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第11話 果たすべき休息 ‐二階堂義高‐

二区の最終話になります。

とはいえ、タイトル通り休息回です。

リラックスして、煎餅でもボリボリ食べながらお楽しみください。


 大きな正方形のテーブル、それが今回の舞台だ。

 まずはお茶が並ぶ。

 立ち昇る湯気が風に揺られて大きく倒れ、そしてまた起き上がる。まるで、楽しい宴に遅れまいと慌てている妖精のような仕草だ。

 やれやれ、浮かれているのが自分でもわかる。

 そうでなければ、妖精などという発想が出てこよう筈はなかった。

「じゃあ、見せてごらんなさい」

 対面に唯一座っている家庭科担当のせき先生が、左手に顎を乗せて僕達を促した。

 そう、これは義務だ。逆らうことはできない。だから僕達は、リュックからそれぞれにカラフルな四角い物体を取り出す。どれも、この時のために用意された逸品揃いだ。ある意味、その家を代表する顔とすら言える。

 力を抜くことは許されなかった。

「じゃあ先生はこれで」

 そう言って先生がテーブルの下から取り出したのは、総菜屋で売っている百円の『御飯』だけだった。

 冷たい視線が飛ぶ。

 当然だ。彼女の目論見は、明らかに利己的で意地汚いものであったのだから。

「おかずは分けてねっ」

「だ――――――っ!」

 ゆうに十人は並んで座れるであろうテーブルを引っ繰り返しかねない勢いで、安田さんは立ち上がる。

「ど、どうしたの? みどり」

 さすがに驚いた様子の藤嶋さんに、安田さんが凶悪な視線を投げる。尋常ではない顔付きに、さすがの僕も慌てた。

「安田さん、落ち着いて」

「あぁ、野糞だったら向こうの茂みでこぶぎゃあっ!」

 杉浦の暴言が藤嶋さんの裏拳によって阻害される。

「どーして落ち着いていられるのっ!」

 安田さんはご立腹だった。

「さっきまでの格好いい決意とかはどこ行ったの? 優勝するっていうなら、一刻も早く先に進まないと駄目なんじゃないの?」

 萌え……燃えたぎる安田さんを、関先生がヘラヘラ笑いながら宥めにかかる。

「まぁまぁ安田さん、そう急ぐ旅でもないでしょーに」

「先生は早く判子を押して下さい」

「何言ってるの。そんなことをしたらあなた達のおかずが食べられないじゃないっ!」

 予想通りの目論見である。

 正直なのは結構だと思うが、こうまでストレートに来られるとさすがに呆れる。とはいえ、お昼時にこの第二チェックポイントへ来てしまったことも何かの縁だろう。ここで揉めたところで良好な進展は望めよう筈もない。

「安田さん、とりあえず弁当を食べよう。関先生にはプチトマトの一つも分けてあげればいいから」

「いや、もう少しおかずになるヤツがいいんだけど……」

「僕が唐揚げをあげますから、それで我慢して下さい」

「やっほーい!」

 やれやれ、鼠に続いて先生にまでおかずを奪われるとは、さすがに予想していなかった。

「けど、こんな所でのんびりしてて大丈夫なの? 他の班との差がもっと広がるんじゃ……」

「それは平気だよ。他の班も、今頃はそれぞれの場所で弁当を広げているだろうしね」

「そうなの?」

 さも意外そうに唖然とする安田さん。

 確かに単純な理屈から考えれば、この機会に距離を稼ぐというのは効率が良いと言える。相対的に前進できるのだから、間違ってはいないだろう。でも、弁当はお昼に食べた方が良いというのは、すでに遠足の常識だった。

 そういう観点からすれば、これほど環境の整った場所で弁当を広げられるというのは、ある意味幸運であったと言えるのかもしれない。

 むろん、おかずが一品なくなることを考慮すれば、そうも言っていられない訳だが。

「大丈夫よ、みどり。この機に進んじゃおうなんて姑息なことを考える奴は、絶対に優勝なんかできないから」

「そうそう、別にのんびりしてるワケじゃねーんだ。こうやってちゃんと飯を食うことが、優勝への近道ってことさ」

 復活して自分の席に戻りながら、杉浦は意外にまともなことを口にする。

「……そっか。うん、そうかも」

 完全に納得したという訳でもなさそうだったけど、安田さんは気持ちを鎮めて座り直した。彼女なりに一生懸命なのは伝わってくる。僕では力不足だろうけど、出来るだけの助力はしたかった。

