第6話 踏み出す理由 ‐安田海鳥‐
ようやく二区へ突入です。
見上げても、高い木々に阻まれて崖の上は望めない。
「どうしよう。独りになっちゃった」
深い森に吸い込まれる呟きが、更に事実を増長する。
縫って歩くのが大変なくらいの木々が立ち並ぶ見通しの利かない森は、まるで深い洞窟に迷い込んだみたいな錯覚を起こさせる。どっちに向かえば出口に辿り着くのかなんて、方向音痴の私にとっては数学の問題集より難しい課題だった。
「それにしても、ずいぶん落ちた気がするなー」
もう一度見上げて、その先に見えるであろう稜線と青い空を思い浮かべる。
それは本当に、突然の出来事だった。
やけに細い足場を、綱渡りのような感覚で歩いていた。下を見るのが怖いから前を向いて、何も考えないように意識していた。
記憶にあるのは、前を歩いていたユリちゃんの真っ赤なリュックだけ。すっごく鮮やかな色合いで、派手だなーと思いつつユリちゃんには似合ってると感じた。
それが突然、身体が軽くなるような感覚と一緒に視界が上へと流れて、気付けば悲鳴を上げながら崖を転げ落ちていた。
びっくりして、もちろん怖かったけど、途中から少し楽しくなってきたとか言ったら怒られるだろうか。
「そういえば……」
ペタペタと身体を触って、その感触を確かめる。
土や砂で所々汚れてはいたけど、どこにも怪我はなかった。
あれだけの高さから落ちて無傷なんて、もしかするとこれって凄くラッキーだったりしない?
このラッキーを生かして、適当に歩いたらアッサリ合流とかできたりして。
そう思った私は、とりあえず崖に沿って歩いてみることにした。だけど、上に登れそうな場所どころか、景色の変化すらほとんど見ることが出来ない。
ひょっとしたら同じ所をグルグル回っているんじゃないのか。
私が落ちたのは崖下なんかじゃなくて、大きな穴の中なんじゃないのか。
ここから出る方法なんて、そもそもないんじゃないのか。
そんな考えが頭の中で輪を描き、無視のできない不安がどんどん膨らんでいく。次第に歩みは鈍くなり、やがて止まり、私は俯いたまま動けなくなっていた。
これって迷子、ううん、遭難だよね、むしろ。
自分の力で何とかしようなんて発想は消え去り、他の人の姿がないかと周囲を見回す。
そして気付けば、私はどちらから来てどちらに向かえば良いのかすら、わからなくなっていた。
目の前には崖があって、周囲には森が広がっていて、でもそれだけだ。それ以上は、何もわからない。
どうしよう。急に不安になってきた。けど、私一人じゃ何もできない。
そうだ、大声で助けを呼べば誰か気付いてくれるかもしれない。
大きく息を吸い込み、言葉を選ぶ。
「…………!」
が、声を出す直前で気付いた。
相手が優しくて親切な人だなんて限らない。もし怖い人に気付かれたりなんかしたら、どうすることもできないだろう。ここにはユリちゃんも杉浦君も二階堂君もいないんだ。
頼れない。でも、じゃあどうしたらいいんだろう。
その瞬間、リタイアという言葉が頭に浮かぶ。
そうだ。仕方ないよね。運が悪かったんだ。一人だけはぐれちゃうなんて、きっと想定していないトラブルだったんだよ。この状況でのリタイアなら、誰も怒ったりしないよね?
そうだよ。怖い人に出会っちゃったらリタイア宣言しよう。
それで、係の人の所へ行けばいいんだ。
「でも、そんなのどこにあるんだろ」
森の中に机と椅子を並べただけの受付を想像して、ちょっと吹き出す。あまりに滑稽な情景だけど、それ以上に適切な想像ができなかった。
根本的には何も解決できていないけど、それでも少しだけ気持ちは軽くなった。
周囲の色――土や幹の茶色や葉っぱの緑、その中にポツポツと点在している白や黄色が視界に飛び込む。自分の周りを囲っているような闇が晴れて、世界が急に広がったような印象だった。
更に音が、服を何かに擦ったような、微かな音が背後から響く。
「誰かいるのっ?」
驚いて振り返る。
でも、気絶しそうなくらいの怯えが、次の瞬間にはアッサリ冷めていた。どうやら人間というのは、自分より相手の方が怖がっていると怖くなくなるものらしい。
背後にあった茂みから逃げ出したのは、私と同じくらい小さい女子だった。ちょっと地味な黄土色のリュックは、彼女には無骨で大きすぎるように感じる。
そんなリュックを大きく跳ねながら、一目散に彼女は逃げていく。
背中がどんどん遠くなる。
一瞬戸惑ったものの、彼女なら話を聞きやすいかもしれないと思い立って、声を張り上げる。
「ちょっと待って。聞きたいことがっ」
「えっ?」
私の声に応じて注意が逸れたことは、あまりに不運だった。
彼女は、タイミング良く足元に横たわっていた大きな木の根に気付かずつまづき、崩れた体勢を戻そうと強引に踏ん張って……。
グキッ!
