂な声を上げた。
「昨日の祟りはかなり強力だった。何せ人を確実に死に至らしめる程のものだったからな。蓮子が弱点を突いて、一撃で仕留められたから、これでも消耗を抑えた方だよ。」
「そうなんだ…」
残りは大事に使おう、目の前の狐を払うのは後だ、と蓮子は心に留めた。
「しかし昨日も言ったけど、祟りの根本を解決しないと、場合によっては、今夜もあの化物が襲ってくるかもしれない」
「え!めっちゃやばいじゃない!」
「そうだよ!だから、早く祟りの原因を断ちに行かないとならないんだ!林尾トンネルに急ごう!」
冬一は脚をジタバタさせながら、そう言った。
「やっぱり、あの除霊が原因かなぁ…」
「あのふざけた除霊で、祠の神が怒ったって言うのは十分に考えられるな。」
冬一は淡々と答える。
「冥来刀に残った霊力で払えるかしら?」
「都市伝説にもなってる有名な神だろ?まず無理だな、謝り倒すしかない。」
と、冬一は自分達の戦力を冷静に分析した。
「人を祟り殺そうとするくらいの神様が、謝って許してくれるかしら…?」
蓮子も冷静に考えてみた。
「……………まあ、出来る事はやろうぜ」
蓮子と冬一はどんよりとしながらも、出かける支度を始めた。