フラグ回収
「結局来てしまった」
王都の中央には巨大な王の城が建っている。その城へ向かうための大通り・・・かなり広く、正門から一直線で城まで伸びるその道は、綺麗に塗装されており、一種の造形美すら感じる。そんなことを考え現実逃避をしていたが、馬車で移動すること一時間王城の前にたどり着いてしまった。
「兄・・・諦めたほうがいい」
死んだ目をしている俺に、悟りを開いた眼で諭す妹。はたから見るとヤバい兄妹だ。
日は沈みかけており、辺りは夕日が赤く染めあがていた。誕生パーティーは日が沈んでからなので時間がある。準備する時間を考えても少し休めそうだ。そう思いながら、俺は白の中に入って行った。
――――――—―王城の舞踏会場。
舞踏会場には多くの人が集まっていた。
多くの貴族が、表面上は楽し気に食事やダンスをたしなんでいる。
面倒なあいさつ回りが一通り澄んで自由時間となった俺は壁によりかかり、グラスに注がれている果汁水を飲む。貴族を回避できなかった妹は貴族の少年たちに囲われて辟易していた・・・腐っても伯爵家。近づこうとする貴族は多く、スノードロップ家は名門であるが故に尚更だった。
舞踏会であるため、酒も用意されている。だが、流石に13歳の俺が飲むのはちょっとためらわれた・・・。できれば酔いたかった。けど、さすがにこんな場所で酔うのはごめんだ。それに酔えればいいと思えるほど、酒は好きじゃない。着慣れない燕尾服を気にしつつ、俺はバルコニーへ移動する。歩いている最中、いろんな人に声をかけられた。
ドレスを身にまとい、煌びやかな輝きを放つ少女たちにダンスをと誘われたが、すべて断った。とてもじゃないが踊る気分でもない。
そんなこんなでどうにかバルコニーにたどり着いた俺は、そこから一望できる王都を見渡した。
静謐な夜の闇を穿つように、鮮やかな月光が王都を照らしていた。夜空に浮かぶ月の光は鮮やかな黄色。綺麗な眺めだ。絶景と言ってもいいかもしれない。
軽やかの音楽が、かすかに聞こえてくる。バルコニーには俺以外、誰もいない。皆、舞踏会を楽しんでいるんだろう。王女が、来場するまではまだ時間があるしここで時間を潰そうかな・・・。そう思いながら、外の景色を見ていると不意に足音が聞こえた。誰か来たのだろうか?そう思い、後ろを振り返ると俺の動きは止まった。否、止められたといったほうがいい。
「おや?意外だね。僕以外にここに来る子がいるなんてさ」
振り向いた先にいたのは
琥珀色――――
思わず言葉に詰まる。
最初に目に飛び込んできたのは、大きな琥珀色の瞳だった。まるで宝石のように美しくこの世のものとは思えない。耳を打つ、ソプラノボイス。煌びやかなドレス。まさに絶世の美少女であった。
数舜後に、思考が戻ってくる。そういえば、この少女は誰だ?見たこののない少女だ。ここにいるということは、貴族なのだろうが・・・待てよ?この顔どこかで・・・
「げ!?あなたはまさか」
「し―」
少女は人差し指を唇に立てつつ悪戯が成功した時のような笑みを浮かべていた。
そこに居たのは、本日の主役であるアイリス王女だった。
「・・・なんで、ここに」
「それよりさ、場所移動しない? 」
案内されたのは、バルコニーから少し離れた場所にある個室だった。
「・・・このような時間に女性が男を部屋へ連れ込むものではありませんよ」
「へぇ~、この状況でそんな言葉が出てくるんだ~」
王女は目を細めて、意外そうに笑った。
「意外ですか?」
「うん、凄く意外だよ!王族を前に冷静なのも、僕に『げ!?』なんていう人も初めてだよ」
「・・・・・・・」
少し言葉にとげが含まれている。確かに、かなり失礼な行動だったかもしれない。
「まあ、いいさ。さて改めて、自己紹介をしようか?」
一転して天真爛漫といった言葉がよく似合う笑みを浮かべる王女が言う。だが目は笑っておらず、名乗れよっとでも言いたげな目だ。
「シオン・・・シオン・スノードロップと申します」
「へぇ~、やっぱり君がシオン君か~」
「やっぱり?」
何がやっぱりなのだろう?
