叶わぬ恋の連鎖
「わたし、大きくなったら、お兄ちゃんのお嫁さんになる!」
それはどこにでもある幼い少女と青年の他愛のない会話であった。
しかし、青年はそれが叶わない事を知っている。
「気持ちは嬉しいのですが、姫はこの国の為に王子と結婚しなくてはならないのです。
故に私程度の家庭教師の事はお忘れ下さい」
幼い少女には残酷な真実だが、教師として彼はそれを教える義務があったが、それに一番胸を痛めていたのは他ならぬ青年であった。
青年も彼女の好意に少なからず答えて上げたいが、この国に恩のある彼にはーーいや、あるからこそ、彼はそれに応える事が出来なかった。
「どうして、お兄ちゃんじゃなくて王子様と結婚しなきゃ駄目なの?」
「姫が幸せになるからですよ」
「わたし、お兄ちゃんといて、幸せだよ?」
こうも好意を向けられると彼も困ってしまう。
行く末の事を考えれば、下手な言葉を選ばぬ方が良いのは、彼女の家庭教師として正しいのだが、幼い彼女の好意は純粋過ぎた。
故に彼は困ってしまった。
「姫。先生を困らせては駄目よ?」
クスクスと微笑む王妃にそう言うと「あっちで遊んでなさい」と姫を促す。
姫は「はーい」と元気よく返事をすると彼から離れていく。
そんな姫から逃れる事が出来たと彼は安堵すると王妃に一礼する。
「助かりました、王妃」
「ふふっ。私はただ娘に自分と同じ過ちをして欲しくないだけよ?」
王妃はそう言うと「そうでしょ、お兄ちゃん?」と彼に囁く。
親子に渡り、こうも好意を向けられて彼は再び困ってしまう。
そもそも、魔術で長命となった彼と王妃達とでは生きている時間が違う。
何よりも立場がそうはさせない。
「私もお兄ちゃんの事は好きよ?
いまの国王である彼よりもね?」
「・・・それでも自分にはその資格がありませんよ。
私は貴女達よりも長命なただの家庭教師ですから」
彼はそう告げると一礼して踵を返して去っていく。
「・・・それでも私は今でも貴方が好きよ、お兄ちゃん」
そんな去っていった彼に王妃は一人、ポツリと洩らす。
そうして、姫が大人になり、子を産み、またその子が彼に恋をする。
それはある意味、呪いのように彼を縛り、その度に彼は言葉に困るのが一族の儀式みたいなものになっていた。
そして、自分に好意を向ける彼女達が自分を置いて、年を取り、やがて死んでいくのを彼は見守り続ける。
それは国が滅び、姫と言う概念がなくなるまで続くのだった。
そんな受け継がれる彼女達の思いに最後の最後まで彼は応える事はなかったと言う。