ギアス
「ウィリアム!!!目的は果たした撤退だ!!!」
ありったけの大声で指示を出す。エルフの少女を抱えたまま俺は会場を抜け出し、薄暗い街の中を駆ける。ウィリアムの先導で奴隷たちはうまく先に用意したルートで逃げているだろう。運が良ければ、王都を抜けられる。奴隷については問題ない。
あの貴族以外は殺せただろう。あの貴族もあの出血量では助からないはずだ。問題はこのエルフだ。十中八九俺の顔を見られた。仮面の男=シオン・スノードロップの図式は知られるわけにはいかない。
しかし、殺す気にもなれない。恨みも怒りもない相手を殺したいとは全く思えない。確かに殺す必要があるのかもしれないが他の方法がないわけではない。取り合えず、ゆっくりと話をする必要がある・・・。教会にはまだ戻れそうもないな。
エルフの少女はいつの間にか気絶してしまったようだ。まあ、あれだけ色々あればな。
俺らが集まっていた教会は王都のはずれにある礼拝専用の教会だ。昔はあそこが教会の本部だったらしいが、予算とか立地とかの影響で新しく教会を立てた。いらなくなった教会を壊すのもなんだからと残して礼拝専用の教会にしたわけだ。その性質上、人が少なくエルフを運ぶのには最適かと思われたが裏をかくことにした。王都の中心の方には司祭や多くのシスターたちがいる教会の本部がある。その地下は大きな空洞になっておりその空間を知るのは最高司祭だけだ。前世の知識により俺はそこの入り方も知っている。安全面で言えばたぶん教会に行くよりもいいはず。
そう思い俺は教会の本部に向かった。
「ここは・・・?」
「目が覚めたか、現状を理解できているか?」
「現状・・・私があなたに買われたということでしょうか?」
小首をかしげる少女はかなりかわいい。しかし、諦めに染まったその目が少し気に入らない。
「買ったつもりはない」
「ですがあなたは「お前は商人たちや貴族どもから逃れ自由になった」自・・・由ですか」
「ああ、だがお前は」
「私があなたの顔を見たのが問題なんですね?」
察していたらしく、俺の発言を先回りしてきた。
「そうだ、お前は俺の顔を見た。俺としてはお前が他人に話さないなんてことは信じられない」
「でしょうね」
驚いた様子もなくうなずく少女。
「ここで殺してしまうのが手っ取り早いのだが、お前はどう思う」
「あなたが何と言おうと私はあなたに買われました。それを差し引いても私はあなたに助けられた・・・あなたになら殺されても文句は言いません」
「・・・・・・・自由に生きたいとは思わないのか?」
「自由ですよ。これは私の選択です」
「死ぬことがか?」
「どうせここをくぐり抜けても私は故郷に帰れない・・・居場所なんてないんですよ・・・。エルフにとって故郷以上に安全なところなんてありません。またつかまって、恥辱を味わうなら死んだほうがましです!」
その瞳はどす黒く濁り、少女の声はトラウマを思い出すがごとく震えていた。それは今までの小声は嘘だったかのように大声で一番の感情の発露だったように思える。
奴隷の間かなり色々されたようだ。
「なら、俺に仕えろ。俺に買われたというなら俺の僕となれ」
「ッ・・・」
少女の顔が歪んだ。
「安心しろ、俺が求めるのはお前の力のみだ。そして、俺は力には相応の対価を支払う」
「対価・・・」
「例えば、その首輪を外してやる」
俺は首輪に手をかけ闇の魔力で引きちぎる。すると簡単に首輪は壊れ砕け散った。
「ッッッッ!?・・・」
驚愕で少女は硬直している。何度も自分の首元を見て何度も自分の首を触ってそこにあるはずの物がないのを確かめる。
「これは前金だ。お前が俺に仕えるというなら最低限の自由は保障しよう」
少女の意識を現実に引き戻そうと話を進めた。_
「分か・・りました・・・ありがとうございます」
少し落ち着いたのか声に落ち着きが戻っている
「そう簡単に決めていいのか?」
「・・・あなたへの感謝だけではなく理屈で考えてみた場合、私はあなたに使えるのが一番安全だと考えます。あなたはあの貴族や商人たちを全滅させて見せた。あなたは強大な力を持っています」
「・・いいだろう。ただし、俺の秘密を守るという保証が必要だ。これからお前にかける魔法に抵抗するな」
「はい」
「お前名前は?」
「ラフィリアです」
「そうか・・・『絶対順守の契約』」
俺はラフィリアの胸に人差し指をかざし、魔法を使用した。赤黒い靄が俺の人差し指から、漏れ出てラフィリアの胸元に吸い込まれていく。
「ラフィリア、汝『シオン・スノードロップの秘密を洩らさないと誓るか?』」
「誓います」
ラフィリアの返答を聞き届けた後、赤繰り靄は収束し幾何学模様のマークをラフィリアの胸元に刻印した。
「契約は完了だ・・・お前が契約を破ればお前は死ぬ・・・よく覚えておけ」
暗い教会の地下で契約は成った。これが、どのような意味を持つのか俺はまだ知らなかった。
「で?その女は誰?」
「何というか・・・まあ、仲間だ」
「奴隷の間違えじゃなくて?」
「断じて違う。俺はラフィリアを奴隷として迎え入れるつもりは皆無だ。あくまで仲間としてだ」
「ふ~ん。まあ、いいわ。他ならぬあんたが言うんだし」
ジト目のままだがルルシアは納得してくれたらしいな。一応・・・。
「随分信用されたらしいな」
「ええ、あなたは証明して見せたわ。奇跡を起こせる実力を。だから、今のところは信用してあげる」
「それはどーも。ウィリアム、他の奴隷たちは逃がせたか?」
「ああ、とりあえずは王都の外に逃げ切ったはずだ」
「ナナリア、今回はこれで解散にするが少しでいいラフィリアの面倒を見てくれないか?」
「と言いますと?」
「今回のことはイレギュラーだ。俺も手が回せていない。ウィリアムのところに行かせるのはラフィリアにも酷だし、頼めないか?」
「・・・ハァ~、分かりました。このまま彼女を放置するのは教会の人間としてはアウトですしね」