「知らないの?君は有名だよ。スノードロップ家の変わり者だってさ」
何だそれ?そんなに有名になるようなことはしていないはずだ。
「君、自覚ないの?長男とは違い、舞踏会にも出てこないし他の家の貴族とも全く関係を持とうとしていないってね」
確かに俺は、舞踏会にも出ていないし、ほかの家の貴族とも特段中のいい関係を築いてはいない。しかし、俺は俺の目的のために動いてきたし、人脈(目的のための)はただいま製作中だ。
「人の決めた評価なんて当てにならないと思いません?私はそう思います」
「アハッ、貴族らしくないね~」
「自覚はしております。ですがアイリス王女も王族らしくないですよ?」
「え~、こんなに可憐で優雅で、カリスマ性にあふれているじゃないか~」
「・・・・・・」
「そんなにうんざりするなよ~」
終始ハイテンション。なんだか面倒くさくなってきた。アイリス王女ってこんなキャラだったんだな。人と話すのが好きじゃなかったはずなんだけどな・・・。
「それにしても、固いな~。そんなにかたっ苦しい態度じゃなくていいよ。何なら、命令にしてあげようか?」
何というフレンドリーさ・・・。この人を、人と話すのが嫌いとか言ったやつは誰なんだろう。俺のアイリス王女への印象は全く正しくなかったらしい。
「・・・分かったよ、善処はする」
「うむ、よろしい!」
・・・天真爛漫な王女を見ているとやはり変な感じだ。ゲームでもこんな設定だったのだろうか?・・・いや、この世界はもうゲームではない。多少の変化があっても不思議じゃない。ここは異世界なのだ。一人一人に意思があり、感情があり過去がある。俺は王女に視線を向けて、気を取り直して話しかけた。
「それより聞いてもいいですか?王女は何でバルコニーなんかに来ていたんだ?っというか、会場にいなくて大丈夫なんですか?」
ずっと気になっていたことを聞いてみた。
「ああ、大丈夫だよ。会場にはちゃんと僕がいるよ」
「?」
「解せないって顔だね?」
王女は楽し気に微笑む。その笑みは、やはり美しく人を魅了し虜にする妖しげな魅力があった。
「見せてあげるよ・・・」
そう言って、王女は部屋に会った椅子に触れる。
『クリエイト、マリオネット』
王女がつぶやいた瞬間。
椅子が発光し、次の瞬間には王女そっくりの何かかがいた。
「これが、会場にいる僕の正体・・・ゴーレムの進化バージョン『マリオネット』。自立行動ができて、会話もできるんだ!すごいだろ!?まあ作れるのは僕くらいなものだろうけど~」
驚いて、動けない俺に王女は不敵で自慢げな笑みを浮かべる。その笑みは、さっきとは違いひどく子供っぽく、しかしその笑みは変わらず人を魅了するであろう魅力を持っていた。
「この魔法のおかげで城を抜け放題、面倒事も回避できる。問題点としては、僕が想定してない会話は出来ないことかな」
「ああ、なるほど」
「?何が?」
王女は不思議そうに首をコテンっとかしげ、聞き返す。
「あ、いえ。王女はその・・・あまり人とは話さないという噂を小耳にはさんだので」
王女は僅かに目を細めた。
「・・・なるほど~。確かに、あんまり話すとボロが出るから人に近づけないようにしてたよ」
「メイドもグルですか」
「うん、最初は止めに来たけど最近は諦めて城を抜け出すときも手伝ってくれるよ」
なんともまあ、苦労が多そうだ。専属メイドが頭を抱えているのが目に浮かぶ。しかしこれで合点がいった・・・確かに人と話すのが嫌いという評判が流れるわけだ。
「それにしても、凄まじいな」
俺は改めて、王女そっくりのマリオネットを見る。瓜二つだ。ぱっと見では全然わからない。これだけ精巧に作るには相当の魔法技術が必要だ。この生まれで、この容姿で、この魔法の才能。天は二物を与えたな。
「堅苦しいのは嫌いでさ、よくこれを使って抜け出したりするんだよね」
大丈夫なのか、王国の警備と言いたくなるがこんな魔法知らなければ見破れないだろう。
「俺がしゃべるとは考えないんですか?」
「会場にいるのは人形です・・・なんて戯言信じる人が何人いるかな?少なくとも、王族を敵に回すべきではないと思うけど?」
「お粗末ですね。王族がムキになったら勘づかれますよ・・・もしかしてからかってます?」
「そうだね、少しからかってる。君は、どうせ言わないよ。貴族のごたごたに付き合いたくなくて、王女の誕生日会をさぼるぐらい面倒くさがりだからね。僕が何をしていようと興味はないそうでしょ?」
「否定はしません」
「フフフフ、やっぱり君は面白いな~。何というか新鮮だよ。ねえ、もしよかったらさ僕の話し相手になってよ」
「現在進行形で話し相手ですが?」
「そうじゃないよ、これからもってことさ」
「・・・・・・」
「そんなにうんざりするなよ~、こ~んな美少女が頼んでいるっていうのにさァ~」
「まあ、善処はしますよ」
「それ!善処するって言葉。君が使うと説得力ない!だって言葉遣いだって、かたっ苦しいままだし。全然善処してないじゃん」
アイリス王女は、ふくれっ面のまま不貞腐れたようにこぼす。
「ハァ~、分かりました。時間があれば」
「ウム、よろしい」
アイリス王女は、満足げにうなずいている・・・長期的に見れば、王女をこちら側に引き込めれば計画が進めやすい。問題は、王女の情報が少ないこと。仲間に引き入れるのしても、王女の性格や立ち位置を知るのは損にならない。
「さて結構話し込んだけど、そろそろパーティーもお開きになるだろう。おしゃべりはまた今度だね」
そう言って、俺に王女は手鏡を差し出してきた。
「これは、連絡を取るための魔具だ。見たことあるだろ?使えば私につながるようになっているからさ」
そう言い残して、アイリス王女は扉を開けると部屋を飛び出し消えていった・・・・。
「嵐のような女だ」
静かになった個室には俺の声だけが響いた。