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85.アルの魔法訓練

 オッサンは天才っているんだなあと思ったのだ




「あそこか」


 グランツの誘導に従い、我々は最初の魔物を発見した。一番弱い魔物といわれているスマイルだ。

 戦士の部族の村から首都までの領域は頻繁に獣人の戦士たちによって魔物狩りが行われているため、生息数はさほど多くない。それは魔物が増えている現状でも、よく探さなければ見つからないほどだ。


「落ち着いてよく狙って。当たっても当たらなくても、こっちに跳んでくるから、避けて、木にぶつかったところを倒すんだ」

「ん、わかった」


 アルジェンタムに出した指示は、私がこの世界に来た当初おこなっていたスマイル狩りの方法だ。

 背後に木を背負う位置取りで一撃目を放ち、相手が反応して近寄ってきたところで避けて木にぶつからせる。そして跳ね返ってきたところに攻撃して倒す。というもの。

 まだ二月程度しか経っていないのに、すでに懐かしい戦法となった。


「……風圧弾!」


 数瞬、少女が集中し、練り上げた魔力によって形作られた小さく透明な空気の弾が、スマイルめがけ打ち出される。

 私の「暗視」で得られた視界の中で、淡く緑に光るそれは、少し頼りなげに形を変えながらも魔物へと叩きつけられた。


「あれ?」


 乾いた破裂音を響かせて魔法が弾け、一撃でスマイルを倒していた。

 みんな驚いている。私も驚いた。


「なんで?」

「あー……多分、アルがしっかり圧縮したから、威力が上がったんだと思う」


 振り返り見上げるアルジェンタムの疑問に、私はそう答えた。

 つまり理屈としては「水刃」と同じで、空気の弾を思い切り圧縮することで炸裂の威力を高めているということだ。


 事実、アルジェンタムが放った「風圧弾」は、何も考えずに発動した時はソフトボール大になる空気の弾が、ピンポン玉くらいまで小さくなっていた。

 不安定に見えた挙動は、強烈な圧縮を行っていた魔力が彼女の手から離れて失われたことで起きていたということだ。


「これは、なかなかすごいことだね……。特に強く魔力をこめていたわけじゃないもんね?」

「ん。ふつうな感じ」


 どうやら彼女はシェリーにも負けない風の適性を持っているようだ。しっかりと昇級すれば相当な伸びが期待できる。「この魔法はこう」といった先入観がなかったことも、良い方向に作用したと言えるかもしれない。


「うん。これはこれで良いと思う。この調子でやっていこう」

「んっ」


 ということでアルジェンタムの頭をなでてほめる。彼女も嬉しそうだ。

 うん、やはりほめて伸ばすのがいいな。




 昼前まで移動と狩りを繰り返し、アルジェンタムはずいぶん魔法を使うことに慣れたようだ。魔物との遭遇間隔がそれなりに開いているため、魔力が枯渇するほど連発しないですんでいるのもプラスに働いている。


 一通り風属性の魔法を使ってみた結果、アルジェンタムは「疾駆」が特に気に入ったようだ。黄虎と黒狼の族長も同様だったし、獣人の戦士は速度を重視しているのかもしれない。


「何か来るわ」


 どこかで昼食をとろうか、と話していると、グランツとシェリーが何者かの接近に気づいた。グランツはすでに臨戦態勢、ということは魔物だ。


「みんな陣形を整えるわよ。コナミとアルを中心にリズとシェリーは後方を警戒。グランツはアルについて」


 グレイシアがすばやく指示を飛ばし、皆それぞれのポジションへと動く。私とグレイシアが前衛だ。


 全員が位置についた辺りで、ガサガサという茂みを揺らす音が聞こえてきた。この音は先日聞いたばかりだ。


「アル、魔法で先制するわよ」

「んっ」


 グレイシアの言葉にあるが力強く頷く。見たところ気負いはないようだ。さすが戦士の村で育っただけのことはある。


「風圧弾!」

「水弾!」

「水流壁!」


 前方の茂みを割ってソルジャーアントの群れが現れたところにアルとグレイシアが魔法を叩き込み、私は相手側に流れる水の壁を斜めに構築する。ルームランナーのような前に進めない坂道。これで魔物の足を止める試みだ。


「石槍!」


 さらにグレイシア側に石の坂茂木を発生させ、回り込みを封じる。これで蟻は、ほぼ私の側にしか移動できなくなった。


 水流に逆らって前進しようとする魔物に、グランツがすかさず電撃でダメージを与える。戦闘中だが、電撃を発しながら右前足で水流壁に電気を流す様子はちょっとほほえましい。


 わずかに感電したソルジャーアントが後続に向かって押し戻され、アルジェンタムがそこに再び「風圧弾」を打ち込む。

 一塊になっていた蟻の群れがさらに押し戻される。最前列にいた個体の中にはすでに事切れた者もいるようで、その死骸が進路をふさいだことで迂回するものが現れ始めた。当然、私のいる方に向かってだ。


「みんな耳ふさいで!」


 私の指示で全員があわてて耳を押さえる。それを確認し、私は「水火弾」を発動させ、ソルジャーアントの群れを吹き飛ばした。

 その一撃で大半の蟻が片付き、生き残っている者も転倒したり衝撃で満足に動けなくなっている。

 あとはそれらに止めを刺してゆくだけだ。




「っと……。これで終わりねぇ」


 最後の一体の首を切り落とし、グレイシアがホッと息をつく。周囲の様子を窺い、グランツが警戒を解いたのを確認し、私も槍を降ろした。


「また、入り込んでいましたね……」

「灰狼族の村よりずっと北だけど、数も多かったよ」


 エリザベートが物憂げにつぶやき、コナミも不安げな言葉を漏らす。

 今回のソルジャーアントは全部で十三体。場所的にソルジャーアントの生息域に近づいているため、数そのものが多いことは不思議ではない。だが――。


「問題は上位の個体が混じっていたこと、か」

「ジェネラルアントだったかしら? 爆心地にいたから一番ダメージが大きかったのが幸いだったわねぇ……」


 足元に転がる、ソルジャーアントより二周りほど大きい蟻の残骸を見ながらグレイシアがこぼす。


 魔法の直撃で手足がもげたうえに甲殻もひびだらけだが、その威容はブレードボアに勝るとも劣らない。さらに巨大な昆虫というのが不気味さに拍車をかけている。

 この大きさの魔物が警戒網を潜り抜けているということは――。


「思ったより、ずっと猶予は短いのかもしれない」


 魔物の侵攻ルートが定まりつつある予感に、私は薄ら寒いものを覚えるのを禁じえなかった。


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