という、あまりにも痛々しい音を響かせながら、ヘッドスライディングを決めたのだった。
茂みに囲まれた岩場の大きな窪みで、私達はしゃがんでいた。
少しだけ視線を上げると、左側に星型の髪留めが見える。そこから生える短い尻尾が、ピコピコと跳ねていた。
向かい合って正面から見る彼女は本当に華奢で、背は私と同じくらいなのに、とても同じ学年とは思えなかった。本人的には不満かもしれないけど、小学生の女の子を介抱しているような気分にさせられる。
「これでヨシ、と」
見た目にもわかるほどに腫れた左足首に湿布を貼り付け、応急処置を終える。痛みに耐える顔が、これまた小さい子みたいで可愛い。
「……えっと、ありがとう」
下ろした靴下を戻しながら、感謝の呟きを口にする。
「どういたしまして」
私は笑顔で受け取った。
「確か、A組の人だよね?」
「そうだけど……」
自分では目立つ方だと思っていないので、見知っていない相手から言い当てられるのは、意外というより奇妙な気分だ。
「転校生の、えっと……」
あぁ、そういうことか。自分が転校してきたばかりだって忘れてた。いくらクラスが違っても、転校生が来たことくらいは知っていても不思議じゃない。
「安田海鳥、あなたは?」
「あ、私、美波さつき、C組なんだ」
自己紹介に慣れていないのか、照れたようにえへへと笑う。
こっちに越してきて思ったけど、田舎って隣近所の距離が凄く近い。距離といっても、何メートルとかそういう話じゃなくて、ご近所が一つの家族みたいな感覚のように思う。私はこっちに越してきた新参者だから自己紹介の挨拶に慣れちゃったけど、生まれた時からここに住んでいたのなら、自己紹介なんてすることなかったんじゃないかとすら思う。
だって、生まれた瞬間からご近所という大きな家族の一員として認められているのだから。
そういうのが面倒くさいって思う人の気持ちもわからなくはないけど、私はこの雰囲気と環境が好きになった。
はにかみながらの自己紹介なんて、立派な美徳だと思う。
「美波さんも仲間の人とはぐれちゃったの?」
「うん、崖の上から落ちちゃって」
何というか、親近感の湧く子だ。
「じゃあ、こんな所に隠れてて大丈夫? こんな場所にいたんじゃ、見付けてもらえないんじゃ……」
そう言いつつ改めて周囲を見回してみる。
背より高い茂み、岩場にポッカリ開いた空洞、まさしく隠れ場所としては完璧だ。叫び声でも上げない限りは、外から見付けることなんて無理なんじゃないかとすら思う。
ただ、視界が悪いのは内側にいるこちらも同様で、ここから仲間の姿を探すことなんて不可能だった。
「それはそうなんだけど、他の班の人に見付かったら何されるかわからないし」
「いや、気持ちはわかるけど」
ここに隠れていたら、係の人が通りかかってもリタイアの宣言ができそうにない。
そもそも他の班の人って、私もそうなんじゃないの?
「遠足で迂闊に歩き回ったりしたら駄目だよ。優勝しようって思うなら、もっと慎重にならないと」
「いや、私は優勝とか、あんまり興味ないし」
それ以前に、もうリタイアとかしようと思ってたし。
「え、どうして?」
いや、どうしてそんな意外そうな顔をするかという方が不思議だけど。
「私はホラ、転校生だしこっちの遠足には愛着もないから。それに、優勝したからって賞品が出るってワケでもないんでしょ?」
「あるけど」
え、あるの?
