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第5話 ライバルの憂鬱 ‐志道要‐

今回は一段落、ということでゲスト視点です。

ただ、話としては繋がっていますのでご安心ください。


「ネズミを使うとはねー。さすがに思いもしなかったよ」

「さすがは二階堂クン、というところでしょうね」

 ワタシの深い頷きを怪訝そうに見ながら、とりあえず役目を終えた華苗がスルスルと木を下りてくる。小さくて身軽なのは知ってたけど、それにしても器用な子だ。目も鼻も利くし、索敵や監視にこれほど向いている素材はそうそういないだろう。

 正直、今年はツイている。

 いいえ、これもまた優勝を本気で狙っているからこその必然だと思うことにしましょうか。

 一ヶ月前、彼とクラスが別々になったと知った時は、挫けそうにもなったけど。それもまた試練の一つだったのかもしれないと、今のワタシなら思える。

 彼と肩を並べての優勝も良いけど、彼と張り合っての優勝はどんな高揚感をワタシにもたらしてくれるのだろう。

「カナみー、何だか嬉しそうだね」

「べ、別に喜んでなんていませんっ。むしろ先んじられて、正直言うと悔しいくらいなんだから」

「無理しなくていいよー。どう言い訳したって顔がニヤけているんだし」

「だーかーらー」

 感性が鋭いのは班全体としては喜ばしいことだけど、こういうことにまで気が回るというのは厄介だ。

「ところでさ」

 ニヤけ顔から一転、華苗はやけに神妙な表情を作る。

「カナみーはずいぶん買ってるみたいだけど、あの二階堂君ってそんなに凄いの?」

「もちろん!」

 我がことのように胸を張る。

「去年二位だっけ? カナみーと一緒の班だったんだよね?」

「ええ」

「それって、単にカナみーが凄かっただけなんじゃないの?」

「まさか。ワタシは完歩すら諦めてたのよ。正直、行き詰ったらさっさとリタイアするつもりだった。一年生の時に必死になって五位だったから、あまりやる気もなかったしね」

 正直言うと、メンバー的にも一年生の時より各下の印象だった。

「それを二階堂君が盛り上げたの?」

「盛り上げたっていうか、何となく歩きたくなる雰囲気を作ってくれたっていうのかな。気付いたら半分を越えてて、これなら行けるんじゃないのって思えたから、そこから頑張ったの。そしたら……」

「二位だったと?」

 笑顔で頷く。

 今思い出しても、あれは不思議な感じだった。辛いとか苦しいとか、そんなイメージは少しもなくて、一つ一つの出来事にワクワクしながら対処していたら、いつの間にか進んでいた印象だ。

 しかも、二階堂クンが皆を引っ張ったような記憶もない。

「ふーん、何だか信じられないなー」

「じゃあ、データ的な話をしましょうか」

 話だけでは納得がいかないのは、仕方のないことだと思う。ワタシだって直接に関わりを持っていなかったなら、ただの偶然で片付けていただろう。

 でも、そうじゃない。

 彼はいつだって、どんな時だって、前を向いて歩いているんだ。

 だから結果が付いてくる。

「彼は去年二位、そして一昨年は三位に入ってる。平均順位では学年トップなのよ」

「え、去年優勝した組は? 一昨年上位にいなかったの?」

「仁志川クンはさすがに完歩を果たしてるけど、残念ながら六位ね。他のメンバーは一年生の時はリタイアしてる。逆に一年生の時に優勝したメンバーは、七位と八位に一人ずつ入ってるけど、他はスタート組とリタイアね」

 これだけを見ても、コンスタントに記録を残すことがどれだけ難しいのかわかる。単なる個人戦なら、それこそ強い人が強いで終わりなんでしょうけど、組み合わせは完全にくじ引きのランダムだ。

一人くらいは足を引っ張る存在がいて当たり前、むしろソレが見当たらない今年のウチや仁志川クンの班が異常だと言える。

「そう聞くと、ちょっと凄いね」

「でしょ?」

「というか、よく調べたね、そんなの」

「それは……」

 興味が湧いたからとしか言いようがない。

 もちろん、言うつもりはないけど。

「で、勝算は?」

「あるわ、当然。というか、確かに二階堂クンは無視できない存在だけど、基本的な戦力は間違いなくウチの方が上よ。ただ……」

「ただ?」

 本気になられると、ちょっと厄介な気がする。

 去年も半分を越えてワタシ達に火が点くまでは、順位なんて下位に近い方だった。それがやる気になった途端、やけにトントン進んだかと思ったら結果は二位だ。

 もしも最初から優勝する気でいたのなら結果がどうなっていたのか、不毛な仮定だとわかってはいても考えたくなる。

「いえ、大したことじゃないわ。厄介な幼馴染みコンビも一緒だし、警戒すべき相手だと思っただけよ」

「あー、あの二人は厄介だよね。どっちも空手やってるし」

「本来は古武術なんだけど、まぁ色々混ざっちゃってるから間違ってもいないか。何であれ、強い駒を抱えている班は厄介だからね」

「そうそう、あの二人だけでも十分に優勝候補だよ」

 腕を組み、華苗は何度も大きく頷いている。

 確かに、あの二人は厄介な存在だ。その背後に二階堂クンがいることも含めて、当然ながら無視することなどできない。

 だけど、ワタシはどういうワケか、残ったもう一人が気になり始めていた。

 安田……みどりとか言ったっけ。小さな身体と小さなポニーテールが特徴の女の子、今年こっちに転入してきた転校生だ。

 体育の授業が一緒ではないから、直接身体を動かしているところは見たことないけど、あまり運動が出来るような肉付きではない。さりとて特別勉強ができるとか、利口だとか、そんな話も聞いたことがない。

