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第2話

「………………これが転生か……?」


 そう、溺れて意識を失った啓が意識を取り戻すと、全く姿形が違う自分に変わっていた。

 想像するに、この体の少年が溺れて命を落としかけたことで、前世の啓の記憶が現れたのかもしれない。

 この少年の記憶と啓の記憶が混ざり、どっちが本当の自分なのか分からなくなるが、どうやら転生したことは理解した。


「赤ん坊からじゃない感じの転生か…………」


 これには内心助かった。

 高校生の記憶があるせいか、一応母親とは言えおっぱいを吸うのは気が引けるとこだった。

 漫画やラノベを結構読んでいた啓は、転生物の作品も持っていた。

 そのおかげでなのか、思っていた以上にすんなりとこの状況が理解できた。


「…………いや、そんなことも出来なかったか…………」


 思春期による恥ずかしい考えが浮かんでいたが、頭のなかで少年の記憶が映像のように流れたことで急激に気持ちが冷めた。


「………………最悪だ」


 この少年の記憶は、啓が呟いた通り最悪だった。

 まず、この少年の母親だが、生まれてすぐに亡くなっていた。

 そのことを、父親から聞かされている映像が頭に流れてくる。

 赤ん坊からの転生でも、おっぱいを吸うことなどできなかったのである。

 そして、次から次に流れる映像は、目を瞑りたくなる物ばかりだった。


 まず、この体の少年はアンヘル。

 年齢は5歳。

 元々(・・)は金髪碧眼で、将来はイケメンになることが予想される整った可愛らしい顔をしている。

 どうして元々(・・)なのかというと、啓の記憶が混ざった今のアンヘルは、白髪で碧眼の状態だからだ。

 物心ついた頃からの記憶だと、父と母方の叔父の3人でいつも行動していた。

 しかし、1年前父が目の前で殺された。

 そして、今から数日前、叔父もアンヘルを守って命を落とした。

 何故そうなったかといえば、アンヘルたちがエルフだからだ。

 この世界は、ファンタジー世界のように、人族・獣人族・魔人族と色々な種族が存在している。

 その中にエルフ族も存在していて、老若男女にかかわらず容姿が美しいエルフは、他の種族からかなりの迫害を受けてきた。

 封建社会が基本となっているこの世界の人族にとっては、貴族への献上品としてとても価値が高い()として扱われており、見つけしだい捕獲するのが当たり前になっている。

 捕まったエルフは、貴族へ送られ、奴隷として好き勝手に扱われる。

 エルフの男性も女性も、その容姿から異性、場合によっては同性に性的な物として扱われることが多い。

 他には、労働力としてだったり、中には単純にストレス発散のサンドバッグ代わりとして扱われることもあった。

 そんなことが続き、元々森でひっそりと暮らしていた少数民族のエルフは、50年もしない内にどんどんと数が減り、恐らく現在の生き残りはアンヘルただ1人になってしまった。

 父と叔父が殺されたのは、人族の追っ手からアンヘルを守ろうとしたためで、目の前で父と叔父が殺されたのを何もできず、ただ言われた通り逃げるしかできなかったかことが、アンヘルにはとてつもない精神的苦痛だった。

