82.増える娘
オッサンはどんどん子供が増えるなあと思ったのだ
灰狼族・族長グライが去った後、私は彼の話を思い返していた。
「アルの父親が神狼族……か」
もしそうだとしたら、何らかの理由があって母親だけが村に戻ったということだろうが……まあ、掟かなにかだろう。神狼族は里から出てはならない、とかなんとか。そんな感じの。
幸い、獣人族は村全体で子供の面倒を見る。だからこれまでは問題なかったということだ。異なる部族の者も自分に合った村を選んで生活していたりするらしいから、毛色の違いで面倒が起こるようなこともないのだろう。
「となると、彼女の今後のことは避けて通れないわけだ」
今までは他の子供たち同様、村の一員として生きてきたアルジェンタムはグランツと出会ってしまった。
本能なのかなんなのか分からないが、彼女は片時もグランツから離れない。グランツの方は多少とまどいがあるようだが、自然に彼女を仲間と同様に扱っている気がする。
「引き離そうとしたら、どうなるのか……」
二人が神狼族とケルベロスだとすれば、アルジェンタムは断固として抵抗するだろう。グランツは……私の指示には従う気もするが、悲しみそうだ。
「逆にグランツを、ここに置いていくというのは……ないなー」
現実問題として、彼以上に優秀な斥候役は他にいない。シェリーが次いで優秀ではあるが、グランツの鼻と耳には及ばないし、我々は彼の能力に慣れすぎている。
頼りすぎているともいえるが、彼がいなければ誰かが死んでいたかもしれない局面は結構あったし、おそらく今後もあるだろう。ならばグランツをアルジェンタム一人のために差し出すのは自殺行為としか言えない。
「まあ、置いていこうとしても、ついてきてくれそうではあるけど」
そうなると、もうアルジェンタムを連れていく以外の選択肢はない。しかし狩りに出る間、彼女だけ家なり宿なりで待機というのも……聞き入れてくれるか分からないなあ。
「昇級させるしかない、か」
獣人は昇級すれば体も成長するという話だったから、二~三度の昇級を経れば十代前半くらいの体格にはなるだろう。そうなれば、ある程度の強さを持つ魔物も相手取れるようになるはずだ。現時点でソルジャーアント相手になんとかしのげるほどの身体能力があるのだから問題あるまい。
「なんにせよ、皆と相談だな」
女性陣を待つ間はゆっくり、お茶でもすすっているとしよう。
風呂は大きな檜?風呂だった。ちょっとだけ五右衛門風呂だったらどうしようと思っていたのは秘密だ。
驚いたのは、魔力を流すと水の精霊と火の精霊に働きかけてお湯を出す装置があることだった。オズマ宅では水を出す魔道具はあったが、湯は出せなかった。エルフの里やドワーフの谷も同様だ。
考えてみれば台所にコンロはあるのだから、似たような原理の魔道具があってもおかしくはないのだが、火を出すのと熱のみを出すのは仕組みが違うということなのだろうか……。
……いや、よく考えれば、これらの魔道具は例の地下遺跡に設置されていた石碑とよく似たシステムなのでは?
石碑の場合は、確か最初に発動させた魔法をそのまま維持する形だった。魔道具はこれにON・OFFの切り替えがついているという違いだけのような気がする……。
うーむ、これは何か面白い道具が作れそうな気がしてきた。
「ソウシ、随分お風呂が気に入ったみたいねぇ」
「うん、とても良い湯でした。むこうの温泉宿みたいな感じだね」
風呂を出て寝室に入ると、グレイシアがそう声をかけてきた。よほど私の顔が弛緩していたのだろう。実際、久しぶりに全力でゆったりした気がする。
「コナミとアルは、もう寝たみたいだね」
「ええ、二人ともアレからべったりだったから」
「泣いて、お風呂に入って、ドッと疲れが出たのかもしれません」
「今まで我慢してたんでしょうね……」
襖で仕切られた寝室の奥には、グランツを抱いて眠る二人の少女の姿があった。
グレイシアとエリザベート、そしてシェリーの話によると、風呂に入っている間もアルとグランツはコナミに構いっぱなしだったらしい。その甲斐あってか、寝室に戻る頃にはそれなりに笑顔も出るようになっていたということだ。
同じ布団で眠る子供たちの様子を見れば、きっと仲良くなったのだろうと感じる。
「じゃあ、明日以降のこと、軽く決めましょうか」
「うん、私が族長に聞いたことも話さないといけないからね」
グレイシアの音頭で会議を行うことになった。子供たちの行く末を決めかねない議題もあるし、しっかり情報の共有を行わねば。
大まかな方針を決めた、その翌朝。アルジェンタムは一回り大きく成長していた。どうやら昨日ソルジャーアントと戦ったことが昇級につながったようだ。
昨日までは五歳前後の体格だったのが、今は七歳前後に見える。寝巻き代わりの浴衣が七分丈になってしまっていた。
本人も昇級が嬉しいのか、身体能力を確かめているのか、寝室内を走ったり跳んだり忙しなく動き回っている。ついでにグランツも一緒になってはしゃいでいる。
この様子ならしっかりした装備があれば、問題なく探索者として活動できそうだが……。
「アル、ちょっといいかい?」
「なに?」
声をかけると即座に飛んでくるアル。グランツもついてきた。コナミは疑問げな顔で私を見ている。昨夜、相談した三人は私に任せてくれるようだ。
「これからのことなんだけど……」
私は、今日一日は村に滞在し、明日には首都に向かうこと。当然、グランツも私たちの仲間だから同様であることを告げた。
これでアルジェンタムが納得して見送ってくれるならそれでいいのだが――。
「アルもいっしょに行く」
「私たちと一緒に行くということは、探索者として生きるということだよ? つまり、いつも危険と隣り合わせでいることになる」
「アルは戦士。きけんは、しょうちの上」
「村にも、あまり帰ってこられなくなる」
「どこにいても、家族は家族」
アルジェンタムは私の言葉に淀みなく答える。眠たげな瞳は初めて会った時から変わらないが、眉がつりあがり固い決意を感じさせた。
「そうか……じゃあ族長に許しを得ないとね」
「んっ」
アルジェンタムは、私の言葉に嬉しそうに頷いた。
宿の人が用意してくれた朝食をいただいた後、我々は族長宅を訪ねた。もちろんアルジェンタムの独り立ちの許可を得るためだ。
実のところ、族長は昨夜の話で「アルジェンタム自身が望むのなら許可する」と言っていた。だから要は彼女自身が本気かどうか、という一点のみが重要なのだ。
獣人族は昇級によって急成長するうえ寿命が人間より短いため、より効率よく経験をつむことに重点を置くという民族性も理由の一つではあるようだが。
「……そうか、分かった。独り立ちを許可する」
「ん。ありがとう族長」
覚悟はしていたのだろうが、アルジェンタム自身の口から決意を告げられた灰狼族族長グライは、寂しそうに笑いながら彼女の旅立ちを認めた。
「アーシェ……お前の母もそうだった。一度昇級すると即、旅立ち、お前を身ごもってから戻ってきた。……お前は、たまには帰ってこい」
「ん。どりょくする」
寂しげだった族長も、アルジェンタムの答えには苦笑いだ。
その後、一日を灰狼族の村で過ごし、我々は明くる朝、首都へと出発した。
新たな仲間、アルジェンタムと共に。
……族長・グライも首都で行われる族長会議に出るために同行したので、いささか拍子抜けする独り立ちとなったのはご愛嬌だ。