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86.調査開始

 状況はどんどん加速しているとオッサンは感じたのだ




「いったん戻って、この事を報告しておいたほうが良いわね……。アル、悪いけど今日はここまでね」

「ん、わかった」


 グレイシアの言葉にアルジェンタムが頷く。

 魔物の遺体が消滅するのを待って魔石といくつかの甲殻を回収し、我々は足早に首都への帰路をたどった。


 ソルジャーアント以外にも数体の魔物を倒しているし、今夜ぐっすり眠ればアルジェンタムは昇級すると思われる。彼女の素の身体能力からすると、二度目の昇級を経れば単身でソルジャーアントを容易く倒せるようになるだろう。


 本格的な魔物の侵攻に鉢合わせずにすんだのは、ある意味タイミングが良かったと言えるかもしれない。




 翌朝、予想通りアルジェンタムが昇級した。例によって体も一回り大きく、十歳前後の体格になった。子供ながらすらりとした手足は高い瞬発力を感じさせる。

 前回同様、本人も強くなった実感に大はしゃぎだ。グランツもはしゃいでいる。


 朝食後、アルジェンタムの装備を調整するために武具屋へ行くのを娘たちに任せ、私とグレイシアは集会所へと向かった。


「ジェネラルアントか……」


 集会所には、すでに族長たちと各戦士の部族から選抜された五チーム二十五人が集まっている。

 私たちの役目は魔法に関する指導だが、まずは昨日のことを報告しなければ、と族長たちに声をかけた。


「上位の個体まで入り込んでるとは……。こいつは本格的に急いだほうがいいね」


 灰狼の族長・グライが唸り、黄虎の族長が警戒感をあらわにする。他の族長たちも異論はないらしく首肯している。


「ふむ……いささか心もとないが、魔法の訓練は短時間で済ませ、それぞれの担当範囲に移動するべきじゃろうの」

「うむ。ここは各チームに族長が一人ずつ加わり、ソウシたちに教わったことを補足するが良かろう」


 金狐の族長が方針の提案をし、黒狼の族長がその後のことをまとめる。実に速やかな流れだ。これまでも危機が訪れるたびに、各部族でこういったやりとりをしていたのだろうことが窺える。

 頼もしい限りだ。




 それから二時間ほど魔法の指導を行い、獣人たちの魔物捜索・討伐チームは首都を発った。

 目的地は当初の予定どおり黒狼の村から赤熊の村までの間、本来ソルジャーアントと他の魔物の生息地境界線となっている川の周辺領域だ。


 最初の侵入経路としては、そこが最も可能性が高い。上位個体であるジェネラルアントのサイズを考えれば、発見の確率はさらに高くなるだろう。


 娘さんチームと合流し次第、私たちも出張ることになる。こちらの頼みの綱はいつも通りグランツとシェリーだ。獣人であるアルジェンタムも索敵能力に期待がもてるから、なお安心だろう。


 私も六度の昇級を経て、かなり周囲の気配を探れるようになってきたし、全員で索敵に注力すればそれなりに広範囲を探れるはずだ。


「問題はどこを中心にするか、ね」

「獣人チームは川の周辺だから……私たちは支流の近くかなあ」


 黒狼族の村の北六十キロほどの地点を東から西に流れるのが今回捜索する川で、支流は村の約十キロ東を流れるように分岐している。

 我々が遭遇したソルジャーアントの群れは、二回ともこの支流に近い場所にいた。南下してくる途中だったというだけかもしれないが、懸念はつぶしておくべきだろう。


 ちなみに首都の堀に引き込んでいるのは、その川の支流と首都の東北東から流れる川だ。そしてそれらが合流する地点にあるのが灰狼族の村である。


「おかえりー!」


 宿に戻ると四人の少女たちが元気よく出迎えてくれた。

 ひとまず休憩しつつ、行動指針を決めるとしよう。




 首都の北門から出発した我々は一度西に向かい、川にたどり着いてから北上を始めた。


 グランツを先頭にシェリー、グレイシア、コナミとエリザベート、アルジェンタム、最後尾に私という縦長の隊形で、川沿いに異変がないか確認しつつの道行きだ。

 たまに対岸に渡ったりしながら、見落としがないようにゆっくりと移動を続ける。


「……なんだか流量が減ってきているような」

「減ってる」


 私のつぶやきにアルジェンタムが答える。

 北上を始めて三時間あまり、我々は黒狼と赤熊族の村を結ぶ小道に到達していた。


 そこで少し遅めの昼食となったのだが、食事をとっている間に川の水が減っているようで、段々と川原の湿った土が見える範囲が広がっている。


 アルジェンタムも幼いとはいえ、さすがにこの森で生活してきただけあって川の様子にも敏感だったようだ。

 私はというと、魔物の侵入経路として川が活用されるのではないか、と考えていたから気づいたのだ。


「アル、こんな風に水が減ることって、よくあるのかな?」

「ない」


 彼女の答えは端的だが、それだけに説得力がある。

 そして通常、水量が減ることがないということは、何らかの異変が生じているということだ。


「……少し急ごう」


 私の言葉に、みな緊張を高め頷く。どうやら全員が不穏なものを感じているようで、速やかに出立の準備を整えると、川上へと足早に歩を進めることとなった。


 獣人チームも気づいていればいいのだが……。




 全員が離れてしまわないように気をつけながらも、ほとんど走るような速度で移動を続けること一時間ほど。私の予想とは異なる展開が待っていた。


 川の分岐点付近、支流西岸ではすでに多数のソルジャーアントと獣人たちが戦闘を繰り広げていたのだ。

 その数は三桁を軽く超えている。対する獣人たちは二チームしか集まっていないらしく、すでに何人もの怪我人を出している。

 黒狼と黄虎の族長が最前線で奮闘しているが、数の差に押され続けていたようだ。


「……水流壁!」


 私は対岸へと跳躍しながら魔法を発動する。川の水を利用したそれは、海上での使用時と同様に全長十メートルはあろうかという長大な水の壁を生み出した。

 その流れは数十体の蟻を飲み込み、押し流す。ダメージではなく、距離を離すのが目的だ。


「ソウシかい! 助かった!」


 黄虎の族長が私に気づき喜色をあらわにする。援軍到着と魔物の分断を機に、獣人たちは後退し始める。どうやら最悪の事態は免れたようだ。

 探索者団の皆も次々に川を渡って合流する。


「コナミ! 怪我人を!」

「はい!」


 コナミに負傷者の治療を指示し、最前線へと移動する。グレイシアとグランツも一緒だ。シェリー、エリザベート、アルジェンタムはコナミと負傷者の護衛に向かった。


「ソウシ、よく来てくれた!」

「どういたしまして。ひとまず片付けてしまいましょう」


 黒狼の族長がソルジャーアントを殴り飛ばしながら笑う。私はそれに応えつつ魔法の準備を始めた。その間、グランツは水流壁で濡れた地面に電撃を流して魔物の接近を阻止し、グレイシアは近場に残っている蟻に刃を走らせる。

 無事だった獣人たちも、ここぞとばかりに奮闘している。


「全員、耳をふさいで! でかいの連続で行きます!」


 背後から、皆があわてる空気を感じつつ、私は「風火弾」を三度続けて発動した。


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