第1話 勘当
新作です
「我が息子キルヴィスよ——いやもはや貴様を息子などとは思わん」
そう重々しい言葉が執務室に響く。
執務室には7人の姿があった。
まず、執務室の机に腰掛け先の言葉を口にしたこの屋敷の主——オドリック・アルスメリア。
ノルマール帝国の侯爵家当主である。
その斜め後ろに立っているのはオドリックの妻であり侯爵夫人であるヴィクレア・アルスメリア。
オドリックが腰掛けている机の前に立つ4人の少年少女。
1人は『聖女』——ミーネ・サナーティ。
金糸の如く金色の髪は光を反射し、煌びやかに輝き。
真夏の海を思わせる青い瞳。
白く透き通った肌。
その容姿は正しく聖女と言えるだろう。
ノルマール帝国の公爵家の公女であり、教会に認められ、民からも慕われる少女である。
1人は『剣聖』——アリサ・シュヴィーエ。
その性格を表すかのように炎のように赤い髪と瞳。
キリッとした瞳は凛々しさをたたえ。
鍛え上げられた肉体は、しかし女性らしさを失っておらず、民から戦乙女と呼ばれる美しさを持っている。
ノルマール帝国の男爵家の公女であり、女性でありながら帝国一の剣術を持つ少女である。
1人は『賢者』——エレナ。
亜麻色の柔らかな髪を持ち、その称号に似合う深い知性を窺わせる鮮やかな緑色の瞳。
10代も後半にさしかかろうかという年齢でありながら10歳前後の容姿の可愛らしい彼女は平民であることも相まって民の中では勇者を除いた勇者パーティの中で1番の人気を誇る。
そして、最後の1人は『勇者』——ケルヴィス・アルスメリア。
艶やかな黒髪を持ち、黄金のごとき瞳。
あらゆる女性を魅力する顔の少年。
オドリックとヴィクレアの息子であり、アルスメリア家の次男。
聖剣に認められし勇者である。
この部屋にいる最後の1人。
彼等6人と対峙する者は——キルヴィス・アルスメリア。
同じくオドリックとヴィクレアの息子であり、アルスメリア家の長男。
ケルヴィスの兄である。
ケルヴィスと同じく綺麗な黒髪を持ち、だが反対に銀色に煌めく瞳をしている。
「……それはどういう意味でしょうか、父上」
ケルヴィスに似た美しい顔に気だるげな表情を浮かべて、冷たく父を見返す。
お前が俺を——いや、俺達を子と思ったことなど1度もないだろうと、内心で吐き捨てながら。
「そのままの意味だ。貴様をこの家から勘当する。加えてミーネ嬢との婚約も破棄だ」
「なぜ? まったく身に覚えがありませんが」
吐き捨てるような言葉に、だがなお冷たい視線を送るキルヴィスに。
「……お前、本気で言っているのか!」
オドリックが反応するより先にケルヴィスが怒鳴る。
「お前はミーネの婚約者でありながら一切婚約者の義務を果たさず遊び呆けていたじゃないか!」
顔を怒りに歪め、拳を震わせるケルヴィスの言葉にオドリックは頷き。
「親同士が決めた婚約だ。納得いかないこともあっただろう。だが貴族とはそういうものだ。貴様も仮にも貴族だったのだから分かるだろう」
——白々しい。
「……勘当の理由はそれだけですか?」
喉まででかかった言葉を飲み込み、代わりに出した言葉にケルヴィスが反応する。
「それだけ……? それだけだと……お前の言うそれだけで彼女がどれだけ傷ついたと——」
キルヴィスに詰め寄り怒鳴り散らそうとしたケルヴィスを制し、前に出たのはミーネ。
「もちろんそれだけではありません。それだけならば私が我慢すれば良いだけの話ですから」
——我慢ねぇ……んなもんしてなかったと思うが。
楽しげに呟いた内心を気だるげな表情には一切出さず、視線で続きを促す。
「しかし、貴方はそれだけに及ばす、勇者に選ばれた弟のケルヴィス様に兄弟という立場を利用して無理やりパーティに入ったにも関わらず戦闘では後ろでコソコソ逃げ回り。その上荷物持ちや家事などの雑用も一切しないばかりか、魔族に傷つけられた民に目もくれずどこかへ立ち去ったではありませんか! 仮にも勇者パーティに入っていながら貴方に人の心はないんですか!?」
その糾弾にキルヴィスは顔色を変えることなく。
「……話は終わりか?」
その言葉についに我慢の限界だとアリサが声を張り上げる。
「貴様、黙って聞いていれば弁解の1つでもしてみろ! 何のつもりだったんだ貴様は!」
「なんでお前に言う必要があるんだ?」
烈火の如く怒る彼女を冷たく見返しキルヴィスは言う。
「貴様……ッ」
もはや剣に手をかけそうなアリサを無視して顔色を変えずにオドリックへ向き直る。
「で? 勘当でしたか。今すぐ出ていけばよろしいので?」
「ふん、仮にも親子だったのだ。手切れ金と高価でない私物を持っていくことを許してやる」
そう言って机の上に硬貨が入っていると思われる袋を置く。
「勇者パーティとして野宿や宿を取ることもあっただろう。普通の貴族と違い、そう簡単に野垂れ死にはすまい」
「貴方のような者に民からの税を渡すのです。感謝しなさい」
ヴィクレアの言い放った言葉に思わずキルヴィスは腹を抱えて笑いそうになったが、僅かに口元を震わせるに堪えて机の上の袋を取ると振り返り扉に向かって歩き出した。
「それでは今までお世話になりました」
一切誠意のないその言葉に後ろから怒りを感じるも無視していたが。
キルヴィスは扉の前で唐突に歩みを止め、エレナへ視線を向けた。
今まで一言も話さず、今なお探るような目をしているエレナに、さすがは賢者様と内心で苦笑する。
その知性に免じてと、エレナが知りたがっている答えの一端を見せた。
即ち——ニヤリと笑いかけた……
それに目を見開いたエレナから目線を扉に戻すと、
「……ケルヴィス、元気でな」
そう言って誰かが反応を示すより前に部屋を出て、扉を閉めた。