「ところでさ、先生」

 大きなアルミ製の弁当箱を広げながら、杉浦は口を開く。

「二つ目の試練て何なの?」

 確かに、それは気になるところだ。着いて早々に弁当タイム宣言をされたから、試練のことには何一つ触れていない。できるだけ早い段階で、概要だけでも知っておいて損はないだろう。

「その一番大きな焼肉をくれたら押してあげる」

「何だよ、それっ。というか、メインのオカズを持ってくな!」

「おかずを分けてくれるまで押してあげないもーん」

 もーんて……三十路間近の人が可愛く言うのは、少々痛い。いや、見た目が安田さんみたいだったら、十分にアリだとは思うけど。

「で、本当のところはどうなんですか?」

 さすがに話が進まないと思ったのか、藤嶋さんが口を挟む。

「え、お菓子くれたら押してたけど?」

「子供かっ!」

 さすがは杉浦、こういう時のツッコミは的確で素早い。普段の言動はともかく、こういったところは素直に見習いたいところだ。

 いずれにしても、この第二チェックポイントはあってないようなものだということがわかった。確かに関先生の性格を考えれば、面倒臭い仕掛けを用意しておく方が不自然だ。

「そういうワケだから、先生におかずをギブミープリ〜ズ!」

「言い方がスゲームカつく!」

 とか言いつつ二番目に大きな焼肉を提供する杉浦は、結構良い奴だと思う。ちなみに僕は宣言通り唐揚げを一つ、藤嶋さんはポテトサラダ、安田さんは玉子焼きを提供していた。

 先生はホクホク顔だ。

 とりあえず、これで判子の問題は解決したと言えるだろう。



「あ、そうだ」

 弁当を半分くらい食べ進んだところで、会話の切れ目を見計らったように安田さんが口を開く。

「さっき森の中で助けてくれた時なんだけどさ」

「何か気になることでもあるの?」

 食べ方にも品のある藤嶋さんが、しっかり飲み込んでから応じる。

「ずいぶん手際が良かったよね。ひょっとして待ち構えてたの?」

「まさか。ある程度の打ち合わせはしてたけど、あんなに上手くいったのは偶然よ。もっとも……」

 藤嶋さんの視線がこちらを向く。

「二階堂くんのお膳立てがあったからこそだと思うけどね」

「お膳立てって、どんな?」

「はい、解説よろしく」

 話を振られる。藤嶋さんの笑みはどこか含みがあるというか、何かを企んでいるようにすら見える。鋭い彼女のことだ。僕の好意を見通した上で気を遣ったという可能性もあるだろう。

 もちろん嬉しくもあるが、こうもあからさまに振られると、むしろ緊張してしまう。

「別に大したことはしていないよ。全員で赤いバンダナを振りながら、距離を保って歩いただけだから」

「赤い、バンダナ?」

「藤嶋さんのリュックが赤いことは知っていたからね。役に立つかと思って用意しておいたんだ。安田さんの前を歩いてたから、印象にも残っているかと思ってね」

「あっ!」

 どうやら目論見は功を奏していたらしい。むろん、あらかじめ知っていた杉浦と僕自身のリュックの色であるネイビーブルーと黒のバンダナも用意してある。安田さんの黄色はないけど、それは仕方ないと思うしかない。

「三人で広がって歩きながら、それぞれの姿を確認しつつ安田さんを探してたんだよ。そしたら声が聞こえて、僕の持っているバンダナに気付いたようだったから、近くに見えた開けた場所まで誘導したのさ」

「わたしと完児は、その異変に気付いて駆け寄る最中に、みどりを追いかけてた男二人を見付けて、それぞれ手早く片付けたってわけよ」

「へー……」

 安田さんは心底感心している。

「まぁ、完児がちょっと勢い余っちゃったから、少し危なかったけどね」

「結果オーライだったんだからいいじゃねーか」

「良くないでしょ。リタイアになったらどうするの!」

 それがどのような局面であったのか、直接見ていない僕には判断のしようがない。しかし、間違いなく光っているであろう監視の目が届いていないとも思えないので、審査的にはセーフだったと判断して良いのだろう。

