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第183話

いきなり新章です。

「レイナルド殿!」


「おぉ! ファウスト殿!」


 ケイたちがドワーフ王国へ行ってから10年ほどの月日が経った。

 畑仕事をしていたレイナルドに、カンタルボス王国の第2王子のファウストが呼びかける。

 下を向き、手を泥だらけにして雑草を取っていたレイナルドは、声をかけられたことによって顔を上げ、声がした方に知った顔を見つけて手を振った。


「またカルロスが迷惑かけたのではないですか?」


「いいえ、最近はお互い落ち着いたもので……」


 ファウストとカルロスは、同じ次男同士ということもあって仲がいい。

 よく組み手をして、勝った負けたを繰り返している。

 しかし、最近その2人も戦う姿を見なくなった。

 国と言っても、カンタルボスとアンヘルでは規模が全然違うが、お互い自分の国での立場が変わったというのが大きい。


「ケイ殿は……?」


「あぁ……」


 ファウストは、ここアンヘル島のトップであるケイに挨拶をしに行く途中なのだが、なんとなく会いに行くのが気が引けているようだ。

 その理由が分かっているので、レイナルドも困ったような表情に変わる。


「……いまだに元気がない状況です」


 あることがあり、現在ケイは元気がない。

 島のみんなも今はそっとしておいた方がいいと、腫れ物に触るような扱いになっている。








「美花殿が亡くなって間もないですからな……」


 ケイが元気がない理由はこれだ。

 ファウストが言ったように、ケイの妻である美花がなくなったのだ。

 全身に転移した癌による心臓機能の停止。

 それが美花の亡くなった理由だ。

 いくら前世の知識と魔法があっても、治す術がなかった。

 最初、癌が転移した内臓を取り出し、再生魔法で回復させるという手を思いついたのだが、外傷を治す以上に内臓の再生には膨大な魔力を消費した。

 時間を消費すれば再生できるかもしれないが、再生する時間が遅くなれば、その場で美花の死が定着してしまう可能性がある。

 死人を生き返らせることは、この世界の魔法をもってしても不可能なこと。

 それはどこからが死なのか曖昧なことになっている。

 心臓が止まったからと言って、心臓マッサージで意識を取り戻す人間もいる。

 だが、心臓マッサージをすれば絶対に治るという訳でもない。

 もしも、美花を救おうとして心臓が止まった時、回復魔法で絶対治るという保証はない。

 ケイはいくつかの臓器を治すことに成功したが、脳に転移した癌に手を出すことができなかった。

 もしも脳の一部に傷を付け、それで心臓が停止した場合。

 その時の美花は死んだ状態になるのだろうか。

 それが死んだ状態だとなった時、癌を全て取り除いたとして、また心臓が動き出すという保証がない。

 その考えに行きついた時、ケイに美花の脳を手術する選択ができなくなった。


「いつかこうなるとは分っていたはずなんだけど……」


 エルフのケイは長命。

 美花と結婚した時、人族の彼女が先に亡くなる確率の方が高いということは分かっていたはずだ。

 それは息子のレイナルドも同じだ。

 彼の妻のセレナは獣人。

 ハーフとはいえエルフの血を引くレイナルドは、恐らく長命になると思う。

 少なくとも妻のセレナよりかは長生きをするはず。

 彼の場合、未婚の獣人女性の尻尾を掴んだということがあったというのもあるが、妻を看取る覚悟もしておかないと、結婚に踏み込むことなどできなかっただろう。


「分かっていても応えたのでしょう。ケイ殿は美花殿と本当に仲が良かったですから……」


 別にベタベタしていた訳でもないが、ケイはいつも美花を連れて移動していた。

 カンタルボス王国やドワーフ王国にも連れて行っていた。

 いつも2人でいるというイメージが、他国のファウストの頭の中にも浮かんで来る。

 その片方が亡くなってしまい、ポッカリと穴が開いたように思える。


「とりあえず、もう少しの間父さんのことは放って置いてやってください」


「分かりました。ケイ殿によろしくお伝えください」


 息子のレイナルドもケイのことをどうしていいか分からない。

 みんなが言うように、このまま次第に元気になってくれるのを待つしかないと思っている。

 なので、挨拶をしようかと思っているファウストへ放って置くことを勧めた。

 ファウストとしても、ケイがずっとこのままだとは思っていない。

 レイナルドの言うように、もう少し時間を置くのが多分正解だろう。

 そのため、レイナルドに駐留兵の入れ替えのことなどを説明し、来た時同様にカルロスに自国へ送ってもらったのだった。






「…………まだ、早いよ」


 居住区の北にある島の墓地。

 新しくできた墓の前でケイは呟く。

 まだ60代前半。

 自分の方が長生きするとは分っていたが、早い妻の死に頭の整理が追い付いていない。


「こういった時は、エルフって辛いな……」


 美花は年齢に見合った年老い方をしていっていた。

 それとは違い、ケイは20代から容姿の変貌がない。

 年老いて皺が増えていくのを美花は嫌っていたが、ケイはそれも愛おしく思えていた。

 家族や島民に囲まれ、穏やかな顔で亡くなった美花の顏のシワに触れた時、ケイは涙が止まらなかった。

 最後は苦しまなかったのが、せめてもの救いだった気がする。

 美花の名前が書かれた墓の前に立っていると、救えなかった自分の力のなさに悔しさが残る。

 父や叔父の時と同じくらい、いや、その時はアンヘルの意識が優先だったので、ケイとしてはある意味第3者のような感情だが、美花の場合は何だか心に重く感じる。


「クゥ~ン……」


「お前も悲しいか?」


 美花の従魔だった柴犬のクウ。

 主人が亡くなり、従魔契約が解除された。

 しかし、だからと言って美花のことが好きな気持ちは変わらない。

 ケイ同様、美花のことを思いだして悲し気な声をあげる。

 放って置くと、墓の前で何も食べずに動かなくなってしまうので、言うことを聞くケイが従魔契約を引き継ぐことにした。


【しゅじん、ゲンキだす!】


「あぁ……」


 もう一種類の従魔であるケセランパサランのキュウも、元気のない主人(ケイ)を心配そうに見つめている。

 もう何度目になるかの念話による励ましも、生返事が返ってくるだけだ。


「………………」


 今日も墓の前で長い時間沈んだ気持ちでいると、特にきっかけもなくケイは無言で家に戻っていった。






「んっ? 父さん?」


「兄さん、これ……」


 翌朝、朝食の時間になったが、食堂にケイの姿がない。

 いつもなら来ていてもおかしくない時間だというのに、一向に現れる気配がない。

 心配になったレイナルドとカルロスは、ケイを起こしに向かった。

 しかし、家の中にはケイの気配がない。

 そのことにレイナルドが不安になっていると、カルロスが書斎から数枚の紙を持ってレイナルドの所にやってきた。


「……何だこれ? 出かけるってだけしか書いてないけど?」


 島のことはレイナルドを中心にし、カルロスにはそのフォローをするようにといった数々の島の仕事のことを指示することが書かれていた。

 それはとりあえず置いておいて、ケイ自身のことが書かれた紙が最後にあった。

 その紙には、ただ一言出かけて来るから探すなということだった。

 大容量のと美花がつけていた魔法の指輪は、レイナルドとカルロスが持ち主になるように設定しなおしてあると書かれており、手紙と一緒に添えられていた。


「「どこへ……?」」


 どこへ行くかが手紙には書かれていないことに首を傾げる2人。

 出かけるのは構わないし、島のことも何とかなるだろう。

 ケイならどこへ行こうがなんとかなるとは思うが、せめて行き先を書いて欲しいと思った2人だった。



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