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後編



 今はもう討伐された魔王が根城を構えていた跡地。静かな魔境の森の中。

 年々強くなる瘴気の発生源でもあるこの地は、王都に住む歴代の聖女の浄化の力すらも届かぬほどの秘境であり、こびりついた深い瘴気と強力な魔物が棲む地としても有名だった。ここに入る人間など自殺願望か殺される宿命の人間ぐらいなものだろう。

 人が過ごすことのできない、魔物が蔓延る秘境の地。

 ゆえに魔境。

 瘴気に侵されている森のどまん中、その一帯には輝く光が差していた。光の降るその周辺にはあるはずの鬱蒼とした木々がその姿を見せず、平野が広がっている。そしてその平野の中には一軒の大きな木造家屋と広がる田畑があった。

 もはや違和感しかない光景の中、鈴のなるような声が響く。

「ソーマさん、朝ご飯の準備が出来たわ!」

「今行く。エメラル」

 その名前を知らぬものはおそらくいないであろう。元剣聖と元聖女、その二人だ。

 今、彼らは二人で暮らしている。といっても剣聖であるソーマが当時魔王を討伐する旅の中で知り合った強大な力をもつ魔族や、聖女の瘴気を祓う力に惹かれてやってきた高い知能を持った魔物が日ごろからよくここにきているため実際に二人暮らしという感覚は本人たちにとって薄いだろうが。

 それでも朝を迎えたばかりのこの時間は確かに二人の時間だった。

「うん、今日も朝食が美味しい」

「やっぱり私たちの畑でとれた野菜が美味しいから!」

「いや、それもあるだろうけどそれよりもエメラルの料理が美味しいからかな」

「もう! ソーマさんったら!」

 真顔でつぶやくソーマに、エメラルが頬を染める。

 誰かがここにいれば毎日飽きもせずに……とあきれ顔になるだろうが、今ここには二人しかいないためその心配もない。

 彼らがここに来て4年が経過していた。

 当初は年齢の割には貧相と言われていたエメラルは健康的に成長し、今では元気いっぱいに日々を過ごすようになっている。王宮にいた時とは違い笑顔を自然と見せるようになったエメラルに、ソーマの頬もつられて緩む。

 もちろん4年も二人で暮らしいたため、二人の関係も変化していた。

 年上であるソーマはエメラルを『さん』では呼ばなくなり、エメラルもまた剣聖であるソーマを『様』ではなく『さん』と呼ぶように。要するにお互いに気軽な関係となっていた。

 ――今日、俺は言う。

 魔物を討伐した部位を売って得たお金で『言う』ためのモノは買っている。友人である魔族や魔物たちにもそれを伝えているため誰も来ないように根回しも済んでいる。

「エメラル……今日の晩はご馳走にしないか?」

「え? ご馳走?」

「食材は昼前には取ってくる。酒でも飲みながら一緒に夕食の準備でもしよう」

「それは楽しみだけど……どうしたの?」

 元来、ソーマが食事には大きな興味を持っていないということは一緒に生活する中でエメラルも十分に理解している。それがご馳走と言い出したのだから彼女の戸惑いは当然ともいえる。

「今日で俺たちがここに暮らし始めて丁度4年だ……ゆっくりと会話を楽しまないか?」

「……そっか、今日で4年なんだ」

 エメラルが朝食のスープを飲みながら少し遠い目を。

 ここに来た時のことに思いを馳せているのだろう。

 今では安定した生活をしている彼らだがもちろん、色々とあった。

 エメラルの力で瘴気を祓い続け、ソーマの力で木々を伐採する。

 いくら祓っても流れ込んでくる大量の瘴気。

 いくら退治しても襲ってくる凶暴な魔物。

 衣食住の生活環境も作らなければならない。

 エメラルは瘴気を祓うため睡眠時間をほぼ取れずに、徐々に体力と魔力を消耗していく。ソーマもまた魔物の退治だけなら問題ないが、それ以外は素人でしかないその作業もなかなか進まない。この地に浄化の力が染み込み瘴気が入り込まなくなり、それに釣られて弱った魔物が助けを求めて転がり込み、そのことに気付いた魔族の男までもがこの地に入り浸るようになった。

