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第21話 対抗戦に下克上 ‐二階堂義高‐

四区も大詰め、いよいよ全面対決です。


 この第四チェックポイントは、最終にして最高のチェックポイントである。

 ちなみに最高というのは、イメージや雰囲気といったことではなく、文字通り標高が高いという意味だ。さすがにここまでの距離を歩かされた上で、この登りは辛かった。しかも出来る限り急いでの踏破は、少なからぬ疲労を僕達に与えてくれた。正直、安田さんが音を上げることなく休憩無しで登り切ったことは、意外に思ったほどである。

 もちろん、その理由など問うつもりはない。彼女が真剣に優勝を狙っているという証しであろうなど、今更確認すべきことではないからだ。

「よう、遅かったな」

 荒い息を吐く僕達を出迎えたのは、総勢九名の団体だった。もちろん、それが一つの勢力という訳ではない。ちなみに声を掛けてきたのは、木刀を担ぐようにして持っている増田だ。

「悪いけど、先に行かせてもらうからね」

 安田さんに向けてニヤリと笑いながら、志道さんがそう告げる。何の因果か知らないが、彼女は安田さんを意識しているようだ。あるいは彼女のことだ。僕ですら気付かない安田さんの隠れた資質に気付いているのかもしれない。

 一方で、僕に向けられている視線もある。

 平岡だ。彼の表情に大きな変化は見られない。むしろ意識して無表情を装っているようにすら見えた。優等生らしいポーカーフェイスだと思うが、それが故に今の彼が浮かれているように映る。その隣にいる十河さんがニヤニヤと彼の顔を覗き見ているところからして、その推察は間違ってもいないのだろう。

「お前ら、まさかもうチェックポイントを突破したのか?」

 杉浦が素直に驚いて問い掛ける。

「あぁ、連中に勝利して、な」

 そう言って増田が親指で示す先には、不満そうに眉根を寄せる優勝候補達の姿があった。

 多分、僕達を含めた三組が、トップグループであることは間違いないと思う。そして今、志道さん達の班が真っ先に抜けた。これはつまり、優勝という二文字が具体的に見えてきたことを意味する。

 そして僕達が優勝するためには、一刻も早くこのチェックポイントを突破し、彼女達を追わなければならない。一刻どころか、一分一秒のロスでも避けたい局面だ。

「カネちゃん、さっさと試練を始めてくれ!」

 去り行く四つの背中を見送りながら、杉浦はこの試練の担当者、音楽の金子先生に迫る。大人の女性としては小さい金子先生は、杉浦と大して変わらなく見えた。もちろん、あまり迫力もない。

「誰がカネちゃんだ。そう思うなら、とにかく落ち着け」

 とはいえ、そこはさすがに二回りは違う年長者、軽くあしらうと一同を見回して口を開く。

「さてと、仁志川達はすでに知っているが、説明も試練の内だからな。大人しく聞いてくれ。この四区の試練では、お前達二つの班に直接争ってもらう。いわば対抗戦だな。勝った方が先へ進め、負けた方は次の相手が到着するまで待つことになる」

 そこで先生は言葉を切り、ニヤリと口元を吊り上げた。

「ちなみに、三区を突破したのは今のところお前達だけだ。次の班はまだ四区に入ってさえいない」

 つまり、ここで負けたら優勝は絶望的だ。仮に現時点で三区を突破した班がいたとしても、三十分はかかると見たほうが良い。対抗戦にどの程度の時間がかかるかはわからないけど、さすがに二つの班に先んじられて何十分も遅れたのでは、優勝どころの話ではなくなるだろう。

 すなわち、僕達は勝たなくてはならないということになる。

 しかも、優勝候補の筆頭である仁志川班に。

「状況がわかったところで、ハイこれ」

 そう言って渡されたのは、びっしりと文字で埋められた一枚のプリントだった。



 合点がいった。

 正直、仁志川班がどうしてあんな場所で網を張っていたのか、その理由がわからなかったからだ。そもそも、僕達が三区のチェックポイントに到達した時点で、彼らはすでに四区へ突入していた。普通に考えれば、後ろから追いかけてくる連中なんて待つ必要はない。さっさとチェックポイントを抜けて、そのままゴールを目指した方が圧倒的に正解だ。だけど、この対抗戦のルールを聞いて、そう出来なかったことがわかる。

