第241話
「……まさか、最後にそれを抜くとは思わなかったですな……」
「そうですか?」
坂岡源次郎との戦いに勝利したケイの所へ、八坂が近寄って話しかけてきた。
ケイが持つ刀を見て、意外そうに言う。
源次郎と同じく、銃を使う以外に武器は使用しないのかと思っていたようだ。
もしも刀を警戒していたとしても、最後の移動速度に源次郎が付いてこれるとは思わなかったので、ケイとしては勝利は揺るぎないものだった。
「てっきり飾りかと……」
「あぁ~……、そう言えば反倉に売ってましたっけ?」
飾りと言われて、ケイは納得した。
日向に入った時、その港町反倉には外国人向け(大陸人)向けの模造刀が販売されていた。
ケイ以外の観光に来ていた大陸人は、日向のイメージといったら刀という部分が強いのか、ワイワイ模造刀を買っていたのを思いだした。
前世でも、土産物屋で外国人がやたらと木刀に興味を持っていたのを見る機会が多かった。
いまだに忍者や侍がいるとでも思っているのだろうかと、いつも思っていたが、それと同じように、ケイが日向の文化に興味を持って模造刀を下げていると思われていたようだ。
「まぁ、なるべくなら使いたくなかったんですが……」
「何ゆえ?」
ケイがどこか寂しそうな表情で刀を見つめているため、八坂は思わず理由を尋ねた。
刀に付いた源次郎の血を魔法でキレイにして、優しく刀を鞘へ収める仕草を見ると玄人に近い。
銃ばかりで戦うよりも、敵との距離によって使い分けた方が戦いやすいのではないかと思ったためだ。
「妻の形見なもので……」
「……ということは、奥方は日向の……?」
「えぇ……」
それを聞いて、八坂はケイが寂しそうな表情をした理由に納得した。
そして、ケイが妻の死を完全に吹っ切れていないということもなんとなく感じた。
「それは、失礼した」
「いいえ、お気になさらず……」
悲しいことを聞いてしまったことに、八坂は軽く頭を下げる。
それに対し、ケイは首を横に振って対応した。
「ところでケイ殿……」
「はい?」
重い空気を変えようとしてくれたのか、八坂は遠慮深げに話しかけてくる。
それにケイが反応すると、
「その耳を……」
「あ、あぁ! そう言えば、予備があったような……」
ケイが八坂に目を向けると、ケイの右耳の部分を指さして言いにくそうにしている。
それだけで、ケイは自分の右耳が丸出しになっているのを思いだした。
そして、魔法の指輪の中に偽装用の予備の耳パッドを入れていたのを思いだした。
「改善前で獣臭いが我慢するか……」
予備の耳パッドは魔物の皮から作ったのだが、魔物特有の獣臭がするのと、長時間着けていると肌触りが気になって来るので、改良したものを付けるようになっていた。
改良といっても、錬金術で作る時の素材に自分の血を混ぜただけだ。
ケイの肉体の情報になる者を入れれば、完全にフィットしたものを作れると思って試してみたら、思った通りに上手くいき、感触はかなり良くなった。
獣臭の方は、素材とする皮を消臭効果のある薬草に浸け、しばらく放置することで消すことができた。
その二つの改良をする前の耳パッドに、ケイは若干顔をしかめるが、旅の安全のためにも多くの者にエルフとバレる訳にはいかない。
なので、仕方なく耳パッドを装着した。
「これでいいでしょうか?」
「…………何とも面妖な……」
長い耳を収めて普通の丸い耳に変わったのを確認したケイが八坂に問いかけると、聞かれた方の本人は作り物の耳に見えなくて少し戸惑って居るようだった。
「自分は旅の途中です。正体を知られたくはないので……」
「大丈夫! 命の恩人の秘密だ。拙者の内に秘めておきましょう!」
「ありがとうございます」
自分がエルフだということを黙っていてもらおうと頼もうとしたケイに、八坂は先んじて返答をする。
後で知ることだが、八坂はエルフという人種のことを知っていたが、生き残りがいたという情報を噂で聞いていただけで、そもそも日向ではエルフの価値なんか分からないとのことだった。
ともかく、八坂はケイがエルフだということを黙っていてくれるようだ。