 その上、必死に小船で海上に逃げ、人族の追っ手を巻いたアンヘルに待ち構えたのが大時化だった。

 自分がどこへ向かっているかも分からず、ただ必死に船にしがみついていたがそれもどれだけの時間だっただろうか。

 船が高波に飲まれ、同時にアンヘルも海の中に飲みこまれていった。


 そして、目が覚めたらここの海岸に流れ着いていた。

 前世で聞いたことがあるからか、啓はアンヘルが精神的苦痛と肉体的苦痛によって、髪の色が抜けてしまったのだろうと結論付けた。


「……………………あれっ?」


 その記憶がよみがえり、アンヘルだか啓だか分かっていない状態の少年は自然と涙が溢れ出ていた。






「……前世の性格の方が強いか?」


 少しの間涙を流した後、少年は少しの間考えた。

 今の自分が啓なのか、アンヘルなのかということを……。


 アンヘルの記憶やその時々の感情は、思い起こそうとすれば残っている。

 だが、それ以上に前世の啓としての感覚の方が強く感じる。

 もしかしたら、自分がアンヘル少年の体を奪ってしまったのではないかと罪悪感が少し湧いてくる。

 しかし、だからこそこの命を大切にしなければならないのではないかと思いもある。


「俺は松田啓でもあり、アンヘルだ。合わせてケイ・アンヘルってことで良いだろ……」


 この体なのだから、前世の名前だけを使うのは何となく気が引ける。

 なので、アンヘルの名前を残す意味でも、前世の名前をくっつけたこの名前で生きて行くことに決めた。


「寒い……、腹減った……」


 ケイの記憶ではついさっきまで夏だった。

 だが、流れ着いたこの島の気候は完全に冬。

 現在、ケイは上半身は半袖のシャツの上に薄手の長袖シャツ、その上に厚手の長袖シャツを着て、上着を着ている。

 下半身は下着に半ズボン、その上にズボンをはいた状態。

 厚着をしているが海の水で全身ずぶぬれになっている。

 体感から察するに10℃前後の気温、ケイの小さい体は自然と小刻みに揺れ始めた。

 しかも、飲んだ海水を吐き出し、胃の中身が空っぽになったからだろうか、腹の虫が鳴りやまない。


「焚火……、火は……、魔法!?」


 流れ着いた海岸近くを探し、焚火に使えそうな流木を拾い集めた。

 ところが、木を集めた所で火のつけ方に悩んだ。

 ここは異世界。

 ライターやマッチなどないのだから、細い木を回転させて火種を作る原始的な方法が思い浮かぶ。

 しかし、そんなことをしていたらいつ火が付くかも分からない。

 完全に風邪をひく。

 そんな時、頭にアンヘルの知識が浮かんできた。

 この世界には魔法がある。

 そして、アンヘルは簡単な魔法ならば使えた。


「え~と…………火!!」


“ポッ!”


「おおっ!?」


 体の中の魔力を感じ、それを巡らせるように意識し、指先に集めた魔力を火に変える。

 ライターをイメージしたら上手くいった。

 初めての魔法に、ケイは思わず感動の声をあげてしまった。


「はぁ~……、あったかい……」


 少々火力が強めだが、上着とズボンを脱いだ状態では仕方がないだろう。


「……魔物とか人間とか寄って来ないよな?」


 今のケイにはどちらが来ても逃げ切れるか分からない。

 海岸の周囲は景色が広がっていて、生物が現れればすぐに察知できる。

 少し東に走れば岩場になっているので、見つかったらそっちへ行って隠れるしかないだろう。


「……持ち物、……指輪?」


 体を温めることはできてきたが、空腹は収まらない。

 これまでの人族からの逃亡で碌なものを食べていないだろう、ただでさえガリガリに痩せた体では栄養不足で頭が回らない。

 いま現在手ぶらのケイが悩んでいたら、またもアンヘルの記憶が浮かんできた。

 ケイの左手小指には指輪がハメられていて、どうやらこの指輪に持ち物が収納されているようだ。


「おぉ……、魔法の指輪か?」


 どうやらこの指輪は、1辺が4mの立方体の大きさの空間分ほど物を収納できる魔道具らしい。

 その中に鍋やテントなど逃亡生活に必要なものが入っているようだ。


「……じゃがいも? ……だけ?」


 指輪の中の食料を探してみるが、じゃがいも以外の食料は入っていないようだ。


「……しょうがないか」


 どうやら、エルフでは食料すら手に入れるチャンスが少なかったようだ。

 それが想像できたケイは、あきらめるしかなかった。

 鍋も指輪の中にあることだし、じゃがいもを茹でて食べることにした。


「…………うぅ……うまい」


 調味料もなかったので海水で煮ただけのじゃがいもだったが、空っぽの腹にはとてつもなく美味く感じた。

 ただでさえ逃亡生活では満足に食事をする機会がなかった。

 そのうえに、この数日海の上で何も食べられなかったからか、アンヘルの感情も混じって、ケイはただのじゃがいもを涙を流しながら食べたのだった。


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