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第2話 昔の女 ‐二階堂義高‐

サブタイトルに名前のある人物が、その回の視点を担当します。定期的に巡りますので、その点はご了承ください。

また、そのせいで視点の人物によって文体が違って見えるかもしれません。それに関しては筆者が壊れたのではなく仕様ですので、ご安心してお読みくださいませ。

 遠足は、僕達中学生にとっては一大イベントである。

 限られた予算内で準備を整え、戦略を組み立てて体勢を構築し、実際の現場では知恵と工夫で障害を乗り越えていく。特定の解はなく、明確な勝利も存在しない。この遠足が満足のいくものになるかどうかは、それぞれの胸の内に委ねられているからこそ、成立し得る価値観だ。

 そういう意味においては、去年や一昨年の出来は満足のいくものだったと言える。むしろ出来すぎと言っても良いくらいだ。そして今年、僕は内心かなりワクワクしていた。優勝を狙うつもりなどはもちろんなかったけど、杉浦と藤嶋さんの幼馴染みコンビは頼りになりそうだから、完歩は十分に狙っていけると思う。

 更に何より、安田さんが一緒というのは大きい。

 さりげなく視線を左へと流せば、視界の下にピョコピョコと跳ねている小さなポニーテールが見える。背は僕よりも頭一つくらい低いから、女子の中でもかなり小さい方だ。その背中でリボンと同じ色をした黄色いリュックが揺れていて、これはもう何というか卑怯ではないかとすら思う。

 この魅力は一体何なのだろう。可愛いという要素が小さく凝縮され、しかも全体としてまとまりのある美しさを体現している。まるで、そうだな……サバイバルツールみたいな洗練さを感じる。一見すると何の役に立つのかわかりにくいところなんてソックリだ。

「ん、二階堂君、どうかした?」

「あっ、いや、何でもないよ」

 こちらの視線に気付いて向けられた表情は、いつも通りニコやかなものだ。転校してきて一ヶ月強しか経っていないというのに、彼女の周囲には友人の姿が多く見られる。もちろん性格的なものに由来する要素が大きいのだろうけど、どんな相手に対してもしっかりとした笑顔で応じることも、その理由の一つだろう。

 そういえば、最初は愛想笑いの多い女子だと思ったものだ。

 むろん、今はそんな風に思うこともなくなったけど。

「それにしても、ずっと登りなんだね」

 視線を正面に戻すと、苦手な野菜だけで作られた野菜炒めでも突き付けられたみたいな顔で溜め息を漏らす。都会暮らしの長かった安田さんにとっては、田舎の山道は歩き慣れていないだろうから余計に疲れるだろう。

「疲れちゃった?」

「うーん……どちらかというと飽きた、かな」

 確かに登りになって以降、周囲の景色はあまり変わっていない。植林された杉がまばらに立ち並んでいるだけの退屈な風景だ。もう少し見晴らしの良い所へ出れば、少しは違うんだろうけど。

「最初のチェックポイントはこの山の頂上だから、そこまでの辛抱だよ。そこから先は尾根伝いに進むルートだから、景色はかなり違ってくる筈なんだ」

「そうなんだ。ずっとこのままじゃないなら、まだマシかな」

 少しだけ笑顔が戻る。表情にキレがあるし、顔色にも変化はない。体調に問題はなさそうだ。普段の彼女は少し鈍いという印象があったけど、見た目よりは体力があるのかもしれない。ただ、それでもペースが少し落ちているのはわかった。

 まぁ、僕もスタミナに自信がある訳じゃないから、人のことをとやかく言えるほどでもないんだけど。

「お、誰かいるぞ?」

 やや安堵して視線を前方へ戻したと同時に、前を歩く杉浦が声を上げる。

「あれは、かなめじゃない?」

 という藤嶋さんの言葉を待つまでもなく、僕にもすぐにわかった。去年のクラスメートだったし、それ以前に全校でも有数の有名人だ。あの光沢のあるロングストレートは、さすがに彼女のファンでなくとも唸らされる。見た目の印象としては藤嶋さんもかなりのハイスペックだけど、志道要しどうかなめという女性には何というか、独特の華やかさがあった。

「おーい、お嬢!」

 杉浦の呼び掛けに応じるように、黒髪をなびかせて志道さんが身体ごと振り返る。その動きの一つ一つにも神経が通っているような繊細さが感じられるところからすると、呼ばれたからというよりは気配に気付いてというところだろうか。

