89.司教
こいつがボスかな?とオッサンは思ったのだ
森に入り、ちまちま「石槍」の坂茂木などでソルジャーアントの行動を阻害し、獣人たちの援護をし続けること三十分ほど。グレイシアたち、援軍の後続組が到着した。
「回帰!」
到着と同時に、コナミによる負傷者の治療が行われ、状況は一気に魔物を殲滅する流れに変化した。
重傷者はいても死者が出ていなかったのがプラスに働いた形だ。みな満身創痍で、誰も死んでいないのが奇跡的といえる状態だった。
こうまでスムーズに逆転できたのは獣人たちの頑張りが大きかったと言えるだろう。
そしてコナミたちが頑なに同行を主張したことがここに来て活きた。コナミがいなければ一気に戦える状態にまで回復させることはできなかったのだから。
グレイシアとエリザベートも回復役をやれば尚更だろう。
私を含め回復役が四人もいれば、いまの状況ならほぼ磐石と言える。
さすがに、もうこれ以上はあるまい。そう考えた時だった。
「うわあああ!!」
森の端にいた者たちが悲鳴を上げる。そちらに目をやると、何人もの獣人が何かキラキラと光を反射するものに切り裂かれ倒れ伏すところだった。
同時に切り裂かれた幾本もの木がメキメキと音を立てて折れてゆく。
「なんだこれは……!」
怒声を響かせ、何者かが森に踏み込んできた。逆光に照らされ顔は見えないが、圧倒的な気配が発散されているのだけはわかる。
(これは……やばい。クイーンよりもずっと強い……!)
昇級によって強化された感覚が激しく警鐘を鳴らす。獣人たちも、そして探索者団の仲間たちも、誰もが動けないでいた。
「なぜ、まだこんな所に獣人どもがいる? なぜ、ソルジャーアントどもが全滅しているのだ?」
完全に森に入り込んだ人物が再び怒気をはらんだ言葉を漏らす。
ようやく見えた顔はほっそりとした壮年の男。身にまとうのはゆったりと体を包む、教会の神官服。
「えっ?」
「司教……様?」
男を見てコナミとエリザベートが驚きの声をあげる。
……行方不明になっていると言われていた司教。コナミを聖女に祭り上げた男、なのか?
コナミたちのの声が聞こえたのか、神官服の男がコナミとエリザベートへと目を向ける。
私は嫌な物を感じ、彼女たちを男の視線から隠すように前に出た。
「来訪者……? そうか、来訪者か。貴様が私の邪魔をしたのか!」
私の姿を見た神官服の男は突如怒りを爆発させ、そう言い放った。
憤怒の重圧が辺りに撒き散らかされ、我々を圧倒する。
このままではまずい。そう判断した私は、かつて神官戦士たちと相対した時と同様に自身の魔力を練り、プレッシャーを跳ね返した。
それと同時に私の後方に位置していた探索者団の女性陣が圧力から解放され、次々に膝をつく。
現状、かろうじて男の重圧に耐えているのは私以外には獣人の族長たちしかいない。グレイシアたちは動けはしても戦えないだろう。
「グレイシア、私と族長たちで何とかする。怪我人と子供たちを連れて逃げるんだ」
振り返りもせず小声で彼女に告げ、私は一歩踏み出した。
「まだ邪魔したりないのか来訪者! 貴様らは何度も何度も我々の邪魔をしおって……!」
男の怨嗟の声が響く。さして大きな声でもないのに耳元で発せられたようにはっきりと聞こえてくる。
また一歩、前に出る。いや増すプレッシャーが私の肌を叩く。まるで暴風だ。魔力が周囲に干渉しているのだろうか?
「殺してやるぞ来訪者!」
男の右掌に光を反射する何かが集まり、くるくると回転をはじめる。それは徐々に速くなり、森に耳鳴りのような甲高い音を響かせ始めた。
男が駆け出すと共に右腕を横なぎに振るう。すると光の輪が伸長し、私の首元に迫る。
「疾駆!」
攻撃があることを前提に用意しておいた魔法を発動させ、後方へと一瞬で離脱する。
狙いを外した光の輪が辺りの木々を切り裂いて通過した。凄い切れ味だ。
……いや、切れ味自体は「水刃」と同等くらいかもしれないが、この魔法はそのまま持続している。
とっさに発動させた「暗視」の視界には地属性を示す黄色い光が映った。つまりあれは地属性の魔法なのだ。
「うおおおお!」
男の意識が私に集中したことで重圧から解放された族長たちが雄叫びを上げて駆け出した。
灰狼、黒狼、黄虎の族長が、魔法を警戒してか男の左手側へと回りこむ。赤熊の族長は金狐の族長を守るように前に出、老いた狐の獣人は魔法を発動すべく意識を集中する。
「鬱陶しいわ獣どもぉ!」
罵声と共に男の左手側から無数の「石槍」が打ち出され、獣人たちに殺到する。だが、三人の族長は巧みに避け、捌き、あるいは体にかすらせながらも前進をやめない。
その隙に老金狐は「火球」を発射し、同時攻撃を試みる。
「かあぁ!」
全員の攻撃が当たるかと思われた時、裂帛の気合と共に男の足元から「石壁」が何枚も突き出た。
「チィッ!」
攻撃をさえぎられ、黄虎の族長が舌打ちする。彼らの拳脚、そして火の魔法は「石壁」を破壊しはしたものの、男に届くことはなかった。
だが、この数秒のやり取りで、無事な獣人と探索者団は怪我人を回収し、後方へと下がり始めている。これで少し安心だ。
私の前方では族長たちと男の戦いが続いている。
彼らが戦っている間、私も何もしていないわけではない。ここでの私の役割は起死回生の一手をなんとしても捻り出すこと。そしてそのためのヒントは神官服の男が与えてくれた。
地属性で光を反射する物質、さらにそれを回転させウォーターカッターに勝るとも劣らない切断力をもたらす。そんな物が地球にもあったはずだ。
私は意識を槍の身に集中する。
地面から必要とする物質を集めるのは難しいだろう。ならばどうする? いや、その物質を構成する元素ならいくらでもあるはずだ。ここは森なのだから。
炭素。集めるのはこれだ。普通なら集めたところで何の意味もないだろう。だが、この世界には魔法がある。様々な物事が魔力で精霊に働きかけることによって代替できるのだ。
ならば、これもできるはずだ。
――集めた「炭素」を「ダイヤモンド」に変換する――。
地面に突き立てた刃付近に、徐々に極小の結晶が生まれ始める。それは私の魔力の流れに乗り、次第に回転を始めた。
槍を水平に構えなおし、さらに集中する。さあ、新魔法を発動させよう。
「金剛剣!」
私の言葉と共にダイヤモンドの粒子が一気に回転を早め、刃の鋼とこすれあう硬質な音が辺り一面に響き渡る。
「ウオーン!」
いつの間にか私のそばに控えていたグランツが咆哮し、族長たちがはじかれたように男から離れた。
男は彼らの突然の行動に戸惑うが、私の姿に目を留めると、その顔が驚愕にゆがむ。私が何をしているのかを理解したのだろう。
「いくぞ、グランツ」
すでに駆け出す体勢を整えていたグランツに声をかけ、私は全力で森を駆け出した。