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第4話 本能の活用法 ‐杉浦完児‐

小学生くらいの頃は毎日外で遊んでいた私ですが、気付けば立派なインドア派です。

でも、歩くこと自体は今でも嫌いじゃありません。

そして愛車はママチャリです。

昨今の『エコブーム』なんぞ胡散臭いぜと思っている私ですが、おそらくかなりの省エネ人間ですね。


 ようやく林が開けた頃、高くなりつつある陽光を背にして、長い髪をなびかせた女が待ち構えていた。

「あら、ずいぶん遅かったじゃない?」

 この女は、よくも抜け抜けとそんなセリフを吐けるもんだ。

 文句の一つでも返してやろうかと思ったが、ふと気付く。泉からの帰り、これから試験の場へ向かおうというオレ達の前に、どうしてお嬢達がいるのかってことだ。

 オレ達の到着を、ワザワザ待っていた?

 んなわきゃない。そもそも、それなら時間稼ぎをした意味がないしな。

 だとしたら、答えはただ一つだ。

「そういうお前らは、また失敗したのか?」

 という質問に、お嬢の右眉がピクリと反応する。

「ノーコメント」

「というか、今度は小屋の中に入れられたのか?」

「うっさい。死ね」

 よし、勝った。コイツが理論的な反論ができない時は、都合の悪いことが図星だった時だ。

 つーかさ、さすがに小屋の中にくらい入れろよ。オレが仲間だったらキレるか泣いてるぞ。

「……辛いな、お前も」

 ついさっきまでは目の前に立ち塞がる敵だった広樹ひろきだが、さすがに同情するしかない。いつもはチクチクしているように見えるボーズ頭も、この時ばかりは柔らかく見えた。

「言うな。悲しくなるから」

「そこ、おかしな連帯感を育まないっ! それに、今回の失敗は単にコントロールの問題じゃないのよ」

「あん? どういう意味だよ」

 あのノーコンにコントロール以外の問題があったとしても、それは無関係だと思うが。

「偽物よ。すなわちフェ・イ・ク」

 指を振りながら、お嬢は妙に自慢げな顔で告げる。

「何それ。ピンポン玉に偽物があるとでも言うの?」

「そう、その通り」

 百合香へと振り向き、ご名答とばかりに微笑んだ。

「まさか四つの内、三つまでもが偽物だったとはねー。もっと早くに気付いていれば、こんなに何度も往復しなくて済んだんだと思うんだけど」

 げげっ、そりゃマジか。オレのは大丈夫だろーな?

「さすがに一個ではね、いかにワタシでもクリアは難しかったってことよ」

「いや、お前は百個でも無理だろ」

「うっさい。ゴミ」

 自覚はあるのか。

「そうそう、ピンポン玉って星のマークが付いているんだけど、偽物には付いてないのよね。アンタ達のは大丈夫?」

 そう言われると不安になるのが人間というものだ。特に気が小さく見える海鳥ちゃんがポケットからピンポン玉を取り出したのは、あまりにも自然なことだろう。

「ほっ……ちゃんとある」

「え、どれどれ?」

「ホラ、この三つ並んでる星のことでしょ?」

 言って嬉しそうに差し出す海鳥ちゃん。

 と、覗き込むお嬢の表情が変わった。

「ていっ!」

 海鳥ちゃんの細い手首を、お嬢が手刀でぺしっと叩く。

 声を上げる間もなくピンポン玉は彼女の手を離れ、運悪く谷川へと落ちていった。

「て、何すんだ、こらぁ!」

「甘い。甘いなー。敵の助言なんて信じていたら、これから生き残っていけないんだからね」

 オレの怒りを華麗に受け流し、妙に明るい素振りで歩き去っていくお嬢と仲間達。油断するなってのは確かに言う通りだと思うが、それにしたって今のは卑怯だろ。

「あ……」

 ホラ見ろ。海鳥ちゃんがショックで固まっちゃったじゃないか!

