93.初詣
オッサンはそろそろ落ち着きたいと思ったのだ
「年越しそば美味しかったね」
「そうだね。ここ十年ほどはカップそばで年越しだったから、ちょっと感動したよ」
コナミの感想に答えると、彼女は「独り身はさみしいですなあ」などと冗談めかしたことを言い、私は怒ったフリをしながら彼女の頭を荒っぽくなでた。まあ、今は独り身ではないのだが。
これまでの生活で他人と過ごすのに慣れたということと、意図して打ち解けようともしている、そういう感覚の表れなのだろう。
ということで、宿での夕食は年越しそばだった。
私とコナミ、そしてこの国で生まれ育ったアルジェンタムを除き、箸でそばを食べるということに慣れていないメンバーもいるため、ちゃんとフォークも用意されていた。ありがたい。
副菜も唐揚げや煮物が用意されており、なんというか現代的な大晦日の食事だなあと感じた。特に唐揚げ。
グレイシアたちも物珍しげながら年越しそばを楽しんでいたようなので、味に関してはおそらく大丈夫だったのだろう。
シェリーだけは何故かやけに箸に拘って悪戦苦闘していたが……。
「綺麗ね」
商店の立ち並ぶ大通りの辻々に立てられた篝火を見て、グレイシアがつぶやいた。
祭りというほど派手ではないが、一定の間隔ごとに灯る火は辺りを歩く人々を赤く華やかに照らし出している。
多くの人が初詣に合わせてか、日本の着物に似た晴れ着を身にまとっていることも非日常感を増す一因になっているのだろう。
うちの女性陣も宿で用意された晴れ着姿で、いつもとは違う雰囲気だ。
「そこは『君のほうが綺麗だよ……』って言うところじゃないの?」
「いやいや、そういうのは二人きりになってからでしょ」
グレイシアの言葉に頷くだけにとどめた私の顔を見上げ、わざわざおじさんのような渋い声を出す努力をしてまで茶化すコナミに苦笑交じりに応える。
……浮かれているのかと思ったけど、もしかすると素のコナミは結構ひょうきんな子なのかもしれない。
「まあ、みんな着物がよく似合ってると思う。コナミも髪飾り似合ってて可愛いよ」
正直な感想を口にすると、コナミは顔を真っ赤にして私から目を逸らした。ほめられ慣れていないのだろうか?
「アルは?」
「アルも可愛いよ。いつものふわっとした髪形もいいけど、きちんと整えてると良い所のお嬢さんみたいだ」
アルジェンタムの問いに答えると、彼女は笑顔を浮かべ機嫌良さそうに尻尾を揺らした。
名も無き神との戦いを経て更なる昇級を果たしたアルジェンタムは、現在十二歳前後の体格に成長していた。
十四歳としては少し小さいコナミより頭半分ほど低い身長で、頭の上に伸びる狼の耳を含めると大体同じくらいの全高だ。
体の起伏などはあまり変化していないが、手足は明らかに伸びている。モデル体型とでも言おうか。
今はまだ可愛い感じが強いが、あと少し成長したら美人という感じになるだろう。きっと異性にモテるに違いない。
「ね、ねえソウシ。私はどう?」
今度はシェリーだ。顔を紅くして、うかがうようにチラチラと私を見たり明後日の方向を見たりしている。
彼女の態度がおかしくなり始めたのはエルフの里での戦いの後だ。
急に顔を紅くしてあわてたり、恥ずかしがったり、私と目を合わせるのを避けたり……。
さすがにこれで気づかないほど私も鈍感ではない。おそらく彼女は私を異性として意識しているのだろう。
とはいえ、グレイシアと付き合っている現状でシェリーの思いに応えることはできないわけだが、だからと言って彼女をないがしろにもできない。
中々悩ましい状況ではあるが、まあ彼女が私に告白するなりなんなりするまではそっとしておくのが無難なところだろう。
「綺麗だよ。編み込みも普段より大人っぽい感じで良いね」
ということで、素直な感想を伝える。
「そ、そう? よかった……」
私の答えにシェリーは花が咲いたような笑顔を見せた。さっきまでの少し不安げな様子はもう無い。