 今のようにしっかりとした生活環境を築けたのは本当にごく最近のことだった。

 全てが落ち着き、さらにはこの地に着いてから丁度4周年。祝う節目としても適切ともいえるだろう。

「……うん、楽しみ!」

「ああ」

 朝食を食べ終え、ソーマが「では行ってくる」と丁度扉を開けた時だった。

 天馬の嘶きとグリフォンの甲高い鳴き声が一帯に響いた。

「!」

「!?」

 二人の表情が驚きに染まる。

 2頭が同時に叫んだということは望まない来客だということになるのだが、魔境の真ん中に来ることのできる客だ。相当の実力者だということは考えるまでもないことだがそれがたまたまなのか、それとも二人に用があってここにまで来たのか。

 とはいえ、たまたまでこんなところに来る人間はいない。依頼を受けた冒険者が稀に魔境に入るがそもそもこの深くにまで誰かが来ることはない。相当な訳ありの事情があるということが想定された。

 気配を探って確認したソーマがまた驚きの表情に。

「これは人だな。数は……6人。たまたまというわけではなさそうだがエメラルはどうする?」

「もちろん、私も行くわ」

 家を出て家や田畑を囲う門の入り口で、今から来るであろう6人を待ち受ける。

 グリフォンやペガサスは数度、空で旋回をした後に離れていった。

「ふふ、彼らにお礼のご馳走も作ってあげないと」

「そうだな。少し大きめな獲物を狙うことにするか」

 あくまでものんびりとした会話をしていた二人に「いた!」と大きな声が浴びせられた。

 ずらずらと出てきた人間の顔にエメラルは目を細め、ソーマは小首を傾げる。

「あれが剣聖ソーマと聖女エメラルか……ぼんぼんの護衛でこんなところまで来るってなった時はどうなるかと思ったが来てよかった」

「あの雰囲気はちょっとドラゴンなんて比じゃないね」

「そりゃそうだろ。剣聖か……俺と手合わせしてくんねぇかな」

「私は聖女さんに話を聞いてみたい」

 ごそごそと小さい声で話している冒険者たちだったが護衛主が口を開いた瞬間にその動きを止めた。

 ――雰囲気からして強いが、流石はここまで来れた冒険者だ。

 ソーマが内心で舌を巻くが、とりあえず話があるのは冒険者たちではなくその彼らを雇った護衛主の2人ということでそちらへと意識を傾ける。

「エメラル殿、お久しぶりです!」

「迎えに来てやったぞ」

「……コリアスとアッシュ。どうしてこんなところまで」

 エメラルが隣にいるソーマにしか聞こえない声でつぶやく。

「剣聖殿もお久しぶりです」

「また随分と辺境に暮らしてんなぁ……国外追放にはお似合いだ」

「アッシュ、やめなさい!」

「チッ……わかってる」

「……」

 なかなかなご挨拶だが、ソーマはそれに対して全く反応しない。それどころか一言も発さない。

「?」

 不思議に思ったエメラルが声をかけようとしたところで、ソーマがゆっくりと首を傾げた。

「……誰だ?」

「……」

「てめっ!」

「ぶっ」

 順番にコリアス、アッシュ、そして冒険者。思わず息を漏らしてしまった冒険者は慌てて明後日の方向を見て何も言っていないアピールをするのだがコリアスとアッシュはそれどころではない。

 特にアッシュは羞恥と怒りに顔を赤く染めてソーマをにらみつける。

 エメラルも冒険者と同様に少しだけ愉快な気持ちになったが、話が進まなくなっても面倒に感じたらしく慌ててソーマへと口を寄せた。

「宰相様のご子息のコリアスと騎士団長様のご子息のアッシュよ?」

「……宰相殿と騎士団長殿の息子……いや、俺は会ったことがな……あぁ! いや! あの時の馬鹿たちか!」

 本気で忘れていたらしい反応を見ていた冒険者たちは肩を震わせつつも必死に声を抑えている。まさに一流の冒険者といえる……のかはわからないが、対照的にコリアスは目を閉じて静かに佇み、アッシュは違う意味で肩を震わせている。

