9.命を奪う実感
防壁+落とし穴のコンボはとてもいいものだとオッサンは感じたのだ。
森に入った私は、この三日間で木の幹につけた目印と、下草を踏み固めた探索路を辿る。
何の用意もなく森を迷わずに歩けるほどのスキルは私にはないから、当然の対策である。
現在までにわかっているのは、スマイルはなぜか一度見つけた場所付近に、翌日も現れることが多いという事だ。そのおかげで、一旦遭遇した場所を順に回れば安定した狩りが可能になっていた。
全ての狩場を回り終えたら、また新たな場所を探す、というわけだ。
ただ、当然のことながら未探索の場所をうろつけば、こちらが気づく前にスマイルに見つかることもある。その辺りは、気をつけて探索するしかない。
「それにしても……スマイル以外の魔物はいないのか?」
小鳥やリスのような小動物の類はたまに目にするが、それ以外の動物や魔物は見ていない。
単純に縄張りの範囲外なのかもしれないが、それ以外に理由があるなら、もっと気をつける必要があるか。
「といっても、ゆっくり移動するぐらいしかできる事なんてないんだが」
これがゲームならレベルが上ったらステータスが向上したり、なんらかのスキルを覚えたりするところなのだろうが、あいにくこれは現実だ。そうそう都合のいいことが起こるわけもない。
「と、……ん?」
そろそろ、これまで確認した狩場が終わるというところでスマイルを発見した。だが、数が三匹と多い。これまで遭遇した中では最大数の群れだ。
数が多いのも気になるが、もっと気になるのはその行動だ。
三匹が何かを中心に一塊に集まってうごめいている。
「うっ」
じっと凝視してみると、スマイルに集られているそれは犬のような動物だった。おそらくはその死体。
どうやら食事中のようだ。溶解させてすすっているようで、ちょっと気持ち悪い。
「これなら……」
食事に夢中なのか、まったく周囲に意識が向いていないようだし、複数を同時に、なおかつ魔力も労力も節約しつつ対処する練習ができるかもしれない。
「土壁」
気づかれぬよう小声で魔法を唱え、一メートルほどの間隔で生えている、二本の木の間に土壁を作る。当然、前方の土のみを集める形で形成することで、壁の前にそれなりの深さの穴ができるように、だ。
「よし……。やるか」
私は一度、深呼吸をすると、ポケットから拾っておいた小石を取り出し、スマイルの群れに向かって投擲した。
するとスマイルの動きが止まり、一斉にこちらに振り返る。そして土壁の後ろから顔だけ出している私の姿を確認すると、三匹とも弾けるように跳躍してきた。
いつもならタイミングを合わせて避けるなり迎撃するなりするところだが、今回はその場を動かず待ち構える。
「よし!」
スマイルは三匹とも土壁にぶつかり、穴に落ちていった。そして穴から出ようと跳躍するが、ギリギリのところでふちに届かず穴に逆戻りする。
「落とし穴作戦、成功だ!」
スマイルの跳躍力は私の腹に届く程度のものだから一メートルほどの深さがあれば穴から出られなくなるのではないか、と今回の作戦を考えたのだ。そしてギリギリではあるが上手くいった。
「ふっ」
私は成功に歓喜しながら、脱出される前に倒すべく壁の後ろから出ると、スマイルの脳天に次々とピックを振り下ろしていった。
「ん?」
気づくとスマイルはどれも一撃で動かなくなっていた。
「……もしかしてレベルアップで攻撃力が上がってた、とか?」
ここに至るまでに五匹のスマイルを倒していたが、それもすべて単体だったので「木の前に立ち、石を投げておびき寄せ、突進を避けて、木にぶつかって跳ね返ってきたところをピックで一撃、とどめにピックの背で一撃」というこれまで通りの流れで対処していた。だが、ピックの一撃で倒せるようになっていたのだとしたら……。
「いや、考えるのはよそう」
安全に倒せていたのだからそれでいいのだ。うん。問題はない。さっさと魔石を回収してしまおう。
その後、さらに二匹の群れを同じ方法で倒し、私は昼食をとるため村に戻ることにした。
帰り道は来た経路をそのまま逆に辿るだけだ。
「!」
三匹のスマイルを倒した場所付近に戻ったとき、草むらから灰色の犬のような動物が二匹飛び出してきた。
私はとっさに横っ飛びし、その牙から逃れる。避けることに慣れていなければ終っていたかもしれない。この三日間の狩猟の成果か。
「土壁!」
振り向くと。犬たちは丁度下草の上に着地し、体勢を整えているところだった。そしてすぐさま私に向かって、再度とびかかってくる。
そこに何とか魔法を唱えて防壁を作り、その攻撃を防いだ。そして壁にぶつかった二匹の犬は、足元の穴に落下する。と同時に土壁が砕けて土が降りかかる。
「……水刃!」
ヤツらが落下の衝撃から立ち直り、土を振り払って穴から出ようとする間に、私は大きく距離をとった。
そして右手に魔力を集中、発生した水の塊を魔力で圧縮、二匹が地上に戻ったところへ、腕を大きく左右にふりながら水の刃を放った。
「ギャウン!」
「ギャッ」
水刃は一匹の前足を二本とも切断し、もう一匹の大きく開いた口内を横切り即死させた。
「はぁ、はぁ……」
私は、前足を失い地面を転がる犬から目を離さず、緊張のあまり荒くなった呼吸を整える。
「はぁー……」
傷ついた犬のような動物は、激しい痛みに苦しみもだえている。よく見れば前足だけでなく、胸元もかなり深く切り裂かれているようだ。
おそらくはこのまま放置しても、いずれは息絶えるだろう。
「……やるべき、か」
スマイルと違って、よく知る生き物とそっくりな姿の動物だけに、忌避感は遥かに強い。だが、無意味に苦しめるよりは止めを刺したほうがいいだろう。ものすごく嫌だが。
「……」
ためらいはあったが、意を決し、私は魔物の首にピックを突きたてた。