「あら、貴方達は後ろにいたのね。優勝候補がずいぶんのんびりしてるじゃない?」

「それをお前が言うか? そっちこそ優勝候補だろーが」

「まぁね。下馬評での一番人気はC組の仁志川にしかわ班らしいけど」

 軽口を叩き合う杉浦と志道さん。一見すると高飛車にすら見える風貌の彼女だけど、その性格は荒々しさすら感じられることも多い。去年の同じ時期に振り回されたのは、今となっては懐かしい思い出だ。

 それにしても仁志川班か、彼らの編成は確かに絶妙だ。優勝候補と言われるのも理解できる。だけど、ウチが優勝候補というのは少しばかり意外な気がした。幼馴染みコンビはともかく、僕や安田さんは戦力にならないだろう。最初から完歩狙いで優勝できるほど、この遠足は甘いものじゃない。まして今年は三年目、単純なコースの長さだけを見ても倍近い違いがある。明確な実力が問われる中で優勝するには、運だけでは不足だろう。

「それはそうと、あんた一人なの? 仲間はどこ行ったのよ?」

 やけに心配そうな藤嶋さんの質問に、志道さんはニヤリと不敵な笑顔を見せる。相変わらず、あの怖い笑みは健在らしい。

「ご心配なく。ちょっと突っかかってきた馬鹿な連中がいたから、逆に追い散らしてるだけよ。すぐに戻ってくるわ」

「また、ずいぶん攻撃的ね」

「身の程もわきまえずにちょっかい出してきた連中が悪いのよ」

「で、追いかけて行っちゃった三人を、あんたが一人で待ってるってわけか」

「あんなの二人もいれば十分よ。一人はホラ、その木の上にいるわ」

 そう言って志道さんの指差す先には、なるほど太い枝の上に立って双眼鏡を覗いている小柄な女子がいる。単に目立たなかったというだけじゃない。恐らくは気配も絶っていたのだろう。そうでなければ幼馴染みコンビが二人揃って気付かなかった道理がない。

 これだけを見ても、優勝候補っていうのが伊達じゃないことは明瞭だ。

「あ、戻ってきたよ」

 全員の目が一斉に木の上の彼女へと向いた頃合を見計らうように、元気な甲高い声が上がる。それに応じて振り向く僕達の視界に、林の木々をすり抜けて二人の男子が姿を現した。

「お帰り。どうだったの?」

「逃げ足は速かったから、リタイアにまでは追い込めなかったな。俺としては片付けたかったがね」

 そんな物騒な発言をするのは右手の木刀を肩の上でポンポンと躍らせている増田ますだだ。背も高く、威圧的な太い眉毛の強面と、見るからに粗雑そうな風貌の剣道有段者だが、実際に話してみると意外に冷静な思考を感じさせる。単なる乱暴者ではなかった。

「ただでさえ遅れているんです。こんな所で無駄な時間を使ってなどいられませんよ」

 もう一方の眼鏡は確か平岡ひらおかだったか。成績がいつも学年で五指に入る秀才だ。おそらく増田一人だけだったなら、深追いして更に遅れていただろう局面を引き返したのだから、周りを見る目はあると考えて良いのだろう。

 遠足で優勝を狙うのだとすれば、腕力だけでも頭脳だけでも不足だと思う。この二つがバランスを保ち、しかも正常な判断によって先導されてこそ、優勝への道は開けるだろう。そういう点において、この班はかなりの高水準だ。

 とはいえ、ウチは完歩狙いな訳だし、向こうの邪魔をするようなことでもなければ、この厄介な班とことを構えるような状況にはならないだろう。

 少なくとも、そんな方向へと転ぶのは得策じゃない。

「はっ、相変わらず詰めが甘いなー」

 あれ、杉浦が何か不穏当な発言をしなかった?

「ほほう、言うねー。自分だったら上手くやれたとでも?」

「当然だね。優勝目指すなら、そのくらいはできないと」

 あれ、更に不謹慎な発言をしていないか?

