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90.女神の加護とは

 自分だけで思い悩むのは良くないとオッサンは思ったのだ




 槍の刃にダイヤモンドカッターをまとわせた私が駆け出すと神官服の男はあわてて「石壁」を発生させた。

 なるほど、あわてるということは効くということだ。


「はあぁ!」


 石の壁の手前で私は左足を地面に押し付けると、そこを軸に体を半回転。右足を激しく踏み込むと同時に全力でパルチザンを振り下ろした。

 金剛石の刃は「石壁」を容易く切り裂き、男の驚愕の顔をあらわにさせる。


「ガアァッ!」


 私の真後ろにいたグランツが、そこへ電撃をまとって飛び込む。狼の頭突きが男の顔面に叩き込まれ、さらに電気による感電を引き起こした。


「おらああぁ!」


 それを好機と見た黄虎の族長が鋭い爪で神官服の胸を引き裂き、黒狼の族長が足元を払い、灰狼の族長が喉元に牙を突き立てる。

 それでも男は倒れない。


「ぎ、ざまらぁぁああ……ッ!」


 すでに斜め後方へと離れた族長たちに顔を向け、男が怨嗟の声をあげる。

 そしてそれは致命的な隙となった。


「がヒュッ」


 私の槍が首を切断し、男の怨念に満ちた声を止める。

 次の瞬間、男の体は黒い靄を爆発させるように撒き散らし、神官服を残して消滅した。


「ぉ……」


 地面に転がった男の首が何事か喋ろうとしながら私を睨むが、何も発することができぬまま体と同様に黒い靄となって消え去った。


 森に広がった靄が完全に晴れると辺りにはようやく静けさが戻り、重圧から解放された我々はその場に座り込んだ。


「だはぁーッ! いったい、何だったんだいありゃあ!」

「フー……。おそらくは……」

「うむ。名もなき神……」

「じゃろうな……」

「洒落にならん強敵だったのう……」


 族長たちが口々に戦いを振り返り、安堵のため息を漏らす。だが、私は別の不安に囚われていた。


 男の頭が消えた場所には大きな魔石が転がっている。


(名もなき神に憑依されていたとはいえ、私は人を殺した……)


 女神の加護は罪を犯すと失われるという。

 では今回のこれはどうなのか。


(……もし、失われても仕方がない、か)


 これが最善だと、私は判断したのだ。あそこで止めを刺さなければ他の者に被害が及んでいたかもしれない。恐れたのはイタチの最後っ屁ってやつだ。

 だから殺した。


 加護がすぐに失われるのか、それともしばらくして失われるのかは分からない。だが、どちらにしても心構えだけはしておかなければならないだろう。


「ソウシ! 治療手伝ってちょうだい!」


 私を呼ぶグレイシアの声が聞こえる。

 今はまだ魔法が使えそうだし、ひとまずできることをするとしよう。


「ああ、すぐ行くよ」


 けだるい体を動かし名もなき神の魔石を手にとって懐に収めると、私は負傷者のもとへと急いだ。




 結局、限界まで「回帰」を使って負傷者の治療をしたため、私とコナミはあの場で気を失った。

 あの神官服の男が現れたときに放った一撃が、数名の獣人の手足を切断していたから仕方がないことだったのだが。


 私が眠っている間に黒狼の村から援軍が到着し、戦場となっていた森から最も近い赤熊族の村へと負傷者たちを移送したという。

 グレイシアをはじめとした探索者団のメンバーたちも、同様に赤熊族の村で一晩、宿を借りたそうだ。


 また、援軍の一部は我々が倒したソルジャーアント、ジェネラルアント、クイーンアントの魔石と甲殻を集めて回り、そのおびただしい数に驚愕したという。

 実際、あの戦いで倒した総数は四百体は下らないのではないだろうか。三十人やそこらで相手にするにはあまりに多い。よく死者が出なかったものだ。


 私が目を覚ました後、我々は再び遺跡の島へと渡り、獣人の魔道具職人の力を借りて作成した石碑を使い「神の魔石」を再度封印した。


 もし私の加護が失われて魔法が使えなくなっていたら、グレイシアに任せなければならないところだったが、幸いにも今のところ加護が失われる様子はなく、封印も問題なく施すことができた。


 ……はたして女神の加護は失われるのだろうか? そんな疑問を抱きもしたが、やはり残された時間は少ないと考えておくべきか。

 今のうちに思いついたことを実験したり、魔道具を試作したりするかな……。




「助けに来てくれてありがとう!」

「いや、ホントにあの時はもうダメかと……」

「コナミさんの回復魔法すごかったですね!」

「腕を繋いでもらえて助かった」


 宴の喧騒に包まれながら、私たちは何度も訪れる獣人たちに次々に礼を言われ続けていた。


 遺跡で神の魔石を封印し、港町の探索者ギルドで各方面への報告の手紙を出した我々は、獣人族の長たちに請われて宴に参加することになった。

 当初は港町に戻ったところでそのままベナクシー王国へ戻る船便を探す予定だったのだが、獣人たちが「何の礼もせず帰すわけにはいかない」と言い出した。


 せっかくの厚意を断るのも無粋だ、という探索者団全体の判断により再び首都へと戻ったのだ。

 私とグレイシアは観光できていなかったから丁度いい、というのもあったんだけどね。


「ドワーフの谷での宴を思い出すわねぇ」


 ようやく人の流れが途絶えたところでグレイシアがつぶやく。

 集会所の周囲をぐるりと囲む広場にいくつも並べられたテーブルに乗せられた料理は、おにぎりや焼き魚、鍋ごと置いてある味噌汁やトン汁、おでんなど、日本風のものばかり。

 だが、会場に集まり楽しげに談笑し料理を楽しんでいる人々の姿は、どこでも変わらないと感じた。


 中にはすでに完全に出来上がってしまっている者もいて、千鳥足でさらなる酒と料理を求める姿はちょっと心配だ。

 この国の酒は、あまり飲まない私でも美味しいと感じるほどの物だから気持ちはわからないでもないが。


「ソウシ、ずっと何か考えているわよね?」


 不意に真顔になったグレイシアが、そう切り出す。

 どうやら表に出さないようにしていたつもりがバレていたようだ。


「あー、うん。あの時のことが気になっていてね」


 隠していても仕方がない、と私は「女神の加護が失われるかもしれない」ことを話した。もしそうなれば私は魔法が使えなくなるわけで、これまでのように探索者としてやっていくのは厳しいかもしれない。なにせ武器の扱いはまだまだなのだ。


「今は?」

「まだ使える」


 私の説明にグレイシアが疑問を発し、私は端的に答える。


「そう、それなら大丈夫よ」

「え?」


 私の思いをよそに、グレイシアは事もなげに言った。

 何か根拠があるのだろうか?


「何度か加護を失った人を見たことがあるけれど、人を害してすぐに魔法が使えなくなっていたわ」


 だから、あなたは女神様に見放されてはいないわ。グレイシアは微笑んでそう締めくくった。


 悩むことなかったのかー……。


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