 彼らは恐らく、一度四区のチェックポイントに到達していたのだろう。そこでルールを聞き、単独では待つしかないことを知った。そこで少し戻り、相手にしたくない、すなわち手強いと思う相手が来たら追い返すつもりだったのだろう。

 僕達は、その策略にアッサリと乗り、見事に追い返されたという訳だ。ただ、ここで彼らにとっての誤算が起こる。僕達を退けている間に先んじた対戦相手が、志道さん達だったことだ。バランスから考えれば、向こうの方が僕達よりもやりにくい相手であろうと思う。そして実際、仁志川班は足元を掬われた。

 だからこそ、戦いたくないと一度は退けた僕達と、再び対峙する羽目になったのだ。

 彼らだって失敗するし、敗北もする。その現実を、事実という最もわかりやすい形で露呈してくれたのである。それも、このタイミングで。

 これは大きい。

「はい、そこまでー」

 パンと手を叩いて、金子先生は紙の回収を始める。

 対抗戦は一人ずつの勝ち抜き戦だ。こちら側で任意に決められるのは順番だけで、対戦相手や対戦内容を選ぶことは出来ない。その部分は基本的に運となる。

 だけど、思考の入り込む余地がない訳でもなかった。

 今先生が集めている紙こそが、唯一にして最大の戦術になる。

 というのも、対戦内容は配られたプリントに記されたものの中から選ぶことになるのだけど、その中には単純なものや運任せのものも数多く含まれていた。つまり、どんな強敵相手にだって、勝負の方法によっては安田さんでも勝つチャンスがあるかもしれないってことだ。相談することは禁止されていたけど、二人の幼馴染みコンビもわかっているだろう。

 相手は『あの』仁志川班だ。安田さんだからと勝負を捨ててしまえるほど甘い相手じゃない。むしろ彼女が登場する時にどれだけ勝率を上げることができるのかにこそ、勝敗の行方はかかっていると言えるのかもしれない。

 ただ、仮に安田さんを含めた僕達四人がそういう勝負を選択しても、完璧とは言えない。相手の選んだ四つに先生の加えた二つ、つまり全部で十枚の内の四枚だ。安田さんでも勝てそうな勝負を選ぶ確率だけでも、五割を切る可能性が高い。しかも、こちらは完全に相談できる状況になかったが、すでにルールを把握していた仁志川班には、全体として戦術を整えられるだけの時間的余裕があった筈である。とはいえ、これほどバランスの整った班だ。奇抜な戦術など使ってこないようにも思う。むしろだからこそ、志道さん達の班に足元を掬われたのではないだろうか。

 いずれにしても、実際に始まってみないことには、どのような結果も望めない。

「さてと、それじゃあ時間をかけたくない局面だろうし、さっさと勝負を始めましょうか。それぞれの一人目は前へ出て」

 との言葉に、僕は一つ息を吐いて進み出る。

 先鋒は僕だ。次鋒である安田さんのためにも、ここは一つでも良いから勝ち抜いておきたい。ウチのポイントゲッターは間違いなく藤嶋さんだけど、その彼女になるべく負担をかけないようにというのが、僕達の選択だった。

 対する仁志川班の先鋒は――

「お、こりゃあ早くも軍師対決だな」

 すでに観客と化した杉浦が、早速とばかりにうまい棒なんぞかじりつつ適当な感想を口にする。

 地味な二本のお下げ髪、感情に乏しい半眼とソバカスという特徴は、いかにも見た目にこだわらない彼女という存在を象徴している。僕も見た目に対するこだわりがない者として、彼女の彼女らしさには共感できる部分すらあった。そして、的確な判断を下せる一人の人間として、敬意を持っている。