「ど、どどどどどどうしよう! ねぇ、落としちゃったよ」

「落ち着きなさいよ、みどり」

 さすがはみんなのお母さん役、百合香の肝っ玉は今日も据わりまくっている。

「でも、私のせいでチャンス一回少なくなっちゃって……」

「別にみどりが悪い訳じゃないの。それを止めなかったわたし達にも落ち度はあるし、仮にあんたが出してなかったとしたら、完児が落としていたでしょーよ」

「な、何でそこでオレの名前を出すんだよっ」

 くそ、さすがは同じ釜のメシを食った戦友とも、いらんことまでよくわかってるぜ。

「それに、一回少なくなったくらい、二階堂くんがフォローしてくれるって。そうでしょ?」

「いや、そんな期待をされても困るけど、とりあえずコレ」

 言いつつ義高が取り出したのは、例のピンポン玉だ。おいおい、気持ちはわからんでもないが、自分の分を渡したら意味ないだろ。

「え、駄目だよ。なくしたのは私なんだし、それに私が持ってるより、二階堂君が持ってた方が絶対にいいって」

「いや、自分の分は別にあるんだ。えっと、ホラ」

 そう言って差し出す、二つのピンポン玉。

 コイツ、あらかじめ二個持ってきてたのか。相変わらず、どこまでも用意周到な男だぜ。

「あれ、でも、一人一個なんじゃ……」

「実際に使えるのはね。でも、予備を持ってきちゃいけないとは言われてないよ。だから、ハイ」

 差し出されるピンポン玉を両手で受け取ると、海鳥ちゃんは大事そうに胸で抱え込んだ。こういう仕草は、やっぱり百合香なんかと違って可愛げがあるよな。

「ありがとう、二階堂君」

「あ、うん……」

 正面からの感謝と笑顔に、義高は慌てたように視線を逸らす。

 まぁ何だ、海鳥ちゃんの笑顔は卑怯だよな、男子的に。

 それと百合香、お前は少し見習え。



「あー、惜しいっ!」

 大皿の縁に当たったピンポン玉が、外側へ向かって跳ねる。海鳥ちゃんの言葉通り、極めて惜しい一投だった。

 しかし、失敗は失敗であり、ダメなものはダメだ。

 そして、オレは正直言ってホッとしている。

 この場面は、オレという存在のありがたみをアピールするためには、まさしく打ってつけな局面だからだ。この班の柱は誰なのか、誰を中心としてまとまっていくべきなのか、今一度連中に思い知らせてやらねばならない。

「んー、さすがに難しいなー。せめて投げる所から直接見えていれば、いくらでも狙いようがあるんだけど」

「ふっ、まぁオレ様の一投を見て勉強するといい」

「わたしが失敗しちゃったってことは、もう二階堂くんに頼るしかないじゃない」

「いや、オレまだ投げてないよっ!」

 オレの猛烈アピールに、三人の眼差しが集中する。

 しかし何故だろう。その瞳には微塵もキラキラした輝きが見られなかった。

ひょっとしてオレ、少しも期待されていないのか?

 バカな、ここはもちろんオレの腕を期待してしかるべき局面だろう。少なくとも、例え建前でも、信じてるよの一言くらいはあっていいハズだ。

「まぁ、とりあえず先に投げたら? どっちでも一緒だと思うけど」

 コイツ、自分が失敗したからってテキトーなこと言いやがって。見てろよ。こういう誰もが期待していないような場面で成功しちゃうのが、お笑いの常道じゃないか。先週のドリフでも加藤がやってたしな。

 とはいえ、最初に海鳥ちゃんが失敗して百合香も失敗、残すチャンスは二回しかない。ここでオレが失敗したら、義高にプレッシャーがかかりまくることは間違いないだろう。奴にオレ以上のコントロールは期待できないから、実質的にはここが正念場ということになる。

 いや、悪く考えるな。

 むしろ遠足が始まって落ちたように感じるオレの尊厳を取り戻すチャンスと考えるべきだろう。

「うし、そこでしっかと見てろよ!」

 窓に張り付いた負け組に右手の人差し指を突き出し、ピンポン玉を握った左手にグッと力を込める。

「はいはい、さっさと投げなさいよ」

「絶対だぞ。絶対に成功させてやるからなっ!」

「わかったわかった。ちゃんと見てるって」

 このクソ女、昔はあんなに可愛かったのに。

 まぁいい。どの道キッチリ成功させれば認めざるを得ないだろ。

 オレは親指でピンポン玉を弾いて目の前を横切らせると、右手で華麗に受け取って、そのまま弧を描くように右足を大きく引いた。そこから重心を後ろに振って左足を少しだけ持ち上げると、流れるようにサイドスローのモーションに入る。

 狙いはもう定めている。成功のイメージもある。ガッツポーズからハイタッチに入る練習もした。

 後はただ、このピンポン玉を右手から放つだけだ。

「りゃっ!」

 カカコンッ!