「ふざけんなっ。ウチにできなかったことがお前らにできるもんか。班の力ではゼッテーこっちが上なんだからな。もちろん、俺はお前より強い」

 売り言葉に買い言葉とばかりに、増田が大人気なく反応する。

「よーし、そこまで言うなら久々に勝負だな」

「いいだろう。返り討ちにしてやらー」

「なら、最初のチェックポイントまで競争な」

「面白い。そいじゃー、レディゴー!」

「あ、汚ぇぞ、コノヤロー!」

 罵り合いながら、二人の男子は勢い良く上り坂を駆け上がって行った。

 一体どういうことなんだ、この対決ムードは。これが周囲にも伝播しなければいいんだけど。

「まったく……」

「あの馬鹿は……」

 藤嶋さんと志道さんという綺麗どころ二人が揃って溜め息を吐く。これだけでも十分な絵になるけど、それ以上におかしな対決ムードが広がらなかったことが何より幸いだった。

「我々も行きましょう。過剰な遅れは挽回が難しくなります」

「そうね。華苗かなえ、あの二人の様子は?」

 平岡の言葉に頷いた志道さんは、十河とがわさん――木の上の女子に向かって問いかける。あらかじめ決めていたのか、それとも自然に決まっていたのか、彼女がリーダーとなってまとまっているようだ。

 実際のところは不明だけど、多分後者なんだろうと思う。

「勝負は互角だね。全力で爆走中だよー」

「どうやら、もう山道に罠はなさそうね。華苗、もういいから下りてきて。そろそろ出発しましょう」

「はーい」

 明るい返事と共に、スルスルと器用に下りてくる。やはり、彼女も只者ではなさそうだ。

「というワケでワタシ達は出発するけど、アンタ達も来るでしょ?」

「もちろんよ。こんな所でリタイアするつもりはないしね」

 明るく返す藤嶋さんが、チラリと安田さんの様子を確認する。どうやら彼女も休息が必要なことに気付いていたらしい。さすがに評判通り、色々と気の回る人のようだ。

 とにかく、話は丸く収まって僕達は再び歩き始めることにした。前を歩く四人は、ほぼ横一列に並んで何やら談笑している。三人は同じ班だしクラスも当然のことながら同じなこともあるから当然としても、さすがに藤嶋さんは顔が広いようだ。

 まぁ、清潔感のあるボブカットに似合うサバサバした性格に、あれだけの整った容姿が伴っている上、しかも面倒見まで良いということなら、男女問わずに人気者でも文句は言われないだろう。彼女と幼馴染みというだけで敵視されることもある杉浦の方が、むしろ可哀想だ。

 実際、イケメンというほどではないけど、いつも立ちっ放しの剛毛を揺らしながら屈託のない笑みを浮かべている杉浦は、クラスでもそれなりに目立つし人気もあると思う。藤嶋さんという比較対象が居なければ、ちょっと小洒落た格闘少年という印象を受けて然るべきだろう。

 もっとも、彼自身の言動にも問題があるので、あえて擁護はしないけど。

 まぁ、ワザと怒らせるような行為に走るのも、少年らしい愛情と言えなくもない。

「……ふぅ」

 不意に聞こえた溜め息に左へ首を巡らせると、安田さんの表情は沈んでいた。何というか、休憩して余計に疲れたかのような、そんな風にすら見える。

「えっと、もう少し休もうか?」

「あ、ううん、別に疲れたんじゃないから大丈夫。ただ……」

 視線を正面に戻し、淋しそうに少しだけ眉根を寄せた。

「転校してきたばかりだから仕方ないとは思うんだけど、今日は特に蚊帳の外って感じがして、それがちょっとね」

 いつもの明るさがない。落ち込んでいるというより、沈んでいるという言葉がしっくりくるほどだ。いつもが明るく社交的な彼女であるだけに、そのギャップが更に大きなものに感じられてならない。

「二階堂君はいいの? こっちにいて」

 そんな淋しそうな顔をされて離れていくなんて、出来る筈がない。普段は男だの女だのという感情論を根底から否定している僕だけど、それこそそんな奴は男じゃないだろう。

「僕はいいよ。彼らとそんなに親しいってほどでもないし」

 志道さんはともかく、平田は名前を知っている程度だし、十河さんとも面識はない。全校生徒と交流があるんじゃないかと思えるような藤嶋さんとは、さすがに違う。

「そう、なんだ」

 抑揚のない、少し感情を抑えたような物言いだったけど、その裏側に隠れている安堵が、僕にもわかった。こういう隠し切れない正直さが、彼女の大きな魅力だと思う。

 それにしても何だろう。こういうのは初めてだからよくわからないんだけど、これって傍目には良い雰囲気という感じなのではないだろうか。いつもは少し離れた場所から時折見ていた彼女が隣にいて、しかもいつもとは違う沈んだ表情をしている。こういう時、どうするのが正解なんだろう。

