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第282話

「おいっ!? あの方角は……」


「はい、我々が向かう拠点がある方角です!」


 魔人大陸が遠くに見える海上で、エヌーノ王国の兵たちが慌てている。

 何故なら、先に送った兵から受けた拠点の位置らしき場所から煙が上がっているからだ。


「どうなっているんだ!?」


「分かりません!」


「この距離では何が起きているのか確認できません!」


 隊長らしき者の問いに部下たちも答えを返すが、魔人大陸はまだ遥か遠くに見えているだけで、詳細を知る術がない。

 そのため、現状では何が起きているのか分からないというしかない。


「くそっ!」


 拠点があるとされる場所から上がる煙を眺めなら、隊長の男は欄干を叩いて何も出来ない状況を耐えるしかなかったのだった。







「とんでもなく楽でしたね?」


「あれだけ弱った者たちならもっと少なくてもよかったかもしれないな……」


 その煙が上がる場所にいるのは、バレリオたちエナグアの魔人たちだ。

 空腹に毒、弱った所にドワーフから譲り受けた大砲を数台並べての集中砲火。

 木を打ちつけただけの壁はあっさりと破壊され、動ける者が半分もいなくなったエヌーノの人族兵たちは、抵抗らしき抵抗をすることもなく全滅を余儀なくされた。

 弱っているとは言っても、1000人近くの兵がいるという調査から、同数程度の人数を集めて万全を期したのだが、完全にオーバーキル状態。

 大砲を使わず、半分の人数で事に当たっても余裕で倒せるような手応えだった。

 誰も怪我をすることもなく、まさに完全勝利といったところだ。


「魔法を使えるだけでずいぶん楽になったものだ」


「本当ですね」


 これまで魔人の者たちは、弓以外の武器で離れた距離から攻撃する術はなかった。

 魔力は人族よりも魔力を持っているというのに、それをたいして使うことをして来なかった。

 それが、剣ばかり振ってきたバレリオがケイの指導によって魔法を使えるようになり、戦う時の幅が大きく広がった。

 流石に弱って碌に抵抗できない者へ魔法を放つのは躊躇う気持ちもあったが、相手はこれまで好き勝手してきた人族の者たちだ。

 これまでの怒りをぶつけるように魔法の集中砲火を食らわし、あっという間に数を減らせた時は緊張が弛みそうになった。


「今回は楽だったのはいいが、これから来るであろう本隊の方には気を付けないとな……」


「ここの兵とは比べられないほどの強さの者が来るかもしれないとのことですからね」


 ケイからは魔力操作が一流になると、肉体を魔力で強化しながら戦うことができるようになるとのことだった。

 それを使いこなせるようになれば、一騎当千とまでは行かなくても、1人で多くの兵と同じだけの戦果が得られるとのことだった。


「隊長でもまだ長時間使えませんか?」


「ケイ殿からは、後は慣れだと言われた」


 バレリオも挑戦をしているが、魔力の操作に気を遣えば戦うことができず、戦いに集中すれば魔力の操作が曖昧になる。

 今の状況では、とても戦場で長時間使えるとは言えない状況だ。


「俺よりもエべラルドの方が先に長時間使えるようになるかもしれないとのことだ」


「若い時から指導を受けた方が良いとケイ殿も言ってましたからね……」


 ケイの魔物討伐に同行したことにより、バレリオ同様に訓練に真剣に取り込み始めたエべラルドという若者。

 元々、彼は若手の中では有望な部類に入っていたが、訓練によって魔力操作はバレリオに次ぐほどに上手くなっていった。

 最近ではほぼ同レベルの魔力操作力といったところで、魔闘術の訓練に入ると僅かながらバレリオを越えたかもしれない。


「若いということをこれほど羨ましいと思ったことはないな……」


 ケイの経験上から、若いうちの方が魔力操作の上達は速いと皆には伝えられていた。

 誰よりも早くそのことを聞かされていたバレリオは、ならば若者よりも訓練すればいいと懸命に頑張ってきたが、そのアドバンテージもなくなってしまった。

 魔力は様々なことに使えるということを知った今だと、何故若い内から有用性に気付かなかったのだろうと悔しさが湧いてくる。


「しかし、魔闘術が使えるだけで戦う前から勝敗が決まる訳ではないと言っていたではないですか」


「あぁ……」


 恐らく、ケイの言う通り魔闘術を長時間使えるようになるのはエべラルドの方だ。

 だが、バレリオもそれほど遠くないうちに長時間使いこなせるようになるだろう。

 魔闘術を使える者同士になれば、次に勝敗を決めるのは様々な要素によって変わってくる。

 中でも、経験という物はかなり勝敗を分けることになるだろう。

 バレリオとエべラルドでは、その経験値がかなり違う。

 それを使えば、まだまだバレリオの方が戦闘においては上にいられるはずだ。


「どうせいつかは若手に抜かれるものだ。とは言っても、まだしばらくは引っ張っていかないとな……」


 自分たちも上の世代を抜いて今の地位にいる。

 それはどこの国でも起きることだが、魔力の有用性を知るまでは相当先の事だと思っていた。

 まさかそれがいきなり迫ってくるなどとは思っていなかった分、焦りが生まれてきた。

 しかし、この国の発展のためになるのだから仕方がないことだ。

 それでも、それを素直に受け入れて若手に受け渡すほど、自分は器の大きな人間ではない。

 このままでは人族との戦いで、エべラルドへの負担が大きくなる。

 そうなると、まだ戦闘経験の少ないエべラルドでは人族に潰されるかもしれない。

 せめて今回の人族との戦いにおいては自分が中心として引っ張っていかなくてはいけないと思うバレリオだった。



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