 間を置かずに三度壁を経由したピンポン玉は、見事オレの足元に帰ってきた。

 おかえり、オレの白い恋人。

「うん、こういう役も必要だよね。オレ、キレンジャーでいいや」

 言いつつ左へと顔を向ける。顔の右側に突き刺さっていた鋭い視線が、今度は後頭部に容赦なく突き刺さる。

「あんたさー」

「うるさいなっ。仕方ねーだろ。笑いの神が下りてきちまったんだからよ!」

 オレだって、まさかこうも鮮やかに戻ってくるなんて思わなかったわっ!

 クソ、やはりドリフを例えに挙げたのは間違いだったか。

「まぁ最初から期待はしてなかったけど、あれだけ見てろと豪語しておいて部屋にも入ってこないってのはないんじゃない? これじゃ要のこと笑えないでしょーが」

「一緒にすんなっ。一応小屋には入ったんだから!」

 場が静まる。まだ肌寒い春の風が、いくつかの綿毛を伴って通り過ぎていった。

「五十歩百歩」

 と百合香。

「どんぐりの背比べ」

 と義高。

「え、んーと、目くそ鼻くそを笑う?」

 オレは盛大に落ち込んだ。

 特に最後の海鳥ちゃんに落ち込んだ。

「あ、ごめんなさい。つい……」

 慌てて謝ってくれるところが、余計に切ない。

「とりあえず完児もこっち来なさいよ。二階堂くんの邪魔になるでしょうが」

「オレ、この班の邪魔者か?」

「だーかーらー、あんたは十分に別のところで役に立ってるでしょ。ついさっき増田くんを撃退したことを、もう忘れたの?」

「撃退……」

 いや、あれはお前の正拳に怯んで退いただけじゃないのか?

「完児がとっさに庇ったからみどりに怪我もなかったんだし、彼の一撃を前に出て止めるなんて芸当ができるの、あんた以外に誰がいるって言うのよ」

「え? そんなの普通だろ」

「無理。少なくともこっちの二人には無理」

 溜め息交じりに、それでもキッパリと百合香は断言する。

「あの時の杉浦くん、本当に凄かったよ」

「だよなー」

 当然だ。オレがいなけりゃこの班は成立しない。ポジション的にはアオレンジャー希望だな。いや、すでに確定だろう。

「あんた、いくら何でも調子良過ぎでしょ」

「キレンジャーは黙ってろ」

「誰がカレー好きのぽっちゃり系だって?」

「いえ、ふんまへん。いいふぎまひた」

 力が取り得の百合香に頬を引っ張られて、仕方なく折れてやる。まぁ、これもニヒルなサブリーダーたるオレの度量が成せるワザとでも言うべきだろう。

「と、とにかくそういうワケだ。後は頼むぜ、義高」

「あまり期待されても困るんだけど」

 後ろ頭をポリポリと掻きながら、渋々といった様子で小屋の入り口へと進み出る義高。何というか、覇気もやる気も感じられない。最初から失敗することがわかっているかのような素振りだ。

「頑張ってね、二階堂くん。完児よりは期待してるから」

 おいおい、それってスゲープレッシャーじゃね?

「みんな失敗してるんだし、気楽にいこうよ」

 海鳥ちゃん、それは気を抜きすぎじゃね?

「んー……そうだ。安田さん、ちょっと手伝ってくれない?」

「手伝う?」

「おいおい、他人の手を借りるのはアウトなんじゃねーのか?」

 それがOKなら大皿の前で待ち構えてもらえば済む話だろう。

「道具を使っても良いなら、手伝いも問題ないと思うよ。もちろん、ピンポン玉に直接触れることはできないから、中で待ち構えて大皿に落とすようなことはできないけどね。と、そういうことで良いですよね、先生?」

 いきなりフられた片桐が、本を片手に持ったままヒラヒラと手を振り返す。どうやら問題ないらしい。

 つっても、海鳥ちゃんに何をさせるつもりなんだ?