 正直、印象は地味の一言だ。

 なのに、二階堂クンは彼女を高く買っているように見えた。

 もちろん、二人の距離が近いように見えたから気になっているワケではない。

 いや、それもちょっと気にならないワケでもないんだけど。

「とにかくっ!」

「ぅわっ、ビックリしたー。いきなり大きな声出さないでよ」

「あ、ゴメンゴメン」

 とにかく、彼女には二階堂クンが感じるところの『何か』があるのかもしれない。それを見極めるまでは、慎重にことを運んだ方が賢明ね。

「にしてもさ、カナみー」

「ん?」

「あの二人、遅くない?」

「そういえば……」

 ピンポン玉交換の泉までは片道五分、往復十分が標準的だろう。男子二人を行かせ、その時間を利用して、こちらは見張りながら攻略のヒントを探ろうとしていたんだけど、もう彼らは挑戦を終えてスタンプを貰っている。

 彼らが挑戦を始めた時点から考えても、すでに十分は経過しているハズだ。しかもその間、別の班が泉に向かった様子はない。妨害やトラブルなど起こりようもなかった。

 でも、だとしたらどうして?

「まぁ、戻ってきても次で成功する気が正直しないんだけどね」

「どうしてよ?」

「どうしてって……それをカナみーが言うの?」

「皆が失敗した結果でしょ。ワタシだけ失敗してるみたいな言い方しないで」

 それ以前に傷を抉るな。結構ショック受けてるんだから。

「ねぇカナみー、私達も何か道具を作ってクリア目指した方がいいんじゃない?」

「そうねぇ……」

 改めて考える。

「これまでクリアした班が八つ、その内道具を作ってのクリアは二つなのよ。だから、面倒な工作をするよりも投げる回数を増やす方が効率的かなと思ったんだけど」

 彼らの成功で工作組の成功率は三分の一に伸びた。しかも一発成功だ。作る時間を考慮に入れたとしても、四回以上の挑戦は完全な読み違いだろう。実際、結果として先を越されている。

「前の二つって、何を作ったの?」

「さすがにそこまでは教えてくれなかったわ。まぁ、当然だろうけどね」

 そもそも簡単に真似の出来る工作でもなかったのだろう。そうでなければ工作組がもっといたハズだ。

「そうなると、ネズミ……は、もう逃がしちゃってるだろうしなぁ」

 華苗は頭を抱える。元々小柄な子だけど、こうして悩んでいる様は小さな子供のようだ。さすがに学年最小は伊達じゃない。

「まぁ、彼らと同じ手を使う気は最初からないけどね」

「だけど、ネズミっていいアイデアだよね。上手く誘導できないとアレだけど、基本待ってるだけでいいし。時間はかかっても、失敗する心配がないのは大きいよ」

「確かにね」

 咄嗟の思い付きとはいえ、いや、咄嗟の思い付きだからこそ感心する。

「あーあ、失敗とか気にしないで何度も投げられればなー」

「そんなの試練にならないでしょ。誰にだってクリアできるんだから」

「……誰にだって?」

「何よ、その目は」

 言いたいことは何となくわかる。でも、わかりたくなかった。

「別にー?」

「ワタシだってね、さすがに五回も六回もやれば小屋の中にくらい入れる……」

 五回も六回も、何度も投げることができたら。

 失敗の不安がなければ。

 そうか。失敗しない方法じゃなくて、失敗しても平気な方法を考えれば良かったんだ。

「ん? どうかした?」

「華苗、ボールを作りましょう」

「ボール?」

 さすがに真意は伝わっていない。

「材料は、とりあえず大きな葉っぱとかで構わないわ。その中心にピンポン玉を入れて、小屋にあった紐で固めちゃいましょう」

「いいけど、小屋の中の紐って使っていいの? 自然にある物じゃないとマズくない?」

「先生は『この山で調達した物』と言っただけよ。人工物は禁止なんて言われてないわ」

「そっか。でも、ピンポン玉を包んでどうするの? そのまま投げても結局一緒なんじゃない?」

「もちろん、ボールには尻尾を生やすに決まってるでしょう」

「ボールに、尻尾……」

 ハッと気付いて、華苗の表情が明るくなる。

「つまり、投げたボールを引き戻せるってこと?」

「そういうこと」

 伝わって何よりだ。

「けど、それってルール違反じゃないの? 投げるのは一人一回なんじゃ……」

「ピンポン玉は各自一個、投げる本人は小屋の入り口から動いては駄目、これがルールよ。投げる回数の指定はなかったわ」

 むしろ、こういう解答を想定したルールにも思える。小屋にあった紐の束も、普段使われていないという割には古い感じを受けなかったし。

「とりあえず、華苗はピンポン玉をスッポリ包めそうな大きな葉っぱを探してきて。ワタシはあの二人の様子を見て……」

そう言って目を向けた先に、ようやく戻ってきた男子二人の姿が見える。

「遅いっ!」

「悪い。詰め将棋解いてた」

「思ったよりも難易度が高めでしたね」

 最悪の言い訳を並べる増田と平岡を蹴り倒し、ワタシ達は活動を再開したのだった。


 ちなみに、最初の一投で成功してしまったので、肝心の尻尾は一度も役に立たなかった。

 ちょっと悲しい。


以降も、区切りごとにゲストが割り込む予定です。

次回から二区に入りますので、どうぞよろしくです。

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