 アッシュの反応も当然といえば当然だ。まさか忘れられているとすら思っていなかったどころかまさか開口一番で馬鹿呼ばわりまでされるとは夢にも思っていなかっただろう。

「強がりがうめぇ奴だ」

「今日は話が有ってきました」

「……話?」

「まずはそもそも私たちがここに来ることになった事情から聴いてくださいませんか?」

 ――嫌だ。

 そう言おうと思ったソーマだったが、それよりも先にエメラルが「どうぞ」と先を促した。

 ――さすがに優しい。

 ソーマは密かに笑い、そして告げる。

「ただし、家に入れる気はない。この場で話してくれ」

「ありがとうございます」

「……礼儀のねぇやつだ」

 頷くコリアスはともかくその横で悪態をついているアッシュの態度を見て家に入れる人間がいるのかを甚だ疑問に思ったソーマだがそこには触れずにエメラルへと顔を向ける。エメラルもまた静かに目を閉じて耳を澄ませている。

 ――そうか。

 そこで察した。

 ソーマにとって、あの国は既に過去の存在だった。唯一気がかりといえば彼が仕えていた王の存在だがそもそも彼の知る王は1人の人間がいなくなった程度で揺らぐ存在でもなく、どうしても必要なら既に彼から会いに来ている。それが今までにないということは王なりの贖罪と剣聖であるソーマがいなければならないほどの危機が国に訪れていないということを指し示していることもあってソーマは全く気に留めてもいなかった。もちろん、聖女であるエメラルを無下に扱った国に見切りをつけたということも彼の中にはあっただろう。

 だがエメラルにとっては違う。国を出て以降の情報はあまり耳に入っていないこともあってエメラルにとってはまだあの国は気にすべき存在でもあるのだ。あれから4年。国が今どうなっているかを知りたいというのはある種、自然なことなのかもしれない。

 ――だが、家には入れん。

 ソーマは断固として決意する。さっさと会話を終わらせて夕食の準備をしたい。エメラルと適当な会話をしながら酒を飲みたい。そして……というのが彼の本音で家に入れてしまえば時間が伸びそうだからだ。

 そして語られた顛末はソーマにとっては当然ともいえるものだった。





学園の卒業式から翌々日。今からはもう4年も前の話だ。

「この愚か者どもが! 貴様らほど国を害した人間はおらん! 死刑だ」

 主要国首脳会議から慌てて帰ってきた王の怒りはすさまじく、開口一番が死刑宣告だった。横に控える宰相や騎士団長も同意見らしく厳しい目で何も言わない。

 その場に呼ばれていた人間はロイド、コリアス、アッシュの3人だけではない。聖女であるエメラルの世話係や教育係、護衛を務めていた兵士も含めて、とにかく聖女に関わってきたすべての人間が並べられていた。

 その怒りを理解できないロイド、コリアス、アッシュたちを筆頭に、突然のことに理解できないまま顔を青くさせるその場の人間たちだったが様々な方面からの諌言や反発も多く、流石に死刑とまではならなかった。ただ、褒められこそ怒りを買ういわれなどないと考えていたロイドたちはその場で首を傾げて見せた。

「父上、なぜそれほどまでに怒っていらっしゃるのですか?」

 ――真の聖女を見出した私たちへ。

 言外にそう言って見せる彼らに王は怒りを堪えて静かに口を開く。

「なぜエメラル殿を追放した? なぜソーマを止められなかった?」

 王として当然ともいえる言葉に、その息子であるロイドもまた当然とでも言わんばかりの態度をとる。

「ヴィヴィアンこそが真の聖女と確信したからです。瘴気を祓う力だけでなく癒しの力まで持っている。祓う力しかもっていない女など偽に決まっているでしょう

「……」

「また剣聖はその事実を認めようともせずに一緒に出ていくと豪語しただけでなく、王太子の私を侮辱したためそのまま追放したまでです」

「……っ」

 王が自らの額に手を置き、次いで大きなため息を吐き出す。

「本当に……ここまで愚かだとは」

「な……何が愚かというのですか」

 王の言葉に抵抗したのはロイドではなくコリアス。コリアスの言葉には言葉を失ってしまった王ではなく宰相が答えた。

「ヴィヴィアンとやらの女は確かに優秀だ。だが祓う力は聖女エメラル殿の足元にも及ばないということを理解しているのか?」

「……え? 祓う力?」

 目を丸くさせる3人の反応から宰相もまた嘆息を。

「やはり理解していなかったようだな。魔法を使うものによって威力が変わることと同じだ。エメラル殿はその膨大な魔力と歴代の聖女など足元にも及ばぬほどの祓う力を持っていた」