同世代の男の子なら確実に見とれるだろうなあ……。
「ほら、リズもほめてもらいなさい」
グレイシアがそう言いながらエリザベートの手を引く。コナミの後ろに隠れるように立っていた彼女を私の視界に入れようというのだろう。
他の子供たちをほめておいて彼女だけスルーというわけにもいかないから、グレイシアが行動するのは妥当だ。
「あ、あの……」
「とてもよく似合ってるよ。前髪をヘアピンで横にまとめているのも新鮮でいいね」
口を開きかけ、何を言えば良いのか分からなくなった様子でうつむくエリザベートにもほめ言葉をかける。
宿の女中さんの手腕か、一人ひとり異なる特徴を出す着物の色合いと髪型に仕上がっているため、ほめる点に困ることはない。
ここで言いよどんだりすれば乙女心を傷つけかねないので、とてもありがたい気遣いだ。
「あ、ありがとう、ございます」
彼女は実家の地位の低さから社交界に出ることもなく、着飾ったり男性の目を意識することもなかったらしいので、やはりほめられ慣れていないようだ。
なんというか、それぞれ異なる個性を持った美女・美少女ばかりで、オッサンとしては変な虫がつかないかを心配してしまう。
まあ、父親役と母親役がいるし、人間、それも来訪者丸出しな髪色の人物に絡むような者は獣人族にはいないだろうけど。
周囲の獣人たちも大晦日から初詣までの時間を楽しんでいるようだし、変な心配などせず我々も楽しめばいいだろう。
それから私たちはお寺で鐘を撞きまくり、神社で炊き出しの甘酒や豚汁などをいただきながら年明けを待ち、日が変わると同時に「あけましておめでとう」と言葉を交わした。
なんとも日本的な新年の始まりに、私とコナミは顔を見合わせて笑った。彼女の目には少し涙がたまっていたが、それでもその表情は晴れやかだった。
きっとまだ割り切れてはいないだろう。それでもコナミが少しでも前向きになれたことが感じられて、私は胸をなでおろした。
その後、さすがに子供たちを連れてご来光まで過ごすわけにはいかない、と我々は宿へと戻った。
あと数日は、この国でゆっくりと過ごせそうだ。
明けて四日。イニージオを経由する船便を取り、我々はカトゥルルスを後にした。
出港時には、漂流した私を迎えに来てくれた老漁師をはじめとして何人もの人たちが見送ってくれた。
港町にも事後処理などのために何度も訪れていたため、多くの人々と知り合う機会があったからだ。
もちろん獣人の族長たちや、お世話になった宿や商店の人たちにも挨拶をしてある。特に米や醤油などを結構な量、用意してくれた商人の方にはしっかりお礼を言っておいた。
この三日間は各部族の村へ新年の挨拶に出向いたり、そこで新年早々魔法の講義をさせられたり、戦士たちに軽い体術の指導を受けたりしながら過ごした。
もちろん新年的な遊びも、羽根突き、凧揚げ、カルタ遊びなど様々なことを楽しんだ。
中でも羽根突きはこの世界ならではの身体能力により、さながら銃撃戦のような音を響かせながら羽が飛び交うという、危険極まりない死亡遊戯の様相だったのが印象深かった。
書初めでは、みな思い思いの抱負を文字にあらわしていた。
ちなみに私は「平穏」だ。
漂流から始まった今回の一連の事件は、こうして平和裏に終わりを告げた。
イニージオの町に戻る頃にはカトゥルルスであったことは伝わっているだろうし、コナミが教会を出て私と共に生活していることも国の内外に広まっているだろう。
これで何もかもが丸く収まってくれれば良いのだが、そう上手くゆくものではないことはわかっている。
名もなき神の件はまだ終わったとは思えないから、やっぱり全力で昇級を目指さざるを得ないのだろう。
現在、七度目の昇級を経たわけだが、どこまで昇級すれば平穏無事な生活が送れるようになるのやら。
せめて普通の探索者と変わらない生活ができればなあ……。
東の水平線に顔を出しはじめた朝日を見ながら、私は儚い願いを抱くのだった。