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91.一夜

 覚悟が決まった女性はちょっと怖いとオッサンは思ったのだ




 加護を失う不安から解放された私は、翌朝グレイシアと共に改めて首都観光に繰り出した。


 瓦屋根はないが木造の家屋が碁盤の目状に立ち並び、大通りに面した場所には食事処や商店が何軒もある。宿は少ないようだ。

 店を覗くと米や麦、味噌に醤油といった食材が並び、棚の上には日本酒の酒瓶が何種類も置かれている。


 どうも日本酒はそのまま日本酒と呼ばれているらしい。国名的にカトゥルルス酒じゃないのか?と思ったりもしたが、よく考えれば酒をはじめとした発酵食品はかつてここを訪れた日本人が作り出したという話だから当然といえば当然だった。米は米だし、味噌は味噌。それ以外の食材も完全に日本準拠だもんね。


 適当な食事処で昼食をとり、私たちは再び街を散策した。もちろん目についた商店に立ち寄ったり、私にとっては懐かしい、グレイシアにとっては物珍しい風景をながめたりしながらだ。


 ゆったりとした、それでいて心が浮き立つような時間は、瞬く間に過ぎていった。


「本当にベナクシーとはぜんぜん違うわねぇ」


 感心したように言うグレイシアに、私は微笑んで首肯する。

 この世界の広さは分からないし、洋の東西で様々な違いはあると思う。だが日本文化というのは地球においても他に類を見ない独特なものだ。だからこっちでも特殊で不思議なものに思えるのは自然なことだろう。


「ソウシのいた世界と似てるのよね?」

「うん。と言っても、大分昔の時代の日本に、だけどね」


 私はグレイシアに乞われるままに、私の故郷のことを話した。

 食文化は獣人の国と似ている。騎士はいなかったけど侍という君主に仕える戦士がいた。城が高い石垣の上に築かれる。刀という独特な製法で作られる片刃の剣がある。そういったこれまで話していなかったことを、だ。


 グレイシアの亡くなった旦那も日本人だが彼は故郷のことを話すことはなかったらしく、彼女は興味深そうに私の話を聞いて微笑んでいた。

 だが、その笑顔には少し寂しさのようなものが見え隠れしていて、故人を偲んでいるであろうことが窺えた。


 少し、彼に嫉妬をしていることを自覚し、私は自己嫌悪に陥る。

 いつの間にか、グレイシアが私を好きだと言ったことを受け入れ、彼女を自分の物だと考えていたのかもしれない。


 ……なんとも浅ましく恥知らずなことだ。彼女の想いに応えてすらいないくせに。


「……」


 湿っぽくなってしまった空気を変えることができず、私たちはしばらく無言で夕日に染まる街を歩いた。


 建物が途切れ、首都内に引き込まれた川が現れる。その向こうには整えられた林があり、赤い鳥居も見えてきた。日本っぽい神社の境内を演出しているのだろうか。


 川を渡り終えるころには随分と日も沈み、空は赤から暗い青へ変わり始めた。

 なんとなく鳥居を前に立ち止まっていると、グレイシアは私を置いて先に進んでゆく。参道を歩く彼女に続いて、私も鳥居をくぐった。


 手水舎の前で戸惑っている彼女の様子に、私は柄杓を手に取り作法をやってみせる。左右の手を洗って口をゆすぐアレ。

 柄杓を手渡すと、グレイシアも私に倣い手と口をゆすいだ。そして向かう先は当然、拝殿だ。


 私は参道をはずれ、砂利を踏んで歩く。ジャリジャリという音とおぼつかない足元がなんだか楽しく、思わず口元が緩む。

 そんな様子に気づいたのか、グレイシアも私の隣まで来ると楽しげに砂利を踏み鳴らして歩いた。


 拝殿にたどり着き、一ガイア硬貨を賽銭箱に投げ入れる。五ガイア硬貨がないのが残念だと思ったりしたが、よく考えれば五円とご縁をかけた洒落みたいなものだったはずだから、五ガイアじゃ何もかからないのだった。