「……え?」

「魔王の怨念により日々強くなる瘴気を、聖女殿は国全体を包み込み、全てを浄化してくれていた。歴代の聖女では王都や主要都市ぐらいしか祓えなかったであろう。それを彼女は国全体の瘴気を祓ってくれていたのだ。これがどれほど国にとって益をもたらすことになるかわかっているのか?」

「……は?」

「ヴィヴィアンとやらの力を見た。彼女の力では国全体どころか主要都市までも祓えないだろう。王都付近までしか祓えない聖女が真の聖女だと? 癒しの力を持っていれば真の聖女? 笑わせてくれる。ならばこれから瘴気を祓えなくなったことにより、増える負傷者や死傷者は責任をもってその真の聖女とやらがいやしてくれるのだろうな?」

「も、もちろんです」

 コリアスの動揺を隠せない発言を、宰相は「はっ」と鼻で笑う。

「日々の祈りで全ての魔力を使い果たすことになるであろう真の聖女が癒しの魔法を使えると? 魔力を余らせるくらいならば瘴気を少しでも祓ってもらいたいものだがな。それとも真の聖女とは魔力を使い果たしてまでも癒しの魔法を使えるというのか?」

「っ……い……いえ」

「そんなことも理解できずにエメラル殿が偽物でその女が真の聖女だと? 王も神官長も魔導師長すらもがヴィヴィアンとやらを見た上でエメラル殿の方が祓う力が、魔力が強いと断じていても尚……貴様の聖女が真だと言い張るか?」

「っ」

 彼らは何も言えない。

「どれだけお前らは頭が悪い?」

 吐き捨てる宰相の言葉はまだ止まらない。

「いや、頭が悪いだけならばまた良い。貴様らのしたことは国に対して大きな損害をもたらすことになる。将来的には瘴気が祓えていない地の経済は今よりも滞り、回らなくなった経済により死者がでるかもしれない……貴様らは殺人者になるだろう」

「な」

「この殺人鬼どもが」

「わ、私たちが殺人鬼!? 父上!? それは流石に――」

「――黙れコリアス」

 冷たく息子をにらみつける宰相の言葉に、王も騎士団長も反応をしない。それを暴言とも思っていない。それらを尻目に宰相はまだ止まらない。

「しかも日々を祈ることによって膨大の魔力を使い果たしてまでも我らを守ってくれていた聖女どのが真の聖女とやらを学園でいじめていただと?」

「それは! 確かにヴィヴィアンとそれに後ろに控えている者たちも証人となってくれています」

「夜から朝にかけて祈り、魔力を使い果たし。それから王妃になるべく学園に通い、そしてまた祈りを行う。そのエメラル殿がいじめる? 貴様らは本当に頭が悪いのか? そんなことが出来る魔力や体力を持っている者は既に聖女ではなく魔王だ。貴様はそれを理解して言っているのか?」

「……で、ですがそれによってストレスを発散していたと――」

「――ほぅ」

 宰相の目が猛禽類を思わせるほどに鋭く光る。それを感じ取ったコリアスは青い顔で顔を伏せた。

「誰が言った?」

「当然、エメラルの側仕えです」

「……側仕えよ、答えろ。本当に見たのだな? エメラル殿がヴィヴィアンとやらに嫌がらせをしている現場を……絶対に見たのだな?」

「は、はい」

「嘘をついたことが発覚した時は貴様だけの問題ではない。一族郎党全てに罪が及ぶが……それを理解して言っているのだな?」

「……っ…………はい」

 もはや蒼白となった側仕えが蚊の鳴くような声で頷き、それを見ていた宰相はふと目をそらした。 

「そうか、ならばよかろう。で、万が一、まぁ実際はやっていないだろうが、奇跡的にお前らの言う通りだったとして……問題なのか?」

「……はい?」

 コリアスが首を傾げた。

「確か、教材に落書きをしたり、足を引っかけたり、嫌味を言ったり、仲間外れにしたり……だったか? それが問題なのか?」

「え……な……は?」

 まるで学園内で嫌がらせをしても許されるかのような暴論に、耳を疑う一同。

「エメラル殿の婚約者である王太子の傍にいる女を敵視して、害にならない程度で責めて……そもそも婚約者を疎んじ国に利益をもたらしたこともない愚か者どもと、嫌がらせを一人の女に行いつつも国に平和をもたらすことに誰よりも貢献してくれている聖女殿……どちらが優先されるべきだ?」

