81.灰狼族の村
さすがに中学生がいきなり一人で生きるのはきつかっただろうなあとオッサンは思ったのだ
我々が助けた獣人の子供たちは、戻ってきた灰狼族族長グライによるお説教を受けた。淡々と、懇々と続けられるそれは、理性的でありながら強い怒りと深い慈愛を感じさせるものだった。
聞くところによると、獣人はおおむね部族全体が家族のような形態で、子供たちの面倒は村全体の大人が見ているそうだ。
衣食住は女性が、戦闘や狩りに関しては男性が担当するのが常だという。
とはいえ、男性でも料理が得意な者はいるし、女性で戦いが好きな者もいる。すべては子供の頃から様々なことに触れて、自分に合っている、自分が好きだと思える道を選ぶことで決まるのだ。なんとも合理的だ。
そういった理由で、族長は部族全体の父、あるいは母のような立場であり、お説教も仕事の一つらしい。
「待たせて、すまんな。宿に案内しよう」
お説教を終えた彼は、子供たちの頭をひとなでし、我々にそう申し出た。子供たちの捜索とお説教ですでに日は大きく傾いているから、この村で一泊することになったのだ。
灰狼族、そして金狐族の村は首都に向かう街道に近い位置にあり、それぞれが港町から一日目と二日目の宿場としての機能も持っている。そのため、それなりの大きさの宿もあるというわけだ。
グライに案内されて村を移動する間、我々は村内の様子を観察する。グレイシア、シェリー、エリザベートも興味深げにキョロキョロと辺りを見回しているが、私とコナミにとっては強い郷愁を誘う光景で、彼女は寂しげな様子を見せていた。
事前に聞いてはいたが、獣人の村は本当に古い時代の日本の村のようだった。
茅葺と思しき屋根の木造建築が立ち並び、家々には縁側や犬走りといった日本家屋にはごく当たり前の構造も見られる。おそらく屋内では履物を脱ぐようになっているのだろう。
さすがに竹はないようだが、川に面した場所には水車小屋などもあり、麦や米の精白、あるいは製粉といったことが行われているようだ。
「ここだ。すぐに夕食も準備させるから、その間ゆっくりしていてくれ。この宿は全て自由に使ってくれて構わん。来訪者なら使い方は分かるだろう?」
「ええ、問題ありません」
しばらく移動し、我々が案内されたのは二階建ての木造建築だった。どうやら来訪者が使うことを前提にした宿と、この世界の商人などが使う宿は別々に用意されているようだ。
「コナミ、皆に教えてあげてくれるかい?」
「はい。みんな、ここからは靴を脱いで上がって」
ドワーフ直伝の地属性魔法「清掃」で全員の装備の汚れを落としてから、私はコナミにそう促した。
彼女は少し微笑むと、グレイシア達に作法を伝える。来訪者でない者たちは不思議そうな顔をしながらも指示に従い、玄関の上がり口でそれぞれ履物を脱いでから板張りの廊下に足を踏み入れた。
と、そこでグランツの首に抱きついたままの少女を直視する。
実のところ、彼女は助けた時から今の今まで、片時もグランツから離れなかったのだ。当然、宿に案内されている間も抱きつきっぱなしだった。
族長は何か物言いたげな様子がありはしたが、彼女の行動を見咎めることはなかった。
ということで、そのまま今に至るのだが……。
「ええと、アルちゃんだっけ?」
「アルジェンタム。アルでいい」
「じゃあアル。グランツが困ってるから、そろそろ離してあげてくれないかな」
お説教中、族長にアルと呼ばれていた少女に、そう頼む。すると彼女はグランツに目を向け、彼が「クゥン」と鳴くと抱きつくのをやめた。するとグランツは嬉しそうに尻尾を振り、アルジェンタムの頬をぺろりと舐めた。
「ありがとう。じゃあ部屋に入ろうか」
ガラリと引き戸をあけると、そこは畳張りの和室だった。さすがに欄間などはないが、障子や襖があり、私にとっては見慣れた内装で思わず頬が緩む。
「こたつ!」
室内に入ると最も目立つものに、早速コナミが飛びついていた。
それは大きな炬燵で、四方で十人は軽く座れるであろうサイズだった。炬燵布団をめくってみると掘りごたつになっており、来訪者以外でも問題なく寛げそうだ。
どうやら私が開発したと思っていた「加熱」同様、火の精霊を集めることによって中を暖めているようだ。やはり、知られていないだけで様々な魔法があるということだろう。
コナミとアルジェンタムがもそもそと炬燵に入り込むのを興味深げに眺めていたグレイシアたちも、二人のふにゃりとした顔を見て炬燵に足を入れてみることにしたようだ。
「は~……あったかい」
「これは……」
「中々いいわねぇ……」
どうやらお気に召したようだ。グランツもアルジャンタムのそばで炬燵布団に密着するように寝転んでいた。
「お待たせしました」
しばらく炬燵でマッタリとしていると、障子を開いて獣人の女性数名が現れた。宿の仲居さんと言ったところだろうか。彼女たちの手にはお膳が持たれ、その上に乗る料理は白い湯気を上げている。
女性たちによって卓上に料理が並べられてゆく。それは私とコナミが期待していた通りの日本食だった。
「お米だ……」
茶碗に盛られた白いご飯を目にし、コナミがそうつぶやく。
白米、味噌汁、焼き魚、煮物。あとお茶。
私にとっては二ヵ月半、彼女にとっては三ヵ月半ぶりの日本食。それは何ともいえない懐かしさと暖かさを感じさせるものだった。
よく見ると箸以外にナイフとフォークもある。見事な気遣いだ。
「いただきます」
私とコナミは自然と手を合わせ、そうつぶやく。
茶碗を手に取り、ご飯を一口。
「おいしい……」
そう言うコナミの目には涙があふれていた。
獣人の村に来てから今まで、こらえていたものが一気に噴出したのだろう。なにせ、ここは何もかもが昔の日本にそっくりなのだから。違うのは住人が獣人であることくらいなものだ。
「……帰りたい」
そこからはまさに堰を切った勢いだった。コナミの目には後から後から涙が溢れ、口からは望郷の念、両親への思慕などが次々にもれる。
そんな彼女をグレイシアが抱きしめ慰め、グランツが体を摺り寄せて気遣う。アルジェンタムまで泣き出す始末だ。
コナミが泣き止んだのは、食事がすっかり冷めてしまうほどの時間が経った頃だった。
「少し、いいか?」
夕食後、女性陣が風呂へと向かい、部屋で私一人がぼんやりとしていると、族長の訪問を受けた。
「アル……アルジェンタムと、あの狼のことなんだが」
彼の話は随分込み入っているようで、獣人族に伝わる神話にまでさかのぼった。
かつて女神のそばには「神狼族」と呼ばれる白い毛並みを持った獣人たちがおり、そのパートナーとでも言うべき白い狼「ケルベロス」もまた共にあった。彼らは女神ガイアの指示の下、様々な魔物を狩り、人々を助けたと言う。
そんな彼らは大きな戦いを経て数を減らし、今ではもう滅んでしまったのではないかと考えられている。
そして「神狼族」と「ケルベロス」には不思議なつながりがあり、互いに仲間であることを即座に認識できるそうだ。
「では、あの子たちがそれだと?」
「それは分からん。……だが」
――アルの母が神狼族に会ったと言っていた。灰狼族の族長はそうつぶやいた。