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第186話

「好きにしていいか……」


 迷い込むように入ったエルフの里で、ケイは思わぬことになった。

 靄で出来たエルフが消えてから、里の中を歩き回ると、墓地の近くに小屋を発見した。

 その中に入ると、棺のような物があり、その中には一体の亡骸が横たわっていた。

 ここに一体だけでいるということは、彼があの靄の正体なのかもしれない。

 魔法の才能があるエルフの中でも、彼は相当才能があったのだろう。

 棺に魔法陣を描き、死後にゾンビ化しないようにしてあるようだ。

 彼の骸骨を見ていると、最後の言葉がケイの耳に響いてくる。 


「亡骸を島に送るにしても、今家出中だしな……」


 アンヘル島を出て、まだ1週間しか経っていない。

 いい年こいてほとんど家出のように島を出てきたので、今帰ると何だかバツが悪い。

 エルフたちの亡骸を、この誰も来ることのない結界内に置いておくのも申し訳ない。

 どうせなら、同族の子孫がいるアンヘル島の墓地へ埋葬しなおしてあげたい。


【しゅじん! どうする?】


 従魔のキュウも、主人であるケイの仲間だということで、このままにしておいて良いのかと尋ねてくる。


「連れて行きたいけど、魔法の指輪に入りきらないしな……」


 このまま墓地に眠るみんなの骨壺だけ持ってアンヘル島に戻ることは簡単だが、ケイの目的は日向へ行くことだ。

 大容量のはレイナルドに、まあまあ容量の大きい方はカルロスに置いて来てしまい、ケイが今付けているのは容量の少ない魔法の指輪だ。

 日向に向かうのに、とてもではないが全員を連れていく訳にはいかない。


「日向に行った帰りにでもまた寄ろう」


 今すぐに連れて行ってあげるのはちょっと勘弁してもらい、帰りにまた寄って連れて行くことに決めた。

 どうせ人族には入る事などできないだろうから、放って置いても大丈夫だろう。 


「念のため結界を強化しておくか……」


 どれほど前にここを作ったのか分からないが、相当な年月が経っているはずだ。

 まだまだこの結界が消えてしまうことはないとは思うが、人族で強力な魔力の持ち主に目を付けられたらここの結界を消されてしまうかもしれない。

 日向に行って帰ってくるのにどれほどの月日がかかるか分からないが、とりあえずケイが戻ってくるまではもたせたい。

 そのため、ケイはここの結界を強化していこうと考えた。


「おっ! あった!」


 長時間結界を張っていると考えた時、恐らくどこかに魔法陣があると考えた。

 そして、結界内の四方に、魔法陣が描かれた大きな石が置かれていた。

 この魔法陣によって結界を作ることに成功している様だ。


「……魔石が幾つも埋め込まれているのか?」


 魔法陣が描かれている大きな石には、魔石が埋め込まれている。

 この魔石に籠っている魔力を利用しているから、長期間このような結界が張られているのだろう。


「残り少ないな……」


 いくつもの魔石が埋め込まれているのだが、その魔石の多くが魔力を消費して空っぽの状態になっている。

 だいたい8割といったところだろうか。

 残り2割の魔石もどれほどもつのか分からない。


「それにしても、どうやってこれほどの魔石を集めたんだ?」


 エルフは魔石を使ってはいけないと言うような掟はない。

 しかし、魔石は魔物の体内から取り出さないと入手できない。

 魔物に限らず、生物を殺すことを禁じられているエルフがどうやって手に入れたのだろう。

 拾うということもなくはないが、魔物が死んですぐでなければ、他の魔物に喰われたりして入手は困難になるはずだ。

 あとは店で購入するという方法しかないと思うが、エルフだとバレればあっという間に人生お終いになってしまう。

 そんなリスクを何度も何度もクリアしないと、これほどの数は揃わないはずだ。


「……もしかして、掟を破ったのか?」


 結構な規模の結界を張れる上に、これだけの魔石を集めたということを考えると、彼は掟を破っていた可能性が考えられ始めた。

 それならば、これだけの数の魔石を集められたということに納得できる。

 長命なエルフの人生なら、本人が掟を守っていても事故などの思わぬことで破ってしまうということもあるはずだ。

 そういった者が一人も現れないというのはありえない。

 彼はきっと掟を破ってしまった後悔から、死をも覚悟してここへ戻って来たのかもしれない。 


「あっさり破った俺が言うのはおかしいが、あんたは別に間違っていないよ」


 エルフに受け継がれていた3つの掟を守っていては、この世界では生きていくのはかなりしんどい。

 ケイという前世の知識を持っていたとしても、アンヘルの意識の方が強かったら、もしかしたら島ですぐに死んでいたかもしれない。

 他の種族よりも長い寿命を与えられたことによる神への感謝のための掟だとかいう話だが、それで絶滅してれば話にならない。

 確信犯のケイとは違って、恐らく彼は最初偶然だったのかもしれないけれど、生きることができてこそ神への感謝が出来るのではないだろうか。

 都合がいいかもしれないが、ケイとしてはそう考えている。

 ケイと同じく、前世日本人の記憶があるドワーフ王のマカリオとも話したことがあるが、ラノベのように神との謁見の記憶がない。

 何を目的として自分たちがこの世界に送られたのか分からない。

 なので、マカリオは、


「前世は事故で死んだから、今度は最後まで生きろって事なんじゃないか?」


 と言っていた。

 ケイとしても、その意見に賛成だ。

 ただ、転生した時はエルフでラッキーと思っていたのだが、これはこれで辛いものだ。

 人族からは迫害を受け、最愛の女性は必ず先に死ぬ。

 分かっていたことでも、いざそれがやってくると、かなりきつい。

 しかし、これも試練として考えればどうにか耐えられる。


「魔石ならいっぱいあるからな……」


 ケイにとってエルフの掟は、ただも悪しき風習でしかないと考えている。

 なので、魔物が襲ってくれば平気でその命を絶つ。

 この世界で魔石は電池の代わりのような物。

 どの人種でも魔道具を使うのに必要となるため、売り買いされている。

 旅の途中のケイにとっては、収入源の1つになっている。

 そのため、魔物を倒したら魔石を手に入れておくのは当然だ。

 魔法の指輪には、大きさがまちまちの魔石が収納されている。

 その中から、結界の魔法陣が描かれている大石へ埋め込まれている魔石と、同等のサイズの物を取り出す。

 そして空っぽになった魔石を外して、取り出した魔石を埋め込んで行く。


「半分も変えておけば十分だろう……」


 魔石を半分ほど新しいのに変えただけで、なんとなく結界の霧が濃くなったように思える。

 これでまた長い年月もつことだろう。


「じゃあ、また来るよ」


 小屋の中の棺に横たわる骸に向かって一言告げ、ケイは一ヵ所だけ霧が薄くなっている方向へ歩き出す。

 思った通りここが出入り口となっているらしく、ジワジワといつもの感覚に戻っていった。


「出られたみたいだな……」


 少しの間歩いていると、ケイはいつの間にか日の射す普通の森に立っていた。

 この周辺の特徴を覚え、近くの町へ魔石を売りに向かったのだった。



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