「何が貰えるの?」
新しい参考書とかだろうか。
「夏休みの一週間延長」
「へー……って、夏休みの延長っ?」
衝撃の豪華賞品だった。
というか、それってアリなんだろうか。まぁ、地域によって夏休みの終わりが早かったり冬休みが長かったりするし、勉強に支障がなかったらアリなのかもしれない。
でも、そうか。ウチの班はともかく、他の班がどうしてあんなに躍起になっているのか、ようやくわかった気がする。
夏休みの一週間延長なんて、確かに魅力的な話だ。
「あれ、じゃあ区間賞っていうのも、何か賞品があるの?」
スタートした直後は意味がわからなかったけど、何かしら魅力的な商品があるのなら、あのスタートダッシュにも納得がいく。
「区間賞はね、好きな教科の成績を二段階上げてもらえるの。あ、ちなみにウチの学校の通信簿は十段階評価だから」
「なんとっ!」
成績にまで介入するとは、田舎の遠足恐るべし。
「でも、何といっても大きいのは夏休みの延長だよね。しかも優勝ってことは完歩の登校日免除も自動的に貰えるから、夏休みは全部自由に使えるんだよ」
「登校日って……」
ちょっと懐かしい響きだ。小学生の頃はあった気がする。
でも、中学に入ってからはなかった。
こっちでは、まだ登校日があるらしい。
「特に中学だと、登校日が二回に増えちゃったから、余計に大きいんだよね」
しかも二回とな?
「それは、ちょっと大きいね」
夏休みがぶつ切りにされそうな印象だ。正直、完歩くらいは目指しても良いのかもしれない。
「だから、早く仲間と合流しなきゃいけないんだけど……痛っ!」
「あっ、まだ立たない方がいいってば」
この子、こんな足でまだ優勝とか目指すつもりなのか。
歩くだけでも辛そうなんだから、さすがに優勝なんてできないと思うんだけど。
「けど……」
渋りながらも痛かったんだろう。諦めて腰を下ろす。
「こんな時、ケータイが使えればなー」
無理なのはわかっていたけど、言わずにはいられなかった。
「けーたいって、携帯電話?」
「そうそう、どうして使えないの? おかしいよ、ホントに」
正直、最初は自分の目を疑った。
田舎だとは聞いていたけど、まさか現代の日本にケータイの使えない地域が残っていたなんて思わなかった。それも山の中だからとかじゃない。村全体で全く使えないってどういうことなの?
お陰でこっちに越してきてから、ケータイの電源は切ったままだ。もちろん携帯してもいない。持っていても役に立たないから当然なんだけど。
こんなんでメールとかどうすんのって思ってたんだけど、不思議なことにネットだけは全線光回線だったりするんだよね。
何だろ、この村。
「ケータイかぁ、都会ってすごいなぁ」
いや、田舎の方が凄いと思う。
「テレビとか、こっちより進んでるんでしょ?」
「進んでいるというか、全くの別物というか」
正直、土曜日は度肝を抜かれたものだ。
「えっと……美波さんも見てる? 全員集合」
「え、うん、白黒だけど」
をい、地デジも間近に迫ったご時世に白黒ってどういう意味だ。
まぁいいか。とりあえず問題はそこじゃない。
「実は全員集合がとっくの昔に終わっていたとか言ったら、信じる?」
「そんなのおかしいよ。すっごく人気あるのに」
「まぁ、面白いとは思うよ、うん」
駄目だ。やっぱりこの村では誰も信じてくれないよ。
私がここに引っ越してきて、未だにどこか現実に溶け込めないでいるのは、これが一番大きな理由なのかもしれない。
そう、この村では毎週土曜日の八時から、あの伝説の番組が今でも放送されているのだ。
そればかりじゃない。
昔話からクイズダービーという三連コンボまで達成されていたりする。こっちに越してきた晩に偶然見てしまった時は、民放が一つしかないなんて驚きはすっかり吹き飛んでしまっていた。
何でドリフをやってるの?
私が生まれるずっと前に終わった番組じゃなかったの?
しかも、再放送とか特別番組じゃないってどういうこと?
遅れるにも限度ってもんがあるでしょ。
「……よし、おやつを食べよう」
ワケのわからない田舎マジックに翻弄されると、決まって激しくお腹が空く。こういう時は食べるに限る。
でも、最近ちょっと食べすぎかなー。何か二の腕とか、向こうにいた時よりぷにぷにしてきた印象だし、太ってきちゃったのかも。体重計、最近怖くて乗ってないんだよね。
食べた分だけ縦に伸びれば問題ないのに横に膨らんでいくとは、人生というのはままならないよね。
とか思いつつ小袋のポテチ(コンソメパンチ)を取り出す。
「食べるの?」
美波さんがちょっと驚いている。こんな状況でよく食べられるね、みたいな顔だ。
「だって退屈だし。美波さん、まだ動けないでしょ?」
「え? まぁ、まだ痛いけど……」
「だったら一緒におやつにしようよ。お昼には少し早いし、せっかくの遠足なんだしさ」
リタイアするにしても、遠足っぽさを味わうくらいはしておきたい。そのくらいしたって、バチは当たらないよね?