 むろん、気を付けるに越したことはないけど。

「あのー」

 安田さんが手を挙げる。

「今の話を聞いてると、審査員のような人に見られてた、みたいに聞こえるんだけど……」

「みたいじゃなくて、その通りよ」

 当然の事実に、藤嶋さんが頷きを返す。

「え、だって周りも誰もいなかったよ? カメラとかあったの?」

「まぁ、向こうもプロだからな。さすがに海鳥ちゃんにはわからなかったか。遠足ってのは危険なイベントだからな。監視の目がなくなるってのは、ないと思った方がいいぜ」

 何のプロかは不明だけど、杉浦の言うことは間違っていない。

「そう思うなら自重なさい」

 それも正論だ。

「大丈夫だって。見てた二人には、手の動きまで見せてねーから」

「ホラ気付いてない。遠くから双眼鏡で監視してる人がいたの。結果的には物言いがつかなかったから良かったけど、仕掛ける時はキチンと周りを見てからにしなさいよね」

 この二人は、さすがにスペックが違う。僕は知識として監視の目があることを知っているけど、どこに何人隠れているのかまではわからなかった。

 いや、わからないのが普通だ。参加してる中学生の中で、何人が二人と同程度の感知能力を備えているだろう。この事実だけでも、この班が優勝候補と噂されるには十分だ。

「えーと、凄いね、二人共」

 安田さんは感心しているというより、圧倒されている。

「いや、感心しなくていいぞ。コイツはただ他人の視線に敏感な自意識過剰女って――」

 左の手刀が、杉浦の首筋に突き付けられる。こういうところも相変わらずだ。

 というか、こんな風に遠慮なく女子とコミュニケーションの取れる杉浦が、少しだけ羨ましい。安田さんのツッコミを、僕も一度は食らってみたいものだ。

「そ、それよりさ、杉浦君がリタイアになりそうって何で? もしかして反則とかあるの?」

 君の可愛さは反則だ。

「もちろんあるよ。でも完児のケースは……」

 藤嶋さんは言い淀む。

「え、言いにくいこと?」

「そうじゃないけど、説明が難しいっていうか、定義が曖昧っていうか、要するに監視員の裁量一つだったりするようなものだから」

「別に海鳥ちゃんには説明の必要なんてないんじゃないか?」

 杉浦が大胆な発言をする。

 というか、今頃になって気付いたけど、コイツは安田さんのことを名前で呼んでいる。すでに仲の良い同性であるところの藤嶋さんであるなら不思議もないが、彼はどうして名前で呼んでいるのだろう。

「むしろ知っておいた方がいいんじゃない? また一人で危険な目に遭った時、対処の仕方も違ってくるでしょ」

 やはり藤嶋さんとの距離が近いから、その近くに居る安田さんも、自然と名前で呼ぶようになったとか。

「けど、知らなくても大丈夫だったぜ?」

 ひょっとして、安田さん本人から名前で呼ぶように言われたとか?

「それは偶然上手くいっただけでしょ。あの子、美波さんがいなかったら危なかったんじゃない。そうなんでしょ、みどり?」

 そうだ。あの美波さんという女子にも『苗字で呼ばれたくない』と受け取れる旨の発言をしていた。

「まぁ、そんな気がしたけど……」

「ホラ見なさい。では二階堂くん、みどりにもわかるように説明を……」

 ということは何だ。僕が安田さんと呼んで何とも言われないってことは、まだ仲間だと認識されていないということか。もしかして、クラスメートで彼女を苗字で呼んでいるのは、僕だけだったりしないだろうな。

 いや待て。そう結論付けるのは早計だ。まだこちらに越してきて一ヶ月、溶け込むのがいくら早いとは言っても、親しい間柄にある相手は決して多くないだろう。僕よりも言葉を交わした回数が少ない連中など、ざらに居る筈だ。

