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第235話

「……あいつは化け物か?」


「全くですね……」


 ケイが剣術部隊の者たちを相手にしている様子を見て、崖の上から見ている坂岡源次郎は冷や汗を流しながら呟く。

 それに対して、部下の男も同意する。

 ケイ1人を相手にして殺されている剣術部隊の者の数が、もうすぐ200にまで迫りつつある。

 流石に、これ以上隊員を殺されるのは看過できない。


「おいっ! あれを持って来い!」


「はいっ!」


 源次郎が一言告げると、部下の男は数人がかりで巨大な箱のようなものを運んできた。

 その箱は、布に覆われており、中身が何なのか分からない。


「隊を一回下げさせろ」


「了解しました」


 その箱の到着に、源次郎は笑みを浮かべる。

 そして、ケイと戦っている剣術部隊の者たちをいったん下げるように部下の男に指示を出した。






“ヒュ~…………、パンッ!!”


「「「「「っ!?」」」」」


「んっ? 何だ?」


 源次郎のいる崖の方から音が鳴り、剣術部隊の面々は急にケイに襲い掛かるのをやめて、この場から離れ始めた。

 それが一時撤退の合図だとは知らないケイは、急に敵がいなくなっていったことに安堵していた。

 剣術部隊の者たちの相手は思っていた以上に面倒で、地味にチョコチョコ攻撃を受けて怪我をさせられ、魔力も結構消費させられていたため、一息付けるのはありがたい。


「箱?」


 何が狙いなのか分からず、とりあえずケイはこの戦いの大将首である源次郎の方に目を向けた。

 すると、源次郎の側には巨大な箱のような物が存在していた。

 そして、その箱が数人に押され、崖の上から落下した。


「……何がしたいんだ?」


 箱は頑丈なのか、壊れることなくただ落下しただけのように見える。

 源次郎が何をしたかってのか分からず、ケイは首を傾げた。


「グゥ………」


「何だ?」


 落下した箱から、何か変な音がした。

 まるで、動物が唸るような音だ。


「もしかして……」


“バキンッ!!”