 慰めるとか楽しい話をするとか、無難な回答は思い付く。でもどういう訳か、それらが正解だと確信することができなかった。それに、口先で彼女を元気付ける自分というのが、全く想像できない。思い浮かぶのは、少し迷惑そうな困った笑みを返されるシーンだけだ。

 うむむむ、こんな機会は滅多にない。僕は生まれて初めて、普段テレビを見ていない自分に後悔した。下らないことだと思っても、こういう時には必要な情報だってあるということだ。

 いや待て。何も流行り廃りが話題の全てじゃない。慰めるだけが元気付ける手段じゃない。僕自身がどう思われてるのかなんてことを気にして、何も出来ずに縮こまっている方が、よほど彼女に対しての温かみに欠けるというものじゃないだろうか。ここは、とりあえず何でも良い。まずは彼女に元気を取り戻してもらえる方法を考えることに専心しよう。

 よく知らない話題や興味の持てないネタを振ったところで、こちらのボロが出るだけだ。ここは正面から、素直な思いでぶつかる方が良いだろう。第一、こんな状況で偽った自分を取り繕うほどの余裕は、今の僕にはない。

 となると、やはりストレートに誉めるのが上策だろう。幸い、彼女の良いところなら幾つも思い浮かべることができる。ただ問題は、その中のどれを選択するのかということだ。あまり内面的なことは厚かましいと思われかねないし、外見的な特徴――例えば小さくて可愛いというところなどは、本人的にはむしろマイナス要素として気にしている場合もあるだろう。逸る気持ちは極力自制し、冷静に見極める必要があるだろう。

 となると、やはりポニーテールが無難ではないだろうか。リボンの配色も含め、おそらくそれなりにこだわった上でチョイスされた髪型なのだろう。実際、歩く度にピョコピョコと跳ねる様は、それだけで周囲を和ませるかのような力強さが感じられる。

 よし、決まりだ。

「あ、あのさ……」

 とはいえ、いきなりこんなことを言い出すのは変じゃないだろうか。

「ん?」

「えっと、その……そのリボン、リュックと合わせたの?」

 駄目だ。どうしてもストレートには行けない。

「あ、気が付いた? リュックを買った時、一緒に買ったんだー」

「そ、そう……」

 笑顔が眩しい。

「ホントはもう少し長いと、ちゃんとポニテっぽくなるんだろうけど、まだチョンマゲみたいだよね」

「そんなことないよっ!」

 つい力が入ってしまい、安田さんが驚いたように唖然とする。

「あ、いや、その、可愛いと……思うし」

「……うん、ありがと」

 また笑顔に戻った。良かった。あまり変な印象は持たれずに済んだようだ。

 それにしても、ただ隣を歩いて誉めているってだけなのに、どうしてこんなにも冷や冷やしているのだろう。ここまで大きな、かつ根拠の不明瞭な不安を抱えるなんて、思ってもいなかったことだ。

 正直、自分自身でも今の状況を正確に理解しているとは到底思えない。

「あーあ、私もあのくらい長かったらなー」

 彼女の視線を追うと、その先には背中まで伸びた鮮やかな黒髪がある。いつもながらのしなやかな光沢に満ちた、いかにも志道さんらしい真っ直ぐな逸品だ。輝きを誇示するかのように、極めて定期的な調子で左右に揺れていた。

 オシャレというものに対して興味のない僕のような人間ですら綺麗だと素直に思うような髪だ。女の人なら息を呑むレベルの感慨なのかもしれない。

「確かに、志道さんの髪は綺麗だね」

「だよねー。でも、私じゃ長くてもああはならないだろうからなー。あんなに綺麗な状態を維持するのって、相当お手入れに気を遣っているんだろうし。私にはちょっと無理かも」

「無理かどうかはともかく、安田さんは今のままでも良いと思うけどな。それに、志道さんは色々な意味で特別だから、あまり参考にはしない方が良いと思う」

「特別って、御三家とかってヤツ?」

 さすがは有名人、転校して間もない安田さんの耳にも、志道さんの風聞は届いていたようだ。良きにつけ悪しきにつけ、目立つという点では秀でている人だからな。

「それだと江戸時代みたいだね。武門三家って言われることが多いかな。藤嶋さんの家もそうなんだけど、この地域では有名な名家の一つだね」

「ふーん、凄いんだ」

「でも、あまり当人の前では言わない方がいいよ。家柄とかで特別視されることを、かなり嫌ってるから」

 そこが志道さんの長所でもあり、魅力でもあるのだろう。見た目的には華麗な印象のある彼女だけど、男子よりも男気があると女子に絶大な人気がある。女子のリーダー格と言われて彼女を連想する人は、決して少なくはないだろう。

