表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

97/181

92.最初の来訪者の足跡

 都合よく問題が解決するなんてことはないなあとオッサンは思ったのだ




 グレイシアと二人きりで過ごした翌朝、私は心地よい重みとぬくもりの中で目覚めた。

 言うまでもなくグレイシアの柔肌の感触だ。


 昨夜部屋に入った時は二人そろって、さながら未経験の男女のような有様だったが、二回戦も終える頃にはすっかり感覚を取り戻し、それなりに長時間睦みあうことができるようになった。

 まあ、正直グレイシアほど魅力的な女性としとねを共にしたことはなかったので、長時間といっても二十分程度だったが……。おそるべし。


 その後、朝風呂に浸かってから朝食をとり、子供たちの待つ宿に移動した。

 出迎えてくれた面々はそれぞれ異なる反応で、シェリーはやけに冷たい視線を投げかけ、コナミはニコニコと満面の笑顔を見せ、エリザベートは顔を真っ赤にさせ、アルとグランツはやたらと私たちの匂いを嗅ぐという、いささかリアクションに困る様相だった。


 それとコナミは「昨夜はお楽しみでしたね」と言ってから、やっぱり恥ずかしかったのか真っ赤になった顔を両手で隠していた。

 言ってみたかったんだろうねえ……。気持ちはわかる。


 昼食をとった後は、ようやく全員そろってカトゥルルス観光に出かけることができた。

 海に出て以降は事故と戦いの連続で、今の今までまとまった時間が取れなかったから本当にやっとという感じだ。

 なんにせよ、これ以上この国でのトラブルはないと思うので、しばらくゆっくり観光とお土産の買出しを楽しむとしよう。


 ……もうトラブルはないよね?


 若干ギクシャクしながらも、我々は首都内の商業施設や壁外の農地、牧場などを見てまわり、イニージオの町では見られない様々な景色を目にした。

 それは外国のようであり、日本の様でもある不思議なものだった。


 この国に来た当初は郷愁が勝っていたため日本の面影にばかり目が行っていたが、今では冷静に違いを楽しむことができるようになっていた。

 コナミはまだ少し寂しそうな顔を見せることもあったが、それでも笑顔が消えることはなく、より打ち解けた少女たちと旅の風景を楽しめていたようだ。




 観光を終え、宿へ戻ってからは明日以降の方針をあらためて話し合った。

 というのも当初の予定では年内には戻れそうだと考えていたのだが、諸々の後処理と宴への参加で、すでにイニージオの町を発ってから実に二十五日も経ってしまっていたからだ。

 今からあわてて出発しても、船便のタイミングによっては無駄に港町で時間をつぶすことにもなりかねない。


「私、年末年始ここで過ごしたい」


 そんな話し合いの最中、コナミの口からこぼれたのは彼女と我々が共に暮らし始めてから初めてのわがままだった。

 それは私たちの距離が今までより近づいたことの証明のようで、不思議と嬉しさが湧いてくる一言だった。どうやらグレイシアも同じように感じたらしく、カトゥルルスでの年越しが決定した。


 私もコナミのことをどうこう言えないほど嬉しかったのは内緒だ。




 方針が決まり、宿に年明けまでの料金を払うと、私たちは本格的に久しぶりの休日を満喫することにした。

 年末年始の準備などは、宿に全てお任せすることになったので準備することもなくダラダラできる。

 と言いつつ、実際にはちょっと気になることを各族長にお願いして調べに出向いたりしてるのだが。


 気になることというのは「来訪者」のことだ。これまでの経験では獣人族の伝承が最も「来訪者」と深い関わりがあると思われる。


 人間の領域では――教会や他の地域は分からないが、少なくともイニージオの町で「来訪者」関連の資料などは、ごくごく当たり前な知識と技術に関わる内容の物しかなかった。

 エルフはそもそも書物で残していないし、ドワーフは鍛冶と戦いのことしか記録が残っていないらしい。


 となると自然、カトゥルルスが浮上することになる。

 そして獣人たちの残した書物には、期待通り「来訪者」に関する記述があった。


 その内容の多くは「最初の来訪者」と呼ばれる人物の無茶苦茶な功績に関わるものだった。

 曰く、ある国の王都の土台を一晩で作った。

 曰く、山を貫く隧道を一晩で作った。

 曰く、獣人の国と人間の国を結ぶ航路の港町二つを一晩で作った。

 曰く、獣人の国の首都の防壁を一晩で作った。

 曰く、米を五百年かけて品種改良し、同時に味噌や醤油、酒を作った。

 などなど……。


 本当に人間かよ!

 荒唐無稽にも程があるだろ。大体、五百年かけた、って生きてるわけないだろ。人間ならどうあがいても死んでるよ。


 まあ、冷静に考えるなら「最初の来訪者」の子孫なり、弟子なりが遺志を引き継いでがんばったってことなんだろう。

 しかし、これまでの印象からして獣人族が無意味に一人の人間を神格化するかと言われると、そんなことはしそうにない。


 ……考えても答えは出ないことだし、置いておこう。

 本来の目的は個人を調べることではない。もっと重要なことだ。


 つまり「来訪者は故郷に帰ることができたのか否か」ということ。


 私個人の感覚としては、日本という国自体に望郷の念が湧くことはある。だが、これまで帰りたいとは思わなかった。だから今まで調べもしていなかったのだ。


 今になって調べ始めたのは、言うまでもなくコナミの心情に思い至ったからだ。

 帰りたいと泣いた彼女の思いは、いかばかりか。


 だが、調べた結果、残念ながら「帰れた来訪者」に関する記述は何一つなかった。

 現地に馴染んで幸せに暮らしました――なんて記述もなかったのは、ある意味、獣人たちの真摯さが感じられて少し救われたといえなくもない。

 人間、事実を捻じ曲げてでもハッピーエンドにしたがるところがあるからね。


 とはいえ、資料によると、よくある異世界召喚物語と違って「来訪者」は誰の意思にもよらず、この世界に流れ着いているようだ。

 であるなら、最初から行き来する手段などないのかもしれない。なんとも救いのない話だ。


 コナミがどう考えているかはわからないが、希望を抱いていた場合この結論は毒だ。まだ完全に調べきったわけでもないし、今のところは伏せておくべきだろう。




 数日の間、資料にあたったり、グレイシアと二人で出かけたり、何故かシェリーと二人で出かけさせられたり、皆で出かけたり、たまに魔物を狩りに森に出かけてみたりしながら過ごした。


 そうしているうちに明日は大晦日だ。

 集会所周辺から神社までの経路は夕方から篝火を炊いて初詣客たちが移動しやすくするそうだ。

 神社でもちょっとした炊き出しがあるらしく、多くの獣人たちでにぎわうという。

 また、神社の近くにあるお寺では除夜の鐘をつくこともできるとのことなので、これもまた楽しみだ。


 我々も明日は夕食後しばらくしてから出かけて、お寺経由で神社へ出向き初詣としゃれ込もう、ということになった。


 社会人になってからは初詣など行かなくなっていたが、久しぶりのイベントを楽しめそうだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