「……うん、その、ありがとう」
美波さんはしばらくキョトンとしてから、小さく頷いてお礼を言った。
というか、何のお礼?
んー、まぁいいか。
「じゃあさ、それぞれに出して二人で食べようよ」
他人のおやつを摘む。これも醍醐味だよね。
でも、美波さんはあまり乗り気じゃないのか、表情を渋らせた。
「えっと……」
「あ、駄目? なら別に……」
「そうじゃなくてっ。その……私のおやつって、交換できるほど立派じゃないから」
立派なおやつって何だ?
ちなみに私のラインナップも質より量な感じだから、どーだと胸を張れるようなレベルじゃない。
「そんなの私だってそうだよ」
「でも……」
「じゃあ、見せてもらってもいい? その中から二人で食べられそうな感じのヤツを探すってことで」
「あ、うん」
少し躊躇はしていたけど、私の提案を完全拒否ってワケでもなかったらしく、彼女らしくない無骨なリュックごと差し出してきた。
その中身を見て、正直驚く。
うまい棒にふ菓子、大きな飴に五円チョコ、駄菓子のオンパレードだ。というか、駄菓子しかなかった。私も値段調整と数を稼ぐために駄菓子屋さんは利用したけど、ここまで徹底はしていない。
この子、どこまで駄菓子が好きなんだ。
でも、この村ならそんなに不思議なことでもないのかな。この村でまともに買い物ができる場所は、コンビニとスーパーの中間みたいなお店と駄菓子屋の二軒しかない。野菜とかお肉とか、食材なら別にお店があるんだけど、お菓子が買える場所は限られていた。
となれば、そのチョイスが片方に傾くという可能性だってあるのかもしれない。
だけどなるほど、美波さんがお菓子を出し渋った理由がよくわかった。確かに駄菓子だと、皆で摘むお菓子には向いていない。あくまで一人用だ。
「そうだなー」
チョコにするかスナック系にするかで悩んだところで、ふと気付く。
「美波さん、ひょっとして結構食べちゃった?」
「え? ううん、まだ一つも食べてないけど」
一つも?
ざっと見て、駄菓子は十個くらい。塊として見れば、それなりのボリュームだ。でも、三百円という予算を考えると少なすぎるように思う。
「これ、三百円分?」
「あ、そういうことか。違うよ。百円しか使ってないから」
何のためにそんな制限を?
そんなこちらの疑問が顔に出ていたからなんだろう。人懐っこい笑顔を浮かべた美波さんが、更に言葉を重ねる。
「残った二百円は貯金したの。私、お小遣いをあんまり貰ってないから」
「…………」
俯き、口を引き結んだままリュックを返す。
ヤバい。この子、すっごく可愛い。うっかり口を開くと奇声を上げちゃいそうなくらい可愛い。健気という言葉が似合いすぎ。
「えっと、やっぱり気に入ったのなかった?」
安っぽいから突き返されたとでも思ったのか、少し残念そうな顔で小さな溜め息を吐く。
もちろん、私は首を大きく横に振った。
と同時に罪悪感が湧き上がる。私は三百円をフルに使っただけじゃない。リボンとリュックも新調した。それも、母親にねだってだ。もちろん、それとは別にお小遣いも貰ってる。そして、そんなの当たり前だと今の今まで思ってた。
ウチだって、家計は楽じゃない。夕飯のメニューだって、結構節約した工夫の一品も並んでいる。だけど、自分の使うお金を節約しようだなんて、考えたことはなかった。
よくよく見れば、彼女のリュックは無骨なだけじゃない。明らかに大人物だったし、内側も外側もくたびれて見えた。きっと、親か兄弟のお古なんだろうと思う。
可哀想だなんて言うつもりはない。
私が逆の立場なら同情なんてされたくないし、そんなことを求めて貯金の話をしたつもりもないだろう。
だけど、この子のおやつに手を出すなんてこと、できるハズがなかった。
「今回は私のおやつを提供するよ。次があったら、今度は美波さんのおやつで楽しめばいいから」
「でも、それじゃ悪い……」
「いいのっ。はい、紙皿に紙コップ、それとウエットティッシュ」
「……何か凄いね。安田さんのリュックって、何でも入ってるみたい。湿布とか持ってきてる人って、なかなかいないと思うよ。まぁ、お陰で助かったけど」
まるで手品でも見ているみたいな顔をされた。
