第2話 本音
執務室から出たキルヴィスは執事やメイドから侮蔑や嘲笑、嫌悪の視線を浴びながら自室に戻ると。
多重に魔法を展開し、誰にも気取られずに聞き耳を立てている者、監視している者がいないことを念入りに確認し。
防音と遠視を遮断し、侵入を阻止する結界を展開する魔法と自室の周囲に近づくものを検知する魔法、そしてそれらの気配を隠蔽する魔法を使用し誰にも聞き耳も覗き見もできない状況にしてから——
「あおああああああああやだよおおおおおおなんで可愛い弟から離れなきゃ行けねぇんだよおおおおおおお………………」
全力の溜息を吐いて気だるげな仮面の下に隠した内心を吐露した。
そして、ベッドにダイブして枕に1度堰を切ったらもう止まらないとばかりに愚痴を垂れ流す。
「なぁあにが『貴様をもう息子とは思わん』だてめぇらが俺達兄弟を道具以外に見たことなんで1度もないだろ仮初の愛情を見せてれば騙せるとでも思ったかゴミがそもそも俺が神童とか呼ばれてたガキの頃は俺に嘘まみれの愛情を向けてケルには一切見向きもしなかった癖に俺がケルを思って自堕落になれば掌返してケルを甘やかしだしただろうがクズがミーネとの婚約も聖女や公爵家とのパイプが欲しいから神童とか呼ばれてた俺をあてがっただけだろうがさぞ俺が落ちこぼれて焦ったことだろうよざまぁみやがれクソムシがだいたいなにが『貴方のような者に民からの税を渡すのです。感謝しなさい』だてめぇら夫婦が税金やケルが勇者になったことでの国からの金で贅沢三昧なのを知らないとでも思ったか急に民を思ってますよアピールに俺の片腹大激痛あの時だって——」
くぐもった声を息継ぎもなしに貴族らしく広い自室に響かせる。
さて、彼——キルヴィス・アルスメリア改めただのキルヴィスは超のつくドブラコンである。
自分でも言っていた通りかつて彼は神童と呼ばれていた。
1歳を満たす前に言語を理解し。
2歳を満たす頃には数学を操り。
3歳を満たす頃には魔法を操った。
4歳を満たす頃にあらゆる戦闘術に高い適性を見せ。
5歳を満たす頃にはアルスメリア家と関係の悪かった貴族や王族からすらも神童と認められた。
彼には周りが持て囃す理由が分からなく——そして興味もなかった。
無味乾燥な瞳で世界を見ていた彼が思いつきを口にする度に魔法に躍進が起き、戦略が変わり、アルスメリア家の領地が、そして国が少し豊かになった。
偽りの愛情を向ける両親を冷たさすらない瞳で見つめて。
しかし、そんな彼だったが3つ下の弟——ケルヴィスのことはとても愛していた。
一目惚れだった。
ヴィクレアの腕に抱かれるケルヴィスを見て胸を撃ち抜かれるのを確かに感じた。
命を賭して守ろう。
即断即決。
高い知性を持ちながらその時ばかりはただの兄バカになり、心に誓った。
しかし、ケルヴィスにはキルヴィス程の才は無かった。
無論現在聖剣に選ばれ、勇者として活動していることから分かるように非凡の才はあった。
だが、1を教わり100を解す天才——否、バケモノを兄に持ち、比べられながら育った。
家庭教師や使用人達からの陰口、子を道具としか思っていなかった両親の無関心。
キルヴィスと違い普通の感性を持っていたケルヴィスは子供らしく親の愛が欲しかった。
故にキルヴィスはその才を用いてケルヴィスの望みを叶えようと奮闘するがどれだけ頑張ってもケルヴィスがキルヴィスを超えることはなく、両親はケルヴィスに関心を向けることは無かった。
齢8つで皇帝から直々に勲章を賜ることになり、玉座の間で跪き貴族たちの視線を浴びながらも如何なる感慨も浮かばなかった彼はついに理解する。
己の才は弟を傷つけるだけだと。
それから彼は自身の才能に驕り、堕落していく様を演じた。
もちろん最初は周りも説得していた。
だが、決してキルヴィスが変わることはなかった。
そもそも説得の内容が違うのだから。
キルヴィスは説得する者たちを哀れな家畜でも見るかのような視線を向けていた。
たとえ彼が本当に自身の才能に驕ったとしても状況は何一つ変わらなかっただろう。
彼は努力などしたことがないのだから。
教わったことをやったら。
思いついたことを口にしたら。
ただ周囲が持て囃しただけ。
キルヴィスの思惑通り、徐々に周囲は諦め、離れていった。
両親だけはしつこく説得していたがとある出来事をきっかけに収まった。
それはキルヴィスが10歳になった頃。
前聖剣所有者——すなわち勇者が亡くなった。
それにより次の聖剣使いを探すべく国が動き出した。
そして、聖剣が選んだ次の使い手はケルヴィスだった。
キルヴィスは他の者と違い僅かに反応したが結局選んだのはケルヴィスだった。
これによりキルヴィスについていた全ての者がケルヴィスにつき、立場が逆転した。
キルヴィスはそっと胸を撫で下ろし、歓喜した。
聖剣の選定方が不明だったので聖剣に選ばれでもしたら誰も決して諦めず、姿を消す必要があった。
そして、ケルヴィスが聖剣に選ばれたことで周りから愛され、数年ぶりの笑顔を浮かべているのを見てキルヴィスはほくそ笑んだ。
もはや兄弟仲は最悪だったがキルヴィスは遠視の魔法でケルヴィスの幸せそうな笑顔を見てニヤニヤ気持ち悪く笑ってるだけで満足だった。
そして、それからキルヴィスはケルヴィスを暗殺しようとする者たちを影から消したり、ケルヴィスのパーティに無理やり入ってこっそりサポートしたりしていた。
だがそれも今日で終わりらしい。
最近は暗殺者を自分で返り討ちにしたり、戦場でもキルヴィスがサポートすることはほとんど無くなっていた。
周りのパーティも十分に優秀でもある。
キルヴィスはひとしきり愚痴を垂れ流すと最後に大きな溜息を吐いて起き上がった。
「……準備するか」
そう呟いて、出ていく準備を始めた。
魔法であちこち盗み聞きや盗み見をしていため近々勘当されることは分かっていた。
追い出される準備はほとんど終わっている。
貴族然とした華美は服を脱ぎ捨てると棚から平民着るような動きやすい服を引っ張り出し、皮でできた胸当てと篭手を身につけ、腰には安物の鉄剣を下げ、正しく冒険者然とした服装になる。
そして、長年過ごした自室を見回し、だが如何なる感慨も浮かばず苦笑し。
前からまとめていた荷物を背負うと全ての魔法を解除し部屋を後にした。