 とはいえ、遠足で同じ班になりながら苗字のままというのは、いささか問題ではないか。近付く機会がありながら生かせなかったなど、無能にも程があろうというものだ。

 しかし、突然呼び方を変えるというのは少し怖い。いきなりどうしたの、みたいな顔で引かれたら、さすがにショックだ。

「えっと、二階堂くん?」

 これは慎重に考える必要がある。いかに自然に、いかに無理なく彼女を名前で呼べるようになるか、その方法を見付けるために。

「仕方ないわねー、よし、ここは先生が説明してあげましょー」

「は、はい」

「おいおい、大丈夫かよ、この先生に任せて」

「仕方ないでしょ。二階堂くんがブツブツ言いながら動かなくなっちゃったんだから」

「ちゃんと聞いときなさいよ。何よりもまず……」

 これはそう、班のためには必要なことだ。円滑なコミュニケーションを図るためには不可欠なことなんだ。すなわちこれは、他の誰のためでもなく……。

「安田さんのためなんだからっ」

 そう、彼女のためだから。



「定義だの何だのって話をしても難しくなるだけだから、わかりやすい例を挙げて説明するのが適切でしょう」

 そうだな、まずは例を挙げてケースバイケースで考えてみることにしよう。

「まずは最もわかりやすい状況、つまり完全にアウトな場合だけど、これは安田さんを杉浦君が襲った場合ね」

「オレを例に出すな」

「いいじゃない。わかりやすくて」

「そんなの百合香だって一緒じゃねーか」

「一緒にしないでよ。私は女の子を襲ったりしないもの」

「あーあー、襲うのは『男の子』だっけ」

 やはり、いきなりゲリラ的に呼ぶのは不味いだろう。特に呼び捨てなどから入ったりするのは最悪だ。らしくもない侮蔑の表情で『は?』とか返される可能性すらある。異性であるということも、当然ながら考慮に入れるべきだろう。

「完全な実力差が両者にある場合、少なくとも不利な方が納得して勝負に突入しなかった時は、大抵の場合『待った』がかかるわね。つまり、強い方から弱い方へ勝負を挑む時には、それなりに制約がかかるということよ」

「なるほど、つまり弱い者イジメはできない、と」

「少なくとも一方的な攻勢は止められる、あるいは一発アウトの可能性が高い、くらいには思っておいてもいいでしょうね」

 当然ながら、一方的な押し付けは引かれる元になるだろう。基本的には同意を得てからというのが理想だ。しかし、わざわざ下の名前で呼んでもいいかと確認するのも、かなり恥ずかしい工程だ。できるなら、それとなく真意を確かめて自然に移行したい。

「それと、人数に差がある場合も同様ね。もし杉浦君が仲間を引き連れて安田さんを襲うようなことがあったら、取り囲んだ時点で手錠をかけられるでしょうね」

「犯罪者にするなっ」

「仕方ないでしょ、色々アウトなんだから」

「色々って何だよ!」

 スムーズに運ぶためには、周囲の環境も無視できない。そういう点では、今の僕は恵まれていると言えるだろう。杉浦も藤嶋さんも彼女のことを名前で……いや、待てよ。この場合は藤嶋さんのことも名前で呼ぶべきだろうか。そうしないと『どうして私だけ名前で呼ぶの?』みたいな感じになるのではないか?

 しまった。これは盲点だった。

「逆に安田さんが杉浦君を襲う場合には、よほど特殊な状況でもない限り反則を取られることはないと思うわ。角材で殴っても、スタンガンで気絶させても、アイスピックで滅多刺しにしても、多分大丈夫ね」

「ちっとも大丈夫じゃないよっ。少なくとも最後のは死んでるからねっ」

「二人の実力差なら、銃で撃つのもアリかもね」

「ねーよっ。というか、百合香の方がつえーだろーが!」

「だから、わたしは女の子を襲ったり――」

「はいはい、男の子男の子」

 そうなると、逆に呼んでもらうことを先に考えるべきか。しかし、こちらの方が難しいような気がする。いきなり『名前で呼んでくれ』などと異性から宣言されたら、どんな感じがするものなのだろう。そもそも、呼びなれた名前から変えるというのは、それなりの理由が必要であるように思う。

 こちらが呼ぶ分には苗字より名前の方がという大義名分が成立するものの、逆では成り立たない。そもそも、その気がない相手に無理矢理呼ばせるというのも、何だか申し訳ない。

「まぁ、そうは言っても班の状況とか、流れの中での展開だった場合には容認されることも多いからね。強いと思う相手に自分から突っ掛かったりするのは止めておいた方が無難よ」

「はい、何だかスッキリしました」

 うん、やはりここは待ちの一手が基本的には無難なところか。

 そもそも、重要なのは呼び方そのものではないだろう。まずは距離を縮め、名前で呼び合うことくらい自然だと思えるような親しさを構築することこそ王道だ。

「さて、そろそろお弁当タイムも終わりね。優勝候補なんて騒がれて大変でしょうけど……」

 こちらからは攻め込めず、相手からの期待も薄い。この状況から名前呼びを引き出すのは、正直言って優勝するより難しいのではないだろうか。

 しかし、諦めるつもりはない。

「頑張りなさいね」

「もちろんですっ!」

 立ち上がった僕に向けられる皆の視線は、どうしてか冷たいものだった。


力の抜ける回ですが、結構書くのは苦労しました。

次回は三区……と言いたいところですが、ゲスト回になります。

しばらくは気楽にお待ちください。

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