 そもそも、大きく外れてもいない。

「へぇ、二階堂君詳しいね。志道さんとは親しいの?」

「去年はクラスメートだったけど、特別親しくはなかったよ」

 というか、女子はともかく男子で志道さんと親しいなんて輩は多くないだろう。いつも取り巻きに囲まれている彼女に近付くなど、困難というより自殺行為にすら思える。

「それは聞き捨てならないんだけど?」

 気付いて正面を見ると、いつの間にやら後ろ向きで歩く志道さんが間近にいた。

「去年、一緒に準優勝した仲じゃないの」

「あれはたまたまだよ。単に完歩を果たしたのが二番目だったってだけのことさ」

「相変わらずの謙遜ぶりね。ま、らしいけど」

 態度は呆れているものの、そこに侮蔑のような感情は見られない。それが彼女らしい素直さの表現であることを、僕は経験から知っていた。

「準優勝って?」

 事情を知らない安田さんが聞いてくる。

「去年の遠足で、僕と志道さんは同じ班だったんだ。完歩してみたら、二番目だったって話さ」

「それって、結構凄いことなんじゃないの?」

 口元に人差し指を当てて、素直な感想を漏らす安田さん。そんな彼女に向かって、志道さんが顔を突き出して口を開く。

「当然でしょ。偶然や運だけで二番になんてなれるもんですか。それは二階堂クン、アナタだってわかっていることではなくて?」

「優勝したなら、その言葉も甘んじて受けるけどね。二番以降は基本的に運だよ。もちろん、皆が協力してことに当たったからこそ、より良い結果に結びついたのは間違いないけどさ」

「……本当に不思議ね」

 腰に手を当て、志道さんは困ったように眉根を寄せる。

「何が?」

「あれだけ正確で冷静な判断を下せるアナタが、自分の実力に対してだけは誤りに満ちた過小評価を下していることが、よ」

「それこそ過大評価だよ」

 僕は凡人だ。そのことは誰よりも僕自身が一番自覚している。

「まぁいいわ。いずれわかることでしょう。足手まといを一人抱えている状況をどうやって覆すか、むしろ楽しみでもあるしね」

 そう言って余裕めいた笑みを安田さんへと向けた志道さんに、感情が揺れた。その奥底に何があるのかまでは把握し切れなかったけど、冷静な自分を押しのけるような強い何かが湧き上がってきたことだけは間違いない。

「彼女は足手まといなんかじゃないよっ」

 抑えたつもりだったのに、語気が荒くなる。その様子があまりにもらしくなかったからなのか、志道さんは意表をつかれたようにポカンと口を開けたまま数秒唖然とした後、急に表情を引き締めて安田さんへと視線を送った。

「な、何?」

 何か言われるのではと警戒して身構える安田さんだったけど、志道さんは何も言わずに視線を動かすばかりだった。それは何というか、美術品でも値踏みするかのように、鋭く不躾な雰囲気に満ちている。観察というよりは、データ収集でもしているような素振りだ。

「……なるほどね」

 不意に何かを納得して、志道さんは大きく頷く。何が何だかわからないけど、彼女の中では結論らしきものが弾き出されたようである。

「これは、俄然負けられなくなったじゃないの」

 底冷えのする笑みに、僕と安田さんの歩みが同時に停止する。と同時に志道さんはきびすを返すと、相変わらず前方で談笑している三人に小走りで追いついた。

「ホラ、二人共行くよ。遅れている分を一気に取り戻すんだから」

 今までののんびりした雰囲気はどこへやら、火に投じた枯れ葉が一気に燃え上がるように、志道さんは二人の仲間を連れ、まだ終わりの見えない登りの山道を駆け上がっていった。

 正直、彼女の心の内まではわからない。

 しかし、僕の隣で小首を傾げる彼女の存在が、何かしら突然の奮起に一役買っていることだけは、確かなように思えた。

 やれやれ、面倒なことにならなければいいけど。

 変わらず青い空を見上げて、僕は小さく浅く溜め息を吐いた。


黒髪ってやっぱり綺麗ですね。

ちなみに主人公達の髪は基本黒髪ですが、微妙に茶色がかった普通の髪色です。なので形以外には言及してません。

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