 嫌な予感がして、ケイがその箱を探知をしようとすると、何かが壊れる音が鳴り響いた。


「ガアァーー!!」


「……マジかよ!?」


 そして、箱に覆われていた布が斬り裂かれると、一体の魔物が姿を現した。

 その姿を見たケイは、冷たい汗が背中に流れた。


「ファーブニルが何でここに……」


 前世であるケイの意識が出現した時、アンヘルの持ち物の中には、魔物の描かれた図鑑のような物が入っていた。

 その中には、当然強力な魔物のことも描かれていて、その中にファーブニルも描かれていた。

 大蛇に足が生えたような体をしていて、水を操り、毒を吐くという魔物だ。

 この魔物によって、いくつかの町や村が消え去ったという話だ。

 それが今、少し離れているとは言っても視界に収まる所に出現した。

 ファーブニルは、人族大陸の北東の方に存在していると図鑑には描かれていたが、まさか日向にいるなんて知らなかった。

 そのため、ケイは思わず疑問を口にしたのだ。







「それにしても、あんなものを所持していたとは……」


「馬鹿でも役には立つんだな……」


 驚いているケイを余所に、ファーブニルを持って来た源次郎たちは言葉を交わす。

 ケイの驚く気持ちも分からなくない。

 この魔物がこの国にいるなんて、源次郎たちも知らなかった。

 どうやって手に入れたのかも分からないし、どうやって海を渡って来たのかも分からない。

 初めて見た時、源次郎でも後退りする程の恐怖だった。


「あの佐志峰(さしみね)様の趣味らしい……」


「あの殿が?」


 佐志峰とは、西の地域を請け負う綱泉家の養子となり、後を引き継いだ現大名の名前だ。

 現在、40中盤の年齢になるにもかかわらず、子は娘が1人しかいない。

 放蕩三昧で仕事もしないことから、上重の部下たちは面と向かって態度や口には出さないが、お飾りの将軍となっている。

 そんな彼には、酒と女以外に困った趣味がある。

 それが魔物の収集癖だ。

 特殊な魔物を手にいれ、眺めるのが楽しいのだそうだ。

 そのためには、大金を惜しみなく使うらしく、上重としても資金繰りに困っている。


「上重様もこのようなものを使ってまで八坂を排除したいのでしょうか?」


「昔からあの方は八坂と比べられて、全てにおいて八坂の方が上だった。勝てないなら引きずり落とせばいいと思って、色々画策したらしいぞ」


「……そうですか」


 上重の悪い噂は、市民にはかなり広がっている。

 綱泉家の姫が駆け落ちしたのも、実は裏で上重家が関わっていたという話まで出ているほどだ。

 そのことに関しては、源次郎の父の代の話のことなので分からないが、恐らく噂は本当だろう。


「くだらない理由だな……」


 恐らく、部下の男も源次郎と同じように思っただろう。

 たいしたことでもないのに、いつまでも根に持っているなどみっともなくすら思える。

 しかし、上重についていた方が今以上の地位へ行けると信じている源次郎も、ある意味上重を利用しているのかもしれない。







「ガアァァ――!!」


「っ!? 速っ!?」


 かかっていた布がなくなると、箱の全貌が見えてきた。

 箱のように見えていた物は、檻だったらしい。

 鉄に覆われていた上下左右、そして後ろの部分には魔法陣が描かれている所を見ると、ファーブニルを閉じ込めておくために弱体化させる類の特殊な仕様になっていたのだろう。

 それが崖から落下したことで壊れ、力を取り戻したファーブニルが檻を破壊して出てきたようだ。

 中からの衝撃には強くできていても、外からの攻撃に弱いのでは、万全の体制による保持とは言い難い。

 そんな状態で、よく城で保持していたものだ。

 だが、ケイはそんなこと知る由もないし、考えている場合でもない。

 ファーブニルは、目が合ったとたんケイへ向かって走り出した。

 地を這うような態勢で地響きをあげながら、かなりの速度が出ている。

 それに驚きながらも、ケイはその場から逃走を開始した。


「ヤバッ!?」


「ガアァァ――!!」


 ファーブニルは、ケイにロックオンしたようだ。

 逃げるケイを追いかけ始めた。

 そのことに気付いたケイは、懸命に走り回る。


「「「「「なっ!?」」」」」


 懸命に走っていたら、ケイは逃げていた剣術部隊の者たちに追いついた。

 かなりの離れた距離を走って来ていたのに、ケイに追いつかれたことにも驚いたが、それ以上にファーブニルがすぐそこまで迫っているということにも驚いた。


「お前らが食われろ!! バ~カ!!」


 剣術部隊の者たちに追いつくと、それと同時にケイは土魔法で足下をぬかるみに変える。


「なっ!?」「何だこりゃ!?」


「じゃあな!」


 ぬかるみに足を取られた剣術部隊の者たちは、動きが鈍り、逃げる速度が一気に遅くなる。

 ファーブニルのなすりつけに成功したケイは、そのまま岩場の蔭へと姿を隠した。

 グチャグチャ、バリバリと、剣術部隊の人間を食べ始めたファーブニルを置いて、そのままケイは巨大蛇の死体の近くの森に転移した。







「やっぱりな……」


 剣術部隊の面々は、北と南に分かれて避難をしていた。

 先程ファーブニルを連れて行ったのは北側。

 そして、ケイがいなくなったことで、キュウが一緒にいる八坂たちが残っている。

 それを放って置くほど無意味なことはない。

 誰にも気づかれないように転移して戻ってくると、案の定、南に逃げた剣術部隊の者たちが方向転換して八坂たちの方へ戻って来ていた。


「お帰り!」


「「「「「っ!?」」」」」


「なにっ!?」


 ケイが森から姿を現すと、剣術部隊の者たちだけでなく、崖の上にいた源次郎も驚いて目を見開いた。

 ファーブニルに追われて北へ向かっていたはずのケイが、どうやって戻って来たのか理解できなかったからだ。

 源次郎の狙いとしては、ケイがファーブニルと戦って殺られればそれで良し、逃げたならその間に八坂たちを殺せばいいと思っていたのかもしれない。

 それはケイが転移を使えなかったら成功していただろうが、転移なんて魔法を知らない源次郎では、こんなことになるとは思いもしなかったのだろう。

 結局、ファーブニルの投入は、ケイが相手にするはずだった手間を減らしたに過ぎなかった。



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