「二階堂か。これは嬉しい相手だね」

 南条さんはニヤリと、狩りの獲物でも見付けたみたいな笑顔を浮かべる。望むところと言いたいが、さすがに運試しの勝負は避けたいところだった。

「さてと、肝心の勝負方法は……」

 そう言いつつ、金子先生はあらかじめ準備していた抽選箱に手を突っ込んだ。ある中にある十枚の紙が、僕達の命運を握っている。

「これだ!」

 気合と共に取り出した小さな紙切れを、片手で器用に開く。

 その場に居る全員、当事者も観客も固唾を呑んで見守る中、金子先生はゆっくりと顔を上げる。

「勝負方法は、牛乳の早飲み競争!」

 勢いのある宣言に、場が更に静まった。

 一体誰なんだ。この真剣勝負に力の抜けるような勝負を持ち込んだのは。

「あ、それオレが書いた」

「バ完児っ!」

 とりあえずとばかりに藤嶋さんのツッコミが炸裂する。

 その勢いで彼の手を離れ、空中をクルクルと舞ううまい棒は、めんたい味だった。

「何だよー、オレは海鳥ちゃんが得意そうだと思ったから選んだんだぞ?」

 知らなかった。安田さんは牛乳の早飲みが得意だったのか?

「え?」

 というか、思い切り戸惑ってるじゃないか。

「あれ、違うの? 給食の時、見るといつだって牛乳がなくなってたから、スゲー早飲みなんだと思ってたんだけど」

「あれは、牛乳が嫌いだから……」

「あ、なるほどー」

「なるほどじゃないでしょ!」

 後頭部にもう一発ツッコミが入る。

 良いことなのか悪いことなのか、仁志川班の面々まで一緒になって笑っているという、極めて和やかな雰囲気を演出している。これがどう転ぶのかはわからない。けれど、いかにも僕達らしい雰囲気であることは間違いなかった。

 それに、絶望するほど酷い状況ではない。むしろ、勝算の高い勝負内容だ。頭脳戦や運頼りの勝負は、この南条さんとはしたくなかっただけに、ありがたいとすら思う。

「私は最後だな。牛乳を飲むのは」

 不意にそんな台詞が聞こえる。

 南条さんだ。もしかすると、駆け引きが始まっているということだろうか。とすると、自分は牛乳が好きだとこちらを挑発しているのかもしれない。

「僕は、食べながら飲むタイプだな」

 牛乳と御飯を気持ち悪いなどと考える人間もいるが、僕には気にならない。彼女はどうだろうか。

 とりあえず、表情に変化はない。

「それじゃあ、始めましょうか」

 山の頂に在るにしては不自然な丸テーブルを挟んで、僕と南条さんは対峙する。ノリとしては、西部劇か何かの飲み比べみたいな雰囲気だ。ちなみに牛乳は、これまたこの場には似つかわしくない大型冷蔵庫から取り出した物である。キンキンに冷えているのか、ガラスの表面には早くも汗をかき始めていた。

 僕はガラス瓶を掴み、その温度を確認する。

 やはり、かなり冷たい。そのまま一気飲みをしたら、トイレに駆け込んでも不思議ではないレベルだ。腹を壊して後の勝負に影響が出たのでは、元も子もないだろう。

 だけど、ここで安易に負けることは出来ない。安田さんが仁志川班の面々に勝つ要素があるとするなら、それは運任せの勝負になるだろう。代理として山岸の出場でも認められるのならともかく、そうでなければ実力で勝利するのは難しい。残念ながら、こういう局面では山岸に出番はない。静かに応援してもらうしかなかった。

 そしてだからこそ、僕は何としても南条さんにだけは勝っておかなければならなかった。根底にあるのは理論的な思考であろうと思えても、運試しをする相手として、これほどやりにくい相手もいないのは間違いなかったからだ。

 山師の名は伊達じゃない。それは僕も理解しているのだ。

「レディー……ゴーッ!」

 金子先生の右手が勢い良く振り下ろされ、勝負が開始される。僕と南条さんは同時に右手を伸ばし、口を覆っていたビニールを剥き取った。指を突っ込むようにして厚紙の蓋を取り去り、そのまま口元まで持ち上げる。

 そこで、僕は気付いた。

 南条さんが同じように瓶を持ち上げながら、飲まずにこちらの様子を窺っていることに。

 危なかった。もしこのまま何も考えずに飲み始めていた、下らない駄洒落の一つでも飛んで来ていたところだろう。普段なら意に介する必要はないが、この特殊な状況下で、しかも牛乳を口に含んだ状態での駄洒落だ。油断することは出来ない。

