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1話

 時刻は午後6時55分。蓮子は埼玉北部のとある廃トンネルの前に来ていた。トンネルと言っても、開通しておらず、10メートルほど進んだところで行き止まりとなっており、最奥には祠がある。このトンネルは"林尾トンネル"と言う。

 

 ここには昔、神社があったが、都市間を繋ぐトンネルの建設工事のために取り壊された。しかし、それに怒った神社の神が祟りを起こし、関係者たちを次々と呪い殺した。呪われた人達は、高熱にうなされ、まるで首を絞められたような息苦しさを感じながら死んでいったと言う。この祟りに恐怖した人たちは、工事を中止し、怒った神を鎮めるため、トンネルの奥に祠を残した。しかし、今も祠の神の怒りは収まらず、訪れたものを見境なく呪っている…と言うのが都市伝説の内容だ。

 

 蓮子は鼻で笑う。そんなわけあるものか。どうせ財政難で工事が中止になったとか所詮そんなものだろう、と。

 蓮子はスマホを覗くと、配信待機者は200人ほどだった。街頭でのビラ配りの中、警察に職質され、霊能力者だと答えれば、ふざけるなと交番まで連行されそうになったりと、苦労をした割には少ないなぁ、なんて蓮子は思っていた。

(まあ、最初はこんなものよね。)

蓮子は心の中でそう呟くと、スマホを自撮り棒に取り付けた。時刻は午後7時になったところ。頃合いだ。蓮子は配信を開始した。

 

 

 「初めまして。私の名前は清水蓮子(きよみずれんこ)。池袋で"三峯霊能事務所"を営んでいる霊能力者です。」

 蓮子は落ち着いた素振りで自己紹介した。

 コメント欄は、『かわいい』『アイドルの〇〇に似てね?』などと言った蓮子の容姿についてや、『何で白装束?』『頭に蝋燭ついてる…』と言った、蓮子の奇怪な格好についてが大半を占めていた。

(掴みはバッチリね…ド〇キで白装束のコスプレ衣装買ってきて正解だったわ)

蓮子は内心ほくそ笑み、話を続ける。

「今日は心霊スポットとして有名な"林尾トンネル"に来ています。ご覧ください、鬱蒼した林の中にあるこのトンネルを。壁のレンガはひび割れていて苔が蔓延っています。まだ入口ですが、すでに重苦しいオーラを放っていますね…」

『こわっ』『結構雰囲気あるな…』と、視聴者は、このトンネルの不気味な雰囲気に呑まれているようだ。

「このトンネルの奥には祠があると言います。私はこれからトンネルの先に進んで、祠の前で除霊を行いたいと思います。」

『気をつけて』『危なくない?』『結構楽しみ』『俺もうこの先怖くて観れんわ』と、様々なコメントが飛び交う中、視聴者数は300人と、徐々に増えていた。

 蓮子は自分の配信に確かな手応えを感じながら、懐中電灯のスイッチを入れ、遂にトンネルの中へ入って行った。

 

「トンネルの中は…随分と荒れていますね。壁に落書きがたくさんあります。お菓子の袋やペットボトルも散乱していますね。過去に訪れた人たちのものなんでしょうか?」

 林尾トンネルは心霊スポットの中でも、訪れる人が特別多い。というのも交通アクセスが非常に良いのだ。公道の脇の茂みから5分ほど進めば着く。しかも近くにバス停もあるため、興味本位で来る人が跡をたたない。そして、心ない人はそこでゴミを捨てたり、落書きをしたりしていたようだ。

 

 蓮子はトンネルの中を実況しながら、遂に祠の前にたどり着いた。

「ここが件の祠ですね。なるほど…凄まじい霊力を感じます。」

 蓮子は毛ほどにも感じていないことを、真剣な眼差しで言い放った。

『遂にきた』『除霊たのしみ』『あーあ、ここまで観ちまったよ』と、コメントは盛り上がっていた。視聴者数は700人。最初の時と比べて、3倍以上の伸びだ。

(やったわ!良い感じに伸びてる!)

