第272話
「これはなかなか……」
魔人族の訓練を頼まれたケイは、バレリオに連れられて魔人大陸に足を踏み入れていた。
上陸直後から、魔人大陸が過酷だと言われる一端を見た気がする。
まずは魔素。
魔素は空気中に含まれているものなので見ることはできないが、島に入った時から何となく肌で感じるものがある。
森の空気のマイナスイオンとは違う、何かジワッとした感覚といった感じだろうか。
それと、何といっても魔物の雰囲気が違う。
ケイたちの気配を感じ取ったのか、今も一体の魔物が襲い掛かってきたばかりだった。
トグと呼ばれるヒキガエルの頭部をしていて毒の職種を持ち、全身ゼリー状の結構危険な魔物だ。
「……流石ですね」
突如出現したトグをあっという間に倒してしまったケイに、バレリオは驚きつつも感心したような声をあげる。
それもそのはず、
「我々ならこいつを倒すのにかなりの人間を集めないといけないのに……」
これまで、バレリオたち魔人たちは、このトグを倒すのに苦労をさせられてきた。
全身がゼリー状ということで、打撃系は通用しない。
ドワーフ製の武器の中でも、冷却系の武器でないと倒しにくい。
その武器の持ち主を援護する役目の人間も必要になり、たった一体を大人数で討伐しなければならなかった。
それをケイは魔法一発で瞬間冷凍させ、簡単そうに倒してしまった。
ドワーフ王国の訓練場で手合わせした時、自分をあしらったのも納得できる。
あの後、気絶から目を覚ましたバレリオは、すぐさまケイへの無礼を謝罪。
深々と頭を下げ、指導を頼むといった行動に出たのだった。
「ケイ殿! こちらです!」
「あっ、うん」
ケイの方からすると、最初の態度から180度変わったと言って良いようなバレリオの態度に、何だか慣れないで困惑している感じだ。
人によって踏み固められたであろう道が一直線に続いているので、案内も別にいらないくらいなのだが、低姿勢で案内してくる大袈裟なバレエリオに若干引き気味だ。
「こちらが私どもが住むエナグア王国です」
「おぉ……?」
上陸し、しばらく街道を歩いていた頃から見えてはいたが、近付いてみるとかなり高い防御壁が気付かれている。
しかも強固にするために、2重になっているようだ。
中もさぞかし賑わっているのかと思ったが、そうでもなかった。
国と呼ぶには家は少なく、王城らしきものもたいした大きさをしていない。
村とは言わないが、普通の町といった程度だ。
「……あんな魔物が蔓延ってるんだもんな」
立派な防御壁から賑わっている町を想像していたが、そうでもない街並みにケイは少し拍子抜けしていた。
しかし、よく考えてみれば強力な魔物の宝庫であるこの大陸に住むのだから、中より外が重要なのも当然なのかもしれない。
ケイは小さく納得の言葉を呟いた。
「ケイ殿。お願いします」
「はい」
国に到着したのは午後。
エナグア国王との謁見は翌日ということになった。
しかし、時間が惜しいため、ケイはバレリオに言って、訓練を受ける者を集められるだけ集めてくれと頼んだ。
王城隣にある建物は訓練所らしく、そこに30人くらいの兵が集まった。
彼らにも色々と仕事があるので、急な召集で集まるのは少ないと思っていたが、ケイが思っていた以上にかなり少ない。
しかし、とりあえず集まった者から始めるしかないと、バレリオに促されたケイは、集まって列を作っている兵たちの前に立った。
「どうもケイです。皆さんにこれから訓練を任された者です」
「「「「「…………」」」」」
軽く挨拶をするが、案の定バレリオの初対面の時同様に歓迎ムードではないようだ。
挨拶をしたケイに、兵たちは渋々頭を下げたといった態度をしていた。
「まず始めに、ドワーフ製の武器は置いておいてください」
「えっ?」「何でだよ?」「じゃあ、どうやって訓練するんだ?」
魔人たちの態度は想定内。
そんなことをいちいち気にしていたら先に進めない。
そのため、ケイはさっさと話しを進める。
しかし、ケイの言葉に兵たちはざわつき始める。
日向人が、刀をまるで自分の命とでも言うような扱いをするのと同様。
魔人の彼らは、ドワーフの武器を持ってこそ一人前に思われるところがある。
それを使わずに訓練なんて、基礎体力の強化以外することがない。
今更基礎体力を鍛えて何になるのかと、内心イラつき始めていた。
「了解しました!」
「……隊長!?」
ざわつく兵たちとは反対に、バレリオの方はあっさりとケイの指示に従う。
兵たちの側に立つ自分たちの隊長であるバレリオが、素直に従ったことに兵たちは驚きが隠せない。
バレリオは何といっても隊長だ。
この国の魔人の中では抜きんでた実力の持ち主で、多くの民や兵を魔物から救ってきた過去がある。
兵の多くが尊敬している存在だ。
そのバレリオが従っているのに、自分たちが文句を言っている訳にはいかない。
納得は行かないが、兵たちは自分たちの武器を足下に置いたのだった。
「まず皆さんには魔力操作を練習してもらいます。地味でつまらない訓練だけど毎日続けてください」
「「「「「魔力操作?」」」」」
ケイの言葉に、またも兵たちは首を傾げる。
魔人の彼らも、体内の魔力は感じ取れているし、操作もできている。
体力向上でないのは良かったが、それと同等に意味が無いような訓練をしなければならないことが理解できないからだ。
「ケイ……殿! 何故今更魔力操作の訓練なのでしょうか?」
我慢できなかったらしく、兵の一人が手を上げてケイに質問してきた。
バレリオが敬称を付けているため、仕方なく同様に扱うような口ぶりだ。
「皆さんは数は少ない。ですが個の力を見れば人族には勝っています。しかし、特に勝っている魔力をまったく使いこなせていない」
ケイの直球の答えに、兵たちはムッとする。
魔力は武器に流して使う物。
我々はそれができている。
何も知らないエルフとか言う種族が、好き勝手なことを言うなと、それぞれが反論しようとする。
しかし、それも口に出せなくなる。
何故なら、
“パンッ!!!”
「「「「「っ!?」」」」」
ケイが指先を離れた所に立つ的に向けたと思ったら、小さな火球が高速で放たれ、的の中心に穴をあけたからだ。
アンヘル島では結構見慣れた光景だが、魔人の彼らはそうではない。
ドワーフ製の武器を使ったのならともかく、何も使わずそれと同等の速度で魔力を火に変えたということに驚いたのだ。
そんなことを試すという発想がなかったため、皆、青天の霹靂と言っても良いくらいの衝撃を受けている。
「まずはこれぐらいができるくらいにはなってもらいたい」
驚き過ぎな兵たちの反応に、ケイはちょっと笑ってしまいそうになる。
しかし、さすがに馬鹿にしたようになってしまうので、何とか堪えて話を続けた。
「では、皆。各々自分にとって楽な姿勢を取って、体内の魔力を動かす練習を開始してください」
「「「「「……は、はい!」」」」」
目の前で見せられたことがまだ信じられないが、ドワーフ製の武器と同じことができるようになるのかもしれない。
そう感じた兵たちは、誰よりも先に座禅を組んだバレリオに遅れながらも、それぞれが思う自然体へと体制をとっていったのだった。