 とはいえ、それは相手にしても同じことだ。だからこそ、僕より早く口元に持っていきながら、こちらの様子を窺っていたに違いない。あるいは、笑いに対する耐性に自信がないのかもしれない。

 僕達の睨み合いは、数秒間続いた。もし飲み始めていたら、すでに勝負がついていた可能性もある。もちろん、いつまでもこのまま待ち続ける訳にもいかない。一分一秒でも惜しい状況は、何一つ変わっていないのだ。勝ちは欲しいが、時間を無駄にすることは出来ない。

 と、彼女が動いた。焦っているのは僕ばかりではない。表情は変わらずに飄々(ひょうひょう)としたものだが、一気に牛乳瓶を傾ける様は、出来る限りの時間短縮を狙っている証しに見えた。

 よし、ここで追い抜く。

 飲んでいる最中にしゃべることは難しいし、何よりリスキーだ。単純な一気飲みでの勝負なら、僕に分がある。これでも、早飲みは得意な方なのだ。少なくとも女子に負けるつもりはない。

 瓶を傾けると、冷たい液体が口の中に流れ込んでくる。早飲みのコツは口の中に残さず、出来るだけ喉へとダイレクトに通すことだ。あまり一気に口へ入れようとすると、逆に速度が落ちる。僕は適度な傾きを心がけ、文字通り流し込み始めた。

 ようやく傾きが決まったところで、相手の様子が目に入ってくる。彼女の牛乳は、どういう訳かあまり……いや、全く減っていなかった。

 牛乳が苦手だったのか、それとも――

「あ、蓋取るの忘れた」

「ぶほっ!」

 牛乳吹いた。うっかり気管支にでも入ったらしく、激しく咳き込む。それがようやく落ち着き、鼻から垂れていた白い液体を拭って顔を上げた頃には、全てが終わっていた。

 僕は負けた。

 しかも、あんな古典的な手に引っ掛かって。

 ゴメン、安田さん。



「ゴメン、みんな……」

 情けない。あまりにも情けなかった。

「元気出して、二階堂君」

 安田さんは笑顔だ。一番ガッカリしている筈なのに、誰よりも明るく見える。本当なら、僕を罵りたいところだろう。いや、呆れ果てて罵りたくもないのかもしれない。

「じゃあ次の勝負行くぞ。A組2班、次鋒前へ」

「はい!」

 歯切れの良い返事と共に、安田さんは進み出た。

 本当なら、無理をしないで良いよとでも、口にすべきところだ。でも、あんな情けない負けを晒した僕に、そんな台詞を言うだけの資格はない。そもそも、ここで彼女が負けてしまったら、圧倒的に不利な状況で藤嶋さんにバトンタッチしなくてはならなくなる。

 いかに藤嶋さんが万能でも、取りこぼしをしないとは限らない。余裕が一つでも多くあったほうが良いのは、言うまでもないことだった。

「さてと、二戦目の勝負法は……コイントス!」

「表裏を当てるヤツですか?」

「そうよ。簡単でしょ。ちなみに三回先に当てた方が勝者ね」

 金子先生と問答をする安田さんの表情に、曇りはない。

 だけど、これは最悪だ。ある意味、最も運頼りの種目だろう。戦略も戦術もない。あるいは、藤嶋さんや杉浦であったなら、動体視力でどうにかなったのかもしれないけど、彼女にそんな芸当は期待できなかった。

「南条さんとコイントスかぁ。マズったかな……」

 隣から、そんな呟きが聞こえてくる。どうやらその口ぶりからすると、藤嶋さんが選択した勝負のようだ。でも、その判断は間違っていない。単純な運の勝負なら、安田さんにも十分な勝機があることは事実だ。ただ、その相手が南条さんだったことが、不運であったに過ぎない。

「さぁ、表か裏か!」

 先生が硬貨を投げ、それを左手の甲で受け止めるなり右手を被せる。鮮やかな手並みだ。さすがに素人が見極めるには速すぎる。

「選択権は負けた方、安田さんから」

「あ、選んでいいんですか?」

 何だか楽しそうに腕を組んで、しばらくジッと見詰める。そしておもむろに口を開いた。

「表、かなぁ」

「本当に表でいいの?」

 早速とばかりに、南条さんが揺さぶりをかける。相手を惑わせ、迷わせ、最後に正しい答えを掠め取っていく。そんな印象が南条さんにはあった。実際には適当な物言いであっても、深い言葉に思わせてしまう、そんな響きが彼女の言葉にはある。