「とりあえず安田さんは突き当たりの隅に、そう、その辺りに立ってもらって、そこから大皿が見える?」

「うん、見えるよ」

「じゃあ、できるだけ正確に指し示してもらえるかな?」

「えっと、こうかな?」

 華奢な腕を伸ばし、やや下の方へと指先が向けられる。

 なるほど、確かにこれなら闇雲に投げるよりずっと良さそうだ。けど、だからって上手くいくとは限らない。力加減やコントロール、それに運も必要だ。そもそも、もし手元が狂って海鳥ちゃんに当てたりしたら、その時点で終わりになる。

 やっぱ難しいな、この試練は。

 すでに合格した連中は、どうやって抜けたんだ?

「じゃあ投げるよ」

「あ、ちょっと待って。せっかくだから、歩数を調べてみる」

 言うなり、海鳥ちゃんは部屋へ向かって歩き出す。

 歩幅は50センチというところか。

「一歩、二歩、三歩……」

 窓から見える彼女の姿がようやく全身を捉えたところで、不意に動きが停止する。まるで突然金縛りにでも遭ったかのような、正直トラブルの気配がした。

「み、みどり?」

 隣で見ている百合香も異変に気付いたのか、その声はどこか不安そうに聞こえる。

 と、その原因を探ろうと改めて海鳥ちゃんの見ている先へと視線を流していった瞬間。

 小屋が浮いた。

 いや、実際には浮いてなかったと思うけど、浮いたと思うくらいのスゲー声だった。正直、音というより衝撃波だ。

「どうしたのっ?」

 まだピンポン玉を握ったままの義高が、慌てて中へと飛び込んでくる。まぁ、いきなりあんな悲鳴を聞かされたら、男でなくとも慌てたくなるだろう。

 対する海鳥ちゃんは身を屈め、やけにキラキラした眼差しで何かを追っている。

「可愛いよ。ね、ホラホラ」

「可愛い?」

「ねずみ、だよね?」

「え、鼠?」

 義高の眼差しがこちらを――正確にはオレ達の足元辺りへと注がれる。どうやら、この壁の向こうに小さな生き物が歩いているらしい。

「マ、マジでっ?」

 百合香が派手なバックステップで小屋から離れる。

 外にいるお前が逃げる必要はないと思うが、そういえばコイツはネズミも苦手だったな。

「良かった。何事かと思ったよ」

「えっと……ごめんなさい。いきなり目の前で動いたから、ちょっとビックリしちゃった。あ、別に怖くないよ。むしろ好きかも」

「そっか。鼠って珍しい?」

「あまり見たことないね。あ、ハムスターなら友達の家で見たかな。部屋の中にペット以外の生き物がいるのって、何だか不思議な気分だね」

 さすがは都会育ち、発言が田舎の女子とは一味違うぜ。

「まぁ、ここは山小屋みたいな所だから、家で見る鼠とはちょっと違うんだけどね。ここには餌らしい物なんて何もないし、放っておけばその内自分から出て……」

 お、今度は義高が止まった。

「ん? どうかしたの?」

「杉浦、手伝ってくれないか?」

 心配そうに小首を傾げる海鳥ちゃんには答えず、こちらに向けて呼びかけてくる。何だかわからないが、さっきまでの無気力めいた雰囲気はない。

「そうだ。安田さんにも一つ頼んでいいかな?」

 窓から離れたオレの耳へ、壁越しに義高の声が響く。

「いいけど、何?」

「藤嶋さんと一緒に、草で小さなかごを作って欲しいんだ。このピンポン玉が丁度収まるくらいの籠を」

 義高のヤツ、一体何を始めるつもりなんだ?

「うん、わかった」

 意味はわかっていないだろうが、それでも役割が明確になって嬉しかったのか、弾むような勢いで飛び出してくる。

「あ、ごめん。杉浦君」

 ぶつかりそうになるところを華麗に避けて、入れ替わるようにオレが小屋へと足を踏み入れた。

「で、何を手伝えばいいんだ?」

「簡単なことだよ」

 出迎えた義高は、珍しく楽しそうな笑顔を浮かべていた。

「あの鼠を捕まえて欲しいんだ」

 ネズミを?

