83.族長会議
オッサンは昔の来訪者の規格外さにビックリしたのだ
灰狼族の村を出て三時間と少し。我々はもうすぐ首都が見えるというところまで歩を進めていた。
コナミとアルジェンタム、そしてグランツはずっと一緒に歩いている。
コナミは一人旅立つことを決めたアルジェンタムにちょっとした共感を覚えているのか、あるいは心配しているのか、まるで本当の姉のように接していた。
アルジェンタムの方もそれを受け入れているのか、機嫌よくフサフサの白い尻尾が揺れている。
他のメンバーも微笑ましげにそれを見ていた。
(上手くやっていけそうで一安心、といったところかな。あとは……)
今のアルジェンタムは丸腰なため、首都に到着したら装備一式を買い揃える必要がある。
とはいえ彼女は「戦意が高まると手足が獣化する」という能力を持っているため、主に防具を探すことになるだろう。
私の鎧もシーサーペントとの戦いで穴が開いてしまったから、修理しなければならない。せっかくドワーフの谷でアーロンとコベールが強化してくれたのに、壊れたままでは申し訳ないしね。
「見えてきたぞ」
灰狼族の族長・グライの言葉に顔を上げると、道の前方に黒々とした石の外壁が見えてきた。周囲の木々と見比べた限りでは高さ十メートルはありそうだ。
近づくにつれて見えてきた壁の根元には大きな堀もある。水が流れている所をみるに、イニージオの町同様、川を引き込んで利用しているのだろう。
「……壁に継ぎ目がありませんね」
「ああ、あの防壁は大昔に来訪者が魔法で作ったと言われている」
だから全周が一枚岩なんだ、とグライ。
首都が何キロ平方あるのか分からないが、街の周囲をあんな高さの石壁で覆ってしまえるほどの魔法を行使できる来訪者っていったい……。いやまあ、一発で作ったわけではないのだろうが。……一発じゃないよね?
「とんでもないわね……」
グレイシアも似たような感想を抱いているようだ。シェリーとコナミは口が開きっぱなしだ。アルジェンタムは心なし胸を張って誇らしげに見える。
族長の話によると、カトゥルルスという国は、この首都と港町から始まったという。
どちらも数百年前に訪れた来訪者が基礎を築き、稲作や酒造、木造家屋に水車小屋、養鶏に牧畜などを獣人たちと協力して長い年月をかけて作り上げていったそうだ。
……もしかしたら、その来訪者は故郷を得たかったのかもしれない。その話を聞いて私は、そう思った。そうであるならば、彼、あるいは彼女の思いは無事かなえられたのだろう。
そして今、我々にその恩恵がもたらされている。なんともありがたい話だ。その来訪者同様、故郷を失った私としては、ちょっと悲しい気もするけれど。
首都の門をくぐった我々はグライに案内され宿を取り、そのまま昼食をとることにした。
ここでもやはり来訪者用に和風の宿も用意されており、食事も日本食だった。今回はなんと肉じゃがだ。コナミが大喜びで食べていた。
一昨日は白飯で大泣きしていたことを考えれば、随分と落ち着いたようで一安心だ。
そういえば灰狼族の宿では同部族の女性だったが、ここは色んな部族がいるというだけあって仲居さんもそれぞれ異なる部族の特徴を持っている。見たところ金狐族、黄虎族、犬族、猫族、兎族と思しき面々だ。
グライに聞いたところ、灰狼族、金狐族、黒狼族、黄虎族、赤熊族といった戦士の部族は色を冠した部族名になっており、おおむね似通った毛色に生まれるが、そうでない部族は様々な色や柄が出るそうだ。実際、猫族の人は白黒だったり虎縞だったりしている。不思議。
「さて……集会所に案内するが、ソウシ一人でいいか?」
「探索者団の代表はグレイシアなので、彼女も同席させていただきたいのですが」
グライの言葉に答えると、彼は「分かった。では二人を案内しよう」と請け負ってくれた。他のメンバーはカトゥルルス首都観光だ。会議が滞りなく終わったら私も参加したいものだ。