「うん、表にする」

 それなのに、安田さんの言葉には迷いが全く見られなかった。まるで自らの選択を確信しているかのような、そんな素振りですらある。

「なら、私は裏で」

「じゃあ開けるよ。ホイ」

「やったー!」

 表だったらしい。もしも揺さぶりに応じていたら、激しい後悔と敗北感に襲われていたところだろう。

「じゃあ二回目」

 硬貨が宙を舞い、僕達の命運を絡みながら回転して先生の手の中へと消える。一つ取ったとはいえ、まだまだ安心できる状況ではない。南条さんの勘は、間違いなく健在だ。

「今度は南条さんからね。表か裏か」

「じゃあ裏で」

「なら、私が表だね」

 選ぶ権利がないとは言え、安田さんの表情には迷いも不安もない。まるで、この状況を楽しんでいるようにすら見えた。

「あ、ゴメン。やっぱり表にしてもいいかな?」

 また来た。一度決めた選択を覆すのは、誰しも不安に思うものだ。そして、その上での勝敗は後の展開にも少なからず影響を与える。ここでの交渉は、決して簡単なことではないだろう。

「いいよ。なら、私が裏だね」

 驚くほど簡単に、安田さんは応じる。

「なら開くよ。ホイ」

「また勝ったー!」

 今度は裏だった。

 一体どういうことなのだろう。安田さんの様子を見ていると、まるで南条さんの勘が外れるとでも思っているかのような素振りだ。それとも、彼女には南条さん以上の勘、あるいは強運がついているということなのだろうか。

 それにしたって無邪気な、まるで――

「小さな子供みたいだ」

「二階堂くん、それ本人に聞こえてたら大変よ?」

 藤嶋さんがクスリと笑う。

「いや、誉めてるつもりなんだけど……それにしても、どうしてあんなに迷わないんだ?」

「信じてるからでしょ」

 自分のことを、だろうか。

「知らなかったよ。彼女は思ったより自信家なんだね」

「違う違う。そうじゃなくて、あの時の言葉を、よ」

「あの時の言葉って?」

 心当たりがない。

「二階堂くん言ってたじゃない。南条さんの勘は理屈だって」

「それは――」

「やったー!」

 僕の言葉は歓喜の声に遮られた。

 彼女の笑顔は、いつ見ても眩しい。頭の後ろで踊るように跳ねている星が、とても楽しげに映った。

 それにしても、あの言葉は南条さんの勘が全て理屈だと言った訳ではなかったんだけどな。全部が勘のように見せているだけで、その根底にはしっかりとした理屈も隠れている、という意味のつもりだった。理詰めで考えても、明確に回答を得られない時なんて山ほどある。そういう時に用いられる南条さんの勘は、極めて正解率が高い印象だ。だからこそ、テストの山も当たるんだ。山師の異名は伊達じゃない。

 でも、結果として彼女を退けたのは、安田さんの思い込みだった。こういう破り方があること自体、とても衝撃的だ。虚仮こけの一念岩をも通す、なんてことを言ったら、さすがに失礼かな。でも、そのくらいの驚きがあった。

「やったね、やす――」

 背中に向けて放ちかけた言葉が、途中で小さな破裂音に遮られる。一体何の音かと思いつつ振り返る僕達三人の目に映ったのは、茂みから顔だけを覗かせた山岸のお面だった。

 手に握られたクラッカーは祝砲のつもりだろうか。

 臨時とはいえ、主の勝利を祝うその姿は、とても微笑ましく感じられた。



 しかしである。

 一勝に浮かれていられるほど、今の僕達は楽な状況にない。自分のせいとはいえ、ようやく五分五分になっただけの話なのだ。向こうの三人は、誰一人挙げても強敵である。

 いや、あるいは伊東なら、隙があるかもしれない。彼の身体能力は杉浦と五分、強さなら藤嶋さんと五分という、筋金入りの強敵である。しかしながら、学問に関していえば杉浦よりはマシなレベルながらも凡庸の域を出ない。クールなイメージはあるが、頭が良いというタイプでもないだろう。勝負の内容によっては、十分に勝てる相手であろう。