「そうだ! 命の恩人といえば、太助とかいった彼も……」
「……むっ!?」「…………あっ!?」
ケイの前にも自分を救ってくれた者がいた。
源次郎にやられ、気を失っている善貞の所へ八坂は駆け寄る。
そして、八坂が体を起こして樹にもたれかけさせると、少し遅れて近寄ってきたケイと共に目を見開いた。
「…………この者も姿を?」
「すいません。こいつも色々あって……」
驚いた理由は、源次郎の蹴りによってケイが被らせていた偽装マスクが破け、善貞の素顔がさらけ出されていたためだ。
耳だけのケイと違い、善貞が素顔を隠していたことに八坂が訝しげな表情をする。
それに対し、何と言って良いか分からなかったケイは、言葉を濁すようにして誤魔化そうとした。
「……まぁ、彼のことも一先ず黙っていましょう」
「すいません」『あれっ? もしかして、善貞の顔で織牙だとバレていないのか?』
あっさりと八坂が善貞のことも黙っていてくれるような感じになったので、ケイは少し疑問に思った。
八坂陣営も上重陣営も、織牙の生き残りがいるとか言っていたから、善貞のために顔と名前をでっち上げたのだが、八坂の反応を見る限り、もしかしたら顔を知らないのかもしれない。
『心配して損したかな?』
生き残りがいるというのはただの噂で、もしかしたら名前も知らないんじゃないかとすら思えてきた。
家名だけ黙っていれば、もしかしたら大丈夫だったのではないかという思いがしてきたケイは、取り越し苦労だった気がしてため息が漏れた。
「面がないので、とりあえずこれで隠しておきましょう」
そう言って、ケイは善貞の顔を包帯を巻いて隠した。
顏の形が違うと気になる者もいるかもしれないが、蹴られたことで腫れているとでも言っておけば大丈夫だろう。
「では、みんなを助けないと……」
「それは俺がやります。あなたは町に向かった方がいい」
とりあえず、この場は何とか治まった。
しかし、八坂の部下たちがまだ源次郎の部下たちと戦っている最中だ。
源次郎が死んだ今、奴の部下たちも引き下がるかもしれない。
そう思って、仲間を助けに行こうとした八坂だが、ケイによって止められた。
「しかし……」
「あなたの部下が命をかけているんだ。あなたは一刻も早く敵の悪行を将軍家へ知らせた方が良いのでは?」
先程と違い源次郎が死んだことで救えるかもしれないのに、仲間を置いて自分だけ行くのがためらわれるのだろう。
しかし、また追っ手が来るという可能性もなくはない。
もしそうなったら、善貞に申し訳ないが、ケイはキュウとクウと善貞を連れて逃げるつもりだ。
死んだ八坂の部下たちのことを考えたら、上重のことを他へ知らせて罪を償わせる事しか報いることはできないだろう。
そのためにも、八坂はすぐに美稲の町へ向かった方が良い。
「……お主の言う通りだな」
「あっ! すいませんがこいつも連れてってもらえますか? こいつに死なれると俺が困るので……」
「……了解した」
ケイの説得に納得したのか、八坂は踵を返して美稲の町の方へ体を向ける。
しかし、それにケイが待ったをかける。
少し離れているとは言っても、ここは戦場に近い。
善貞をこのままにしておく訳にはいかないので、ついでに連れて行ってもらうことにを頼んだ。
死なれると困ると言うからには、彼はケイと何かあるのかも知れない。
興味があるが、今は聞かないことにして、八坂は善貞を背負った。
「ケイ殿!」
「はいっ?」
「よろしく頼む!」
「任せて下さい!」
ケイと短い会話を交わすと、善貞を背負った八坂は、美稲の町へと走り出した。
「クウ、2人を守ってくれ!」
「ワンッ!」
少し離れた所に、丁度兵の一人を倒したクウがいたので、もしも町までの短距離で敵に襲われては困るため、ケイは八坂と善貞の護衛を任せることにした。
主人に頼まれては断るわけにはいかない。
クウは元気よく返事をすると、八坂の後を追いかけて行った。
「じゃあ、行くか!」
護衛も付けたことで安心したケイは、敵と戦う八坂の部下たちの援護へと、気合を入れて向かうことにしたのだった。