集会所は首都の中央に位置していた。この国の建造物は平屋か二階建てがほとんどなので、背の高い集会所の姿は遠くからでも確認できる。四階建てくらいだろうか。
万が一、戦争などで敵に攻め込まれた場合、戦闘に向かない獣人たちが避難するための施設でもあるらしい。地下にはたくさんの食料や衣類が備蓄してあるそうだ。ちょっとしたシェルターという感じだろう。
「全族長がそろったようだな。今回の議長は俺、灰狼族族長・グライが務めさせてもらう」
灰色の毛並みを持つ狼の獣人が会議の開会を宣言する。私とグレイシアは彼の後方に控えることになった。
室内には金狐族、黒狼族、黄虎族、赤熊族に加え、犬族、猫族、兎族、牛族の族長が勢ぞろいしている。
「議題は俺の後ろにいる来訪者、ソウシがもたらした情報。『名もなき神を封印していた遺跡が荒らされ、その魔石が持ち去られた』ことについてだ」
グライの言葉に一瞬、不穏な空気が流れるが、族長たちは、まず最後まで聞くことにしたようだ。
グライはこれまでに得られた情報を、時系列に沿うと思われる順に挙げていく。
増加傾向にあった魔物が、一時期を境に急激に活発になっていること。それと同時期に遺跡が荒らされていたと思われること。一昨日、とうとう灰狼族の村付近までソルジャーアントが踏み込んでいたこと。神の魔石を再封印するための石碑の作成方法などだ。
「問題は、繋がって見えるこれらの事柄が実際に関わりがあるのかどうか。関わっていたとしたら、どう対処するか、だ」
グライがそう締めくくると、みな一様に考え込む様子を見せる。事が大きすぎて戸惑っているのだろう。
「……どういう状況であれ、まずは魔物に対処していくしかないじゃろうのう」
沈黙を破りそう言うのは金狐族の族長だ。随分とお年寄りなようで、目の上の毛がすだれのように垂れ下がり、あごには真っ白いひげが蓄えられている。直立した獣タイプの彼は、さながら狐仙人といった雰囲気だ。
「それはそうだけど、ありんこが灰狼んとこまで入り込んでたのは見過ごせないよ。黒狼もウチも抜かれてるってことだからね」
黄虎の族長が話を進める。こちらは若い女性で、黄色と黒の髪の毛に浅黒く焼けた肌、引き締まった筋肉など、いかにも戦士といった風情だ。
「そうだな。どこから抜けられたのかを確認せねばなるまい」
「蟻の生息域からの距離的にはワシらの所も抜かれとる可能性があるのう……」
黒狼、赤熊の族長も口々に懸念を漏らす。彼らはそれぞれの部族名が示すとおりの外見の男性だ。どちらも歴戦の風格が漂っている。
「では、まずソルジャーアントの流入路の特定、そして殲滅だな」
グライのまとめで皆が頷き、詳細が詰められ始めた。
ここで決まったのは、戦士の部族それぞれから二名ずつ選出、五名で一チームとして十チームを編成、首都北西の黒狼族の村から北東の赤熊族の村までの範囲をくまなく捜索すること。
魔物の移動経路を発見次第、全チーム集合して殲滅にあたること。
そして何も見つからなかった場合は捜索範囲を段々と南に広げていくことだ。
移動速度に優れた灰狼・黒狼族は各チーム間の連絡を、金狐族は火属性の魔法での攻撃を、赤熊族は恵まれた体格を活かして壁役を、黄虎族は高い攻撃力で前衛を務めるそうだ。
ちなみに獣人族は魔法が苦手で、昇級を重ねても一つの属性が使えるかどうか、というところらしい。
例外的なのは金狐族で、ほとんど全員が生まれながらに火属性の魔法を使えるそうだ。
他の部族は魔法が使えるようになっても風か地だそうなので、金狐族は貴重な後衛役として活躍しているとか。体格が小さめだから耐久力には劣るが、瞬発力は両狼族に迫るスピード型の後衛という、ちょっと不思議な立ち位置だ。
最初の議題が片付き、会議は続く。
次は「名もなき神の魔石」について、だ。