「よし、それじゃあC組3班、次鋒前へ」

「はい」

 歯切れの良い返事と共に歩み出たのは――

「出たな、ミスターパーフェクト」

 杉浦の口から、皮肉にもなっていない賞賛が舌打ちと共に飛ばされる。だけど、その呼び名は確かに相応しい。あらゆる面において、彼ほど何もかも器用にこなす者もいないだろう。沖田さんも文武両道の才女だが、それでも彼――仁志川と比較されると霞んでしまう。

 彼に出来ないことなんて、それこそないのではないかと思えるほどだ。

 これはマズい。安田さんには悪いけど、彼女に勝てる要素が残っているとしたら、それは運だけだ。もしも正面から戦いを挑む場合、藤嶋さんや杉浦のような、明らかに人より秀でたモノがなければ勝負にもならないだろう。

 安田さんや僕のような凡人では、出る幕もない。

 今、勝負を楽しんでいる安田さんの笑顔が、すぐにでも曇るだろう。それがとても残念だし、心苦しい。出来る限り、彼女が傷付くことなく敗北して欲しいと思う。

「では三戦目の勝負方法は……ネタクイズバトルだ!」

 ねたくいずばとる?

 どこの国のスポーツだろうか。

「おいコラ、誰だそんなの書いた奴は?」

 そんな言葉に反応して周囲を見回すと、一人だけ手を挙げている女性がいた。

 金子先生だった。

「先生が何の勝負をさせようとしてんだ!」

「いいじゃないの。中学生なんだから、ニコ動くらい見てるでしょ?」

「偏見だろ、それ」

 杉浦のツッコミが虚しく響く。ちなみに彼以外には気力すら湧かないのか、口を開こうとすらしなかった。ただ、藤嶋さんが妙にソワソワしていたのと、安田さんの瞳がやけにキラキラと輝いていたことが、妙に印象的ではあった。

 とにかく二人は、少し重そうな緑と赤のシルクハットをかぶって準備を整える。正直、アレは少しだけ羨ましい。ドリフはたまにしか見ないけど、ウルトラクイズは毎年のように見ているから、ぜひ一度はかぶってみたいと思っていた代物だ。あのクイズ王は、遠足の優勝者と通じるものがある。

「では第一問」

 そんな感慨に耽る間に、勝負は始まっていた。

「ニコ動で御三家と言えば、東方、ボカロ、あと一つは何?」

 ピンポーンという軽快な音と共に、安田さんの頭にパーが開く。何というか、ちょっとアホっぽい。真剣な顔が、余計に面白く感じられた。

「はい、安田さん」

「アイマス!」

「正解っ!」

 というか、肝心のクイズの方は何語をしゃべっているのかすらわからない。

「第二問、特定の動画やフレーズに同一のコメントを集中させ――」

 安田さんのランプが点滅する。

 早い。まだ問題の途中だよ。いや、最後まで聞いてもわかる気がしないけど。

「はい、安田さん」

「弾幕!」

「またもや正解! 安田さん、これでリーチね」

 対する仁志川の方は、焦るどころか唖然としたまま眉一本動かせないようだった。どうやら彼も、問題が異国の言葉に聞こえているに違いない。

「では第三問、スーパーマリ――」

 また安田さんだ。

 というか、どうしてこれだけでわかるんだろう。

「はい安田さん」

「全自動マリオ!」

「正解! 安田さん圧勝!」

 予想もしなかったワンサイドゲームだった。

 再び鳴り響く乾いた祝砲だけが、妙に静まり返った決戦場に淋しく木霊する。僕達は大金星に対する祝福すら忘れて、ただ呆然と佇むしかなかった。

 見上げると、そこにある空はどこまでも青い。

 吸い込まれそうなほど、青く見えた。


すいません。ちょっとやりすぎました。

ちなみにニコニコ動画は、たまにしか見ていません。

昔はチョコチョコ見てたのですが、最近は余裕がないもので。


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