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第216話

「今日はどうするんだ?」


 朝食を食べ終え、昨日は早々に眠りについて十分な睡眠を取れたからか、善貞はテンション高くケイに問いかける。

 昨日狩った猪の肉があるので別に構わないのだが、普通に食事を強請って来たことにケイはイラっと来た。


「昨日だけでも10頭なんて、いくら何でも多すぎる」


「たしかに……」


 月和村で村人が猪の魔物が畑を荒らしに来ると愚痴っていたが、1日でこんなに遭遇するなんてただ事ではない。

 官林村も畑に被害を受け始めたために、善貞が動いたのだ。

 両村とも、猪なんてそう滅多に出ないにもかかわらず、同時期に被害に遭っているとなると、これだけ頻繁に会うこの山に原因があるように思える。


「何かあったのかもしれないな。森に入って原因を探す」


「本気か?」


 街道付近だけでこれだけの数に遭遇するとなると、とてもではないが個人で対応する案件ではない。

 昨日までは甘く考えていた善貞も、自分が解決しようなどという思いはもう消え去っていた。

 それなのにもかかわらず、この国に関係のないケイが問題解決に動こうとしていることが信じられなず、善貞は目を見開く。


「あんた強ぇみたいだけど危険過ぎるだろ?」


 昨日、善貞はケイの強さをすこしだけだが見た。

 魔闘術を使いこなし、猪をものともしないほど強いのは分かっている。

 しかし、それは単体を相手にした時の強さであって、集団を相手にした場合1人では対応しきれない可能性がある。

 猪の攻撃を少しでも食らってしまったら、たちまち餌へと変わってしまうだろう。

 それを考えると、善貞は心配になる。

 たまたま知り合ったとは言っても、ケイにはかなり世話になった。

 このまま見送る訳にはいかない。


「本当にやばかったら、速攻で逃げるよ」


「いや、それでも……」


 善貞が止めるよう促すが、ケイは原因追及に向かうのをやめる様子はない。

 昔からアンヘル島で猪の相手は良くしていた。

 島でも猪の数が増え、集団に襲われたこともある。

 その時は何とか全速力で逃げて難を逃れたが、かなり恐ろしかったことを思いだす。

 しかし、それもかなり若い頃の話だ。

 今なら十分対応できる。


「お前とはここでお別れだ。お前は村にでも帰れ」


「……理由があって帰れない。役に立たないかもしれないが、お前に付いて行く!」


 猪の集団と戦うことになるかもしれないとなると、問題は善貞だ。

 もしもついてくるとなると、はっきり言って足手まといだ。

 そのため、ケイは村に帰ることを促した。

 しかし、言われた方の善貞は、表情を曇らせて拒否をしてきた。

 官林村とかいう村にいたらしいが、どうやら戻るに戻れない理由でもあるようて、ついてくる気満々だ。


「そいつは御愁傷様。けど、俺がお前をつれていかなければならない理由はない」


「それは……」


 もしかしたら身分を隠していることが関係しているのかもしれないが、そんなことケイには関係ない。

 善貞の安全を思って突き放す。

 しかし、善貞は反論する言葉が見当たらないのか、言い淀んで顔をうつ向かせる。


「……俺の指示を遵守するか?」


「っ!?」


 何か色々と抱え込んでいるのだろう。

 魔闘術を学びたいと言っていたが、強くならなければならない理由でもあるのかもしれない。

 若干甘やかされて育てられた感は見え隠れするが、短い付き合いとはいえ悪い奴ではないように思える。

 深くかかわって面倒に巻き込まれるのは嫌だが、このまま放って置いたら何をするか分からない。

 甘い考えをしている所を見ると、騙されるかしてあっさり命を落としかねない。

 とりあえず、少しの間面倒を見てやるかと、ケイは仏心を出すことにした。

 ケイの言葉に驚きつつ、善貞は顔を上げてケイを見つめる。


「ついてこい!」


「あ、あぁ!」


 ケイに同行を許され、善貞は一気に顔をほころばせる。

 そして、森に向かい歩き出したケイの背中を付いて行った。






◆◆◆◆◆


「大繁殖してるな……」


「これは……」


 森の中に入り、何度か猪が襲い掛かって来たが、ケイが銃で仕留めて先へと進んで来た。

 探知に引っかかる猪が多い方へと向かって来ると、そこにはかなりの数のうり坊が集まっていた。

 多くのうり坊を見て、大繁殖していることを確信したケイたちは、見つからないように遠くから様子を窺う。

 見た目は可愛らしいが、育てば親のように凶暴な猪へと変わってしまう。

 それを考えると、見た目が可愛いからと言ってこのまま放置はできない。

 うり坊を始末しないといけないのだが、母親らしき猪たちが守るように周囲を固めている。

 その数もとんでもない。


「駄目だ! これは剣術部隊に任せるしかない!」


「そんなの待ってたら、村が潰れるぞ?」


 想像以上の数の猪に、善貞は小声でケイに引くことを勧めてくる。

 魔闘術を使えても、これだけの数を1人で対処するのは難しい。

 そう思うのも仕方がない。

 だが、その剣術部隊とやらもいつ来るか分からない。

 放って置いたら、うり坊たちの食料を手に入れるために親の猪たちが近くの村へと向かってしまうかもしれない。


「お前はこいつらの側にいろ!」


「しかし……」


 大量の猪たちを前にしても、ケイは引くつもりはない。

 原因はまだ分からないが、集まっている猪の集団を叩けば何かしら分かるだろう。

 善貞はやはり止めて来るが、さっさとやってしまおう。


「キュウ! クウ! こいつを頼んだぞ!」


【まかせて!】「ワウッ!」


 数が多いのでケイはそっちにかかりっきりになる。

 その間、善貞に猪や他の魔物が襲い掛からないとも限らない。

 距離が離れているので、ケイを無視して襲い掛かってくるとは思わないが、念のためキュウたちに任せることにした。

 キュウたちは、頼まれて嬉しそうに返事をする。


「こいつらがいれば、勝手なことをしない限り、お前が死ぬことはないからな」


「わ、分かった」


 キュウたちを指さし、ケイは善貞に忠告をする。

 勝手な行動をされて困るのはケイたちもだが、一番危ないのは善貞だ。

 お互いのためにも動かないでほしい。


「そう言えば、お前魔闘術を教えろと言ったが、簡単に教える訳にはいかない」


「そうだよな……」


 魔闘術は日向でも大陸でも重要な戦闘技術だ。

 簡単に教えて、悪用されるわけにもいかない。

 なので、教えるにしても慎重にならざるを得ない。

 それが分かっているので、ケイに断られたことを納得する善貞。


「だから、見て何か感じろ!」


「えっ?」


 教えるのは構わなくもないが、簡単に教えるのも癪だ。

 それに、手取り足取り教えても善貞のためにならない。

 見てどうにかなるかは分からないが、それで何かを感じ取ったならしょうがない。

 その程度の気持ちでケイは善貞へ声をかけた。

 つまりは見て盗めと言っていると善貞は理解する。


「じゃあ、行って来る!」


「あ、あぁ!」


 ケイが言うのだから、きっと見て何か盗めるものがあるはず。

 そのため、善貞は目を見開き、短い言葉と共に地を蹴ったケイの背中を見送ったのだった。



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