 どういうことなんだ、そりゃ。



 三分後、やけにアッサリと準備は整っていた。

「……これで良し、と」

 草で作られた小さな籠に収められたピンポン玉が、茶色いネズミの背中にくくり付けられている。義高が何を考え、どうやってこの試練をクリアするつもりなのか、それはさすがにわかった。

「んで、コイツをどうやって誘導するんだ? やっぱ餌か?」

 オレの疑問に、義高は頷いて答える。

「うん、あまり待ってもいられないからね。他の班が来たらやりにくくなるし」

「じゃあ、どんぐりとか探してこないといけないのか……」

「いや、食べ物は弁当のおかずを使うよ」

「いいのか? この山にある物を使うのがルールだろ?」

「さっき先生に許可を貰ってきた。ピンポン玉じゃなくて、鼠を動かすための道具だから、問題ないってことになったよ」

 コイツにしては珍しく強引だ。

「だから……」

 そう言って自前の弁当を取り出すなり蓋を開けると、小ぶりのイチゴを摘み上げた。

「これを使う」

「どうせなら、そっちのチーズの方が良くないか? ネズミにチーズ、これは常識だろ」

 ジェリーも大好きだしな。

「残念だけど、それは違うんだ」

「違うって、どう違うの?」

 同じように覗き込んでいる百合香も、不思議そうに眉根を寄せる。

「チーズの味や匂いは、自然に出来るものじゃないんだ。だから、普通の鼠はチーズだからって飛びついたりしない」

「え、そうなの?」

 ホント、コイツは変なことをよく知ってやがる。

「もしもこの鼠が、露出したチーズが置いてあるような外国の家にでも住み着いていたのなら、味を覚えて飛びついていたかもしれないけどね。そうでないなら、生肉とか甘い物の方が効果的なんだよ」

「それでイチゴか。けど、イチゴって食べるのか?」

 正直、そういうイメージはない。

「食べると思うけど、正直言って試したことはないからね。ちょっと食べさせてみようか」

 言いつつ端を千切り、鼻をヒクヒクさせている鼠の前に転がしてみる。オレの手の中にいるから自由には動けないけど、それでも前足を使って器用にソレを掴むと、少しいじくり回して確かめてからかじり始めた。

 おー、と脱力感に溢れた歓声が上がる。

 これはアレだ。癒し系だな。俗にいうAVアニマルビデオだな。

「よし、これなら何とかいけそうだね。始めることにしようか」

 女子二人は、早くも窓に張り付いてスタンバイ。

 義高は一旦小屋の中に入って大皿の中央にイチゴをセットすると、隅に置いてあったロープの束を手にして入り口の正面に見える壁際に設置した。

「投げた時に鼠が怪我をしたら、可哀想だからね」

「なるほど、クッションの代わりというワケか」

 納得してネズミを義高に渡し、オレも女子二人の後ろから部屋の様子を覗き見る。

 準備は万端だ。

「いいぞ。いつでも来いっ」

「じゃあ、始めるよ」

 そう言うと、義高は優しい下手投げでネズミを放った。ここからでは着地地点までは見えないものの、アイツの様子を見る限り失敗したワケでもなさそうだ。

 そして、その事実はすぐにオレ達の目にも明らかになる。

「あ、来た来た」

「何か、仕草とか結構可愛いね」

 直接のご対面では逃げ腰だった百合香も、こうして見ている分には好評だ。女ってのは、ホントに現金な生き物だと思う。

「あ、あ、そっちじゃないよ」

「ほらこっち、こっちにありまちゅよー」

 百合香、お前は赤ちゃん言葉禁止な。かなりキモいぞ。

「来た。気付いたよ、ユリちゃん!」

「もうちょっと、ホラ、お皿の上だって」

 いや、言葉わかんねーし。

「あっあー、あ、あ、あー」

「いっちゃえ。ホラ、もうちょっと!」

 あれ、何かやらしくなってきてね?

 まぁとにかく、こうしてオレ達の班は無事に最初の試練を突破した。ネズミに助けられるなんて、正直予想もしてなかったけどな。

『やったーっ!』

 綺麗にハモった歓声を合図に、オレは義高に向けて成功を知らせるVサインを送るのだった。

 それにしても、女子二人は騒ぎすぎだ。

 あんなの大して可愛くなんか……ムグムグやってる頬とか小さい手とか、ちっとも可愛くなんか……。

 くそっ、かわえーなー。

 何なんだ、あのけしからん生き物はっ。

 うっかりニヤニヤしちまうじゃねーか。

「……完児、キモい」

 はい、キモい一つ入りましたっ!


今回活躍していただいたネズミくんはアカネズミをモデルにしています。

本来ネズミは大抵が夜行性なんですが、ごちそうにありつけたんで文句は言わないでしょう。

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