 馬鹿なことを考えながら縄を揺らして鈴を鳴らす。ガロンガロンと低めの音が心地よい。


 二拝二拍手一拝だったかな? と思いながらうろ覚えに作法をこなす。隣でグレイシアもチラチラと私を見ながら真似をする。

 さて、何を願おうか。やはり、平穏な生活かな? しばらく無理そうな気もしてはいるのだが……。まあ、旅の安全を祈願しておこう。


 そういえば、この神社のご神体はなんなんだろう。八百万的な考えがあると聞いたことはないから女神ガイアなのだろうか。だとしたら女神様もあっちこっち引っ張り出されて大変そうだ。


「ソウシ、何を祈ったの?」

「旅の安全かな」


 グレイシアに問われ、当たり障りのない答えを返す。実際のところ他に祈るようなことも思いつかなかったのだ。


「グレイシアは何を?」

「私は、貴方の心をつかめますように、って祈ったわ」


 まっすぐ来たなー。

 言葉だけでなく瞳もまっすぐ私を捉えている。ただ、少し不安げにゆれてもいる。


……さすがに、もう逃げるのはダメだな。


 これまではグレイシアの優しさに甘えて、自分の自信のなさから目を逸らしていた。


 いつだったか、付き合っていた女性に言ったこと、そして彼女の答えを思い出す。

 私と一緒にいても何もしてやれない。そう言った私に「一緒にいられるのが嬉しいんでしょ」と呆れ顔で彼女は答えた。


 結局、私は自分が大した人間ではないと幻滅されるのが嫌なのだ。

 正確に言うと幻滅されるのが自然だと思ってしまっているのだが、どちらにせよ自信がないことに帰結する。


 とはいえ、ここで自分と向き合わないわけにもいくまい。

 では自分の素直な心情はどういうものなのか。


 恩を感じているだけか? 違う。

 グレイシアに対しては感謝もしているが、同時に女性としての魅力も感じている。


 好みのタイプかどうか、と言われると分からない。というのもこれまで考えてこなかったからだ。

 自分が選ぶ立場に立つということを避けていた。

 ただ、相手の望むとおりに受け入れてきたのだ。それが楽だったから。幻滅されても、自分で望んだことではないと言い訳ができた。


 では、グレイシアの気持ちに明確に応えてこなかったのは何故だ?

 もう答えが決まっているのではないか?


 であるなら、私の言うべきことも決まっている。


「……正直なところ、まだしっかりとした自信は、ない。だけど、私も君を想っている。……こんな半端な男でよければ、一緒にいてほしい」


 これしかあるまい。

 ……しかし、格好がつかないほどガチガチだよ。噛まなかったのが奇跡的だよ。

 しょうがないよね、今まで告白なんてしたことがなかったんだから。


 ああ、グレイシアがなんだか生暖かい笑顔になっている気がする。

 いや、違うなこれ。これは被害妄想だ。


「うれしい……」


 彼女は嬉しげに微笑み、私の胸に体を預けてきた。

 圧倒的なボリュームと女性特有のやわらかさに年甲斐もなく取り乱すが、私はなんとかグレイシアを抱きしめる。壊れ物を扱うように、そっと。


「…………」


 どれくらい無言で抱きしめあっていたのか。気づいた時には辺りはすっかり薄暗くなっていた。

 不意に体を離したグレイシアが口を開く。


「……そろそろ戻りましょうか」


 私はその言葉に頷き、彼女の手を取った。


「今夜は、子供たちと別の宿も取ってあるの」

「……え?」


 何でわざわざ? ってまあ、そういう意味ですよね。

 覚悟完了しているなあ……。


 結局、グレイシアの案内で彼女が取っていた宿で一夜を過ごしたのだった。


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