いや、実を言うと手品みたいに思ってるのは、むしろ私の方だったりする。
というのも、私はリュックに入れた憶えなんてないのだ。
湿布まで揃えた救急セットも、紙食器のセットも、ウェットティッシュや替えのパンツも。
ただ、犯人はわかってる。
そんなことをするのは、お母さん以外には考えられなかったから。
「何か、勝手に入ってたの。まぁ、役に立ったからいいけど」
他にも何やら役に立つのかどうなのかわからないアイテムが転がっていたけど、そのまま無視の方向で行くことにした。
とりあえず電卓は役に立たないと思うよ、うん。
「凄いお母さんだね。何だか、こうなることがわかってたみたい」
「だとしたら凄いけどね」
間違いなく、そんなことはあり得ないと思う。
もっとも、実際に役に立っているワケだから、余計なお世話とも言えないか。
内心で少しだけ感謝しつつ、紙皿の上にポテチとチョコスナックを広げる。更に水筒を取り出し、二つの紙コップに注いだ。
「それって……」
その白い半透明の液体を見て、美波さんが声を上げる。
「ポカリなんだけど、苦手だった?」
「ううん、そうじゃないけど……飲み物まで貰っちゃ悪いよ」
「いいのいいの」
少し強引だけど、そのまま注いで片方を美波さんの前に置く。彼女はそれを手に取り、しばらくの間角度を変えながら眺めた後、恐る恐るといった様子で口を付ける。
「あ、美味しい……」
「もしかして、ポカリ初めて?」
「うん、もっと薬っぽいのかなって思ってたんだけど、とっても甘いんだね。びっくりしちゃった」
逆にこっちが嬉しくなるような満面の笑顔を浮かべてくれる。
それにしても、いかに田舎とはいえポカリを飲んだことのない中学生って珍しくないだろうか。ちなみにポカリは粉末じゃなくてペットボトルのヤツをそのまま移した物だ。最新のドリンクはなかった印象だけど、ポカリは普通に売っていた。
だから、田舎だからってポカリを知らないってことはないと思う。
この子、どんな家庭で育ったんだろう。
ちょっと聞いてみたいけど、興味本位で聞くには微妙な話題だ。
「んと、どうかした?」
ついマジマジと見詰めてしまったことに気付かれてしまった。
でも、さすがにこのタイミングでは聞けない。
「夏休み延長ってさ……」
だから、話を逸らすことにした。
「宿題は、他の人と一緒に出すの?」
「ううん、夏休みが終わってからだよ。去年は友達が優勝したんだけど、九月に入ってから宿題してたなー」
「へー、それは羨ましい」
実質的な部分もそうだけど、優越感が素晴らしい。
「でも、どうせ一週間延長するなら、もう少し別のことに時間を使いたいかも。宿題で潰れるのはちょっとなー」
という私の皮算用に、美波さんも楽しそうに頷く。
「そうだよね。実は私、もう決めてるんだ」
「決めてるって、一週間の使い方を?」
楽しそうな笑顔から、少し照れたように微笑む。
「ウチはお店をやってるんだけど、いつも夏休み明けは片付けとかで忙しそうだから、手伝ってあげたいんだ」
どういうことだろう、この子の可愛らしさときたら。
でも同時に、胸の奥がチクリと痛む。
美波さんを見ていると、私みたいなのが夏休み延長なんて手にするのは、絶対に間違っているような気がしてきた。
賞品があることを知らなかったら面倒がって。
仲間のことも考えずにリタイアしちゃおうなんて思って。
でも賞品が魅力的だとわかると、ちょっと欲が出て。
ホント、私って情けないよ。
8時だよ!全員集合が終わったのは、今から二十五年くらい前の話になりますから、そりゃ見ていた人はオッサンオバサンになるワケです。
そして放映年数は十六年ですから、どう遅れても放映しているハズがありません。もはや何かオカルトな現象が起きているとしか……。
ちなみに海鳥が全員集合の存在を当然のように知っていたのは、彼女がニコニコを中心としたネットサーファーであるためです。
また、他のメンバーが現代的な情報を持っているのも、同様にネットをしているからということになります。
どこかにコアなネット話を入れようかとも思ったのですが、それほど重要な情報でもなかろうとスルーしました(笑)
それと、ゴレンジャーはつい最近終わったばかりです。