辺りの不気味な雰囲気とは裏腹に、蓮子の気持ちは高揚していた。

 そして、蓮子は背負っていたリュックから、白い包装紙に包まれているものを、20個ほど取り出すと、

「これから、除霊を開始します。」

と落ち着いた口調で話し、頭につけていた蝋燭2本に火をつけた。

 視聴者たちは、蓮子のこれからの除霊に、期待に胸を膨らませてた。一体どんな除霊なんだろう、これまでテレビで観てきたものとはきっと違うのだろう、と。

 

 しかし…

 

「はあ〜〜〜〜!悪霊退散ツツ!!」

と叫び、蓮子は鬼気迫る表情で白い包装紙の中身をぶち撒けた!

 中身は塩である。

 そう、蓮子の除霊方法とは、祠の前で叫びながら塩を振りまくるという、『シンプルにしてチープ!』なものだった。

「祠の神よ!鎮まりたまえ〜〜!祟りに苦しむ人々を救いたまえ〜〜!」

と、また咆哮しながら、蓮子は辺りに塩を振り撒いた。

 

 そのスマホは、白装束で頭に蝋燭を灯し、腰までかかる長い黒髪を乱れさせながら、塩をぶち撒ける、乱心した女の姿を10分以上映し続けた。…観てるこっちが呪われそうである。

 

 

「皆さん、これで神は鎮まりました。この林尾トンネルに訪れて、祟りに苦しんでいた人たちもこれで救われるでしょう…」

と、肩で息をしながらも清々しい表情で蓮子は言った。

 しかしコメント欄は『ふざけるな!』『この罰当たり』『祟られてしまえ!』と誹謗中傷が飛び交っていた。

(あ、あれ?思ってた反応と違う…)

 蓮子は困惑していた。蓮子としては、祠の前で派手なパフォーマンスをすれば、視聴者は納得するだろうと考えていたが、見込みが甘かったようだ。

 しかし、『蓮子ちゃんは本物の霊能力者なんだぞ!』『うちのポルターガイストだって払ってくれたんだ』と、どうやら蓮子の配信を見ていた常連の客が、非難に対抗しているようだ。

 コメント欄は白熱を極めた。また、狂乱する蓮子の姿を面白がる輩がいたのか、SNSで一部拡散され、視聴者は何と2000人まで登っていた。

(ま、まあ、結果オーライかしら?)

 蓮子は自分を無理やり納得させると、

「私の除霊を信じるも信じないもあなた次第…心霊現象でお困りの方は三峯霊能事務所へお越しください。それではまた、いずれの機会でお会いしましょう。」

と、締めの言葉を告げて、配信を終了した。

 

 

 さて、と蓮子は帰り支度を始めるかと思いきや、リュックからまた何かを取り出し始めた。

 リュックから取り出したものは、ぞうきん、軍手、ゴミ袋、落書き落としのスプレー缶などなどだ。

 蓮子は元々、荒れていると聞いていた林尾トンネルで、自分の配信が終わった後は、感謝を込めて掃除しようと決めていた。

(ここからが三峯霊能事務所、清水蓮子の腕の見せ所よ)

 三峯霊能事務所の依頼には、事故物件のクリーニングとか、気味が悪くて誰もやりたがらない仕事もあったので、こういう事には慣れていた。

 蓮子はテキパキと掃除を進めた。ゴミの中には、お札や日本人形が落ちていたが、蓮子は気にしない。呪文のような奇妙な落書きも、蓮子は躊躇なく落としていった。

 

 3時間後、壁は落書きにまみれ、地面にはゴミが散乱していたあの林尾トンネルが、綺麗さっぱり、ごみも落書きもひとつもないトンネルへと変貌していた。

 蓮子は自分の仕事ぶりに感心しつつ、バスの終電を調べた。…どうやら最寄りのバス停の最終便は午後9時だったらしい。

 今の時刻は午後10時30分。蓮子は大量のゴミ袋を引きずりながら、駅へと、トボトボ歩いて向かうのだった。

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