「……っ」

 言葉を失う。誰も言葉を発せない。

 当然だ。

 彼らの言い分の全てが国のトップの人間に否定されているのだ。

「どちらが国にとって優先されるべきだ? そう聞いているのだが?」

 言葉を失ってしまった愚か者たちへ、再度宰相が答えを求める。

「エメラル……殿……です」

「……屑めが」

 完全に首を垂れたコリアスへと、宰相は吐き捨てた。それはもはや息子へと投げつける言葉ではない。完全に犯罪者へと投げつける言葉だ。

「……で、てめぇらはそのまま剣聖殿までをも追放したってか」

 沈黙した宰相を引き継いだのは騎士団長。

 これに答えたのはアッシュ。

「あ、あいつが勝手に出ていったんだ!」

「真の聖女が出ていくなら出ていくといった剣聖殿が勝手に……だと?」

「そ、そうだ。少なくともあの時は剣聖を追放する気なんてなかった! 俺たちが追放したのはにせ……いや聖女だ!」

 未だにエメラルを偽聖女と言い募ろうとしたアッシュを一にらみで訂正させた騎士団長は「止めなかったのか?」と質問を重ねた。

「え」

「頭の悪すぎるてめぇらはそのときヴィヴィアンって頭の悪い女を聖女だと思い込んでいた。千歩……いや万歩譲って理解してやる。で、止めなかったのかって聞いている」

 なかなかの暴言のオンパレードだが、それに文句を言わせない重圧をもって一同を威圧していく。一言も無駄な言葉は挟ませないと言外に表しているのだろう。

「てめぇらが聖女殿の凄さを理解してなかったってのはわかった。だが剣聖殿は違うだろう。魔王を討伐して大陸を直接的に救った男だ」

「け、けど今はもう田舎に引っ込んだ田舎者だろう! そんな奴がいなくったってよ!」

 魔王を討伐し国を救った過去を持つ男に対して現状では田舎に引っ込んで役に立っていないから不要だという発言。なんとも自分のことしか考えていない発言に騎士団長は大きなため息を一つ。

「おいおい……マジか。お前らは学校で何を学んでたんだ?」

「ち、違うってのか!?」

「滅んだはずの魔王だが奴が最期に残した言葉通り、瘴気は徐々に強くなっている。それにより強力な魔物が生まれやすくなり、国に流入しやすくなってきている現状があった。それをたった一人で国の端で守ってくれていたのが剣聖殿ってわけだ」

「な……そ、そんな」

 言葉を失いそうになるも、すぐに顔を上げて父である騎士団長をにらみつけてアッシュが言う。

「いや、そもそも瘴気が強くなったのは勇者と剣聖が魔王を討伐し損ねたからだろうが! そもそもそんな奴が剣聖として国に居座ってるなんてあっちゃいけないことだろ!」

「だったらてめぇが今から瘴気を祓ってこいや」

「っ……いや、それは」

「あ? 魔王はぼくちゃんには倒せません。だったら異世界から来た人間が魔王を倒して当たり前でちゅ~。魔王を倒して国を救っても瘴気が残ってるからあいつらは役立たずだ。国にはいらないでちゅ~……ってか? てめぇでは何もやらずに? はっ、どんだけ恥知らずなんだてめぇ。どんだけガキなんだよてめぇは。いやまだガキの方が分別あるってもんだろ」

 とにかく口が悪い。だがその通りの話。羞恥から言葉を失ったアッシュへと、とどめを刺すように騎士団長が告げる。

「最強の守護者を失ったこれからは頻繁に強い魔物が国に入ってくるだろうな。そんで、その度に冒険者や騎士団が動く。剣聖殿一人で討伐できたであろう魔物も、俺たちならば死傷者を出しちまう可能性があるだろう。さっき宰相も言ったが、つまりお前らは将来的な殺人者だ」

「……」

「このカスどもが」

 もう何も言えなくなったアッシュへと騎士団長が吐き捨てる。ここが城でなかったらつばでも吐き捨てるかのような勢いだった。

「……」

 もう顔色などない一同を静寂が包み込んでいたが、宰相と騎士団長を引き継いでまた王。今度は思い出したかのように言う。

「そういえば貴様らが卒業したヴァンデル学園だが――」

「?」

 突然何の話だろうか。

 首を傾げる一同だったが、次の言葉で凍り付くこととなる。

「――映像を見ることのできる魔石がところどころに埋め込まれていてな」

「!」

 それはつまり、先ほどの側仕えの発言の真偽がわかるということであり、側仕えが体を震わせた。

「結果はヴィヴィアンの自作自演だった」

「なっ」

「は?」

「馬鹿な!」

「信じられぬなら後ほど見せてやろう……さて申し開きはあるか?」

「……」

「……ない、ようだな」

 誰も何も言えない。言わない。

 王の重圧が増していく。

「聖女へと嫌がらせをしていた侍女、側仕え、教育係、兵士よ」

「っ」

 ロイド、コリアス、アッシュの後ろに控えていた一同が一斉に体を強張らせる。

「貴様らは国賓ともいえる聖女を害した。死刑だ。今までの行いを悔いて死ぬが良い」

 悲鳴が上がる。命乞いの発言も飛び交うが、すぐさま近衛兵が抑え込み、鎮圧。

 死刑宣告を受けた者の中には貴族もいる。

 が、王の決意は固い。

「次いで、ロイド」

「……はっ」

 覚悟を決めたのかロイドは真摯な顔で処罰を待つ。

「王位継承権をはく奪する。これからは平民となって生きよ。また偽の聖女であるヴィヴィアンとは婚姻はするがいい。本来ならば偽の聖女にも罰を与えなければならぬが偽の聖女には既に瘴気を祓うように祈らせている。これからも瘴気を祓い続けてもらう必要があるため、今回は不問にしておく……どうせ奴の魔力では生き地獄だ。おそらくは死んだ方がマシだと思うほどの苦痛が待ち受けているだろうな」

 王の裁きにロイドは言葉を発することもできずに頷いた。

「コリアス、アッシュよ」

「……はい」

「……」

「貴様らは国外追放だ。戻りたければ聖女殿とソーマに許しを請うが良い。許しを得れば帰ってくることを許そう」

「わかり……ました」

「くっ……はい」

 こうして一連の騒動は収拾されることとなったが、果たして聖女と剣聖がいなくなった国は王たちの言う通りの顛末を迎える。

 最初の1年は良かった。今まで通りともいえるだろう。ヴィヴィアンの魔力では足りなくとも根付いていたエメラルの魔力が土地土地の瘴気を祓っていたからだ。

 ――なんだ、なにもないじゃないか。

 このことを知る国民たちは安堵したが、2年目から徐々に異変が訪れる。根付き始めていたエメラルの魔力は徐々にはがれ始めてヴィヴィアンの魔力に塗り替えらていき、それにより瘴気を祓う力が弱くなる。

 前年に比べて出現する魔物が増えて、作物などの収穫量が若干減った。

 ――そういう年もあるだろう。

 まだ、国民たちは楽観的だった。

 だが、3年目。

 エメラルの魔力が切れ、ヴィヴィアンの力に限界が訪れる。瘴気を祓う力が行き届かなくなり、主要都市に絞られることとなっただけでなく強力な魔物の出現が増えた。

 一気に経済が滞る。

 国王はその対策を検討していたため混乱にはならなかったが今までほどの国力は維持できなくなった。

 もちろん、その影響は国民にもある。

 今まで通りの豊かな生活を出来る人間が減り、都市から都市へ移動するにも今まで通りに気軽に……というわけにもいかなくなった。

 ――王の言う通りエメラル様が真の聖女だった。剣聖様が国を守ってくれていたんだ。

 国民がその事実に気づき、それと時を同じくしてコリアスやアッシュがその二人の居場所を掴んだのだった。


 

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